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最強勇者は強すぎた  作者: MTL2
エルフの故郷
100/421

【7】


【7】


 ――――ダークエルフとは混血児である。


「……よっ、と」


 人間、亜人、獣、モンスター諸々ーーー……。

 エルフが同種族以外の者と子をなしたときに産まれるのがダークエルフだ。

 永年を生き、集落というコミュニティのみを唯一の世界とする保守的なエルフ達は外部要因を極端に嫌う。例えそれが友好的であれ非友好的であれ、反応は変わらない。

 最低限。部族を守るために必要な、本当に最低限のものしか彼等は赦さない。帝国との同盟がその最たる例だろう。

 見ようによっては何より同胞と伝統を護る者達の習慣だ。しかし、それはーーー……。


「こっちだ。入り口は狭いけど、通れるか?」


「問題ない。シャルナの尻がつっかえたぐらいじゃ」


「…………申し訳ありません」


 ――――リースが開き、リゼラ達がくぐり込んだのは、薄暗くじめじめとした人一人分ほどしかない隠し通路だった。

 緊急時における集落の避難用通路であり、大樹の下を通って『平原の海』まで出ることができる。さらに湖には外からは見えない水面下の隠し桟橋があり、向こう岸まで渡ることもできるらしい。

 リース曰く、この通路を知っているのは集落のエルフだけなのだとか。


「むぅ……。リースよ、この場所以外に抜け道はないのだよな? 集落外の者でも知っているような……」


「抜け道は他にもあるけど、外の奴が知ってるようなのはないなぁ。もしかしてまだ気にしてんのか? あのいなくなったルヴィリアとかいう奴のこと」


「うーむ……」


「心配すんなよ。幾ら神事が近くてピリピリしてるからって見つけ次第……、なんてこたぁないさ。捕まってても隙を見てあたしが逃がしてやっからよ」


「手間を掛けるな……」


 リゼラはいなくなったルヴィリアの事に心を痛めていた。

 ――――いや、彼女のことが心配と言うよりは彼女が起こすことが心配という意味で。正しくは心より胃を痛めて。

 そもそもアイツがエルフの女を放っておくわけがない。嗚呼、絶対ろくでもない事になっていそうだ。


「あっ、そうだ。シャルナ、あんた……、さっきケツ挟んだろ? その時に持ち物とか髪の毛とか引っ掛けてないよな? 何処か怪我したりもしてないか?」


「む? い、いや、そんな事はないが……。ま、まさか毒か? 毒か!? 毒は嫌だぞ!! 毒は駄目だ!!」


「御主まだダンジョンのアレがトラウマなのな」


「と、トラウマいうか……、あうぅ~……」


 真っ赤になったシャルナは兎も角として。

 冗談な話じゃないぞ、とリース。


「エルフに髪の毛とか血とか取られるのはマジでマズい。エルフ特有の呪術ってのがあってだな」


「相手の生命素体を媒体にして遠隔魔術をかけるんじゃろ? 体調不良とか昏倒とか……、最悪即死とか。ただ呪術は魔道と違って自然基準だから時間を要する。つまり呪術の威力に比例して時間を消費するから即死なら数年単位で……」


「……あ、うん。そうです、はい」


「何で敬語なんじゃ御主」


「いや、その通り過ぎて……」


「リゼラ様、ここはリースのエルフらしい知識を披露するところですよ。役割を取ってはいけません」


「いや、こういうトコで活躍しとかんと妾がただの大食い美少女になってしまうと思ってな……」


「それもそうですが……」


「否定しろよ」


 気を取り直すように、咳払い。


「そ、そうか! なら良いんだ。エルフの呪術はマジで洒落になんないからさ」


「うむ、確かに……。しかし悪いな、リース。我々を外まで送り届けてもらって……」


「構わないよ。あんた達もあのガキの被害者だろ? ったく、ちゃんと教育しろよな! ろくな大人にならないぞ、あいつ」


「「いや本当に」」


 声を揃えて魔王と四天王(ひがいしゃたち)

