犯人は何を思うか〜解決編〜
短いですが解決編です。
ホームルームの終了と同時に先生が教室を去る。支度を済ませて帰ろうとする奴や部活に向かおうとしている奴がいる中、俺は大声で皆を呼び止めた。
「皆! ちょっと待ってくれ!」
クラスの視線全てを受けながら俺は話を続ける。
「橘さんの財布の事なんだが……元は犯人じゃない」
またそれかよ……言葉は聞こえないがクラス全員の目はそう訴えているに感じた。
「丹波、いい加減にしろよ」
「そうよ。もしそうなら、本当の犯人をここで教えてよ」
そうだそうだ! 俺を急かすように上がる非難に近い声。
犯人は分かっている。動機も。
それでも迷っていた。それを行ってしまえば元と同様の仕打ちを受けてしまう。だからといって、元にこれ以上無実の罪を背負わせるのは耐えられない。
「……分かった」
俺はゆっくりと歩き出し、事件をあらすじのように語り始める。
「事件が起こったのは全校集会の前、橘さんの財布が盗まれた。そして、元の鞄の中から財布が見つかった」
近くにいた元の肩を軽く叩き、前川と斎藤さん、橘さんに向かって歩き続けた。
「だけど元は盗んでいなかった。誰か別の奴が入れたんだ。そして、その人物は……」
三人の目の前で立ち止まって前を見つめる。
しかし、俺の視線は前川でも、斎藤さんでも、橘さんでもない。俺はその先の人物を見ていた。
三人は俺の視線から外れるようにズレると、俺が見つめていた人物の姿がはっきりと見える。
いつものふわっとした雰囲気とは違い、葵さんの隣で俯いている…………ゆいさんの姿。
「ゆいさん……でしょ?」
優しく話しかけると、ゆいさんの目から一筋の涙が流れ、後を追うように次々に涙があふれる。
「ごめんなさい……ごめんなさい」
誰もが信じられない様子だった。特に親友でもある葵さんの衝撃は計り知れないだろう。
「どうして……ゆい! なんでそんな――」
雅人が葵さんを制して、横目で俺を見ている。おそらく雅人は察しているのだろう。本来なら誰も傷つくはずのない事件だった事に。
「ゆいさんはただ拾っただけなんだ。そして、親切心で持ち主の所に戻した。だけど、ゆいさんは間違えて入れてしまったんだ」
「でも、ゆいちゃんは薫さんの財布を知ってたから間違えるはずは……」
「朱音。あの日の昼休みを思い出してみろ」
事件当日の昼休みに橘さんは雅人に『新しい財布買っちゃった!』と言っている。この時に俺達は水色の財布を目視した。でも、あの時一人だけいないんだ。
そう……ゆいさんが。
「ゆいさんが財布の色を知ったのは元の鞄から出て来たあの時なんだ」
あの時は元の鞄から出てきた事で驚いているものだと勘違いしていたが、実際はあの財布が出てきた事で動揺していたのだろう。
「……待ってくれ」
黒田が何か言いたそうに俺を見つめる。
「佐藤は……悪くない。財布を落としたのは俺だ。思い返してみれば、あの時ぶつかった席は橘の席。なら、悪いのは原因を作った俺だ」
ゆいさんを庇う黒田に周囲はざわつく。
「ち、違うよ! 私がもっと早く言えば……」
とどまる事を知らない涙を必死に拭き取りながらゆいさん涙声で黒田の言葉に対して首を横に振る。
「……結局のところ誰が悪いの?」
「原因作った黒田じゃね?」
「でも、実際はゆいちゃんがやったことだし」
「そもそも、自分のせいなのにその場で言わない時点で性格悪いわよねー。元君疑われて可愛そう」
「元も最初に鞄を見せる時に抵抗しなければ印象は違ったのに」
当事者達が全て悪いような無責任な言い方。自分達は何も悪くないような態度をするクラスの奴らに腹を立てる俺はおかしいか? そんなわけない。
だから、俺はゆっくりと手を上げて誰かの席かも分からぬまま手を振り落とし、机を平手で叩いた。
破裂音に似た音がざわめきを止め、周囲の視線を一点に集中させる。
「何傍観者になってるんだよ」
この事件に犯人はいないと俺は思っている。だが、被害者と加害者をあえて挙げるなら、被害者はゆいさんと元。そして加害者は俺を含めたクラス全員だ。
「おい、俺らが悪いってのかよ!」
俺に集まっていた視線は怒りを含み、男子生徒の怒声が上がる。
だが、俺は一歩も引かない。
「元を犯人だと決めつけといて、何言ってるんだよ」
「あ、あれは……鈴木君が不審な行動するから。ほら! 鞄を渡すの嫌がってたし」
くぐもった声から正論を導き出しと思ったのか、声を張っていく女生徒。
あの時はしょうがない……誰だって疑う……元が悪い……だから自分達は悪くない。言葉の裏に隠された本心が副音声の如く聞こえ、俺は苛立ちを感じずにはいられない。
