【3】
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「思うにねぇ、シャルナちゃんは重く考え過ぎなのよん」
薪木を石積みの中に組み立てて火を灯しながら、ルヴィリアはそう呟いた。
シャルナは彼女の隣で薪を素手により粉砕しつつ、どういう事か、と問い返す。
「だってさ? ぶっちゃけ鈍感どころかスライム一筋なフォール君だよ? もっと軽く考えた方が楽だと思うけどねぇん」
「だ、だが、だな、その……」
「今まで武術一辺倒だったシャルナちゃんは何事にも全力っていうのは解るけどサ? でも不器用すぎるんだよ。彼のこと不器用とか言えないヨ?」
「……私も、自分が融通の利かない性格だとは解っている。しかし、こういう事は、初めてだ。今まで鍛錬ばかりで、こういう野宿の準備や誰かと旅をすること、寝床を共にすることも、初めてなんだ」
「えっ、寝床は僕と共にしたじゃないか……!」
「忍び込んだことを共にするとは言わないんだ、ルヴィリア」
ドグシャァッと彼女の手の中で薪木が粉砕される。
近場を通り過ぎた商人達が彼女達から大きく距離を取った。猛獣に近付いてはいけません。
「……ま、まぁね。だけどシャルナちゃん、月並みに言えば誰でも初めは初心者ってことさ。誰にでも初めてはあるってことさ。そう、シャルナちゃんにも初めてはね!!」
ドグシャァッ。
「ルヴィリア」
「はいすいませんでした」
とっても燃える焚き火ファイヤー。
「……だが、解らないんだ。世間一般の女子達はいったいどうやって男と、その、好き合っているんだ? 浜辺で告白とか、指輪をプレゼントとか、ど、どういう精神力をしていればあんな恥ずかしいことが平然とできるんだ?」
「待って、何その純情乙女思考(笑)。どこ知識? どこ知識なの?」
「前に筋トレをしていたら、側近殿からフンフンうるさいからこれでも読んでてくださいと進められた書物だが……」
「まさかの側近ちゃんMVPかぁ」
なお本のタイトルは『貴方の瞳に恋しちゃってる♡ 私と君との365日』。
「ち、違うのか? もしかして違うのか? 世間一般の女子達はそんな事してないのか!?」
「いや世間一般の女子達は曲がり角でぶつかったイケメンと再会して運命感じたり飲みかけのジュースに口を付けちゃって顔を赤くしたりちょい悪だと思ってたアイツが雨の日に仔猫を拾ってるシーンを目撃したり悪い奴に絡まれたりしてるトコを助けてもらったり落とし物を拾おうとして手が触れ合ってドキッとしたりしてるよ間違いない」
「そうなのか……」
「せやで」
確信犯は目をそらさない。
「と言う訳でシャルナちゃん、そこから導き出される君がフォール君にすべきことは何だい!?」
「す、砂浜で追いかけっこ……?」
「うーん、失敗済みは無しかな!!」
「一緒に筋トレ……」
「どう考えても筋トレに集中するから無しで!!」
「ぐ、ぐらい……」
「おっとまず根本的なトコから直すべきだねコレ!!」
流石に鍛錬一辺倒過ぎないだろうか。
――――しかし、どう強制したものだろう。今ではこんなフウだが彼女、前までは『愚物めが』とか『塵と化し晩天に沈むが良い』とか『貴様は最早、息の根すらも煩わしい』とか言ってたのに。『武に生き、武に死ぬ。我には闘争より他に生きる運命などありはしない』とか決め顔で言ってたのに。『蒼天斬・龍焉之堕威』とか真顔で言ってたのに!
嗚呼、こんなに急速な変化をされては、口調と性格を変えた程度の僕ではーーー……。
「よ、呼び方から変えた方が良いのか? フォっ……、ふぉう? 君、お前? あ、あな、あなた、なんて……。えへへ……」
でもカワイイからいっか!!
