第4章 第3節
「ぐっ、がうっ……!」
バルフレイが去り、たった4人残された火山区画のど真ん中。
苦悶の声を上げつつも、“神殻”が解除されないユウキに、レナが――
「――ごめんなさい」
まずは謝罪の声。
そして次に、自身の“神獣石”を取りだし、自らの“神殻”を展開。
「――!」
それもユウキと同等の、首から上を除いたほぼ全身を覆い尽くす程の物を。
その影響なのか、肩まで伸ばした蒼い髪は、“神殻”を展開したと同時に背まで届くかという長さに変わり、纏う冷気にゆっくりと流されるその光景は、清流をイメージさせた。
ユサミは目を見開いて、咄嗟にミーコを抱き締める様に抱え、身構えた。
「大丈夫ですよ」
それを見たレナは、ユサミに向けて普段通りの穏やかな笑みを向けそう告げると、ユサミはほんの少し間をおいて、ほっとした様に構えを解いた。
確かに突然の事で驚きはした物の、ユサミから見てレナからは、ユウキが醸し出していた力の奔流の様な、今にも暴走しそうな気配等、全く見せてはいない。
「ぐっ、ぎっ!」
「大丈夫――すぐに終わりますから」
「があっ! ぐっ!!」
危険を察知したのか、ユウキが立てないまでも抵抗の意を示そうとするのに対し、レナは振り回される腕を掴み、一瞬でユウキの腕を肩まで凍らせる。
それが溶かされない内に、もう片腕を今度はユウキの神殻の解除され、ピクリとも動かない腕の肩に当て、そこも今度は地面に縫い付ける様に凍らせる。
しかしすぐさま、湯気と共にどろりと氷の束縛が溶かされ始める。
「少しの間動かなければ――!」
すぐさまレナはユウキに馬乗りになって、“神殻”の核となっている強い深紅色の光を放つ“神獣石”の周囲に向け、抉る様に指を突き立てる。
「ぎゃああああああああああああああああああああっ!!」
ユウキが断末魔をあげる中で、レナはユウキの“神殻”から“神獣石”を引き抜こうとする。
レナ自身には、ユウキやユサミ程の身体能力はなく、全開時こそ無理だろうと今の弱っているユウキの“神殻”なら――
バキッ!!
まるで木をへし折った様な鈍い音が鳴り、深紅色の“神獣石“がレナの手で引っこ抜かれた。
「ああぁぁぁっ……ぁっ……かはっ」
レナは即座に、引っこ抜いた深紅色の“神獣石”を氷結させ、その上に封印術式を施す。
強い深紅色の光は封印の影響を受け、光を弱めて行き――まだ残っているユウキの神殻が、まるで風化する様にサラサラと砂を崩す様に消え去り、ユウキも断末魔が肺活量出しつくしたかという様に、意識を手放した。
「――ふぅっ」
ユウキが意識を手放したのを確認すると、レナは“神殻”を解除し、ユウキの“神獣石”握り締めたままで、ふうっと一息をついた。
「うっ……あれ?」
「あっ、気がつかれましたか? ミーコ様」
「あれー、ユサミちゃんですかー? あのー……あっ、ユウキくん」
目を覚ましたミーコが、まず自分がユサミに抱きかかえられている事を確認し、次に周囲を見回し――“神殻”が解除され、横たわっているユウキを見つけ、安堵の表情を浮かべる。
「よかったですー……あれー?」
そして、“そのユウキの腹の上で、馬乗りになったままのレナ”を見つける。
「あの、ミーコ様? どうかし――あっ!」
「え? あの、ミーコお姉さまにユサミさん、なにを――きゃっ!」
ユサミが驚きの声をあげて、レナが疑問符を浮かべた後に自分が何をしているのかに気付いて、軽い悲鳴を上げながらユウキから転がる様に飛びのいた。
元々姉妹で過ごす事が多く、男性との縁等ほぼ皆無な環境で育ったレナには刺激が強かったらしく、雪の様に白い肌は火山の色に当てられたかのように真っ赤になり、言葉にならない声を上げ続けている。
「…………!?」
「まー、レナちゃんはだんせいとふれることなんてー、おとうさまいがいなかったですからねー。おんしつのー、じゅんすいばいようですー」
「――あー、確かにそれでこれは刺激が強そうですね」
少々動揺し過ぎだとユサミは思ったが、ミーコの説明で納得したように頷いた。
そしてミーコはうーんと、ユウキとレナを見比べて可愛らしい動作で唸る。
「うーん……ユサミちゃん、ミーちゃんをユウキくんのところにつれてってくださいー。ユウキくんのちりょうをしますからー」
「え? ええっと……はい」
