【8】
【8】
「今年の神事も、滞りなく」
それは百年前の一幕。
未だ若々しさが残り、目付きも穏やかだった一人のエルフは女王の前に跪いていた。誉れ高き従属者としての報告の任だった。
しかし彼の表情には従事の礼節や王への忠節たるものはなく、どころか憎悪や憤怒の色さえ見て取れる。
有り体に述べて、不服だった。男はそれを認めることができなかった。だから今も女王の御前であると言うのに、従者たり得ぬ表情を浮かべているのだ。
あの有様を見たからこそ、彼は。
「……思うところがありますか、ラヴィス」
「いえ……、そんな」
「誤魔化すことはありません。私も神事について疑問を持っています」
「女王様、滅多なことを仰るものではありません。あれは先代から受け継ぎ、延いては先祖代々続けられてきた……!」
「伝統と悪習は違うのですよ、ラヴィス」
女王は依然として、瞳を伏せたままそう呟いた。
だがその長く儚げな睫毛には、涙が伝う。彼女が心を痛めている事は最早、確認するまでもないことだった。
「……廃すべきだと、私はそう思っています」
「女王!!」
「ラヴィス。我々は胸を張れますか。同胞の骸の上に立つこの命に、立ち向かえる困難から逃げ怯える日々に、胸を張れますか」
脆く、然れど力強く。彼女の言葉にラヴィスは跪いたまま項垂れた。
己の無念を喰いながら、己の浅はかさを喰いながら、彼女の苦しみの呻きに歯牙を食い縛りながら。
「……張れ、ません」
「えぇ、私もそうです。ですからこそ、我々は変わらなければならない。我々には未来がある。未来は与えられるものではなく、つかみ取るものなのだから」
いつ、どれだけ、どれほどーーー……。膨大な時間を要すかは解らない。
それでも、と女王は述べた。確固たる意志と共に、宣言した。
「変えましょう。ラヴィス。我々でエルフを変えるのです。永劫の時があるのなら、それに見合った行動をすべきです」
「しかし、女王! 先代による魔族との交渉決裂による報復も危ぶまれる中で、そんな危険な事は……っ。近頃は辺りに魔族の影もある! 危険過ぎます!!」
「それでも、です。ラヴィス……。できないとやらないでは天地ほどの差があるのですから」
「……女、王。私は」
彼は再び歯牙を喰い締めた。己の唇を食い裂き、雪地のような白肌に鮮血を零すほど。
――――それは、過去の一幕。エルフにとっても永く古い過去の、一幕。
ただ二人しか知り得ることのない、過去のーーー……。