 大人になるって悲しいことなの。


「それにしても、何であんた達はガキ連れて旅してんだよ。あいつと言い、こいつと言いさ。シャルナはかなりの使い手みたいだけど、やっぱ女二人だと絡んでくる馬鹿も多いんじゃないか? 子連れなら尚更さ」


「いやぁ……、退っ引きならないと言うか、口で説明するのも難しい理由があってだな……」


「馬鹿なら身近におるしな!!」


「全くです。……しかしそれを言えば貴殿もそうだろう? 一人で旅をしていたというが、エルフが集落を出て一人旅など初めて聞いた話だ。……確か家出とか何とか」


「ん……、あたしは昔っからじっとしてらんねぇ性分でさ。あっちこっち奔り回るわんぱくだったんだ。旅もその一環で、外の世界が見たいと思った。そうしたいと思わずにはいられなかった。だから女王とかラヴィス様にもそう言ったんだけど、それで喧嘩しちまって」


「成る程、だからか」


「まぁ、な……。うん」


 リースは気恥ずかしそうに鼻先を掻きながら、苦々しく微笑んだ。


「だけど……、この集落を出て、色んなことを知った。ダークエルフが差別されてた事とか、エルフが珍しい亜人だってこととか……。集落じゃあたしは避けられることはあっても他の誰とも変わらない存在として扱われてたからさ。けど、それは女王様やラヴィス様のお陰で……、だからーーー……」


「……旅、か」


「……楽しかったよ。崖から落ちたり、賊から追われたり、ヤバいの喰っちまったり、危険なこともたくさんあった。でも、こんな事がなけりゃ、まだまだ世界をブラついてたんじゃねぇかな。西はよく回ったし、次は北を目指してたかなぁ」


 ケラケラと笑う彼女の表情はとても清々しかった。

 この薄暗い通路でも燦々と輝く太陽のように。


「……あたしはさ、ある時、ある人に言われたんだ。ダークエルフは辛くないか、って。誰かと違うことが苦しくはないか、って。あの時のあたしは何も答えられなかった。見栄は張ったけど、それは答えるって事じゃないだろ? だから、何も答えられなかった。 ……これはきっと、自分の在り方だと思う。あの時のあたしはまだそれが見つけられてなかったんだと思う」


 彼女はその場で踵を返して回ると、シャルナの前を歩いていたリゼラの頭をポンと叩いた。

 子供をあやすように、素直じゃない悪ガキを褒めるように。


「だから旅先で色々なものを見るようにした。知るばかりじゃなくて、知ってた事が知らなかった事だったりしたこともあった。化け物みたいに聞かされてた人間が実はあたし達と大して変わらない奴等だったり、かと思えば石を投げられた事だってあった。変な奴に会うこともあれば、面白い奴だとか、ワケ分かんない奴だとか、変態だとか……」