「解った、シャルナちゃん。ここは僕に任せて欲しい。ひゃくぱーせんとでフォール君を振り向かせてみせませう! 褐色骨肉隆々筋肉マッチョ長身無乳属性はモテないか? ノンノン、女の子にとって0と100は同意義なのダ! 女の子らしからぬからこそ女の子に! 可愛くないからこそ可愛らしく!! つまり君は無限の可能性を秘めていると言えるであろォーーウ!!」
「……すまない。貴殿の言葉が解らないんだ。いや、時々解るんだが」
「それってつまり大体解ってないって事かい!? ルビーちゃん大ショックなんだけど!?」
「ははは、大体じゃないさ。いつもだ」
「わぁ涙でてきちゃった! でもこの蔑む目が溜まらないのほぉ!!」
びくんびくんっと体を跳ねさせる変態は兎も角、だ。
確かに彼女の言う通り、自分にだって戦い方はあるのかも知れない。
小刀だって棍棒だって、それぞれ使い方はあるものだ。自分のような者が、とも思っていたが、それはそれ、自分だって女なのだから彼を振り向かせることはできる、かも知れない。
こんな、女らしからぬ自分だって、もしかしたらーーー……。
「ふふ、ふっ……。ふふっ」
「あぁもうトリップしてるシャルナちゃんもかわゆいのう♡ にしてもまぁ、やっぱシャルナちゃんの問題は男への不慣れさだと僕は思うんだよね。可愛さはもう満点、いや、万点だけど」
うんうんと自身の理論に頷きながら、ルヴィリアは首を捻り曲げる。
さて、男慣れと言ってもどうしたものか。まさか他の汚らわしい野郎共に彼女のエロ褐色を触れさせるわけにもいくまい。
――――待てよ? 他の野郎共が駄目なのであって、自分ならOKなんじゃね? と言うかむしろ役得なんじゃね? あ、これ完璧ですわ。
「シャぁ~ルっナちゃん♡」
「む、あ、あぁ、何だ? るう゛ぃっ……!?」
瞬間、シャルナの体が縛り上げられたかのように硬直した。
当然だろう、そこにいたのは今し方話し合っていた件の男なのだから。
いつもの無表情ではなく、何処か艶めかしく溶かすように、爽やかな微笑みを浮かべたフォールなのだから。
「シャルナ……、どうした? そんなに顔を真っ赤にさせて……」
「ひ、はっ、はひっ、ひいっ……」
「シャルナ、こっち見ろよ。お前は俺だけを見てれば良いんだゼ……」
フォール(ルヴィリア)の指が、シャルナの唇をぷにりと押す。
艶めかしく照る唇はその爪先に閉じることができず、一筋の唾液が流れた。
指はそんな唾液をなぞって顎、首、鎖骨へと褐色の道を毛先でもくすぐるように落ちていく。
「や、めろ……! ルヴィリアっ……!!」
「だったら払い除ければ良いだろう……?」
くるん、と鎖骨で輪を描いて。
「ひぅっ!?」
「シャルナ、素直になれ。自分を誤魔化してまで誠意に熱中するのは貴様の悪い癖だ。貴様がどうしたいか、が重要じゃないか……?」
するすると、サラシの上をなぞって胸の谷間を越え、指先が腹筋の割れ目を撫でくすぐった。
シャルナはどうにか体をくねらせて逃れようとするが、最早抵抗らしい抵抗はできていない。くすぐったさと物足りない刺激が彼女の背筋を泡立たせていたのだ。
「ほら、言ってみろよ。どうしたい?」
フォールの吐息が、褐色の耳に掛かる。
その聞き慣れたはずの、けれど初めて聞く声色に、シャルナの必死に食い縛った歯牙は溶け落ちる。形だけの抵抗さえも、無くなっていた。
二人の足が絡み合い、そして、擦り付けるようにーーー……。
「俺とどうなりたいんだ? シャルナ」
「あ、ぅっ……、の、ぁ……」
シャルナは最後の理性と言わんばかりに、フォールの体を押しのけようと指を滑り込ませる。
しかし逆にその指が握られて、胸元へと引き寄せられた。フォール自身の頬を撫でるように、指先を舌先でつつくように。
「欲望のままに……」
そして、フォールの腕がシャルナの腰を抱き寄せようとーーー……。
