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第1章 第3節

「いらっしゃーい」

「おう、ユサミちゃん。いつもの2つ!」

「ユサミちゃん、こっち来て一緒に食おうぜ!」

「はいはーい、すぐ持っていくからちょっと待ってねー。コラそこ、ケンカしたら出入り禁止にするよー!」

 時は夕暮れ時となり、仕事の終えた鉱山夫に鍛冶屋が押し掛け、食堂街は食事時と言う稼ぎ時に入り、活気を見せ始めていた。

 火山区画の鉱業、氷海区画の漁業は、各々の区画から取り寄せた常に熱を発する火石、冷気を発する氷石と言う物を使い、ある程度の環境は整えられてはいるが、灼熱あるいは極寒という過酷な環境下である為、疲労度合も半端ではなく高い。

 その為――

「3番テーブルの料理出来たぞ!」

「5番テーブルのドリンクまだ!?」

「マグマビールの在庫どこ置いた!?」

「おい皿洗い、早く洗った皿とグラス持ってこい!!」

 宿屋兼酒場エールを始めとする、食堂街の店という店は乱戦状態で、ユサミを始めとするウエイトレス達や、厨房で奮闘する料理人たちはさながら戦場の様に、席一杯の仕事上がりの客相手に、ユウキが下拵えをしておいた食事を作っては運び、作っては運びのくりかえし。

「よっしゃ! 乾杯だ!!」

「「「カンパーイ!!」」」

「あそーれ一気! 一気!」

「ぷっはーっ! よーし、もう一杯だ!!」

 過酷な環境下での仕事上がりと言う事もあり、全員さながら宴会の様にテンションを上げ、飲めや歌えやのお祭り騒ぎ。

 あちこちで、火山区画名物マグマビールで満ちたグラスを手に、乾杯の声や一気飲みの音頭が店内に響き渡る。

 そして――


 ガシャーンっ!


「おいテメエ今イカサマしただろ!!?」

「んだとコラアっ!!?」

 ケンカ騒ぎもまた、頻繁に起こり易いのがこの界隈の特徴でもあった。

「ちょっ、何してるの!?」

「だってこいつが――」

「言い訳すんじゃねえぞこのインチキ野郎!!」

「何いっ!?」

「だーかーらー――!」


 ズンッ!


「――何やってんだい?」

 ――噴き出るオーラ、底冷えするかのような声に、目が笑っていない笑顔。

 その時確かに、酒場の空気は一瞬で凍りつき、喧騒は消え……その場全員の顔面が蒼白となり、まるで神獣に獲物として定められたかのような、諦めともいえる感情が頭の中を占めていた。

「…………!? !! !!?」

「こんなババァ相手に何ビビってやがんだ? おいババァ、ケガしたくなかったら――」



「すみません。遅く――またか」

 ユウキが荷物を抱え、帰って来た光景を見て――顔を歪めた。

 いつもなら宴会のごとくにぎわっている食堂が、今は通夜の様にしんと静まり返り――全員が細々と酒を飲み、食事を食べ、娯楽に勤しんでいるのを見て、何が起こったのかを瞬時に察した。

