第1章 第6節
「――大丈夫かユサミ?」
「……なんとか」
血と汗の匂いが充満し、人の死が文字通りに散らばり、出発時とは全くの別光景となった車内から、コウキに支えられ口元をハンカチで抑えつつ、ユサミは顔を青くしながらよろよろと出て行き、騎士車両にてユウキ達に合流。
ユウキもユサミと同じで、剣から手を離した途端、手に残る感触や自身にしみついた血の匂いに気付き、身体が痙攣するかのように震え始めた。
「座ってろ」
「……ごめん、コウキ」
「――初めてにしては上出来過ぎだ。ごめんはむしろ俺のセリフ」
その中で唯一、動揺すらしていないコウキがポンポンとユウキの肩を叩き、座席に座るように促し、ユサミもその隣に座らせる。
「――あの」
「ん?」
「――貴方達は、ユウキさんの御友人ですか?」
「はい。ユウキが見ている夢については聞いておりまして、俺達は貴方と接触し夢の事を確かめる為に、此度の討伐任務に志願しました」
「――! やはり、彼もワタクシと同じ夢を」
「やっぱビンゴか。しかし、一体何故……?」
当初の目的の1つは一先ず果たし、新たに浮上した謎――戦い合う夢の内容は、一体何を示唆しているのかが浮上してくる。
下町食堂の料理人のユウキと、貴族の中の貴族ともいえる名家のお嬢様のレナの間に、接点どころか戦い合う理由等、現時点であるとも思えない。
「――っと、まず自己紹介からですね。俺はコウキ・クオンで、あっちの女の子がユサミ・エール」
「エール? ――まさかイフディーネ伝説の闘士、フォン・エール様の?」
「――母を、ご存じなんですか?」
「ご存知も何も、フォン様の伝説はお父様や叔父様方から、幾度となくお聞きしてました。各国を荒らし回る最悪の盗賊団の討伐、荒れ狂う氷海でのテンペスト・シャークの一本釣り、火山弾の降りそそぐ中でのマグマタートルとの死闘――それらをたった1人で成した闘士の伝説は、今でも近衛騎士たちの語り草なのです」
少々興奮する様に熱弁する様子に、コウキもミーコもユミも、目を丸くした。
レナ自身、フォン・エール――現おかみさんの伝説は、幼い頃から幾度となく聞き及んでおり、尚且つ彼女を目指せとも言われてきたため、憧れを抱いていた。
「――失礼。コウキ・クオンと言えば、暗黒街出身の……」
「ええ、そのコウキ・クオンです――これらは、一先ず置いといて、現状何故こうなってるのかの情報が欲しいんですが」
「――誰が仕向けたかまでは分かりませんが、狙いはワタクシ達の暗殺です。同行していた騎士たちも」
「みたいだな――しかし、幾らなんでも無謀と言うか……ん?」
ふと目に入った、窓の外の移りゆく光景――が、ゆっくりと移りゆく速度が上がり始めていた。
「――! やばい。操縦室!! お嬢様方、悪いけどここにいてくれ!!」
「あっ、お待ちを……」
「絶対来るなよ!!」
お嬢様3人の清氏の声を背に、コウキは駆けだし一路前方車両へ。
屍の散らばり、血臭で充満した車両を駆け抜け――
『きゃーーーっ!!』
「――だから来るなっつったのに」
背に女性の悲鳴を浴びつつ、向かうは先頭車両の操縦室。
コウキは自分たちが居た車両より前の車両への連絡路を抜け、扉を開き――
「「「…………!」」」
此度のヴォルケーノ・ビー討伐、魔物退治の為にに集められた筈の傭兵達が殺し合う――今まさに地獄絵図の真っただ中の車両へと足を踏み入れた。
「うっ、うおおおおおおおおおおおおおっ!!」
「がああああああああああああああああっ!!」
誰が敵で味方かもわからぬ混迷な状況に、突如現れた存在――それは、車両内にいた者たちを刺激するには十分な要素となり、争っていたその場全員がその手を止め、一斉にコウキめがけて襲いかかった。
「――こういうのは、闇の住人の役目だ」
すらりと、まずは双剣を1本引き抜き――舌なめずりをした口元に、にっと歪める様な笑みを浮かべ、自身の漆黒のコントラクト・オーブ――神獣石とも呼ばれるそれを片手にし、闇を発するかのように漆黒の光を放つ。
「……!?」
「ひぃっ!!?」
「うっうああああああああああっ!!」
Side ヴォルカノ
「――ふぅっ」
拭い、水で洗い流しても尚、血の匂いが染みついている様な感覚が、手から離れない。
しかし、この場に残ってる男は自分だけで、幾ら自分が下町の一般人で周囲の女性は3人が貴族だからと言って、格好がつかない。
「あの、殺しなど始めてなのでしょう? ――まだ座っていた方が」
「いや、名家の中の名家のお嬢様相手だからって、座ってるだけっての格好つかないので。それにレナ様達も、似たり寄ったりなんでしょう?」
「――はい。お恥ずかしい事ですが、ワタクシ達もモンスター相手のみで、対人戦闘など近衛騎士との訓練以外では経験がなく」
国の治安を守る王国騎士団にも、ランクは存在する。
兵士から始まり、準騎士、騎士、騎士隊長、近衛騎士、近衛騎士隊長、そして最高位に位置する騎士団長。
中でも近衛騎士はふるいにふるいをかけたエリートであり、1人1人が並の騎士が数十人集まろうと相手にならない、一騎当千の猛者達。
「それに、座ってる方が逆に落ちつかないですから」
「あっ、あの……無理はなさらないでくださいね」
「ですですー。ミーちゃんたちもー、いっしょですからねー」
「――ええ。頼りにさせてもらいますよ」
「――またか」
青い顔でぐったりと横になってるユサミは、呆れたようにその光景をみてそう呟く。
「あの……具合は、いかがですか?」
「え? あっ、すっすみません。お見苦しい姿を……」
「ワタクシと同い年くらいですから、敬語は不要です。ワタクシの事も、レナとお呼びください。ユサミさん」
「――はっ、はい。じゃなかった、わかったよレナ……ただし、プライベートだけでね」
「はい」
そんなユサミも、レナの優しさに触れすぐに打ち解けていた。
バンっ!
