《4の国》のある会社の平社員ちゃんのある日のお話
近くて遠い4つの世界のお話
世界の始まりはスープ皿に満たされた粘度のある命の水
天から落ちた滴りが水面を押し出し、それは王冠へ、王冠から神へと変化し
波紋は大地となった
波紋から成った大地は、大きな大きな輪の形をしていて
それを四柱の王冠の女神達が、それぞれ守護している
これはそんな世界の《4の国》の話
欲と機械の国、科学が発達した国
仕組みを理解できずとも使える”力”に溺れるかもしれない、危うい国
無駄にデカい高級ベッドで朝を迎えたある会社の平社員ちゃんは、のしかかる男を跳ね除け身支度を開始した。同じ場所に行くのだから一緒に行けばいいと言う男の言葉に、一旦家に帰るとの返事。高級マンションからヨロヨロと出ていくところを見られているとも知らず、痛い腰をさすりながら自分のマンションへと戻ったのだった。
それから数時間後の話。
ある所に親族経営の会社があった。起業したのは初代、育てたのは二代目、広げたのは三代目。そこそこ大きな会社で外海の国へも進出している、大学生が憧れる企業10位以内をキープする優良企業である。
もちろん社員たちも志高く、優秀な者が多い。しかしそうではない、夫探しを頑張ってしまうOLも少なくはなかった。
その会社の本社にある給湯室で、狩りをするOLに壁ドンされている平社員ちゃんがいた。びっくりした、お茶を淹れようと湯をもらいに来たところに壁ドン、思わず平社員ちゃんはその勢いから顔面に拳をいれられると思ったのだが、さすがに狩人とはいえ普通のOLが顔面パンチなどする訳ない。
せめて平手だ。
「ねぇ、あなた。部長と付き合っているんですってね……。よほど汚い手管を使ってお情けを頂いたのかしら?」
狩人その1、髪を茶に染めてクルクル巻き髪、お洒落と言うよりお水寄りなOLが壁ドンしながら罵る。お情けなんて表現を使うなんて、意外とお年なのだろうかなんて失礼な事を思う平社員ちゃん。周りにいた狩人その2、黒髪を真っ直ぐ垂らし仕事には邪魔じゃないのかOLがさらに言う。
「あんたが部長のマンションから出てきたの見たんだからね。そんな貧相な顔で、どうやって媚を売ったのかしらね平社員」
狩人その2、さりげなくストーカー発言か?あんな早朝に高級マンションの前で何していたんだと思った平社員ちゃんだが、口には出さない。さらに、ゆるふわに見せかけた嵐が吹いても崩れないような髪型のOL、狩人その3も参戦。
「見目麗しく一番の出世株である部長に相応しくないわ、目障りなのよね!!」
そんな事言われてもと困る平社員ちゃん。ずずいと詰め寄られて身の危険を感じた彼女は、持っていたスマホについていた輪っかに指をかけ、思いっきり引っ張った
……
…………
………………
防犯ブザー的なもので、けたたましい音でも出るのかとビクついた狩人OL達は、何時まで経っても何も起こらないことに激怒した。平社員ちゃんはここで「な~んちゃって」とか言ったら、リンチを受けるかもしれないなぁなどと冷や汗をかく。しかしこういう状況であのピンを引かなかったならば、別の冷や汗をかくこととなるのが目に見えているのである。
人間、結局自分が可愛いのだ。
「な、何がしたかったのよ?あんた……」
「ピンを引っ張らないと酷い目に合うからです、私が」
「ひ、酷い目って……」
言っておくけど暴力なんか振るわないわよと憤慨する狩人OL達。あ、一応常識は知っていたのかとホッとするが、ある意味暴力より酷い目だ……。もちろん暴力もダメ、絶対。
「一晩中、イキジゴクとか?」
「は?」
それにですねぇ……と平社員ちゃんは訥々と語りだす。
