第1章 第2節
「――ふぅっ」
昼食時も終わり、ユウキとコウキは買い出しの為に市民街へと赴いていた。
イフディーネ市民街は、下町が火山区画の場合に鉱山夫や鍛冶屋を、氷海区画なら漁師や船大工をメインに据えた造りであるのに対し、こちらは商人や職人をメインに、バザー通りや屋台通りに商店街などを据えた造りとなっている。
その為に一般客は勿論、下町の食堂や酒場を経営する者の買い出しの場としても機能し、それなりの栄えを見せている区画である。
「――肉や香辛料なんかの手配は終了」
「じゃあ次は氷海区画だな」
――火山区画が肉や火山菜を扱い、氷海区画が魚介類や氷塩などを扱うと言う風に、区画が異なれば売ってる物も違う。
加えて、火山区画と氷海区画とでは環境も異なるため、その区画でしか扱えない物も存在したり、保存ができない食品などがある。
共存歴以降、魔法技術の開発が進んでからは、冷凍保存技術もある程度進歩したものの、火山区域での保存にはまだまだ課題はたくさんある。
ただ、イフディーネの市民区画も決して狭い物ではない為――。
「おっ、循環列車が来てるぞ!」
「ああっ、急ごう!」
市民街には火山区画、氷海区画を循環する、外周と内周を走る様に市民用の小型列車を走らせている。
荷物を片手に2人は外周のそれに乗り込み、扉が閉まり発進し――景色は流れ始めた。
遠くに見えるのは、火山。
絶えず噴火する火山もあれば、死火山や今は鉱山として機能している山もあり、溶岩の川があちこちで幾つものを線を描いている。
「――すごい光景だな」
「そうか?」
「――俺が旅した中でも、印象的な方だよ」
窓の下を見れば、下町。
市民街の物に比べればボロボロの、煙突つきの屋根ぞろい。
その煙突からは、鍛冶屋の窯から食堂、酒場等の炊事の物までの煙が上がり、今も忙しい光景が目に浮かぶ様。
「そういや、時間大丈夫か?」
「夕飯の仕込みなら終わらせてあるよ。別に料理人は俺だけじゃねーし、買い出しのハプニング何て以前に……」
「――おい、顔真っ青だぞ?」
「いや、そんときにおかみさんにどやされたんだけど……」
「いや、いい! 皆まで言わんでいいから!」
行き倒れ、宿屋エールに世話になる事、既に2ヶ月(ツケが払えない為)
おかみさんの怖さは、過酷な環境が連なるレムレースを旅する傭兵ですら、トップクラスの脅威として認識されていた。
「――おっ! 見えて来たぞ」
「へえっ。本当に向こう側だけ、別世界だな」
そんな中、境界壁――そう呼ばれる、火山区域と氷海区域を分ける高い城壁が、窓から見える景色の中に見えて来た。
これは本来は、ソドムとリヴァイアサンの影響力の強弱を測る指針の様な物であり、極寒と灼熱――異なる環境を行き来する為の準備施設として備えられた、公共設備でもある。
都市内部から向こう側を見る事は出来ないが、その少し先――境界壁の先を見れば、雪が降る白い別世界が垣間見える中……。
「さ、行くぞ」
「ああ」
火山区域には“リヴァイアサンの牙”が置かれているため、街中は灼熱と言うほどの暑さはないが、それでも他の国と比較すれば暑い為に、上にマントを羽織る以外は殆ど薄着。
氷海区域を行き来する場合は、極寒対応の服も用意しなければならず、列車も氷海区域に入る前に、準備停止した上での改めての発車となる。
施設内の温度維持の為の分厚い扉が開かれ、列車が中に入って行くと同時に客は殆どが荷物を手に取り始め、列車の戸が開くと同時に外へと出て、一路公共更衣室へ。
「――なんか実感わかねえな」
「そうか?」
「ああ。異なる環境の境目にある国なんて、そうそうある訳じゃないからな。旅を始めてそんなに長くはないけど、イフディーネ程特異な環境はまだお目にかかってない」
「そうなんだ。確か前に話してくれた、雨って奴が永遠に振り続ける国とかかな?」
「そっ。他にも――」
「話振って悪いけど、そろそろ出る時間だ。急ぐぞ!」
――着替えと言っても、上に厚着するだけなので、時間自体はかからないが、乗り遅れたら待ち時間で結構かかるため、急いで着替える人が多い。
ユウキもコウキをせかし、着替えてダッシュで列車乗り込み――余裕を持って、席を陣取った。
「俺、雷や雨が絶え間なく降る光景は見たことあるけど、雪見るの初めてだな」
「雷? 雨? それってどんなの?」
「えーっと、何て言えばいいかな? 空から水が降ってきたり、光が落ちてきたり――って、絶対イメージ伝わってないよな?」
