第1章 第4節
「えーっと……」
旅立ちの日に備え、ユウキ、ユサミは2日ほど休日を与えられ コウキと一緒に旅立ちの準備として、荷物を纏めて武器の手入れをして……と、それなりに忙しく過ごしていた。
「ユサミは篭手って、それだけ?」
「うん。お母さんが現役時代使ってたのを、譲って貰ったんだ」
「――何故だろ? ユサミ今回の旅、活躍が約束されてる様な気がする」
「奇遇だなコウキ、俺もだ」
あの篭手がおかみさん謹製と言うだけで、獅子奮迅の大立ち回りをするユサミが、2人の脳裏に鮮明に浮かび上がっていた。
考えてみればユサミ・エールは、おかみさんフォン・エールの娘……と言う事もあり、思い切り血の覚醒でああなる光景が目に鮮明に浮かぶ。
「で、ユウキは2本の剣……ってこの作り、まさか日の国の刀か!?」
「あっ、ああ。親父の形見で、昔たまたま製法を知って作ったそうなんだけど」
「――よくそんなの知れたな?」
太陽の神獣アマテラスの国、日の国。
この国は鎖国態勢を敷いており、他国との交流を一切禁じる閉鎖的な国として知られている、ウォーゲーム最後発参加国。
その国に住むサムライと言う戦士達の、その国独自の剣“刀”と言う刃の美しさに見合う華麗な剣技と、“陰陽術と”言う独自の魔術を使う陰陽師達により、常に上位をキープしている強豪国でもある
「模造品とはいえ、実物見るの初めてだよ」
「そっ、そうなんだ……」
「で、コウキの武器は?」
「俺の? これ」
そう言って指差した先には、魔導銃に槍、そして双剣1組。
「これ全部使うの? 近距離は双剣、中距離は槍、遠距離は魔導銃って?」
「ああっ、俺は重量のある武器が苦手だからね。双剣と槍はこの前、おかみさんの知り合いにタダ同然で鍛えて貰ったし、銃の弾も火山地方に適応できる物を揃えた」
さて……と言う所で、コウキは火山区画の地図を開く。
火山区画は火山が連なり、そこから流れる溶岩が筋を描き、それが1つにまとまって川となると言う光景が普通にあると言う、溶岩と灼熱の世界。
その中で死火山となった火山を対象に鉱業を進め、鉱石や火石を掘り当てて生計を立てているのが、イフディーネ火山区画の鉱夫達。
過酷な環境下での重労働に加え、モンスターの襲撃もある危険な作業ともあって、火鉱山の鉱夫と氷海の漁師たちは重要な職業として名高く、その危機――今回の様な、危険度の高いモンスターの大量発生に対して、国を挙げての討伐計画を打ち立てる事も決して珍しくはない。
「――で、2人とも“神獣石”は?」
「持ってるよ」
「ちゃんとな」
共存歴以降、人は魔法と言う力を神獣から授かり、その新たな力を新たな発展の礎としてきた。
その魔法も、神獣の力の結晶である“神獣石”を介しての使用となる上に、出身国の神獣の神獣石しか使えず、またその神獣の属性しか使えない。
つまりユウキとユサミの場合、イフディーネ火山区画出身であるこの2人は、今その手に持つ火山の神獣ソドムの力の結晶――深紅色の“神獣石”、火山の神獣ソドムの属性の魔法しか使えない。
――2人はコントラクト・オーブを差し出して、コウキは頷いた
「――ん、じゃあこれをもって、チーム結成だな」
そう言って、コウキは自身の漆黒の“神獣石”を取り出し、2人に差し出した。
「――へえっ、他国の“神獣石”なんて初めて見た」
「漆黒かあ。ねえコウキ、好機はどんな力が使えるの?」
「――闇の神獣オメガの“神獣石”だから、オレが使うのは闇の力だよ」
ガチャッ!