「確かに汚い手管だと思っていますよ、貧相な顔だと思ってもいますし、正直部長から逃げたいと……似合わないと思っています!!」
最後に微妙な表現が入り、すぐさま訂正された。狩人OLは茫然としながら平社員ちゃんの言葉を聞いていたのだが
「そんな事言われても、婚前交渉はお互いの両親の許可を得ているんですから。むしろ私はバージンロードを歩くまではそんなことしたくありませんでした!!あンのくそ部長、酒に酔わせて無理矢理ねじ込みやがって。しかも下手くそだったら訴えてやるところだったわよ!!」
「ということは、上手かったんだ」
「上手かったわよ、バカ!!」
急に話にに割り込んできた誰かに、怒鳴る平社員ちゃん。給湯室への第三者の乱入に、狩人たちは一斉に乱入者へと視線を向けた。仕立てのいいスーツをさらりと着こなし、甘めのマスクに年不相応な落ち着きを醸し出す、この会社の一番の出世株こと……
「「「ぶ……部長ッ!!」」」
「あんまり俺の許嫁をいじめないでくれるかなぁ?」
「『親が勝手に決めた』を付けてくださいッ」
「うん、『双方の一族に祝福された』許嫁なんだよね」
部長は創業者一族の次代で、平社員ちゃんはその起業にあたって、資金を援助してくれた大恩人の末に当たる。いつか恩人の血を受けた方々が何かあった時に、恩を返したいとの代々の社長達は思っていた。ちなみに平社員ちゃんの家族には特に何もなかったのだが、話が盛り上がってじゃあ両家の絆深めちゃおうぜと婚約が決定した。
どうでもいい情報として、資産家なのは平社員ちゃんの祖父であって、平社員ちゃんの父は普通のサラリーマンだったりする。多産系の家系らしく祖父は子沢山だったので、遺産は均等に分けると大したことのない額になるだろうということで、ちゃんと自分たちで働いておけとのありがたいお言葉。金はあるんだからボランティアに励めと、孫たちにもありがたいお言葉。
しっかりとした意見を持ち、将来の事にも気を配る大好きなお祖父さまなのであるが、何故親たちのノリで決めてしまった強引な婚約話を反対してくれなかったのだろう……止めてよ、お祖父ちゃん!!なんて思っていた平社員ちゃんだったりして。
「結婚なんてしなくたって、十分交流はしていたじゃない……。なんでよりによって私なの……。年に数回のバーべキュウと、一緒にリゾート地にバカンスと、鍋パーティーで十分でしょうが……。こういう展開って、最終的に婚約破棄で一家離散で辺境追放で終了のお知らせなんだわ……。課長補佐が言っていたもの……」
「破棄なんかしないし、あれだけ仲が良いんだから離散もしないだろうし。そもそも辺境ってどこなんだよ、俺の天使。とにかくこんな訳で愛する2人を別れさせようなんて、止めて欲しいな君たち」
部長はふわりと平社員を抱きしめて、狩人OLを見下ろしたが、意外とメンタル強い狩人OLは噛みついてきたのだった。狩人から猟犬へとジョブチェンジ、ギャンギャンとわめきだす。
「部長にはその女は相応しくありません、大して美人でもない癖に……」
「ちょっと~、仕事中に呼び出さないでよ。何よこの『緊急危険回避招集メール』って」
噛みついてきた猟犬OLのセリフを遮って給湯室へ、お高いブランドパンツスーツを見事に着こなした課長補佐が、ヒールを鳴らしつつ入ってきた。じろりと修羅場を見渡しつつ、ため息を吐くと公私混同じゃないとぼやく彼女。平社員ちゃんに辺境追放で終了などと変な知恵を付けたご本人登場。さらにカツカツとヒールの音を鳴らして
「あらあらあらぁ、『緊急危機回避メール』が来たんだけれど、何かあったのかしらぁ~?」
