第1章 第5節
イフディーネ火鉱山夫専用列車ブレイズ号。
火石を使用した蒸気機関で稼働する列車で、鉱石や火石の保管、発破に鉱業道具を積み込む為の運搬車両や、氷石を用いた冷房を備えてゆとりを持てる様設計した客車両を連結し、日々火山区域の移動手段として今も尚活躍する大型車両である。
その車両は、いつもなら鉱夫を乗せる客車に傭兵を、そして今回の為に運搬された貴族用、王国騎士用の豪華車両を連結して、目的地――討伐対象であるヴォルケーノ・ビーの巣がある、最寄りの火鉱山へと向かう。
「――では、傭兵達の中に、レナお姉さまの夢に出ていた方が居たと?」
「はい、間違いありません」
「――なにもおかしいことはー、ありませんよー。レナちゃんはー、ゆうめいじんですからねー。そのひとがじつざいしてー、おなじゆめをみていたとしたらー」
「確かに、説明がつきますね――しかし」
「その辺りは、直接話さなければわかりませんよ。ですが……」
「――わかってます」
――この討伐任務、本来なら焔の貴族が受け持つべき事項であるが、ウォーゲームの開催が近い事に伴い、レナ・ウンディスの力の誇示の為にほぼ強引に取り決めた経緯がある。
ただでさえ、焔の貴族にはウォーゲームでも戦果をあげる事は出来ず、ウンディス家に苦汁を舐めさせられた経緯がある上、ここにきてレナ・ウンディスという歴代1と評される神童の誕生で、完全にお株を奪われている所へこの話。
一応、彼等は彼等でせめてもの働きとして、今回の討伐任務に参加する傭兵達の募集を受け持った訳だが……。
「――内に外にと、敵は居る訳ですね」
「お父様からは、用心するようにとの御命令がありますし、騎士の方々もお父様が選りすぐって配備してくれてますから、流石にそれは」
「こういうところがー、きぞくのつらいところですねー」
「――そうですね」
「ミーコ様、レナ様、ユミ様、お茶が入りました」
危険な討伐任務に向かう――と言うのに、貴族用の豪華な客車で、火山が連なり溶岩の川が流れる光景を眺めながら、お付きの侍女の淹れたお茶を飲む。
旅行気分――と言う気はさらさらないが、父の配慮とはいえどうにも気分が出なかった。
Said ヴォルカノ
「両側を騎士用の車両に挟んで、警戒態勢……現実味が湧くねえ」
武骨な作りながら、それなりにスペースが広く快適に過ごせる車両内で、ユウキにユサミ、コウキの3名は外を眺めつつ、この討伐任務に見え隠れする影についての談義を行っていた。
「――そりゃ、焔と雪は昔から衝突が絶えないって話だけど」
「でもレナ・ウンディスって、ウォーゲームの優勝候補って名高いのに……」
「どこにでもある話さ。名声ってのは奪い合う物なんだから、独占なんて事になればキナ臭い話の1つや2つ、出ない事の方がおかしい。俺も受け持った仕事で恨みの1つや2つは買ってるから、本当に恐ろしいのは――」
そう言って、コウキは外に目を向ける。
街からも見える、ドーンと噴火する火山が連なってそびえ立ち、溶岩の川あるいは海が広がる光景。
そこで火山に適応した生態系――身体に炎を纏った火山獣に、溶岩の中を泳ぐ溶岩魚に、溶岩を栄養分として育つ火山菜。
それらを眺めた後に――
「――環境より、寧ろ人の方かもな」
そう言って周囲を見回す。
「でよ、この前の腰抜け盗賊ときたらよ――なあ」
「ちょっとぶっ放してやったら、怖じ気づきやがってよ。ありゃ最高だったな」
「そりゃぶっ殺したら面白かったろうよ。ギャハハハハハハっ!」
この車両に乗り込んでいるゴロツキ臭いのから、如何にも仕事人と言う雰囲気の落ちついた風貌まで――。
「――ん?」
「? どうかした、コウキ?」
「いや、なんでもない――こりゃ、ヴォルケーノ・ビーの巣を見られるかどうか、わかんなくなって来たな」
聞こえない様にそう呟き、コウキは荷物を探り、本を1冊取り出し読み始める。
ピーンポーンパーンポーーン!!
――その数分後
「――!」
「なんだ?」
「警戒しとけ」
「え?」
ある程度イフディーネを離れた頃合いとなり――アナウンスが流れた。
それに伴うコウキの言葉に、ユウキとユサミが疑問符を浮かべ――
『えー、お集まりの傭兵の皆様、お待たせしました。これより任務を開始します!』
という、アナウンスが流れた。
「なんだ? まだ目的地にも着いてねえじゃねえか」
「一体何を……?」
ドンっ!
「ぎゃっ!」
突如響く銃声。
その次に飛び散る血飛沫が舞い、倒れ伏す音が響く。
「なっ!?」
「くたばれやっ!!」
疑問符を浮かべる傭兵達に躊躇なく、疑問符を浮かべなかった傭兵が襲い掛かり、剣戟音や銃声、断末魔に悲鳴、血と汗と硝煙の臭いで車内は満ち溢れ、平穏な旅の車両は一転、戦場の地獄絵図と化した。
「なんだ一体!?」
「仕組まれてたって事だ。ある程度離れてから暴動を起こし、そのどさくさにウンディス3姉妹をさらうか殺すかってとこだろ」
「そんな! じゃあ……」
「おっ、女が居るぜ。それも上玉だ」
「こりゃ良い。殺す前にひんむいて楽しもうぜ」
「んじゃ、ヤロー2人をぶっ殺してからじっくり楽し……」
ドンっ! ――ドシャっ!
