第3章 第8節
――一体、何故こんな事になったのだろう?
ユサミはそう思わずにはいられなかった。
「……」
「――? あの、ユサミさん?」
目の前の女性……雪の貴族の筆頭である名門、ウンディス家の一員であり、氷海の神獣リヴァイアサンの寵愛を直接授かった神童、レナ・ウンディス。
彼女と戦っている――そんな夢を、連日のように自身の幼馴染、ユウキ・ヴォルカノが見ていた事が、全ての始まり。
その謎は、ユウキがこのイフディーネにおいて、リヴァイアサンと双璧をなす神獣、ソドムの寵愛を授かったことで解決した――が、そのこともまた謎を呼んでいた
「――聞きたい事があるんですけど、良いですか?」
「……“神殻”の事、ですか?」
「――はい」
ユウキの変わり果てた姿――深紅色を基調にした様な、先ほど見た怪獣ともいえる巨大な何かを思い起こさせる様な甲殻に包まれた、あの姿。
それは変貌したコウキの腕、レナの両手両足と――それぞれ形や色、扱う力の質こそ違っていても、感じは似通っていてユサミには簡単に連想できた。
「――彼がユウキさんではない様に思えましたか?」
レナが、ユサミの瞳をじっと見据える様にして、そう問いかける。
「――確かに、最初はそう見えました」
否定はできない事は確実にあった。
けれど――
「でも……ユウキはもう、殺さなきゃ止まれない訳ではないでしょう?」
「――はい。力の暴走ですから、力を消耗させれば維持が出来ず、解除されます」
「なら別に二度と戻れない訳でも、殺さなきゃ止まれない訳でもない。考えてみればユウキがユウキじゃなくなった要素なんて、何もないですよ」
「――わかりました」
“神殻”は使い手の才覚と使い方次第で、国家戦争の戦局所か、歴史を左右する力をも発揮する事もあるが故に、レムレースという世界には、今回の様な暴走だけではなく、差別や迫害に始まり、支配、殺戮、闘争と、様々な黒歴史も多く存在する。
故に、神殻を使いこなせる貴族といった特権階級では、親から子へと貴族としての生き方と共にそれらの黒歴史を学ばせ、繰り返してはならない教訓として学ばせる事が、遵守されていて、王国騎士においても黒歴史の授業が騎士団長自らの手で行われており、順守できないと判断されれば、様々なペナルティも存在する。
「――どの道、目の当たりにしてしまった以上、貴方には知る義務がありますから。ただし、神殻に纏わる全ての事は、一切口外してはならない事を順守してください」
「――はい」
――その一方。
「うおらあっ!!」
「ぎぃぃいがあぁぁっ!!」
咆哮を挙げる溶岩と雷電。
そんな連想をしながら、ミーコは自身の回復に勤しみつつ、2人の戦いを見届けている。
雷の破壊力を表現するように、弾丸の様なスピードで距離を詰め、稲光を纏った乾坤一擲の一撃を放つバルフレイと、火山の破壊力を表現するように、周囲も足場も溶かしながら相手を追い詰め、溶岩を纏った必殺の一撃を放つユウキ。
「くっはあぁっはっはあっ! 良いねえ、この血が沸騰する様なこの高揚感!! 楽しいねえっ、この殺るか殺られるかのこの感覚!! テンションあがるぜええええっ!!」
激突の度にテンションを上げ、それに比例させるように尻上がりに動きをより鋭敏にし、攻撃もより重くしていき、歓喜しながらバルフレイは叫び、。
「ぐがらぁあっ!」
トールハンマーを受けた所為で防衛本能が働いたのか、動きが先ほどの呆然としたかのらりくらりとした物から一転、普段のユウキの様な俊敏な動きとなり、まるで斬撃の様に獣が爪を振るうかの如く溶岩を操り、繰り出していく。
2人が――溶岩と雷電がぶつかる度に、地面は溶けあるいは焼けて行く。
「まだまだ温いぜえ!!」
右の鉄腕を振りかぶり、拳に雷を纏わせ集中させ始める。
それを見たユウキも、マネをするかの様に溶岩を集中させ、ボコボコと音を立てて今にも爆発しそうな拳を振りかぶる。
睨みあい自体成り立たない以上、バルフレイは先手を取るべく一歩踏み込み、弾丸の様なスピードで距離を詰め、ユウキもそれに合わせる様に拳をバルフレイめがけて突き出し――
「――!」
溶岩を噴出させ、バルフレイを跡形もなく吹き飛ばす――事はなかった。
バルフレイは拳を突き出さず、ユウキの拳を受け流す様に身体を反転させ、裏拳でユウキの背をとらえていた為に、溶岩の噴出はバルフレイに当たる事はなかった。
「……今のはまともにぶつけてたら、ヤバかったぜ」
――とはいえど、バルフレイも胆が冷えていた。
破壊力に関しては、明らかにユウキの方が上――これで理性を保てていたら、今の一撃は間違いなく自身が消し飛んでいた為に。
そう判断出来るからこそ――バルフレイのテンションは、まさに最高値だった。
「――だからこそ面白えんだよぉぉおっ!!」
叩き込んだ裏拳で薙ぎ払い、ユウキを地面にたたきつける。
溶けかけている拳でユウキを掴み、そのまま地面にユウキを叩きつけ、パワーアームをめり込ませ、身動きが取れなくした後に――
ガシャッ!!
