第1章 第2節
「140年の昔、レムレースに根を降ろす雄大なる世界樹が見守りし、恋物語」
人形劇の舞台と思わしき仕掛け、その横には羽つき帽子をかぶった、ミーコの外見年齢位の少女が木製のオカリナを演奏し、その反対側には語り手の男の声が、屋台通りの少し開かれた場に響く。
人形芝居目当ての子供に、憩いの時間として見に来る恋人、更には人形劇など久しぶりあるいは初めての旅人まで。
年齢層もバラバラな、更には仮面で色彩豊かな観客たちの中に、ユウキ達の一団はいた。
「このグランドガーデンを守護せし神獣、ユグドラシル。その寵愛を授かりし1人の少女、“世界樹の巫女”エレン」
人形劇の舞台と思わしき仕掛けの幕が上がり、女性の服を纏い少女の造形をした、木製の傀儡人形が踊る様に動き始め、オカリナの演奏も変わった雰囲気に合わせた、次のパートに移る。
「世界樹の巫女。それは神緑都市グランドガーデンにおいての、当代最強の神殻能力者の女性に贈られる称号――男性の場合は、神官となります」
と、外国の観光客相手用の説明口上が入り、舞台背景が変わる。
モンスターと戦う情景、木々を村人たちと共に世話する情景――そして、神殿と思わしき場で、祈りを捧げる情景。
演奏は実に巧みで、その情景に実感というアクセントを添え、人々は縁そうと共に語り手の言葉と人形劇に、魅入られていた。
「幾多もの脅威を退け、人々の平穏な暮らしを何よりも大切にし、誰からも慕われる巫女として生きて来たエレンは、ある日1人の仮面職人と出会います」
そんな中で、漸く恋物語らしい流れに入り、仮面を手にした青年人形が姿を現した。
「仮面職人シグ――仮面作りの材料探しに森に来た彼は、エレンと出会います」
まずは、2人の出会いのシーン。
それから、エレンがシグを訪ねる情景が演じられ、2人で語らう情景、シグの仕事をエレンが見つめる情景、エレンに差し入れを持ってくるシグの情景。
人形の動きは
「やがて2人は、恋を語り合う中となりました」
そう語り手が告げ、人形2人が寄り添いあうシーンとなり――突如、オカリナの音色が破綻を現すかのように、暗く凄惨な物へと変わる。
「――しかし、シグはまだ修行中の仮面職人。2人の愛は、グランドガーデンの民からは許されて良い物ではありませんでした」
シグが屈強な男に連れて行かれ、エレンが止めようとするも別の2人に引き留められるシーンへと変わり、エレンは泣き崩れる様によろよろと倒れ伏した
『良いですか、エレン様。貴方はグランドガーデンにとって、至宝とも言えるお方。あの様な者と結ばれる事等、あってはなりません』
語り手が、エレンに告げられただろう言葉を語った所で、舞台の幕が一度降り……開かれた舞台の上には、シグ人形が1体。
「――エレンに会う事を禁じられたシグは、その日以降ずっと家に閉じこもりきりになってしまいました」
舞台の上では、シグが木材を前に道具を構え佇んでいる情景。
そして、シグが木材に触れた所で、一旦舞台の幕が下りる。
「それから、1月の歳月が流れ――」
舞台の幕がも再度上がり、そこには2つの仮面を手にしたシグの姿があった。
「――シグは1月を賭して、2つの仮面を作り上げました。1つは大樹の仮面、そして大地の仮面。その2つを手に、シグは言いつけを破り、世界樹に祈りを捧げるエレンの元へと会いに行きます」
『エレン!』
『シグ!? ダメよ、誰かに見られたら今度は……』
『わかっている。せめて君に、この仮面を送りたい』
『これは……?』
『君は、このグランドガーデンの象徴ともいえる大樹だ……だから君に、この大樹の仮面を送りたい』
『シグ……』
『そしてこれは、大地の仮面。大樹を支える大地……僕はそうありたかった』
『シグ! お前、何をしている!!?』