「……そうだな。確かに不審な行動に見えなくもないな」
周囲からは安堵の吐息を漏らし、俺の言葉に相槌を打つ。
一方の俺は近くに置いてあった鞄を引ったくり、ファスナーを勢いよく開けた。
俺の奇行を目の当たりにした一人の女生徒が金切り声を上げると、鞄を掴み俺から強引に引きはがす。
「ちょ、ちょっと! 何するのよ!」
クラスからは非難の声の雨霰。
俺側のはずの朱音さんと雅人でさえ奇妙なものを見つめる視線を俺に注いでいる。
でも、朱音だけは俺の行動を何か意味のあるものだと信頼しているのか、ただ俺を見つめていた。
俺は朱音の信頼を答えるため口を開く。
「なぁ、なんで嫌がる? 後ろめたいものが入ってるの?」
「そんなわけないでしょ! 勝手に人に見られたくないのよ! バカじゃないの!?」
まぁ、そうなるよな。
もちろんキレるのは分かりきっている。そもそもキレさせるのが目的。ここで止められなかったら本末転倒だからな。
「バカかもな……でも、今の俺行動とお前達が元にした行動の違いはなんだ? 教えてくれ、ちゃんと俺が納得する答えをな」
さっきまで耳に障っていた人の声がピタリと止まり、代わりに口から息を漏らす音が聞こえる。
そりゃ言い返せないよな。誰だって鞄の中身を見られる事に少しは嫌悪感を抱くはずなんだからな。
あの時の元だって例外じゃない。当たり前に取った行動。だが、クラスはそんな当たり前の事を度外視していた。
普段の生活に突如起こったちょっとした異常。それに触れた事で小説の一人のような感覚に陥り、面白半分で犯人を捜し始めた。その結果から簡単な事に気づけない。そして、俺もその一人なんだと思う。
「だ、だとしても! そもそも佐藤さんがすぐに言わなかったのが原因だ!」
ああ言えばこう言う。まるで子供だな。
確かに第三者から見ればなんですぐに言わなかったのか疑問に思う所だ。でも、今の俺ならなんでゆいさんが言わなかった……いや、言い出せなかったのか理解出来る。
ゆいさんはあの日、何かを俺達に伝えようとした。だが、何かに怯えるように話すのを止めてしまった。
あの時、周囲の視線と元に対するクラスの態度に、自分も同じ目に合う事をゆいさんは恐れたんだ。
「その原因を作ったのが、この空気だろうが!!」
教室に響く俺の怒声が再び静寂を生む。廊下に漏れた俺の声を聞いたのか、数人の生徒の声が微かに聞こえる。
そして次の瞬間、教室の扉は目一杯開かれた……。
結論から言うと、あの後騒ぎを聞きつけた担任に無茶苦茶怒られたが、クラスの奴らは全員ゆいさんと元に今回の事を深く詫びる事で、再びいつもの平穏な日常を取り戻した。もちろん、俺も謝った事は言うまでもない。
でも、変わった事が有るとするならば、
「元君、もっと食べなきゃ。ただでさえ女の子みたいに細いのに」
「葵の言う通りだぞ。ほら、これやるから食え」
「雅人、それは俺のパンだろ!」
「ご、ごめんね~学君。代わりにならないと思うけど。私の卵焼きあげるね」
「……い、いただくよ」
気難しそうで苦手意識を感じていた学とこうして屋上で一緒に食べている事だな。
「あ、あははは」
元が四人のやり取りを見ながら苦笑している。だが、前よりも表情豊かになっているように感じた。
「汀、何黄昏てるの?」
「……いや、なんだかこの時間が一番楽しいなと思ってな」
雅人、見てるか? お前に突っかかっていたはずの黒田が俺達と輪になって昼食とってる。お前がいた時には考えられなかったけど、話してみれば案外いい奴なのかもな。
物思いにふけていると、鐘の音が耳に響く。
「……え、なんで鐘の音が?」
「汀君。今の予鈴だよ」
元の答えを聞いた俺は全員を見渡した。
みんなすでに食事を終え、片づけまで終わっている。一方の俺はまだ半分も食べていない。
「やべ!」
「もう、置いてくからね」
朱音がそういうと、他のメンバーもぞろぞろと教室に戻って行っていく。
「は、元は待ってくれるよな?」
「……ごめん」
無情にも元までもが俺を置いて行った。
「クッソー!」
俺は急いで残りを食べ終えて屋上の扉を開く。すると、先に行ってると思っていたみんなが俺を待っていてくれた。
ゆいさんと葵さんは微笑み、黒田は仏頂面でソッポを向いている。雅人は二カッと笑ってみせ、元は笑顔で俺を迎えた。そして朱音は催促するようにこう言う。
「行くよ汀!」
「ああ!」
俺達は一気に階段を駆け下りて、教室に向かった。
解決編まで読んでくださりありがとうございました。
推理としてはイマイチかもしれません。
次回はもう少し完成度が上がるよう努力します。