「ふんっ」

 ――と同時に、ゴミ捨て場に通じる扉から、パンパンと手をはたきながら鼻を鳴らすおかみさんが姿を現した。

「おや、帰ってたのかいユウキ? いい素材は買えたのかい?」

「あっ、ああ。明日の海鮮スープは期待出来ると断言しても良い」

「そうかい、じゃあさっさと下ごしらえに入んな。今日はあたしも厨房に入るから」

「はーい」

 宿屋兼酒場エール常連客の暗黙の了解“最重要事項”、おかみさん、フォン・エールを決して怒らせない事。

 おかみさんがユウキと共に厨房に入って行くのを見て――客とウエイトレスはほっと一息ついて……

「――お騒がせしました。では、改めて食事を楽しんでください」

「「「おーーーーっ!!」」」

 ユサミの言葉でふと我に帰り、揃って掛け声をあげ再び飲めや歌えやの大宴会ムードに移行した。


 ――一方

「ん~っと」

 ダシは氷海区域特産の氷海の幸と言える素材、具材は火山区域特有の火山の幸。

 それらを手際よく裁き、味見をしつつバランスを整え、肉や火山菜を投入して味を比べたり――。

「よし、こんなもんでいいか」

 ある程度納得出来る様な物になったら、一先ず賄い飯として扱ってから改良する事に。

「ありがとうございましたー……よし、後片付け始めるよ!」

「――! ああ、もうそんな時間か、さて、賄い飯の準備しないと」

 ユサミの閉店宣言を聞いて、ユウキはいそいそと従業員分の食事を拵え始め――ふと、ある事を思い出した。

「ところで、コウキはどうしたんだい?」

「あれ? まだ帰ってないのか? なんか、旅の支度をって言って別れてからそれっきりなんですけど」

「やれやれ――並ぶ前に来なかったら、あいつの分はおかわりにでもしときな」

「――食ってもないのにツケが増えるのか。何気に酷いな」

「だー! 待った待った。いますよ! コウキ・クオンはここに……」


 ドカンっ!!


「仕事サボってどこほっつき歩いてたんだい!!?」

「すっ……すみま……せ……」


「――まさに“布団がふっとんだ”ならぬ“布団でふっとんだ”、だな」

「――てか、どこから出したんだ? あの布団」

 片付けを始めようとする従業員たちの目の前で、コウキ・クオンが血相を変えて姿を現し――おかみさんがどこからともなくとりだした布団で、吹っ飛ばされた。

「今からなら片付け全部アンタがやりな!」

「……ちょっ、ちょっと待って。氷海区域と火山区域の急な環境変化に……」

「何か言ったかい?」

「……いえ、すぐやります」

 ――その後、遅いと罵倒されつつコウキ1人で片付けが行われる事、数十分。

 漸く片付けが終わって食事が並び……

「うん、美味い!」

「流石ユウキの料理は違うな」

 従業員からの好評の声が上がりつつ、食事は進む。

 宿屋兼酒場エールの目玉は、看板娘ユサミとユウキの作る食事で、ここの従業員はハードな仕事の後の賄い飯目当てに、ここで働きたがる者も多い

「あれ? コウキはどうしたんだろ?」

「なんか、お母さんに連れられてどっか行ったみたいだけど」

「――またなんかこき使われんのかね?」

「コウキも逆らえないからね。無一文になって行き倒れてたのを拾われた恩があるからって、なんだかんだで文句言わず働いてるんだから」

「――拾ったの俺たちなんだけどな」



 ――所変わって、おかみさんの部屋

「――で、何かあったのかい?」

「……わかってるんなら吹っ飛ばす事無いじゃないですか」

「そうしないと不自然だろう? ちゃんとツケは一週間分なしにしてあげるから」

「――割りに合わなさすぎます」

 理不尽さを感じつつも、コウキは未だに残る痛みをこらえ、店の売り上げ計算の手伝いをさせられながら、ぼやいていた。

「――まあいい。ヴァルガ一家がウンディス家を嗅ぎまわってたんですよ」

「ヴァルガ一家? ――ああっ、あちこちで暴れ回ってるって言う賞金稼ぎ6人組の」

「――嗅ぎまわってたのは、4人だけですけどね。ただ、あいつ等が噛んでるとなると、良からぬ話は信憑性どころか確実ですね」

「何か因縁があるのかい?」

「――ちょっと前の仕事であいつ等と揉めてまして。それにあいつらどうも、俺を追ってここにきたみたいですからね」

「――強いのかい?」

「ユウキとユサミなら敵じゃないけど、頭目のバルフレイ・ヴァルガはちと厄介でしてね――勿論、おかみさんから見れば敵じゃないですけど」

「――あんたをもって厄介と言わしめるとは、かなりやばいってコトかい? ……旅立つ前にユウキとユサミをしごかないといけないかね」

 ――いっそアンタが来ればいいんじゃ。

 と思ったコウキだが、口に出せば色々とヤバくなりそうだったのでやめておいて、帳簿を書く手を早めた。

「――てか、俺のメシ残ってんのかな?」

「残すようには言ってあるよ。ほら、“こんなおばさんと二人っきりなんて嬉しくもねえ”何て顔してないで、さっさと仕事進めなこの借金傭兵」

「――へーい」

 ――その後、コウキが食事にありつけたのは、他の従業員が帰ってベッドで横になってる時間帯だった。

「――なんか理不尽だ。さっさと食って、風呂入って寝るか」

 火山区域と氷海区域を往ったり来たりで、急な環境変化を2回も味わった後の激務で、コウキはもうくたくたになっていて、風呂入って宛がわれた部屋のベッドに横たわると――

「――すーっ、すーっ」

 泥のようにあっと言う間に寝静まった。

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