『……さよなら。愛してたよ、エレン』
『シグ!』
「その時、世界樹が輝きだしました」
舞台の仕掛けか、背景の世界樹がぴかっと光る。
『大樹から大地を奪おうとは何事か!』
『!? ユグドラシル様!?』
『この、お声が!?』
『シグ……と言ったな? ――大地を志すならば、エレンを生涯かけて支えよ』
『え? ……はい!』
「その後シグとエレンは結ばれ、シグの造りし大樹と大地の仮面は、今は世界樹の祠にて、グランドガーデンにおける永久の愛の象徴として、大事に保管されているのです」
語り手が、手の台本をパタンと閉じ、舞台の幕が下りてオカリナの演奏が止まると、観客は拍手と共におひねりが投げられる。
「えっと……」
「はい、1人1枚ね」
「ああっ、わかった」
ユウキ達は拍手を送り、おひねりの投げられるのを見てコウキから金を1枚ずつ受け取り、周囲の様に投げる。
オカリナを吹いていた少女がカバンを手に、そのおひねりを拾っては入れ拾って入れ――ぺこりと頭を下げる。
舞台が片付けられ始めると、観客たちは思い思いの方向へと足を進め、ユウキ達も近くのベンチに腰掛ける。
「良かったね。人形劇もオカリナもそうだけど」
「はい。神獣様に認められる愛……とても素晴らしい物だと思います」
「ですですー」
「純粋な思いが奇跡を呼ぶ……ですね」
女性陣が会話に花を咲かせ――コウキとユウキが、くすっと笑みを浮かべる。
「さて、どうでした?」
その2人の間に割り込むように、エリーが先ほど出した課題の答えを求めてくる。
「ん? ……まあ、良かったんじゃないかな? 神獣に認められたケッコンなんて、そうそうある訳ないし。ユウキは?」
「……やっぱ特別なんだな。特別な神殻の力を持つ事って」
エリーもコウキも、そこでしまったという表情となった。
「――でもさ、そんな中でああいう物語は紡ぐ事が出来るって、すごいと思ったよ」
「……そっ、そうですか」
「――あっ、そうだ。なあコウキ、世界樹見に行きたいんだけど良いかな?」
「え? なんでまたいきなり? それに結構遠いぞ?」
「さっきの、大地の仮面と大樹の仮面って、世界中の祠にあるんだろ? ――ちょっと見てみたくなってさ」
「何? 何の話してるの?」
先ほどまで話していたレナ達も、世界樹の祠と聞いて話しに入ってきた。
「世界中の祠に行かないかって話。ちょっと、さっきの話に出てた大地と大樹の仮面ってのを、見に行きたくなってさ」
「え? ――だっ、誰と行きたいのよ?」
「いや、別に誰かとって訳じゃないけど、特別な神殻能力者に纏わる話だろ? ――だからちと興味がわいてさ」
「あっ……あたしは別に、反対意見はないよ。レナ達は?」
「ワタクシも、特には」
「ミーちゃんもですー。それにそれにー、だいちとたいじゅのかめんもみたいですー」
「はい。やっぱり、ああいう劇を見た後でそれに纏わる物を見に行くと言うのも、良いかもしれません」
「じゃあ決定か。ただし今日はもう日が暮れるから、宿取るぞ」
「なあレナ」
「はい?」
「――やっぱさ、レナにもああいう事ってあったの?」
「……はい。神童と呼ばれ、褒め称えられた事も、そう呼ばれている事を恨まれ妬まれという事も、決して少なくはありません」
「ドロッドロの権力闘争が絡まないだけ、まだエレンは幸せだったってコトか……なあレナ。出会った時は何話せば良いかわかんなかったし、それからも色々とあり過ぎて、そんな余裕なかったけど……色々と教えてくれないかな? 神殻の事も、レナの事も。神殻を持った事を、レナはどんな思いで受け止めたかもさ」
「――はい」
「……今はとにかく、色々と知りたいよ。俺がこの先、こんな力を持ってどうすればいいのか、何を信じればいいのか、まだ何もないから」