「……リース」


「知るって難しいことだけど、楽しいことだぜ。選択肢を増やすんじゃなくて、選択肢を作れるから楽しいんだ。……あんたはそういうのあるかい? リゼラ」


「妾は……」


「おっと、年上の話はよく聞いとくモンだぞ。婆臭いとか言うなよなー。これでもあたしはまだ八十超えて」


「天変地異か変態にしか遭ってない……」


「えぇ……」


 邪龍飛んだり森引っ繰り返ったり火山噴火したり散々どころじゃねぇ。


「お待ちくださいリゼラ様!! フォールやルヴィリアは確かに変態ですが、私も含むとはどういう事ですか!!」


「毎朝毎晩フンフン言いながら筋トレする奴は変態じゃからな」


 ご理解いただけるだろうか。褐色筋肉からほとばしる汗で目覚める恐怖。

 体を起こすと真横で岩とか樹木が上下している恐怖。しかも本人が寝惚け眼な恐怖。


「まぁ、確かに女王様を人質にしてスライムフィーバーする奴が正気とは思えねぇな……。あいつ何処行ったんだよ……。と言うか女王様返せよ……」


「諦めろ。最早あの女王はスライムの犠牲になるかスライムになるかのどっちかじゃから……」


「おかしくないですか!? 流石にあの勇者もそこまでしませんよ!? たぶん!!」


 言い切れない辺りやっぱり勇者スラキチクオリティ。


「ただ、の」


 撫でられた頭を恥ずかしそうに掻きながら、リゼラは軽く視線を逸らす。

 ダークエルフは旅をした。魔王は旅をした。例えその困難や出来事に差はあれど、学んだものは変わらない。感じたこと、思ったこと、知り得たことは、変わらない。


「知らんことを知るのはいつまで経っても終わらんものじゃな。エルフ並の寿命だろーと、妾並の知能だろーと……。求めるものはいつだって前にある。いつまでも、前にある」


 ――――追いつけないからこそ。


「いつかその背中を殴ってやる拳にも、力が入るというものよ」


 シャルナは何も言わず、ただ頷いた。

 言葉は要らなかった。カルデア・ラテナーダ・リゼラという人物が魔王に相応しい存在であると認め直すのには、返答さえも不要だった。

 だからこそ、その頷きは安堵である。戯れにはしゃぐ彼女が魔王であることと、目指す道を共にできていることへの、安堵である。


「何だよ、ガキのくせに良い顔してるじゃないか」


「ケッ、御主もエルフのくせにマシなことを言うではないか」


「んだとー?」


 互いのことを貶し会いながらも、ケラケラと笑う様はまるで同年代の友人のようだった。

 リースは呟く。もしあんた達と出会うのが旅の途中だったのなら、一緒に旅しても良かったかもな、と。

 リゼラは威張る。これ以上賑やかな奴が増えたら妾のキャラが埋まるわ、と。

 本当に、仲の良いーーー……。もし有り得たのなら、彼女は良い隣人となったことだろう。もし物語の通りなら、彼女は良き友に、支えに、仲間になったことだろう。

 ――――もし、有り得たのなら、それは。


「……ま、何よりまずは外に出ることさ。あたしはその後、あのガキを連れ戻さなきゃいけないしな。女王様を取り戻さなきゃ人間と戦争になっちまうよ」


「スライムのせいで戦争とか洒落にならんな……」


「ってか、女王様はどうしちまったんだよ。アレじゃエルフっていうか妖精だぜ」


 リース達が思い描くのは、生意気なガキが手にしていた小瓶に収まる女王の姿。

 その麗しく儚げな美しさは変わらなかったが、言わずもがな身長や状態は瓶に収まるほどのものだった。

 あの姿が正常とは思えない。主に小瓶に納められている辺りが特に。 


「弱体化に幼少化……。さらに妖精とくればまるで妾じゃな。可憐さ的に」


「原因は不明なんだ。我々も見つけたとは言え、ほんの先日のことだし……。ある程度の予測は立てたが確証があるものではない」


「可憐さ的に!」


「だとすれば治す方法もだよな……。ラヴィス様なら何か知ってるかな?」


「可憐さ的に!!」


「エルフによるものかどうかも怪しいものだからな。しかし人界魔界にあんな魔法や魔術が存在するかどうか……」


