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(第二場 執行命令書)

(第二場 執行命令書)


 何の変哲もない茶封筒で来信箱が埋まっている。

 どれも中身の厚さをしのばせるほどに膨らんでいるが、そのほとんどは受刑者の環境調整報告書である。更生保護委員会からの報告書も少なからずあるようだ。


 来信箱を仕分けしていた所長は、一通の封書に目を奪われた。速達書留郵便である。

 胸騒ぎを感じながら宛先を見ると、所長親展とあった。

 瞬間に眼の奥が熱くなって、生え際から汗が噴出してきた。


 差出人は、本省刑事局。ご丁寧に局長の公印が捺してある。


 所長は、机の引き出しをスッと引くとその封書をしまいこんだ。そして、そそくさと自分宛の郵便を取り分けた。電話に手をのばしかけ、思い直して鏡をとりだした。

 大口をあけ、片目をつむり、笑ったり怒ったり泣き真似をしたり。ずいぶん長い時間そうして鏡と睨めっこをした末に、ようやく電話に手をかけた。


 来信箱と、決済書類を取りにこさせ、幹部に集合をかけた。



「おはよう。早速で悪いのだが、開封に立ち会ってもらう」

 ただの一言で室内の空気がピンと張り詰めた。


「楽にしてくれないか」

 それぞれが神妙な面持ちで席についた。来客用の応接セットだけでは足らず、何人かはパイプ椅子を持ち出してきた。


「今日届いていた。まだ開封していないよ。差出人は刑事局長だ」

 封筒を管理部長に手渡した。

「確かに開封されていません。差出人も説明の通りに間違いありません」

 管理部長は、封筒を出席者に一巡させた。


「では、開封するよ」

 封を開け中を取り出すと、空になった封筒の内側を皆に確認させ、テーブルに置いた。

 内容物は内封筒で、そこには三枚の書類がおさまっていた。


 死刑執行命令の通告書。

 法務大臣名による執行命令書の写し。

 三枚目は、事務的な手続きが印刷されたものだった。



 たった三枚の書類である。


「死刑囚、松岡鉄夫の死刑を執行せよ」

 ただこれだけである。他は、作成の日付と大臣の署名、そして、公印。

 ごていねいに、「執行は、命令から五日以内に行うこと」という但し書きがあった。


「どういうことですか、これは。今日がいつかわかってやってるのですかね。刑事局は無茶をおしつけてくる」

 管理部長が日付を問題視した。


 今日は十一月二十一日の火曜日である。作成は昨日。つまり、二十五日までに執行せよということなのだ。

 不測の事態を考えて期限の一日前に執行するとなると、二十四日の木曜までしかない。それに明日は祝日である。祝祭日と日曜日には刑の執行をしないのが不文律なのだ。

 もし二十三日が日曜と重なっていれば翌月曜日は振り替え休日。つまり、間に二日間も執行できない日が続くことになるのだ。

 そして休み明けが執行期限。火事があろうが災害があろうが、延期は許されない。


「管理部長、腹立たしいのはわかるが、法には逆らえんよ」

 所長は、疲れたように立ち上がり、天井をあおいでみた。

「まず……、執行官を決なきゃいかん。気が重いのはわかるが、五名を人選してくれないか。その間に検察へ一報を入れておくよ」

 表情を強張らせて手元を見やる幹部をそのままに、所長は執務椅子に座った。


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