「????……確かによくわからんが、結構いろんな所があるんだな」
「ああっ。過酷ではあるけど楽しいよ? そう言う未知の環境とか、そこで暮らす人たちが生み出した技術を見て回ったりとか――」
コウキの旅話で時間を過ごし――列車の発車時間。
列車の扉が閉まり、境界壁の分厚い扉が開かれ、列車は発進し――
「おおーーっ」
コウキは、窓の外に見える光景に歓喜の声を上げた。
外に見えるのは、建物は火山区画と同じような作りや並びだと言うのに、見渡す限りの銀世界。
空からは雪が降り、地面や屋根に積もって、国の外は火山が並ぶ光景から壁を隔てて一転、氷山がそびえ立ち流氷の浮かぶ海が広がる、別世界に来たかのような光景が広がっていた。
そして――
「――へくしっ!」
「――やっぱさぶい」
コウキはくしゃみし、ユウキも歯をカチカチ鳴らしながら手をこすりあわせる。
この環境に慣れてないコウキは、ふと周囲を見回し――急な環境の変化故に、自分たちと同じような状況になってる光景。
そして、これが逆に火山区域に入ったときを想像し――
「――これが氷炎国家の過酷さか」
誰ともなく、コウキはそう呟き――今度は町並みの方へと目を向ける。
防寒着を羽織った白い息を吐く住民たちに、火山区画とは景色こそ違う物の、営み自体は全く同じ光景。
「おーっ――息が白いな」
初めての寒冷地帯に、コウキは子供の様に色々と好奇心旺盛に色々と見回し、自身に起きている変化を確かめ――周囲の注目と苦笑の的となっていた。
「――ちょっとはしゃぎ過ぎた」
「旅してるとそんなふうになるのかな?」
「なるよ。よっぽど感覚が鈍感な奴じゃない限り、絶対にね」
「そっか――あっ、そろそろ」
目当ての停留所が見えた為、ユウキはコウキを促し外へ――
「「ふぇっきしっ!!」」
出た途端、ぴゅーっと冷たい風が雪を巻き上げながら2人めがけて吹きつけ、盛大なくしゃみがシンクロした。
「そっ、外に出ると一層寒いな」
「そりゃそうだろ。それより動こう、身体をあっためながら行かないと!」
「よし、それなら急いで……」
「あっ、待て!」
「え?」
ツルっ! ドシャっ!!
「なっ、なんだあっ!?」
「雪が凍ってて滑り易いから危ないよ」
「――派手に動けないと来たか」
受け身こそとった物の、コウキは気恥ずかしさを感じつつ立ち上がり――ついた雪を払って、身体をゆっくりと回す。
「――そういやお前、そんなんでよくレナ・ウンディスについて調べられたな?」
「仕事は仕事、物見遊山は物見遊山だ。そう言う事は仕事中は気にせず仕事してんの」
「さっきの見る限りじゃ、何気にすごいな。さて、さっさと買い物済ませちまおうか」
そう言って、2人は一路市場へ。
「さあいらっしゃいいらっしゃい! 今朝とれたての魚だよ!」
「氷塩はいかがですかー!」
並んでる物は魚介類や極寒環境特有の品。
活気も火山区域に負けず劣らず満ちており、2人は市場へと入って行き、ユウキが魚などを吟味し始める
「――よし。これくれ」
「へい毎度!」
氷海区域での買い物は保存があまり効かないため、ユウキは主にスープに使う。
魚に貝などを吟味しては買って、その荷物はコウキが持つ。
「悪いな」
「いや、仕事だから――ところでさ」
「ん?」
「貴族街、行ってみるか?」
「行かないよ。あんな息の詰まる所なんて――確かに、レナ・ウンディスに今すぐ会って、確かめたいって気持ちはあるけどね」
「そっか。ま、無理にとは言わねえよ」
ポンポンと、積もった雪を払う事も兼ねて、ユウキの肩をたたく。
「買い物終わったろ? じゃあ俺は、旅の必需品のチェックやるから」
「そっか。結構長期と長距離になるんだっけ? 準備は相当手間……」
「俺がやっとくよ」
「そっか。じゃあメシは期待しとけよ?」
「ああっ。礼としてありがたく頂戴しよう」
そう言ってユウキは買い出しの品を手に帰って行き、コウキは旅の必需品の買い出しへ――。
「――ったく。何の因果で、あんなシケた名ばかり貴族どもとつるまにゃならねんだか?」
「コウキ・クオンを探す為だろ? まずは地盤固めねえと」
「――しっかし、レナ・ウンディスねえ……あたいの気に入らないタイプだ」
「どーでもいーぜ」
「――まさか、こんな所にまで追って来やがった……訳じゃなさそうだな。不快この上ねえが、調べてみる価値はあるかも知んねえな」
行かず、とある4人組の姿を見つけた為、それを尾行し始めた。