パワーアームがバルフレイの腕から外れ、その中のベースとなる義肢――バルフレイ指針の腕とほぼ変わらない大きさの鉄腕が姿を現した。
「男は黙ってぇっ、鉄拳粉砕ぃい!」
自身の座右の銘を叫び、バルフレイはまず重量のあるパワーアームに抑えられ、身動きが取れなくなったユウキの顔面に、右の文字通りの鉄拳をブチ込み、そのまま勢いに乗るように連撃を顔面めがけて繰り出し続ける。
「ぎっ! がっ、があぁっ!!」
「パワーアームの重量、甘く見て貰っちゃあ困るぜえ」
そんな中で、自身の身体を掴んでいるパワーアームを外そうと、ユウキはもがくがびくともしない。
代わりに、叩きつけられている地面の方が、今にもパワーアームをよりめり込ませる様な不吉な音と響かせていた。
「どうやら破壊力はお前が上だが、パワーはオレの方が上の様だな」
右腕を再度パワーアームに装着し、機能が同調した事を確認すると――バルフレイは、ダンと踏み込み、パワーアームの右腕に力を込める。
「うおらっ!」
ユウキごと地面を抉り取り、その勢いのままユウキを宙に放り投げる。
バルフレイは再度パワーアームを外した上で、ユウキを追撃。
「――!? さっきとは、だんちがいにはやい!?」
その様子を見ていたミーコは、目を疑った。
先ほどまでのバルフレイの弾丸の速さではなく、電光石火の速さと表現出来る様な、段違いの速さだったが故に。
「ひゃっはあっ!」
その段違いのスピードでユウキに追い付き、腹にひざ蹴りを叩き込む。
そして連続でユウキの顔面に右ストレートを叩き込み、そのまま両拳で連撃。
「ぎっ、がっ、ががあぁっ!」
「おらあっ!!」
ユウキの身体をボディブローで浮かせると連撃を止め、ダンっと踏み込み渾身の一撃をユウキに叩き込み、ユウキは背中から地面にたたきつけられ、それでもなお勢いが止まらず、ゴロゴロと地面を転がって行く。
「ぐっ……げほっ! げほっ!」
せき込みながら、ゆっくりと立ち上がるユウキ――の腹を包む神殻にヒビが入っていた。
「――やっとヒビが入りやがったか。随分と身体作り込んでやがんだな」
ここまでやって、漸くヒビ――というのは、初めての経験。
神殻の強度自体、魔力がどれだけ強かろうと、媒体である身体が追いつかなければ無意味である故に、ユウキのタフさには目を見張った。
「――ま、長持ちすんのはいい事だ」
バルフレイの右腕が、バヂバヂと放電し――先ほど外したパワーアームが、屋の様なスピードで引き寄せられ、バルフレイの右腕にはめ込まれ、調子を確かめる様に拳を開け閉めする。
「ぎっ……がああああああああああああああああああっ!」
ユウキが急に咆哮を上げ、右腕に高熱を纏わせながら思い切り振り上げ、地面にたたきつける。
「――? なん……!?」
バルフレイの言葉は、少しだが揺らいだ地面に違和感を感じたことで途切れた。
胸騒ぎが走り、バルフレイが後ろへ飛びのいたと同時に、先ほどまで経っていた場所から間欠泉の様に溶岩が噴出し、その周囲の地面も呼応する様に赤く染まり始める。
「あちちっ! おい、マジかよ!?」
噴きだした溶岩が地面を侵食する様に溶かしていき、地団太を踏む様にそこから避難するバルフレイの足場を奪っていく。
「くっそ!」
比較的高い場所を見つけ、そこへ飛び乗り――背筋に悪寒が走った。
「――!?」
ユウキの地面に突き立てた右腕に、先ほどの様なボコボコと音を立て、今にも爆発しそうな雰囲気を漂わせる溶岩を纏わせ、こちらを見据えていた為に。
その事に気付いたバルフレイは、すぐその場から離れようとしたが――遅かった。
「ぎがあっ!!
咆哮を上げ、拳を突き出し――圧縮された膨大な溶岩が噴火する様に一直線にバルフレイめがけ、噴きだされた。
その勢いはバルフレイにも交わし切れる物ではなく、咄嗟にパワーアームを盾にしてガードする。
「うっ――ぐぅっ!!」
パワーアームにはめ込まれた“神獣石”の黄色い輝きが強まり、強烈な稲光がバルフレイの鉄腕を包みこむ。
「うっ、うおおおおおっ!!」
それでガードし、事無きを得たと思ったのもつかの間。
パワーアームが溶岩の熱に耐えきれず溶け始め、バルフレイは“神獣石”を外し、パワーアームを切り離して回避。
パワーアームを代償に交わした溶岩の奔流は、そのままバルフレイの後方を一直線に薙ぎ払い、綺麗な一本線を描く様な溶岩の川が出来上がった。
「あっちいっ……てかおいおい、あれ高かったんだぞ!!」
「――何気にセコい事言ってるなあ」
「ですが、エクスマキナの技術はとても高価だと言う話は良く聞きます。お金の問題を考慮にいれなくても、少々尻ごみする方はいますよ」
バルフレイの叫びに入るツッコミ。
なんだあ、とバルフレイが振り返ると--。
「――ミーコ様は、あそこみたい」
「――でしたらユサミさん、お姉さまの事お願いできませんか? あの賞金稼ぎは、ワタクシが抑えますので」
「わかりました」