「だ、ダメだダメだ!!」
シャルナはその腕を、振り払った。
「ルヴィリア、悪ふざけが過ぎるぞ! きっ、貴殿なりの好意なのは解るが、もっと別のやり方があるだろう!? 私情が入りすぎだ!!」
「シャルナちゃん、それは違うよ。入ってんじゃなくて全部私情だよ」
「尚更ダメだろう!?」
「ちぇー、役得だったのになぁ。まぁシャルナちゃんとエロいことできたからいいや」
「全く、貴殿という奴はっ……! こんな人通りのあるところで……!!」
「あはは、大丈夫大丈夫! そこはほら、ちゃんと結界張って配慮してるから! これでも私だってねぇ……、あっ」
「そういう問題ではない!!」
シャルナは憤りと恥辱で真っ赤になった顔を落ち着けるように俯いて、つらつらと文句を垂れていく。
――――私だって、そういう事を夢見た経験がないわけではないのだ、と。
だが貴殿の言う通り今まで鍛錬一辺倒でそんな事を思い返すことなどなかったし、自分の不器用さをどうにかしようとさえ思わなかった。言葉を述べる暇があるなら肉体を鍛え、花を贈る暇があるなら斬撃を送る日々だったのだから。
ただ、その、抱擁をしてみたいと思わなかったわけではない。しかし自分のような女に抱き付かれてもムサ苦しいだけだし、何より普通の者では全身が折れ拉げてしまう。
奴なら大丈夫だろうが、それを試す気概も自分にはない。
「だ、だからだな、次にあんな事をしたら貴殿で実験するぞ! 貴殿は一度、そういう趣味で痛い目に遭うべきであってだな……!!」
「何がだ」
「何がって……」
振り返ると、そこにはフォールがいた。
見慣れた無表情、感情のない声、視線だけで斬り殺せそうな目付き。つい先程までそこにいた、フォールが。
「……流石は貴殿だ。余ほどの覚悟と見える」
「だから何がだと聞いている」
「後悔するなよ。我が抱擁は大樹さえへし折るぞ」
「……魔族は人の話を聞いてはならんというルールでもあるのか」
シャルナの腕がフォールの背まで伸び、一気に抱き締めた。
両腕と胸筋による極限の圧迫だ。それは抱擁というよりは鯖折りに近い。
顔が近付き、互いの吐息が鼻先にかかるほどの距離になる。だがシャルナは表情一つ変えることなく、どころか抱き締める力をより一層強めてみせた。
「ふ、案ずるな。背骨までは折らない。しかし今日一日立ち上がれない程度にはダメージを追わせてもらうぞ」
「おい」
「大体、貴殿はいつも極端なのだ。わ、私だって、別に、その、嫌ではなかったぞ? だがあぁいうのはだな、やはり本物のフォールと、少しずつ距離を縮めてだな……」
「既に零距離だが」
「ばっ、馬鹿を言うなっ! ま、まだまだ距離はある!! だが、それを頑張って埋めていこうと私は」
「これだけ密着して距離があるとはどういう事だ」
「……まだ喋るだけの余裕があるとは驚きだな。だが幾ら貴殿と言えど、そろそろ」
ふと、前を見た。
そこにいたのはやっちまったよと言わんばかりに視線を逸らすルヴィリアだった。
そしてその隣で水風船による高速ハットトリックを決める、何処のカーニバル帰りかと思うほどの景品をぶら下げたリゼラだった。
――――つまり、えっと、目の前にいる男は、その。
「…………ふぉー、る?」
「他に誰がいる」
フォールの腕が、シャルナの背中に伸びた。
彼女は慌てて全身を硬直させ、生娘のような、と言うか生娘の声をあげる。甲高く、心臓の鼓動と同じ跳ね上がった声を。
だが、その声は続かなかった。
フォール、渾身の鯖折り返しである。
「…………リゼラちゃん、お祭り楽しかった?」
「メッチャ楽しかった」
「そう……」
崩れゆく同胞の姿を眺めながら、ルヴィリアは屋台へと視線を向けた。
嗚呼、楽しそうだな。私も行ってこようかなーーー……、シャルナちゃんに殺されない内に、なんて。
現実逃避に近いそんな事を、思い浮かべながら。