「かーれーんーさーてーきーにーィー!!」


「「はいはいカワイイカワイイ」」


「ムフー!」


 魔王、渾身の満足ドヤ顔である。


「……っと、それよりそろそろ出口だ。明るさで目ェやられんなよ」


 通路は段々とせり上がり、やがて入り口と同じように半人分ほどの隙間しかなくなっていく。

 リースは屈み込むと、その先にある木扉を開いた。外から差し込む光は薄暗さに慣れた彼女達の瞳をくすませたけれど、数秒もすればそれもなくなった。

 この先にはまた、あの透き通る青が待っているのだろう。最果てまで拡がる永遠の青が、拡がっているのだろう。見慣れたあの景色が、拡がっているのだろうーーー……。


「……じゃ、あたしは外から扉を開ききってくるよ。シャルナが通れないだろうしな」


「う、うぅ……、申し訳ない……」


「なぁに、気にすんなって。エルフ用に造られてんだから仕方ねぇさ」


 リースは扉を開ききり、腕を日差しの中へ突き出した。

 そのまま体を乗りだして外へ向かう、と思われたが、少しだけ立ち止まって、振り返る。


「……ちょっとの間だけどさ、楽しかったぜ。旅の締めくくりにしちゃ大騒動だけどさ。次会うときはもう少し料理上手くなっとくよ。エルフの生臭い料理なんかじゃない、もっと美味しいのが作れるようにな!」


「……いや、美味かったぞ、リース。そう言わずにエルフの品も喰ってみたいの! 薬膳は勘弁じゃが」


「好き嫌いはいけませんよ、リゼラ様」


「だ、だってぇ……」


「たははははは、あたしもあんま好きじゃないけどな! ……それはそうと、うん。ガキは出口辺りで待っててくれりゃ直ぐに届けっからさ。後は秘密の端を渡って行けば安全に脱出できるはずだぜ。……まっ、あのガキは尻ぐらいは叩くけど、そのまましっかり返してやるよ」


「い、いや待て! 尻叩きは駄目だ!! あの馬鹿を見つけても絶対に関わってはいかんぞ、遠方から毒で仕留めろ、毒で!!」


「いやたぶん毒でも効果無いですよ」


「落とし穴?」


「いやぁ……」


「もうこうなったら埋めるしか……!」


「……あのガキは化け物か何かか?」


「「化け物なら苦労してない!!」」


「何モノなんだよマジで……」


 とやかく喚きながらも、リースは体を外へと乗りだしていく。

 外から完全に引っ張りだげたのだろう。扉はシャルナでも充分に通れる広さとなり、二人は安堵の意気を零した。

 いや、その息にあったのは安堵ばかりではないのかも知れない。

 ――――儚げな、寂しさも。


「……月並みですが」


「ん?」


「出会いがあるから別れがあり、別れがあるから思い出がある……。寿命や種族ではなく、それだけは平等だと、私は思います」


「……そうじゃな」


 差し込む輝きを浴びながら、リゼラとシャルナは頷き合う。

 全く、あの馬鹿のせいで日々が散々だ。平穏という言葉は失われ、異常という言葉で塗り潰される。

 けれど、そんな日々に出会いが、出来事がーーー……、思い出があった。それは決して掛け替えのないものではないだろうか、と。


「よし、それでは外に出るとしようではないか。いつまでもこんな穴蔵の中にいては気が滅入るわ」


「ですね。後ろから押し上げますから、どうぞお上りを」


「…………勢い余って頭上ロケットとか嫌じゃからな」


「だ、大丈夫ですよ。たぶん……」


 シャルナに抱き抱えられ、出口をよじ登るリゼラ。

 芋臭い帽子で隠された双角と、彼女の粒やかな瞳が外を覗き見る。リースの足と果てなき蒼が視界いっぱいに拡がり、凪風が彼女の髪先を揺らす、はずだった。


「出るな、リゼラッ!」


 拡がっていたのは、金色と銀色だった。


「なん……」


 彼女の眼前を貫く、一閃。

 もし射程がほんの数センチ長ければ眉間を貫いたであろう、一閃。

 それが何であろう、最早言葉に表す必要はない。警告ではなく阻止たる閃光が何であろうか、金銀檻混ざる大軍が何であろうか、彼女達に突き付けられるものが何であろうか、表す必要は。