「ああっ、ここにいたのかい?」
「あっ、おかみさん」
「ちょっと来な。従業員と常連とで、アンタ達の送別会やるってさ」
「「え!?」」
「えじゃないよ。腕きき料理人と看板娘の旅立ち、皆で祝ってやろうって言ってんだ。ほら、早く来な。準備はもう終わってるだろ?」
そう言って、部屋にどかどかと入りユウキとユサミの腕を掴み、強引に立たせて引きずっていく。
「――やれやれ。なあおかみさん、俺も参加していい?」
「何言ってんだい。ツケで生活してるとはいえ、アンタもここの従業員同然だろ? あんたも来るんだよ」
「……根なし草にそう言ってもらえるとは、ありがたいね」
苦笑しながらコウキは立ちあがり、ポリポリと頭をかきながら立ち上がり、ユウキとユサミを引きずるおかみさんに続く。
「しかし、おかみさんはいつもと変わらんな」
「何言ってんだい。若いうちは日常に浸ってないで、死ぬ位のことを経験する物だよ。あたしがあんた達位の頃には、氷海区画で遭難して氷の上で漂流したり、火山区画で溶岩の川の中に孤立したりしたもんだよ」
「……ユサミ、まさかおかみさんって神獣の生まれ変わりか、世をしのぶ仮の姿とかじゃないだろうな?」
「ちょっとコウキ! それじゃあたしまで人じゃないって事じゃない! ――無理もないとは思うけどさ」
「何気に失礼な事言ってんじゃないよ! 人間やろうと思えばなんだって出来るし、生きようと思えばどこだろうと生きれる物じゃあないか。そもそもイフディーネにしろ、他の過酷な環境下の国にしろ、そう言う根性あってこそ今のあたし達があるんだろう!」
「……そう言われると、確かにそうだな」
世界が世界だけに、納得のできる言い分だった為ユウキもユサミも、コウキすらも何も言えなかった。
そんな話を交えつつ――
「元気でな、ユサミちゃん」
「――ユサミちゃんの行ってらっしゃいが、俺の朝の楽しみなのに」
「バカヤロウ、ユサミちゃんに心残り作ってんじゃねえよ!」
「俺達は皆、ユサミちゃんの無事を祈ってるからな」
「ありがとう皆。でもみんなだって鉱業は安全じゃないんだから、自分も気をつけないと」
「――泣かせてくれるいい子じゃねえか! よし野郎ども!! ユサミちゃんの無事を祝って――カンパーーイ!!」
「「「うおおおおおおおおおおおおっ! カンパーーーイ!!」」」
送別会場である酒場に入り、ユサミのファンの鉱山夫や鍛冶屋の面々がユサミを出迎え、名残惜しみつつも送りだす為に、飲み食いの大宴会を始め、名残惜しさを込めた乾杯の声をあげる。
「さすがユサミ、看板娘の名はダテじゃないな」
そんな光景を眺めつつそうぼやき、1人ちびちびと飲むコウキ。
いつもならユウキと旅の話を肴に、楽しく食事したり飲んだりしているのだが……
「――残念だなあ。ユウキ君の料理、毎日の楽しみだったのに」
「あははっ、レシピは残しときますから、ご自分で作ってみてください。クシャナさん」
「――あたしはちゃんとさびしいよ、ユウキが居なくなるだなんて……一緒に料理したり、ユウキの作るご飯食べるの、毎日の楽しみなのに」
「そっ、そうか……ありがとな、フレイ」
「――私もさびしいです。一緒にお仕事した後のユウキさんのご飯が毎日の楽しみなのに、ユウキさんが居なくなっちゃうなんて」
「――そう言ってもらえるの嬉しいけどさ、どうしても確かめたい事があるんだ。わかってくれ、エレン」
「ちょーっとユウキぃ! あたしと一夜を共にする前にぃ、どういう了見よぉっ! それにあんたのご飯が食べられないって、あたしの食生活どうしてくれんのよおっ!!」
「うわっ、酒臭っ! ちょっ、酔っ払ってとんでも発言しつつ抱きつかんで下さい、ナターシャさん!」
「そう言う事なら、お姉さんも混ぜて欲しいな~。ユサミちゃんに遠慮して我慢してたって言うのに。それにユウキ君のご飯、しばらく食べられないなんて残念」
「って、こっちも酒臭え! 何に混ぜろってんですかと言うより、わざとらしく胸元をはだけて抱きつかんで下さい、ジェシカさん!? てか、全員なんで名残惜しさの中に俺のメシが絶対入ってんだよ!?」
――そのユウキは、ウエイトレスや女性の従業員達に囲まれ両手に花どころか、花畑のど真ん中……と言うより、もみくちゃにされ始めていた
「おーおー、羨ましいねえ」
くいっと、溶岩の様に真っ赤なマグマビールを飲み――食事をゆっくりと咀嚼しつつ、鉱山夫の歌に周りに合わせて手拍子を打つユサミの柔らかな笑顔と、女性たちにもみくちゃにされてるユウキの、苦笑しつつも楽しげな表情。
それを肴に、静かにのんびりと――。
ドンっ!
