第4章 第1節
「大丈夫ですか、ミーコ様!?」
「……なんとかー……たすかったみたいですー」
心身的に既にピークを通り越したミーコは、ユサミが駆けより目の前に来た事で安心し、くたっと脱力する様に倒れようとしたのをユサミが支え、そっとミーコを抱きかかえる。
「――すぐに安全な所へ避難しますから」
「……ありがとー……ですー……」
ユサミはミーコを支えながら、おんぶに移行して負担にならないよう、ミーコの体勢を調整し、ミーコもユサミの肩に顔を埋める様な形で身を預けると、ゆっくりと意識を手放した。
「よいしょっと……」
体勢を整え、ユサミはミーコを揺らさないよう、バルフレイとユウキに警戒しつつ、後退し始める。
「……ユウキ」
ユウキまで警戒しなければならない事に、頭では理解こそしていても、幼馴染として辛い物を抱きつつ。
「……」
その一方でバルフレイは、ユサミがミーコをおんぶし、後退していくのを妨害すべきかするまいか――こちらも隠れた逸材かもしれないなら、逃がす事には抵抗がある。
そう考えていると、本来の目的であるレナが自身と相対したために、優先すべき事柄がある以上ユサミから視線を外した。
「――イフディーネ随一の美女に加え、誰かは知らねえが負けず劣らずの美人ちゃんのお出迎えたあ、羨ましいこったねえ」
「……余裕ですね。ご自慢の武装を失ったと言うのに」
「確かにパワーアームはねえが、それがなきゃ何も出来ねえって訳じゃねえよ」
そう言って、バルフレイはボキリと生身の左拳を鳴らし、レナも愛用の槍をヒュンヒュンと風を切る様に流れる動作で構えを取りバルフレイと相対する。
「――隙がねえ、か」
ちらり、と――ひびの入った個所、腹を抑えて膝をつくユウキに目を向ける。
今でこそ、身体を包む神殻に亀裂の入った腹を抑え、息を荒げながら膝をついている物の、今までバルフレイの猛攻を受け、その程度で済んだ者などユウキが初めてだった。
「……」
次に、自身と相対するレナに、視線を向ける。
レナ自身が気品の漂う美人というのもあってか、無駄のないその構えは独特の美しささえも醸し出している上に、バルフレイから見ても隙が殆どないと言う、感心する様な物。
更に先ほど、ユウキの覚醒で流れたが、両手両足に展開された“神殻”を思い出し、好戦的な笑みを――一瞬だけ浮かべ、すぐに消す。
「はあっ!」
気合の掛け声と共にダンっと、地面を踏み壊すかのように踏み込み、パワーアーム装着時とは比較にならないスピードで、レナと距離を詰める。
「――! 速い……!?」
パワーアーム装備時のバルフレイのスピードを想定していた為、レナは一瞬動揺した。
「ひゃっはあっ!」
その隙を見逃すバルフレイではなく、パワーアーム程ではないが、バルフレイの拳の打ち合いに十分耐えうる鉄腕をレナめがけて振るう。
レナも迎え討つよう、槍を握る右手を下げる様に右半身を一歩下げる体勢で、掌を水の膜で覆い尽くした左手を――バルフレイの剛腕と比較すれば、棍棒と花の茎に等しい細腕を、掌を覆う水がやや斜めの軌道を描く様に突きだす。
バルフレイは怪訝に思い拳を止めようとするも、タイミングを合わせて突き出された為、止めようとするより先に拳がレナの掌とぶつかり――。
「――!」
バルフレイの身体が、流れる様に逸れた。
正確には、レナの掌に拳がぶつかると同時に、レナの魔力の込められた水でバルフレイの拳を捕らえた上で、その勢いと合わせる様に水の軌道を流動させ、バルフレイの体勢を崩す。
その隙を逃さず、槍の穂先をバルフレイの足に、石突きを肩に引っ掛け、その勢いを利用して投げる様に槍を回し、バルフレイは顔面から地面に突っ込んで、背中から地面に倒れ込んだ。
「――!!? ……ってえ」
顔面を打った所為で顔面の至る所に擦り傷を負い、鼻血が垂れるのをグイッと拭いながら、ゴキゴキと首を鳴らす様に回しながら、バルフレイが立ちあがる。
「女だからと甘く見るからですよ」
「油断したつもりはなかったんだが、どうもそうらしいな」
レナ・ウンディスの強さの一端――それに触れ、楽しそうに口元を歪める笑みを浮かべながら。
「オレはなあ、女だろうが男だろうが強えんなら関係ねえ――強え奴との戦いだけ得られる、脳髄から血の一滴までぐつぐつと沸騰する様な高揚感が、何よりも大好きなんでね」
「――ワタクシには理解しかねます」
「理解しなくていいさ! ただ生き残るためには、オレを倒さなきゃならねえ――そう言う認識さえ持ってりゃあな!!」
「――なら、そうさせて貰おうかな?」
その会話に割り込む様に、ミーコを背負ったままのユサミが、レナの隣に並び立つ。