まだ心身ともに疲労がピークだと言うのに、ミーコは気丈にユサミに指示してユウキの下へと、抱きかかえられながら向かう。
それを見てレナははっと我に帰り、深呼吸をして顔をはたいて、平常時の精神状態へ。
「ダメですよ、ミーコお姉さま。まだ安静にしていなくては」
「おやー、もうふっかつしましたかー? ――じゃあミーちゃんぽーしょんのちょうごうしますから、ちゆまほうをほどこしてくださいー」
ここだけの話、ポーションの調合など知識面ではミーコが三姉妹でも断トツであり、レナも自分がやるよりもミーコがやる方がいいと思っている為、素直に頷いた。
「えーっと……」
断熱マントを地面に敷き、その上でミーコはユサミに抱っこされながら、ポーションの調合を始める。
「うわぁっ……!」
ユサミはその手際の良さに速さ、巧みさに目を奪われた。
子供位に小さな体からは想像できない、手際の良さに速さでぱぱっとと言う風に調合し、その動きには躊躇はない。
「……はぁっ」
その傍らで、ユウキの負傷個所を淡い水色の光に包まれた掌で撫でるレナを見て、ユサミはため息をついた。
そもそも、知識の面で下町の市民であるユサミが、貴族であるミーコやレナに勝てる訳がなく、応急処置ならまだしも大掛かりなケガの対処など出来る訳もない。
昨日と言い今日と言い、どうにもこの旅で役に立ってると言う実感が、ユサミにはわかなかった。
「――応急処置ですが、一先ずはこれで」
治療は終了し、レナがミーコの治療を始める傍で――。
「――あの、なんであたしが?」
「いえいえー、ミーちゃんまくらがないとねれないのでー」
「それは良いですけど――」
左の腿にミーコ、右にユウキという形で、膝枕をしていた。
「なんでユウキまで?」
「かれもじゅうしょうにんですからねー。ユサミちゃんもー、わるいきはしないですねー?」
「――なんだかどうも、耳年増な子供にからかわれてる気分」
そう言いつつも、落ちついたのかスースーと寝息を立ててるユウキを見ては、安堵の表情を浮かべそっと頬を撫でてやる。
「――お姉様、あまりからかうのは」
「いまだけは――ですよー。レナちゃんもわかってるはずですよー?」
「……そう、ですね」
「――?」
その様子を見ながらのレナとミーコの会話に、ユサミは重い雰囲気を感じ疑問符を浮かべた。
「ところでユサミちゃーん。ユウキくんのコトですけどー」
「ユウキの、ですか?」
「彼の生い立ちについて、お聞きしたいのですが」
「生い立ちって……ユウキの両親は、あたし達が幼い頃に病気で死んじゃって、それからはユウキはウチに引き取ったんです」
「――その御両親については?」
「おじさんはお母さんの騎士時代の同僚――勿論近衛じゃなくて、ヒラの騎士だったそうなんですが、あたしもよくして貰いました。ただおばさんは、あたし達が物心ついた頃から病気を患ってて、あたしも顔を合わせた事はないんです」
レナとミーコは、顔を見合わせ――頷いた。
「そのお母さんについては、何かわかりませんか?」
「え? ――いえ、何も。お母さんも何も教えてくれなくて」
「――やっぱりー、いまこのばでてにはいるじょうほうではー、むりみたいですねー」
「あの、さっきから一体……?」
「おーい!」
ユサミが問いかけようとするのを遮る様に、声が割り込んで来た。
振り向いた先には、コウキがユミにエリーと一緒に、こちらへ向かって来ている
「――あとでおはなししますよー。あまりー、こういうせいじてきなはなしはー、しみんのかたにはー、きかせたくありませんけどねー」
「仕方ありませんよ、ミーコお姉様――元々が政治的な話でこうなってしまったのですし、これからの事にしても、当事者であるユウキさんもまた市民ですから」
「ちがいありませんねー」
ミーコはゆっくりと起き上がるも、レナに身を預ける様に身体をよろめかせ、レナが慌てて支える。
「ならせめてー、だかいさくをかんがえるとしましょうかねー」
「そうですね」
レナは表情を引き締め、未だに意識の戻らないユウキ。
そして、そのユウキに膝枕しながら、沈痛な表情で見つめるユサミを見つめる。
「――きになりますかー?」
「ええ」
「イフディーネはらんせをむかえるかー、あらたなじだいがはじまるかー……いったいどちらなのでしょうねー?」
「――出来れば後者であると、願いたいのですが」