「なーに若いもんが黄昏てんだい?」
「――別に、どう楽しもうとオレの勝手じゃないですか」
「それもそうだから、あたしのとっておき一緒に飲まないかい? ユウキもユサミも、酒が飲める年になったって言うのに、2人して苦手何て言うからさあ」
そう言って、ドンとテーブルに置いた瓶をコウキに差し出す。
見るからに高価である事がわかる銘柄だと言うのは、コウキにもわかったが……結構なアルコール度の高い物の為、顔を渋い物に変える。
「いや、俺もあいつ等と同い年なんですけどね」
「マグマビールが飲めるんなら大丈夫だよ。ほら、グラス出しな。注いでやるよ」
「――じゃあ、お言葉に甘えて」
――そうしてその日、酒場エールは夜遅くまでにぎわい、歌い、飲んで食べて、エールのにぎわいの中でも1番ともいえる一夜を、ユウキもユサミもコウキも、エールの従業員達も揃って過ごしたと言える一時を過ごし――
時は朝。
「……よく寝たか?」
「……うん。集合場所は、6番ホームだったよね?」
「――ああ。昼までに集合……忘れ物がないか、しっかり確認しとけよ」
初めての旅にやや緊張気味のユウキとユサミに対し、やや二日酔い気味のコウキが頭を抑えながら、集合時間と場所の確認。
「――ちょっとの間だけど、お別れだね」
「ああっ――でも、ユサミまで来る事無かったのに」
「何言ってるの? バカで女たらしな幼馴染、ほっとける訳ないじゃない」
「女たらしは酷いな!?」
「――また、生きて帰ってこよう」
そう言って、コウキは拳を差し出す。
ユウキとユサミも頷いて、拳を差し出し――3つの拳を、コツっと合わせた。
「さ、行くぞ」
「うん」
「ああ」
「――行っといで、可愛い子供達」
そっと影3人を見送り……ゆっくりと踵を返す。
――その瞬間には、いつも通りの表情となっていた。
「さ、今日も一日が始まるよ!」
イフディーネ鉱山夫用鉄道。
鉱山からとれる鉱石や火石、そして食料や道具の運搬の為に専用鉄道が敷かれており、鉱山の行き来などもこれを使用する。
――今回の討伐任務も、ここを集合場所として列車に乗る事となる。。
「――これを」
「――討伐任務の志願者ですね。どうぞ」
駅員に前もって渡されていた通行証を見せ、コウキ達3人は駅の中へ。
そこには、明らかに鉱山夫には見えない者達が、既に数十名は集まっており、武器の点検から食事まで思い思いの行動を取り、出発を心待ちにしていた。
「すごいな」
「今回の任務は大掛かりらしいからな。もう何組かは出てるらしいよ」
「そうなのか?」
「ああ――あと、そろそろだぞ」
「え?」
「おっ、来たぞ」
と言う声を起点に、周囲がどよっとざわめく。
「――火山区画はやはり暑いですね」
「“暑い”というよりー、“熱い”のほうがー、だとうですよー」
「氷海とはまた違う過酷な環境下です。頑張りましょう、お姉様達」
この場には明らかに不似合いな女性3人の声。
周囲に護衛を引き連れ、“雪の貴族”筆頭貴族ウンディス家の3姉妹。
長女ミーコ・ウンディス、次女レナ・ウンディス、三女ユミ・ウンディスが、勇ましく武装しての登場。
「お姉さま、ユミ。火山区画だからと言って、受け持った以上私達には――」
その内の1人、レナ・ウンディスが言葉と足を止め――ある一点を見て、目を見開いた。
ユウキも同様で、自分に気付いたとわかり……目を見開いた。
「――? どうしましたー、レナちゃん?」
「――! そっ、それがですね」
「ミーコ様、レナ様、ユミ様、この駅の駅長がご挨拶をと」
「え? ――はっ、はい。では、すぐに行きましょう」
今すぐにでも駆け寄り、確かめたい気持ちを抑えつつ、護衛の騎士に連れられ愛想笑いを浮かべ、手をゴマする形で3姉妹を出迎える駅長に挨拶を。
――その様子を見つつ、コウキはユウキに問いかける。
「――どうだ?」
「……間違いなく、俺見て驚いてたな」
「じゃあやっぱり、あの人もユウキと同じ夢を?」
「――けど、一体何で俺が今日まで会った事もない女と、それもウンディス家歴代最強と名高い神童と戦ってんだか?」
「それは今は置いとけ。向こうもお前に興味を持ったとしたら、接触を考えるだろ。その時にでも話してみればいい」
「――そうだな」
ピリリリリリリリリリリッ!!
「――その機会さえあればの話だがな。列車来たし」
「流石に押しかけて、妙な事になったら大変だからね」
「その辺りは、今考えても仕方ないな。コウキ、ユサミ、今は外の火山の景色を満喫して、鋭気でも養おう」
「そうだな」
「うん」