「はっ……はっ……やられた。操縦席が壊されてる」
先ほどに増して血塗れのコウキが、息を切らし乱暴に扉を開いての第一声に、その場全員が目を見開いた
「じゃあこの列車は……」
「このまま鉱山に突っ込んで、ヘタすりゃ生き埋めになるだろうな。最悪な事に、この列車が向かってる鉱山は“凪”っておまけつきで」
人は“神獣石”を開始、魔法を使う事ができる
しかし一部の地域では、“神獣石”の発動を阻害する“凪”と呼ばれる区域が存在し、そこではいかなる高位魔導師だろうと魔法を使う事は絶対に出来ない。
「――じゃあ、どうすんだよコウキ!?」
「飛び降りるしかないだろ。生き埋めになるよか、生存確率は高い。荷物は一応俺の方で、一週間程度なら持つ準備はしてある。あんた等は!?」」
「はい、こちらに! 非常時の為の備えは整えております!」
そう言いだしたのは、先ほどから姿が見えなかったウンディス家の侍女、エリー。
その手には、彼女の体躯の半分位の大きさのトランクが抱えられていた。
「優秀な侍女をお持ちで」
「ええ。エリーはワタクシ達自慢の侍女です。では、扉は私が」
「お願いします」
レナが自身の蒼い“神獣石”を取り出し――冷気を思わせる蒼の光を放つ。
「――“水と冷気よ、氷海の主リヴァイアサンの呼応に応え、凍て付く槍と化せ――アイシクル・ジャベリン!”」
詠唱を唱え、レナの周囲の空気が凍りつき――パキパキと音を立てながら氷の槍が形成され、レナが手を突き出すとそれらが撃ちだされ、列車の扉に突き刺さりバキバキと音を立てて壊れ、その残骸が地面にばら撒かれる。
耐熱マントを羽織った7人は――
「――あのコウキ、これ飛び降りるの無理じゃない?」
「じゃあホームに着くまで待てと言うのかユサミ? ――タイミング間違ったら生き埋めか激突死だぞ」
「――ですが、流石に火山区域に孤立すると言うのも、あまり大差ない様な」
「ユミちゃんのー、いうとおりですー。それにー、エリーちゃんもいますからー」
流石に、灼熱の大地と溶岩の川が流れる火山地帯のど真ん中に、暴走する列車から飛び降りる事に、侍女エリーも居る手前もあり、躊躇し始めていた。
「確かに、エリーにケガ等させられませんし……どうしましょうか?」
「――あっ、そうだ。だったら……」
『?」
――火山区域第6火鉱山。
本当なら鉱夫が忙しなく火石や鉱石を列車に積み込み、それを終えた列車は速やかにそれをイフディーネに運ぶ光景が見られる駅だが、ヴォルケーノ・ビーの襲撃以降、今は無人と化していた。
そんな中で――ユウキ達を乗せた暴走列車が、速度を落とす事無く突っ込んでいく
バキャッ!!
――その途中で、王国騎士用車両が駅に入るかと言う所で半分から真っ二つとなり、そこから氷が伸びて地面に突き立てられ、ガリガリと地面をひっかき始める
先頭車両は速度を落とす事無く線路から脱線し、そのまま火鉱山に突っ込み――鉱山の中で激突したのか轟音が響き渡るが、鉱山は幸いにも崩れる事はなかった。
「――上手くいったな」
ユウキはそう呟き、ウンディス3姉妹が魔法で出した氷の後ろからひょっこり姿を見せ、外に飛び降りる。
「アイシクル・ジャベリンで列車を壊して、ブレーキ変わりにする――か」
「すごい発想ね。それより――」
コウキはユウキの出した案に感心し、ユサミは――ウンディス3姉妹に駆け寄る。
「すみません。貴族の方を――」
「いえ、いいんです。ワタクシ達も賛同した訳ですから」
「お姉さまの言う通りです。この程度、問題ありません」
「ですですー」
ウンディス3姉妹にとって、別に苦行と言える様な事でもなく、けろりとした雰囲気で頭を下げるユサミを宥める。
その横で――
「――さて、これからどうしたものか?」
コウキはこれから一体どうするのか――それに頭を悩ませる事となっていた。