第4章 第4節
「へえーっ? 随分と楽しそうだな、ユサミ」
「ちょっ、何言ってるのよコウキ!!?」
「いやー、悪い悪い。ライバル出現で焦ってると思ったけど、これならまあ大丈夫か」
「誰の何のライバルよ!!?」
程なくして、コウキ達が合流し、そんなやりとりを交えつつユウキを運んだ先は、列車の残骸が存在感を主張する、鉱山の近く。
そこは条件こそ異なれど、レムレース各地に存在する“凪”と呼ばれる、人が魔法に“神殻”を扱う上での源、“神獣石”の力を阻害する地帯。
「ホントにここで大丈夫なの?」
「“凪”では、“神獣石”の発動は不可能ですので。魔法は勿論、“神殻”も“神獣石”を媒体としている以上は、ですね」
共存歴の始まりから始まった、魔法技術の復旧以降のあらゆる国家事業の執行において、最大の障害ともなる“凪”の所在地把握は、必要最低限であり重要事項。
ただ、決して忌まわしいだけの物として扱われる事はなく、“神獣石”の使用を前提とした魔法研究所、魔法や“神殻”の訓練場などは、暴走等の事故に備えて“凪”付近に設置され、国によっては宿舎と共に、都市から少し離れた地点にある事も少なくはない。
「魔法は便利ではある半面、危険も付き物ですからね。“凪”がなかったら、魔法研究の大半が成就される事はなかったって位に」
「そうなんですか?」
説明に相槌を打ったユサミの言葉遣いに、ユミが苦笑。
「ですから、普段通りの言葉遣いで良いですよ? ユサミさんの方が年上ですし」
「いえ、流石に貴族相手にそう言う訳には――」
「本人が良いって言ってんだから良いだろ。公式の場じゃアウトだけど、今は明らかに違うし」
「コウキ――わかったよ。えっと、ユミちゃんで良いかな?」
「でしたらワタクシもお願いします」
突如、期待に満ちた表情で割り込んできたレナに、今度はユサミが苦笑する。
「じゃあよろしく、レナ。あたしも、ユサミで良いで――良いよ」
「わかりました、ユサミ。よろしくお願いします」
「――なんか楽しそうだな」
「そうですね。自惚れ混ざってますけど、私以外の同年代と一緒になって笑う姿なんて、ウンディス家の侍女としてお仕えして以来初めてです」
「へえ、確かエリーだっけ? あんたも結構長い付き合いなのか」
「長いも何も、私の家は先祖代々、ウンディス家にお仕えする血筋なんです。おじいちゃんは執事で、お父さんは庭師。私もその例にもれず、三姉妹の皆さんの遊び相手から始まって、今は身の回りのお世話をさせて頂いてます」
「そうなんだ」
レナとユサミ、そしてユミが改めて友人としての結びつきが生まれるのを見届けつつ、コウキはコウキでそれなりに楽しい時間を満喫していた。
「ふーむ……」
年長(?)のミーコには、少々入りづらい空気を感じ取ったのか。
疲労やダメージがまだ抜けていない身体を引き摺りつつ、ある意味この中で一番重い負傷を負っているユウキの、見舞いをする事に。
「――本命が2人の上に、隠し玉かな?」
「コウキさん、下品な勘繰りはやめた方がいいですよ?」
「はーい――さて、一通り楽しい時間を満喫した所で、これからの事を考えないとな」
話に戻るが、今コウキ達が居るのは、“凪”である鉱山の付近。
それもコウキが用意した、氷石により適度な温度を維持したテントを2つ張って、更ににモンスター避けの香料を焚いた上での、キャンプの態勢を整えた場所で。
「これから、どうするの?」
「どうもこうも、移動手段なんかない所か、ユウキを“凪”から出す訳にはいかない以上、しばらくここで野宿――だろ」
「……それって、根本的な解決が全然できてない所か、余計酷くなったって事じゃ?」
ユサミが顔をしかめながらため息をつくと、ユウキがそうでもないと言わんばかりに、胸を張る
「おかみさんが何かの手を打ってくれるだろ――少なくとも、この有様は絶対イフディーネでも確認できる筈だから」
「あっ、そっか……ねえ、コウキ」
「ああっ、帰ったら真っ先に確認しなきゃならないな。流石に不自然な事があり過ぎる以上、オレとしても黙る訳にはいかない」
「――そうだね」
コウキとユサミは、目を見合わせた上で頷き合った。
「そんな訳で、多分救助は来るだろうから――と言っても、いつになるかは分からんが」
コウキのその言葉を聞いて、全員があーっと言わんばかりの表情になり、げんなりとした雰囲気となった。
ソドムの来訪からユウキの暴走まで、火山区画に走る鉄道が無傷だったとは思えない為。
「一先ずは、考えを纏める時間――とでも考えようぜ? イフディーネに帰れたとしてもユウキの事は隠せないんだから、山積みの問題をどう解決するか考えないと」
“隠す”という単語に、ユサミは首を傾げた。
「? 隠すって、どうしてそんな事?」
