第1章 第1節
レムレースにおける神獣の支配領域においては、環境がそうである様に人の技術や暮らしも千差万別。
イフディーネの様に、過酷な環境下にある支配領域故に1つしか都市のない国もあれば、グランドガーデンの様に平穏な環境故に、区画ごとに都市の点在する国もある。
そしてユウキ達が辿り着いたのは――。
「さあさあ、仮面と言ったらこのオレ、仮面職人ディアスの仮面はいかがかな!?」
「淑女の皆様お待たせしました! ドレスからスカーフまで、ご存知シルクス工房がやってきましたよ!」
「寄ってらっしゃい見てらっしゃい! ファドラ楽器、出張販売だよ!!」
「はいはい子供達は全員集合! ミスター・マリオネットの人形劇の始まり始まり~!」
「皆さまお待ちかね、憩いの楽団トレントの演奏の時間ですよ!!」
主に世界最高級の木材が樹木として存在する区画を起点とし、樹木の全てを使っての伝統工芸を始めとする、様々な職人が住む村アーティクト。
そこは職人の露天商から工房の屋台、更には木製人形劇や木製楽器の演奏と、技術の恩恵に預かる芸人や演奏家達まで、活気に満ち溢れていた。
「おーっ、なんかすごいな。まるでイフディーネの夕食ラッシュみたい」
「こういうのって良いよね。なんかあたし達も楽しくなるから――あっ、見てユウキ。あれ何かな?」
「おっ、面白そうだな。見てみようぜ」
ユウキとユサミは、宿屋兼酒場エールでの喧騒を思い出しつつ、仮面や木管楽器と言った、イフディーネではまず見る事が出来ない、外国特有の物に好奇心が刺激され、いてもたっても居られないと言うのが見てとれる雰囲気で、2人仲良くあちこちを駆けまわる。
「まるでデートだな」
そんな2人を見守りつつ、先ほど買った竜の仮面を頭に引っ掛けてるコウキは、品定めする様に色々と見て回り――。
「ですねー。でもでもー、はしゃぐきもちはよくわかりますー」
「はい。外国で見る物は、本当にどれもこれもが珍しいですから」
「ええ。ワタクシ達も、幾度となく外国には足を運んではいますが、やはり来た事のない国の旅はとても楽しいですね」
「はい」
そして、ウンディス三姉妹及び侍女エリーも、ユウキ達程ではない物の、初めて来たグランドガーデンの光景に、顔をほころばせていた。
――ただし、3人とも仮面を被っていた為、コウキ達からは表情はまず見えない
「かめんってー、ちょっといきぐるしーですねー?」
「我慢してくださいね。あんた達がすっぴんでこんな所ほっつき歩いてたら、速攻でバレちまうんで」
キツネの仮面を被り、先ほど買ったばかりのマントを遊ぶ様に翻しつつ、元々の愛くるしさ満載のしぐさが様になっている子狐ミーコが、首を傾げながら疑問をコウキに投げかける。
実際、周囲には仮面の販売もしている所為か、普通に仮面を被って歩いている者も多く、猫や鳥と言ったポピュラーな動物面から、鬼や怪人と言った場違いな仮面まで、仮面舞踏会かと言わんばかりの様々な顔が行き来しているこの場は、たった3人が仮面を被っている程度では目立つ事はない。
「最初がこういう場所だってのは、助かったな」
「そうですね。こういうのも新鮮で良いですけど」
そう言って猫の仮面を被り、斑模様の入ったブランケットを羽織ってぶち猫に扮したユミが、おどけた雰囲気で手首をくいっと曲げて、にゃんっと一鳴き。
「おー、可愛い可愛い。ちっちっち」
「んに~、ごろごろ~♪」
「って、こらこら。キツネがやんなよ」
そんなユミに合わせる様に、コウキが猫を呼ぶ様に舌を鳴らしつつ手を揺らすと、何故かミーコがコウキに懐いてきて――。
「――楽しいですね。なんだか」
鳥の仮面を被り、純白のケープを羽織って白鳥に扮したレナが、おっとりとした雰囲気を醸し出しつつ、ユミにエリーと一緒に失笑する。
「おーい、あっちで人形劇やるってさ」
「一緒に見に行こうよ」
そんな中で、はしゃぎながらユウキとユサミが、コウキ達を呼びに来た。
おっ、良いなとコウキは2人に歩み寄り、レナ達もそれに続く。
「演劇でしたら、恋愛物が良いですね。ワタクシは」
「あっ、やっぱりわかってるねレナは」
「私も好きですよ。恋愛物は」
「ですですー。ミーちゃんもえんげきはれんあいものにかぎりますー!」
等と、仮面3人とユサミは和気藹々と、これからの人形劇についてのというより、恋愛劇の談義を始めてしまった
「貴族市民問わず、女って恋愛物好きだね」
「ホントに。これから見る者がそうって訳でもないのに」
「――はぁっ」
コウキとユウキの会話にため息をついて、エリーは2人の間に割り込む。
「寧ろお2人の方が、恋愛物の勉強は必要ですので、もし恋愛物でしたらしっかりと見ておく事をお勧めします」
「「はっ?」」
ユウキとコウキが、揃って口をポカンと開け――
「いやいやいやいや、なんでオレまで? ユサミとレナお嬢さんのサンドイッチ状態のユウキじゃあるまいし」
「おい、サンドイッチとは何だよ。お前だってユミとそれなりに仲良くしてんじゃねえか」
「――貴族でも市民でも、殿方というのはどうしてこう、乙女心の理解というか、デリカシーがないのでしょうか?」
はっと気を取り直した二人の言い合いを、エリーは心底呆れた様子で見つめ、ぼやきとも言える呟きは幸いにも誰にも聞こえなかった。
「――ところで、路銀は大丈夫なのですか?」
そんな2人の言い合いは流石に見苦しかったので、エリーは一先ずの疑問を投げかける。
「だから――え? ああ、とりあえずイフディーネで仕入れた氷塩と火山菜を売って、一先ずの路銀は稼げたから、多少なら大丈夫だけど」
他国の行き来と物品の保存が可能にこそなれど、外国の品は者によっては高級品として扱われており、これらを相場を考えた上で売って路銀にする事は、旅人の路銀稼ぎの手段としても扱われる。
ただし、場所によっては逆に損害を被る場合もある上に、一定量以上の持ちだしは禁止されている事もあり、十分な下調べなくては確実とはいえない手段でもある。
「とはいえ、そう長くはもたないけどな」
「……なんか色々とキツイな。なんか、ごめん」
「良いよ。外国初めてなんだから、はしゃぐのも無理ないって……ま、今日くらいは良いだろ。オレもグランドガーデンは初めてだから、実際楽しんでるし」
「――ははっ」
乾いた笑いを浮かべつつも、コウキに感謝の意を示す様にそっと拳を差し出し――コウキも、にっと笑みを浮かべその拳を合わせた。
「さて、人形劇はどこだろ?」
「えーっと……おっ、あったあった。今からみたいだな」
「タイトルは……見るからに恋愛物みたいだ。ユウキ、しっかり勉強しろよ」
「だからお前がやれよ。さっきミーコに懐かれてたの見たぞ」
「お前だってここに来る途中、すごい事になってただろうが」
「お2人とも必要です。女性としてはそう断言せざるをえませんので、しっかりと勉強した上で後で感想を述べる様に」
「「うえっ!!?」」
「……まったくもう。こんなで大丈夫なんでしょうか?」
2人が顔をしかめるのを見て、エリーは不安を隠せなかった。