「お前ならここを抜けると思ったぞ。……リース」


「ラヴィス様……ッ」


 軍勢の壁蛇より出でるはは、ラヴィス。

 彼は手慣れた風に片手を切り上げ、斉射の合図を出す。大樹を背に逃げることなど叶わない者達への、無慈悲な宣告だった。

 だが、その宣告がまだ告げられることはない。

 否ーーー……、或いは宣告よりもさらに惨たらしい事実が、告げられようとしていた。


「な、なぁ、これどういう事だよ。出迎えにしちゃ、ちょっと、いや、かなり派手過ぎやしないか……? おい……」


「…………」


「に、人間を集落に入れたことを怒ってんのかよ? な、なぁ、ラヴィス様……。謝るからさ、こいつ等は悪い奴じゃないんだ。確かに集落で暴れてる奴等の関係者だけど、こいつ等は直接関係あるわけじゃなくて……。あ、そ、そうだ! 女王様がな、いるんだ! こんなに集まったのもその為だろ!? 女王様がいなくなったから」


「そうか、それは有益な情報だ」


 命絶つものは、宣告ではなく。


「贄として捧げる前に聞けて良かった」


 ただ、事実のみ。


「……な、え?」


「抵抗は赦さん」


 引き絞られた弓弦がぎりぎりと音を立てる。

 幾千のそれ等が湖面に揺れる薙ぎ風が如き殺意となり、リースを吹き付けた。


「全ては……、未来が為に」


 最早、その行為が何なのか。贄という行為の残酷性や無意味さを問うことさえできない。今まで向けられたこともないような、いや、庇われていたからこそ向けられていなかった殺意故に。

 庇っていてくれた者から向けられる、殺意故にーーー……。


「何が未来だ。聞いて呆れるわ、この阿呆共め」


 だが、その風を躙り払う者も、また。


「長たるもの、主たるもの、王たるもの……。率いる者の資格も持たぬ愚者がぐだぐだと詭弁を並べおって……。何が贄、何が全て、何が未来! そんなもの、自ら捨てた者の元に転がり込んでくるわけがなかろうが」


「……何が言いたい、小娘」


「膝を屈るのは構わぬ、また立ち上がれば良い。諦めるのは構わぬ、いつか立ち向かえれば良い。泣き崩れるのは構わぬ、涙を拭えば良い。……だが捨て去った者に未来はない。屈しようと諦めようと涙しようと良いが、捨て去るのだけは認められぬ。過去を投げ捨てた者が、軌跡を投げ捨てた者が……、未来への礎の上に立てると思うなよ、下郎!!」