「――ユウキがソドムの神殻を、それもほぼ全身レベルの物を発動させたからだよ」
「はい。ワタクシと同等以上の力を有している以上――彼は間違いなく、ワタクシの対の焔として選ばれた方です」
「だったらなんで?」
「――いまのイフディーネのじょうせいはー、よくもわるくもレナちゃんをかなめとしてー、きのうしているからですよー」
「火山と氷海が均衡を保ってこそのイフディーネ――と言いたい所ですが、ワタクシの所為で貴族間ではその均衡は、完全に壊れて形骸化してしまいました」
「その影響と、私達ウンディスの御先祖様の活躍も相まって、雪の貴族には焔を見下す風潮が生まれ、議会も雪が有利となってしまいましたから」
ユサミは顔をしかめた。
少なくとも、レナの所為――というより、レナの才能や力を理由に、関係ない輩が思い上がっただけとしか思えなかっただけに。
「派閥ってのはそう言うもんだ。組織的に力が増せば、それが自分の力だって思いこんじまう」
「コウキ?」
「つまり、氷炎国家イフディーネの国内情勢は、良くも悪くもレナ・ウンディスが要となっている。そう言う流れが根付いちまった今、ユウキの存在はむしろ情勢を狂わせかねない危険因子でしかないんだ」
――まあ、神獣にとっては、オレ達人間の細かな事情なんて、知った事じゃないだろうからな。
それは、吐き捨てる様な言い方だった。
「何とか、ならないの?」
「出来ない訳じゃないさ。その力と、フォン・エールの弟子である事と合わせた上でなら、焔の方はやり方と交渉次第で、何とかなるかもしれないが--」
「……なんで? 列車での事って、焔の貴族が手引きしたかもしれないって」
「交渉次第でっつったろ? 少なくとも面子の面に目を瞑れば、焔にとっては悪い話じゃないさ。寧ろ問題は、雪の貴族の方だ」
コウキのはっきりと言い放った言葉に、3姉妹も侍女エリーも良い顔はしなかったが、否定もしなかった。
「――みみにいたいはなしですがー、ひていはできませんねー」
「あの……」
「ミーちゃんたちもー、りかいしてますよー。だけどー、ミーちゃんたちはじゅんすいにー、こまってるしみんをたすけたいのですー」
「やりたくない――それだけで誰かが死ぬ事に繋がる。それが私達の成すべき事ですから」
「……」
母が何故、騎士時代の事を話したがらないのか――それはこの辺りにあるのではないか。
騎士をやめて、下町の食堂兼宿屋エールのおかみさんをやっているのだって、もしかしたら――。
少なくとも、母が嫌いそうな話の類の為に、ユサミはこの連想が普通に出来ていた。
「……なんか嫌な話ばっかり」
「同感だ。まあこっちの場合は、何とかできるとしたら――ウォーゲームか」
「ウォーゲームが?」
ウォーゲーム
レムレース全土から集められた、世界一の座と国の威信をかけ、選び抜かれた力と英知を競い合わせる、共存歴の顔ともいえる世界的な祭典。
レナが雪の貴族の強気の要因となっているのは、このウォーゲームで優勝候補の一角として、数えられている所も大きいとされている為でもある。
「確かに、ウォーゲームの参加者として選ばれれば、その存在を無視することはできませんが、そう簡単にはいきませんよ。イフディーネの場合は議会の半数以上の賛成と、国王陛下の承認がなければなりませんから。幾らワタクシと同様の“神殻”の力を持っていると言えど、流石にウォーゲームで通用する証明とも言うべき功績がない事には」
「そっか――まあ議会と国王の方は賭けになっちまうが、功績自体は今からでも何とかなる筈。流石に国内では妨害もありそうだから、国外になるな」
「――外国で?」
「少なくとも、そっちの方がインパクトがある。国内外で無視できない程になれば、可能性も跳ね上がる――しかしだ」
コウキの神妙とした態度に、ユサミとレナどころか、ミーコにユミ、エリーもごくりと息をのみ、静かにコウキの言葉を待つ。
「――オレ達に移動手段がないという重大問題がある」
『――あっ』
――全員の時が、声が揃ったと同時に止まった。
そう、彼等には現時点で移動手段は歩く以外になく、イフディーネに帰るにしても国外へ行くにしても、長旅を乗り越えられるだけの装備どころか、蓄えもない。
「ユウキの暴走で、火山区画の鉄道は全部マヒしたと思って良いだろうし、イフディーネだって恐らくパニックに陥ってる筈だ。ここに来る事はしばらく出来ないと思う」
「そんな……じゃあ、どうするの?」
「火山区画のモンスターで、足になる奴とっ捕まえるしかなさそうだ」
「そうですね――それに、ユウキさんに“神殻”の制御方法を教えなければ、この場から離れる事も出来ませんし」
「じゃあオレが、足になりそうなモンスター探すから、その間ユウキとこのベースキャンプのガード、頼めるかな?」
「――はい」