と、こちらもお高いブランドスーツを綺麗に着こなしている専務がやってきた。ちなみに彼女はスカートタイプ。さらにその後から、恰幅の良い副社長がやって来て、そして……
「メールが来たから焦っちゃったよ。間に合ったかな?」
何て言いながら、社長が走り込んできたのだった。猟犬OL終了のお時間でした。
「部長、まさか社長にまで緊急メールがいくようにするなんて、完全に公私混同というものだろう?」
「何を言っている、使えるものは親でも使う。しかも社長はそのものズバリ『親』だしな!!」
「威張るなよ……」
給湯室はちょっとした重役室と化していた。社長と専務が平社員ちゃんを慰めているのを眺めながら、部長と課長補佐は漫才中。
「ちなみに今、会長もこっちに向かっている最中」
「……使えるものは祖父でも使うのか。粘着質だな、君は」
狩人OLは副社長から厳重注意。仕事をしろ、人の恋路を邪魔するな、ついでに創業者一族の決定を覆そうなんてお前何様だ、と言う感じの趣旨の言葉を非常に慇懃な言葉で諭され、本日は自宅待機という事でご帰宅を促されたしょんぼりOL達。お疲れ様でした。
「やつらはそれ相応の罰を負ってもらう。そして俺の天使は俺の籍に入って部長夫人に……」
「無理じゃないの~、例の平社員ちゃんが出した企画通っちゃったから。おかげさまで私が課長に昇進してそのプロジェクトと彼女貰っちゃいます。テヘ」
「なんだとッ……、俺の天使がッ有能だッ!!」
喜んでいるのか悔しがっているのか判別付かないような発言の部長に、さらに追い打ちをかける社長。
「部長夫人は無理だなぁ……。ごめんね平社員ちゃん」
「え?辺境ですか?」
辺境ってどこなんだい?と聞きながら社長は平社員ちゃんの頭を撫でる。会社では雲の上の人だが、プライベートでは昔から知っている優しいおじさんである。懐く平社員ちゃんを社長から引き離し、文句を言う部長。
「触るな。それになんだよ、部長夫人は無理って。俺の天使を貴様……」
「父親を貴様呼ばわりするな、馬鹿息子。お前は人事異動で専務にな~り~ま~す~」
専務寿退社で~すなんて、専務がニコニコとのたまった。
ちょっとした重役会議場だった給湯室。そろそろ仕事に戻るぞと社長の鶴の一声で、それぞれの部署へと戻る重役たちと平社員ちゃん。ちなみに平社員ちゃんに寄り添おうとした部長は、副社長に引きずられて行った。彼女はこれからプロジェクトリーダーとして、自分の出した企画を進める立場となる。
「でも、平社員ですよ?自分の持ち込みとはいえ……、大丈夫でしょうか?」
「その為に私が課長に出世したんだから、思いっきりやってみなさいよ。責任は私がとる!!」
「あ、それ、言ってみたかっただけではないですか?」
「オホホ、まぁ一度は言ってみたい台詞だよな。それもあるが、部下の環境を整えるのだって上司の仕事だと思うしね」
一蓮托生、行くぞ平社員改め主任ちゃん!!そう言って課長代理改め課長は、わははははと笑いながら部署へと走り出したのであった……。
そして数十分後……
品の良い老紳士が、執事風のこれまた品の良い老紳士を連れて給湯室へと入室した。遅かったかな?なんて老紳士は執事風老紳士に言う、恐らくそのようかとと答える執事風老紳士。
「まぁいい、息子達が何とかしたのだろう。素早い対応でなによりだ。……では、久しぶりに昼は外食でもしようか」
「了解いたしました、予約をいれておきます。……そちらの店で奥様と合流されては?」
「そうだね、ひさびさにランチデートと洒落込もうかな」
ひっそりと会長がやってきて、ひっそりとそのまま帰って行ったのだった。
テンプレですね、王道ですよ。
読んでくださってありがとうございます。