第1章 第3節
「――と、そこまでは普通だった筈……だよな?」
ユウキは混乱を抑えられないままに、今の状況を整理していた。
人形劇が終わって、世界樹の祠に祀られている大地と大樹の仮面を見に行きたいと言う話をして、その際にレナと、レナの事や神殻の事を色々知りたいと、そういう会話をした……そこまでは普通だった。
それから今日はもう休もうという事で宿屋に直行して、今いるのはその自分たちが泊まる宿屋の一室であり……
「ええっと……これから、どうしましょうか? えと……だっ、旦那様?」
「いやいやいやいやいやいや!! 待とうかちょっと待とうか!!」
何故か同室が、レナ・ウンディス……女性である事と、何故か旦那さまと呼ぶ事。
イフディーネの男なら、誰もが絶対に1度は思い浮かべる夢――レナ・ウンディスに旦那さまと読んで貰う事が、今目の前で繰り広げられている事。
「えーっと……なんでこんな事になってるのでございますのでしょう? ……あれ?」
「……深呼吸しましょう。ワタクシも、実は動揺せずにいるのが精一杯でして」
「だろうね、うん」
申し合わせたかのように、2人は文字通り呼吸を合わせる様に深呼吸をし、1回2回3回4回と、お互いがやめるまで続けようかと言わんばかりに、何度も何度も深呼吸。
コンコン!
「ひゃっひゃい!!」
「どっ、どうじょっ!!」
それに割り込むノック音に、2人はビクッと新造が跳ね上がるかのように驚き、裏返った声で相対してしまう。
「……声裏返ってんぞ?」
「だいじょーぶですかー?」
ドアをノックし、入ってきたのはコウキ・クオンと……2人が同じ部屋に泊まる事の言いだしっぺのミーコ・ウンディスの、自身達のパーティにおける頭脳派2名。
「全然大丈夫じゃあります訳ねえよ! おいミーコ、コレ一体何でどうしてどこで何を」
「まず落ちつけ、無理ないのはわかるが言葉が完全にメチャクチャだ」
「ミーコお姉様、これは一体どういうつもりですか?」
「レナちゃんのどうようなんてー、ミーちゃんはじめてかもしれませんねー。とりあえずー、いっしょにごはんたべながらー、はなすですー」
それなりに名を挙げるまでは、ユウキとレナを駆け落ちした夫婦という事にする。
突如、ミーコの出した提案により、ユウキとレナは此度同室になったと言うのが結論。
所変わり、宿の食堂。
バイキング方式となっており、木の実や果実、そして樹液をふんだんに使った森の国特有の料理を、皿に自由に盛り付けた上で――大きなテーブルを囲う一同。
「ミーちゃんもー、コウキくんもー、いっしょにいろいろとー、かんがえたんですよー?」
「レナ達の武者修行の旅って言ったって、オレはある程度誤魔化せても、旅慣れてないユサミとユウキは、無理があるからな」
「となるとー、ミーちゃんたちがー、みぶんかくすしかないわけですがー、ミーちゃんとユミちゃんはー、あるていどごまかせてもー、レナちゃんはー、ムリですからねー」
「家が没落したとか、家出したとかじゃ、性格と言い美貌と言い雰囲気と言い、悉く無理になるんだよ」
そう言われて、ユサミも納得はできる。
元より、誰もが一度は恋をすると評される美貌の持ち主であり、更には名門ウンディス家で育った貴族の中の貴族。
美貌はもとより、普通にしているだけでも、育ちの良さが自然に感じ取れると言うのに、それを隠すと言うのは難解という物だと言うのは、ユサミにもわかった。
「確かに、没落なんて縁談がない方が不自然だから無理。家出も、こんな落ちついた雰囲気が自然に出てる以上想像できないし……だからって、なんで駆け落ち?」
「これいがいー、かんがえつかなかったんですよー。ミーちゃんだってー、かわいいいもうとのことはー、しんぱいなんですよー?」
「いも……? ……そう、ですけど」
「いまなにいおうとしたかはー、いまさらですからー、いいんですけどねー」
「……なんか、俺達忘れられてないか?」
「……そう、ですね」
当事者を余所に、どんどん会話が進められていると言うのは、心象的にユウキもレナも良くは思えなかった。
「……レナは、婚約者とか許嫁とかはいなかったの?」
「え? いえ、そう言うお話は幾つか来てはいたのですが……」
「じゃあ、仲の良かった同年代の男とかは?」
「そういう方も……」
「……じゃあやっぱ別の物考えよう。流石に男慣れしてないのに一緒の部屋なんて、難易度が高過ぎぶっ!?」
と言って、話を終わらせようとしたユウキの膝の上に、いつの間にかちょこんと座ってるミーコが、叩く様にユウキの口を塞いだ。
「ダメですよー。それにこれはー、ユウキくんのぼうそうたいさくもー、かねてるんですからねー?」
「うっ……」
暴走と言われては、ユウキも反論の余地はなかった。
“神殻”の力をユウキはまだ制御できず、未だに“神獣石”を取り上げ、更にレナが封印を施している状態の為、何かしらの作用でまた暴走を引き起こさないとは限らない。
「というわけですからー。でもでもー、へんなことしたらー、おねえちゃんとしてだまってはいませんからねー?」
「だったら最初から提案すんなよ――はぁっ」
ユウキはもうこれ以上は無駄か、と言わんばかりにため息をつき、蒼いソースのかかった肉料理を一口。
「おっ、美味い――この肉も、火山獣の肉とは比較にならない位に柔らかいな。
「そう言えば、ユウキさんの本職は料理人でしたね」
「ああっ。そう言えば余所の国の料理って、全く知らないからある意味これも利点か――ちょっとここのコックと話してみたくなった」
「でしたら、旅の最中で作って頂けるのですね?」
「任せとけ。貴族様のお口に合うかどうかは、わかんないけど」
「十分ですよ。寧ろこの旅が終わったら、是非ウンディス家の厨房に入って欲しい位ですから」
「――心配はなさそうだけどな」
「いえてますねー」
「寧ろ、違和感を探す方が無理の様な気がします」
「貴族と平民の恋なんて物語の中での話ですけど、“神殻”が纏わるなら現実の物となり得るやもしれませんね。先ほどのお人形劇の様に
そんな2人の様子を見て、さも心配はなさそう――という表情で、2人の仲の良さを肴に、食事を楽しみ始める。
「…………」
そんな中で、ユサミだけはまだ複雑な表情を顔に張り付けたままだった。
幼馴染の豹変とまではいかない物の、ここ最近であまりにも変わり過ぎた現状を、正直受け入れきれてはいないだけに。
「……? どうしたユサミ? 元気なさそうだけど」
「――何でもない」
「――? ……まあいいけど。それよりこの料理だけど、おかみさんが好きそうじゃないかな? おかみさん、さっぱりした料理好きだったろ?」
「え? どれどれ……? ホントだ、お母さんきっとこの料理喜ぶんじゃないかな? ねえユウキ、後で調理法聞いておいて帰ったらお母さんに食べさせてあげようよ。材料揃えてさ」
「ああっ、そうだな。この旅、料理人としても大きな飛躍になりそうだよ」
「――イフディーネに重婚って許可されてるの?」
「いえ。でもあそこまで強力な神殻能力者の場合、特例としてならあるかもしれませんが」
「ふーむ――このたびはー、あるいみとてもおもしろそーにー、なりそーですよー」
「……ですが、ユサミさんもそれなりに評判の美人なんですよね? これは別の意味でイフディーネに帰れなくなりそうなのでは?」
こうして初の外国における夕食は、楽しく進みましたとさ。