 ラヴィスの表情が苦渋に浸り、リースの表情が筆舌に尽くしがたく歪んでいく。

 エルフ達は誰もが困惑に染まっていたが、それでもやはり憤怒がそこにあった。貴様に何が解る、と、そう言わんばかりの憤怒が。

 だからこそ、か。一人のエルフが弓を構え直した。リースに対する警告ではなく、宣言待つ断頭ではなく、憤怒に任せた一閃として。


「…………ッ!」


 それに誰よりも気付き、そして同時に制止しようとしたのは、ラヴィスだった。

 リースでもリゼラでもなく、一瞬、手を振り払って制止しようとーーー……、だが。

 憤怒に染まったエルフ達は、それを斉射の合図として受け取ってしまったのだ。


「や、やめーーー……!」


 ダークエルフの絶叫がとどくことはない。

 幾千の矢が飛来する。天地の蒼を縫い付けるが如く、金色が二人の少女に撃ち放たれる。

 無慈悲なる、憤怒の鉄槌。吹き荒ぶ一撃は殺意の風よりも轟々と。


やれ(・・)、シャルナッッッ!!」


 リゼラが目の前の足を掴んだ瞬間、彼女達の体は飛空した(・・・・)。 

 凄まじい重圧と風速を超え、その身は大樹の幹を駆け上がっていく。矢の射程など遙かに超え位置まで跳ね上がる。シャルナという土台に跳ね上げられ、彼女達は天高く。

 ――――金銀の壁を越えて、蒼き世界へ。


「リゼ、ラーーー……?」


「否」


 天。爆ぜ上がるその場所よりさらに高く掲げられた指先。

 そこに灯るのは、いや、それが灯すのは焔だった。大樹の緑葉を真紅の焔で灯すのは、紅蓮だった。


「妾こそ第二十五代魔王、カルデア・ラテナーダ・リゼラである」


 例えその身に何が宿ろうとも、例えその身が敗北に縮もうとも。

 彼女こそ魔王だ。矜持たる礎の上に立つ、魔王だ。

 誇り高きーーー……、二十五人目の魔王である。


「力はなく、魔力もなく……。それでもなお、言い下してやろう」


 轟々と燃え盛る新緑を背にしながら、彼女は言い放つ。

 眼前で、眼下で、自身達の飛空の元で唖然とする者達へ。


「盟友に手を下した御主等を、()は赦さぬ……、と」


 やがて天高く飛翔した身も、地に落ちていく。

 遙か彼方まで爆ぜ上がり、視界を蒼で埋め尽くすほどまで跳ねた彼女達の体だ。

 このまま落下すれば肉塊と成り果てることは必至だろう。だが、それは有り得ない。


「王たる者の意義を知るからこそ」


 ――――何故ならば。


「妾こそが王なのだ!!」


 紅蓮、舞うならば。

 緋色(・・)も、また舞うのだから。


「女の子怯えさせるとかさ」


 ――――そして彼女達は静かに舞い落ちる。


もぐぞ(・・・)。粗チン共」


 リゼラとリース。二人を受け止めたのはルヴィリアだった。

 その身に紅蓮の陰焔を纏い、空を踏み付け、二人を緩やかに大地へ降ろす。

 その様は正しく天駆ける紅蓮の天使が如く。


「よく来た、ルヴィリア。信じておったぞ」


「報酬はおパンツで赦す。当然着用済みのね!!」


「黙れ変態」


「あふゥんっ♡」


 身悶える変態は絶頂に体をびくびくと震わせながらも、再び身形を整え直す。

 切り替えた彼女の様は正しく四天王に相応しき姿だった。『最智』を冠し、魔眼を有する者として、何処までも相応しい姿だった。


「シャぁああああルぅナちゃぁああ~~~ん……。二人をお願いしていいカナ?」


「……手助けは、要らないのか?」


「もっち! ここは私の役目だもの。譲るつもりはないわん♪」


 ルヴィリアは両の掌を鋭く撃ち合わせ、空を破裂させた。

 その裂音にエルフ達は肩を揺らしたが、彼等の恐怖はそればかりではない。

 眼前より現れた、紅蓮纏う女。その者の後方より現界せし異貌なる境目ーーー……、即ち次元の亀裂。

 全てを喰らい尽くす無限の虚空の中に、彼等は、ただ。


「女の子を傷付ける奴等に明日は要らないよネ?」


 怏々と開いた腕に呼応し、奈落は牙を開いた。

 終焉の舌は現をなめずり、のみ込んでいく。矢の残骸も、湖を薙ぐ風も、燃え盛る焔の灰燼さえも。

 万物が、その果てへ。


「ふむ」


 繰り返す。彼等が怯えていたのは次元の亀裂ではない(・・・・)

 その中だった。彼等が怯えるのは、幾千と空間へ走る裂け目より覗く人間の手(・・・・)だったのだから。


「ようやく開いたか」


 男は、歩み出る。男達は、破り出る。


「で……」


 『最智』の描いた物語シナリオを脅かす、男達は現れた。

 綺麗に流れるはずの清流を乱すが如く、道理の倫理を潰すが如く現れた。現れてしまった。


「奇妙なことに、なっているようだな」


 ――――勇者フォールと盗賊カネダ。

 その二人は、次元の亀裂より。



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