「――おやおや、甲乙つけ難しの美人2人に相手して貰えるなんて、男冥利に尽きるぜ」
「レナ様と甲乙つけ難しって所には、素直にありがとって言っておくわ」
「――ユサミさん」
「レナ様1人置いて行ける訳ないですよ。それにユウキの事だってあるんだから、少なくともこいつを足止めしなきゃ、何もできないじゃないですか」
実際その通りで、ユウキはゆっくりと立ち上がり、神殻の解除された片腕をだらりと垂らしたまま、もう片腕に溶岩を取りこむかの様に纏い、その溶岩は肥大化する爆弾の様な雰囲気を醸し出していた。
「――それにあたし、薬なんて持ってないし治癒魔法も使えませんから」
「え? あの、ちょっと!」
「ごめんなさい!」
レナにミーコを押し付ける様に渡して、ユサミはバルフレイめがけ、駆けだした。
「可愛い顔してじゃじゃ馬か。良いねえ、実にオレ好みだ」
「生憎だけど、あたしはあんたみたいなの好みじゃないの!」
「そりゃ残念!」
両拳を打ちつけ合い、バルフレイの基本パターン、地面を壊すかの様な踏み込みからの弾丸の様なスピードで飛び込み、右の鉄腕を振るう。
「――お母さんより断然遅い」
その拳をユサミは軽快に受け流し、回し蹴りをバルフレイの背に叩き込んで、連続で延髄切りを仕掛ける。
それをバルフレイは踏みとどまり、裏拳を振るうもユサミはしゃがんで交わし、正拳突きをバルフレイに叩き込み――。
「やあっ!!」
懐に入り込んで背負い投げ。
バルフレイは咄嗟に受け身を取り、ユサミから距離を取り――。
「――!」
突如、そのタイミングを狙ったかのように、ミーコを抱きかかえたレナが右手に“神殻”を展開し、無詠唱魔法で幾多もの氷の槍を作りだし、バルフレイ目掛けて撃ちだす。
「ちぃっ! すぅーーーーーっ……!」
バルフレイは息を思い切り吸い込んでぐっと止め――無数に襲いかかる氷の槍に、拳の連撃を叩き込み、一撃一本のペースで打ち落とし始める。
「――おらあっ!」
最後の一本の叩き落とし――そこを狙い、ユサミが駆けだすのを見てバルフレイは右拳を構え、ユサミは身体を回転させ、回し蹴りをバルフレイの拳にぶつける。
ただし、ユサミの一撃はバルフレイの一撃に威力で負けている為、勢いを受け流す様にして、もう片足をバルフレイの顔面にブチ込み、踏み台にして距離を取った。
「軽い軽い」
と口では言う物の、バルフレイは不自然さを拭えなかった。
バルフレイとて、世界を股に幾多もの賞金首――それも、高額な懸賞金の懸けられた名のある実力者を相手にしてきた、名のある賞金稼ぎである。
その自分と対等に戦える者等、限られていると言うのに――。
「――お嬢ちゃん、あいつの名は知ってるか?」
「あいつ? ――ああっ、ユウキ。ユウキ・ヴォルカノ」
「ユウキ・ヴォルカノ……か。聞いた事無いな。で、お嬢ちゃんの名は?」
「ユサミ……ユサミ・エール」
「エール? ……イフディーネでエールって、まさかフォン・エールの!?」
「フォン・エールは、あたしのお母さんだけど?」
「……マジかよ」
ここに来て、やたらとそう言う相手に出くわす事に、違和感を感じずにはいられなかった。
「……これが偶然か? しかも」
ユウキが暴走状態で在る為に、多少予想が入り混じった答えではあるが、バルフレイは確信していた。
レナには、ユウキに匹敵する実力がある……と。
「ちょっと待て!」
「――?」
急にバルフレイがそう宣言し、戦闘の構えを解いた上に、戦闘の意思がないと言う様に両手まで上げてアピールする。
レナもユサミも警戒を怠らないまま、自身達も構えを解く。
「――1つ聞きたいんだが」
「――何か?」
「ユウキって言ったな? “アイツ”は一体何者だ?」
リヴァイアサンの加護を受けた、レナという神童を抱える雪の貴族の増長。
それ故に反感を持つ焔の貴族の依頼により、レナを暗殺する為――バルフレイがここにいるのは、レナに匹敵する焔が居ない事から生まれた火種。
しかし、先ほどまでやり合っていた暴走状態に陥ったユウキは、正気であれば十分レナ・ウンディスに匹敵する戦士であると、歴戦の感は結論付けていた。
――故に、ユウキの存在はバルフレイがここにいる理由の、矛盾点になる。
口にこそ出さないが、流れによってはイフディーネのお家騒動に巻き込まれ、報酬の割に遭わない事態になりかねない――バルフレイとて、権力闘争に巻き込まれろくな試しになった事等、一度としてない為に。
「――下町の料理人よ」
「――は?」
ユサミの答えに、バルフレイは唖然とした。
ーー全然進まずで、間に合うかどうかが不安です
正直、他所の作品読む時間もおしい位で、すみません。