第4章 第6節
イフディーネ火山区画の異常事態から、1週間が経過。
「ではこれよりー、ミーちゃんのまほうこうざをはじめますー」
「――勉強は苦手だ―」
動ける様になったユウキを待っていたのは、戦闘魔法の講義と“神殻”の訓練――それに費やしていた。
何せ、ユウキは下町育ちの生粋の市民であり、騎士になりたかった訳でもないので、“神殻”と言った高位の魔法技術の習得自体、勉強が苦手な事もありあまり興味を持ってはいなかった。
「ダメですよー、またあんなことになったらー、こんどこそしんじゃうかもしれないんですからねー」
「……それは確かに嫌ですけどね」
座学の担当は、姉妹の長女であるミーコが担当していた。
元々姉妹1の博識な人物であり、レナやユミに良く勉強を教えていた事もあり、教え方自体はユウキもわかり易かった。
しかし、その博識さに反して見た目が小さな子供である上に、背伸びしてる印象が全くない為に、そのギャップに対する違和感及び――。
「ではではー、まずはですねー」
「……」
その間延びした口調と、外見年齢相応の可愛らしい仕草からか、子供に教わってる様な羞恥心が拭えなかった。
「こらーっ。ぼーっとしてないで―、はやくじゅんびするですよー」
「――はーい」
「――失礼ですけど、授業内容を除くとなんかおままごと見てる気分」
「ふふっ、そうですね」
その一方でレナとユサミは、この一週間ですっかり親友と呼べるほど仲良くなっており、実践訓練に勤しんでいた。
レナとしても、フォン仕込みの体術を駆使するユサミには興味もあったし、ユサミも貴族の中でも神童と呼ばれるレナ相手に、どこまで通用するかを知りたい。
それを始まりとして、2人はユウキがミーコの授業を受けている間、幾度となく手合わせをしていた。
「――流石に強いですね。お城の近衛騎士と比較しても、十分通用します」
「そう? 良かった――お母さんとユウキしか相手した事無いから、自分がどこまでかなんてわからなかったけど、そう言って貰えて嬉しいな」
すっかり数年来の親友――そう言える様な仲の良さになっていた。
「ユサミさんとレナお姉様、すっかり仲良しですね」
「はい」
そんなやりとりを見つつ、ユミとエリーは食事等の下拵えを進めていた。
こういう遠征経験はない訳ではなく、三姉妹全員自分の身の回りの事が出来ない訳ではなく、エリーもキャンプ時の洗濯や料理も出来る。
「それでも、ユウキさんに比べればまだまだですけど」
「こんな事がなければ、是非ともウンディス家の厨房を任せたい位ですね」
「その際には、ぜひともご教授願いたいですね。火山区画の料理自体、あまり詳しくないのもありますが、ユウキさんの腕は私より上ですので」
「そうですね。とれたての新鮮な火山菜に火山獣の肉料理、どれもユウキさんの指示での調理ですが、美味しかったです」
最も火山区画の調理自体、氷海育ちの4人は勿論、ユサミも料理はどちらかと言うと苦手なので、ユウキがアドバイスをした上での調理となっていた。
「――ただいま」
そしてユウキが動けない今、唯一の男手であるコウキは、足になる獣の探索兼食材採取の担当で、その手には火山菜を詰めた袋と、血抜きを済ませた獣を数匹くくりつけたロープが握られている。
「どうだった?」
「翼竜の物と思われる巣を見つけた」
「翼竜? ――火山区画でなら、ワイバーンか。確かにワイバーンは、今でも竜騎士の相棒として広く扱われてる程だけど」
「いえ、それだけで十分です」
毅然とした態度で、レナが決定事項とした。
「え? どういう事なの?」
「その区画を“支配領域”としている神獣の“神殻”を持つ者なら、力量次第でその区画のモンスターを従える事が可能です」
「そっか。じゃあユウキがいれば――」
「となればユウキ、“神殻”制御の進み具合は?」
「片腕だけなら何とか――だな」
「それだけ出来りゃ、十分どころか上出来中の上出来だ。普通腕1本でも、制御できるまで数年かかる位なんだぜ? ――で、どうする?」
「すぐにでもしゅっぱつしましょー」
ミーコが腕を掲げながら宣言するその姿は、見る者すべてをとろけさせるような可愛さを醸し出していた。
それに疑問符を浮かべ、コウキは問いかける
「てか、良いのかよ? あんた達は」
「もどったってー、どーせまたおなじよーなことになりますよー」
「ええ。今は行方不明という事にして貴方方の手助けをした方が、私達にとっても最善の選択と思います」
「私は、ミーコ様達についていきます」
「でしたら、ワタクシにも否定する理由はございません」
「――じゃ、長い付き合いになりそうだけど……よろしくな」
そう言って、ユウキはレナに手を差し出す。
レナは笑顔で頷いて、そっと手を添え、握手する。
「で、コウキは――」
「オレも文句ねえよ。それに、大所帯の旅なんて初めてだから楽しそうだ」
そう言って、コウキは手をあげ――ユウキとハイタッチし、それに続く様にユサミもユウキとハイタッチをする。
「言っとくけど――」
「来てくれんだろ? ――頼りにしてんぜ、ユサミ」
「うん」
「――あっ、あの……」
それに割り込むように、おずおずとレナが会話に入って来る。
「?」
「あの……ワタクシとも」
「――ああっ」
何を言いたいのか察したユウキとユサミは、まずユウキがハイタッチの手をあげ――レナは恐る恐る、パチンとハイタッチした。
そしてその手に合わせる様に、ユサミも手を挙げてハイタッチ。
「――こういう事は初めてです」
「まだまだこれから色々とやると思うよ」
「そうそう。貴族街じゃまずわからない事とかね」
「はい。色々とよろしくお願いします」
この日、火山の神獣ソドムに選ばれし者、ユウキ・ヴォルカノ
そして、氷海の神獣リヴァイアサンに選ばれし者、レナ・ウンディス。
互いに戦い合う夢に導かれたかの如く、集った7人はイフディーネを旅立った。
「うっひゃああっ! すっげえ、空飛んでるよっ!!
「本当! なんか気持ちいいね!」
「ワタクシも、空を飛ぶのは初めてです――きゃっ!」
「うわっ! ちょっ、レナ様!? 当たってる当たってる!!」
「ちょっ、ユウキ何してひゃあッ! ちょっ、どこ触ってるのよ!?」
「だーっ、柔らかいから暴れるな! って俺何言ってんだ!? ちょっ、待て落ちるだろ! だから暴れるなって!!」
「――なんか楽しそうだな」
「ですねー」
「あの……無理やり押し込んだのはお2人じゃないですか」
「仕方ないだろ、ワイバーン2匹しかいなかったんだから」
「ですー」
バランスを崩してユウキの背にしがみつき、たわわに実った果実を背に押し付けてるレナと、怒鳴った際にバランスを崩したユサミの、レナに負けない位にたわわに実った果実を、咄嗟に支えたユウキの手が鷲掴みしている状態。
そんな光景をのほほんと眺めつつ、コウキとミーコはゆっくりと空の旅を満喫し、コウキ達と同じワイバーンにまたがるユミとエリーは――
『――先行き大丈夫でしょうか?』
そう呟いた。