「誰をぶっ殺すって?」
ユサミに目をつけた襲撃者の1人が言い終わる前に額を撃ち抜き、目の笑ってない笑顔で魔導銃を手に、他の襲撃者に問いかけた。
「ゲッ! こっ、こいつ、コウキ・クオンじゃねえか!?」
「なんでこんなのまで居んだよ!? くそっ、生贄だからって雇った奴の確認位しとけよ!! コイツが居るんじゃ安過ぎて、ボランティア同然も良い所じゃねえか!!」
「ユサミ、ユウキ――殺らなきゃ殺られる。覚悟決めろ」
見た事もないコウキの目に、ユウキもユサミも一瞬戸惑うが――
「――なあユサミ、お前今どんな気分?」
「――正直怖いわね。怒らせたお母さん相手程じゃないにしても、人を殺す事に躊躇するなって言うのは、流石に無理」
「――だよな。けど、向こうは待っちゃくれないみたいだ」
「……わかってるよ。もうやるしかない!」
ユウキは剣を抜き、ユサミも篭手で包んだ拳を握りしめ――構えをとる。
「うおらあっ!!」
Side ウンディス
「――そんな!」
「やっぱりー、ほむらのきぞくたちがー、しくんでたみたいですよー」
「――でもまさか、お父様の目を騙すだなんて」
騎士用車両と貴族用車両でも、異変は起こっていた。
アナウンスが流れると同時に、騎士は一斉に貴族車両になだれ込み、レナ達の居る客車の扉に槌を振るい、ドアを壊そうとしていた。
「……レナ様」
「大丈夫よ、エリー。ワタクシ達が居るから」
ふるえる専属の侍女に、レナが歩み寄り背をさする。
「それより、どうしましょうかお姉様?」
「――恐らく連絡ツールは壊されている筈。となると、まずは列車を止めて……」
バキャアっ!!
扉が壊され、騎士がレナ達を取り囲むようになだれ込み、震える侍女を意にも介さず、武器を構え魔法を展開していた。
「――貴方達」
「申し訳ありませんが、御命頂戴いたします」
「レナ様、ミーコ様、ユミ様、御覚悟!」
レナ、ミーコ、ユミはそれぞれ武器を手に応戦――
「ぎゃっ!」
「うわっ!」
「なっ、何だ貴様はぐああっ!!
しようとしたその時、突如悲鳴が割り込み全員の注意がそちらに逸れた。
「――! 今!」
「え? ぐあっ!」
「こうなったらしかたないですー!」
「ぎゃっ!」
「ごめんなさい!」
「うあっ!」
その隙をつき、レナ、ミーコ、ユミはそれぞれ侍女を守りつつ騎士たちを薙ぎ払い、一路外へ――
「――流石に獣の解体とは訳が違うか。不快感がすっげえや」
出たと同時に、両手に見慣れぬ血に染まった剣を持った、紅い髪の少年が騎士を斬り払い――レナ達と対峙した。
「貴方――!
「――その様子じゃ、俺と同じとみていいですか?」
「! では、貴方も……?」
「――夢の中でってのも変な話ですが、一先ず顔見知りって事で味方と見てよろしいでしょうか?」
「――えっ、ええ」
「――そうですか。俺はユウキ・ヴォルカノと言います」
「レナ・ウンディスと申します。それと、敬語は不要です」
バキィッ!
「――!」
ユウキとレナの自己紹介を遮るように、突如ユウキが入ってきた方とは別の方の扉が壊され、そこからも敵対心露わに騎士たちがなだれ込む。
「――ウンディス家、反逆でもした?」
「失礼な! 誇り高きウンディス家がそんな事――!」
「レナ様、御覚悟!!」
ガキンッ!
「――じゃあなんで騎士が襲いかかってくるんでしょう?」
「――!」
レナは目を見開いた。
自分達以上の大柄な男が振り抜いた斧を、剣で――それも片手で受けとめ、受け止めた腕は微動だにしない。
「もしかして、権力闘争って奴かな?」
「貴様、何者だ!?」
「通りすがりの旅人(初心者)だ!!」
受け止めていた斧を受け流し、騎士を斬り払って、突き出される槍をかわし、槍騎士を切り払い――ユウキは突っ込み、舞う様に剣を振るい、次々と武器を壊し騎士を斬り払っていく。
ユウキにしてみれば、騎士たちの武器攻撃も魔法も、おかみさんの拳や蹴り程の迫力を感じられず、更に動きも全然遅く隙だらけで、数があろうと取るに足らない相手でしかなく――100名かそこら居た騎士たちは、わずか3分かそこらには簡単に全滅させていた。
「――騎士って意外と弱いな」
「「「――いえ、貴方が強過ぎるだけだと思います」」」
「――いえー、あなたがつよすぎるだけだとー、おもいますー」
「4人も美人に褒められた嬉しさよりも、なんか1人だけテンポずれてるのが気になるな」
「ミーコお姉さまはいつもこういう感じです」
「…………へ?」
「なにかー、もんくありそうですねー?」
レナとミーコを見比べ――明らかに10かそこらの子供にしか見えないミーコを、自分と同い年位の美人のレナが姉と呼ぶことに、ユウキは呆気にとられた。
「――っと、いけない。とりあえず、仲間と合流したいんだけど、一緒に来て貰える?」
「――お姉さま」
「――ここはー、レナちゃんのゆめにー、かけるしかありませんねー」
「――わっ、私はウンディス家の侍女です。レナ様の行く所、どこまでもお供します!」
「じゃあ決まりだな」
「おーいユウキ! お姫様には会えたかー!?」
「ユウキ―! 大丈夫」
「――っと、行く手間省けたな」
コウキとユサミの声を聞き、ユウキは剣を鞘に納め――レナ達もそれを見習い、一先ず武器を下ろした。