第3章 第7節
――一体、どれ位の時が立ったのだろうか?
――一体、何度杖を振るい、何度氷石の投げナイフを投げたか、何度氷結魔法陣を展開したか、何度相手を閉じ込めたのか。
等と考える余裕などないまま、ミーコ・ウンディスは目の前の脅威。
「――うぅぅーっ……あぁぁーっ……」
ぼんやりとしながら唸り声をあげつつ、ゆっくりと歩み寄ってくるユウキを見据える。
「はぁっ……はぁっ……」
息を切らし、膝をつくその姿に余裕どころか、普段の愛らしさ所など微塵も感じられないその姿は、寧ろ哀れみを感じるほど弱った状態のまま。
“神殻”も胴体部は全て剥がれ落ち、今や両腕のみとなった“神殻”すらも、徐々に剥がれ落ちていて、陥落も最早時間の問題――というよりここまで持った事自体、神殻の知識がある者が見れば、間違いなく惜しみない称賛を送っただろう。
「――まだまだ……ですー」
それすらも、心身ともに手製のポーション(デフォルメの似顔絵ラベル付き)で、騙し騙し――そのポーションも尽き、“神殻”も肩が全て剥がれ、二の腕が剥がれ始める中、ミーコはハッタリでしかない掛け声をあげる。
それでもユウキは手を緩める事無く、地面に手を突き立てて抉り取り、抉り取った地面を溶かして溶岩とする。
「うぅっ……どうやら、ここまでですかー」
如何にも泣き出しそうな風貌にも関わらず、ミーコは泣く事はしなかった。
ユウキの拳が握り締められ、溶岩を纏い振り上げ――
「ぬおおおぉおおおおおおおおおおおおおっ!!」
突如、響き渡る咆哮。
ミーコが見た先――まるで弾丸の様に跳びかかる、胸から腹にかけて焼け爛れた傷跡を刻んだ、バルフレイ・ヴァルガの姿を。
「おぉぉらああああっ!!」
「ふぐっ!!?」
ダンっと、地面を踏み抜くかのように踏み込み、生身よりも明らかに太い鉄腕を振るい、その拳をユウキの顔面にブチ込み、そのまま地面にたたきつけた。
叩きつけたと同時に、パワーアームにはめ込まれた神獣石が黄色く輝き、拳から稲光を放出しつつ、更に抑えつける。
「――おもわぬえんご……ですー」
よろよろと、ミーコは近くの物陰に身を隠し、気を失わない様に水と気付け用のポーションを取りだす。
流石にバルフレイ――自分達を狙ったと思われる相手に助けられたのは、少々複雑ではあったが、現状誰に助けられたかを気にする等という贅沢は出来ず、今は警戒しつつ体力と精神の回復に勤しむ。
「――うっ……うぅっ……」
稲光が治まるとバルフレイが飛び上がると、よろよろと起き上がるユウキの頭上に、ギロチンの様にパワーアームで薙ぎ払う様に振り下ろす。
吹っ飛ばされ、全力投球したボールの様にユウキは弧を描きながら吹っ飛ばされ、ゴロゴロと地面を転がり、それをバルフレイは弾丸の様なスピードで追撃する。
「……やっぱりー、こうげきりょくがあるとー、ちがいますねー」
攻撃を当てる事自体は、寧ろ簡単だった。
そもそも、ユウキのあの状態自体が意識を保てず、朦朧としている状態であり、そんな状態で俊敏な動きなど出来る訳がない。
今のユウキは、“神殻”の攻撃力と強固さ、広範囲攻撃にさえ気をつけ、ゆっくり消耗させれば、勝てない相手ではないし、そう言う戦いは寧ろ、テクニックと頭脳に長けたミーコの得意分野なのだが――いかんせん、消耗させきるには元々ミーコの苦手分野の、攻撃力と体力が不足し過ぎていた。
「…………(ぎりっ!)」
――才能に恵まれてはいても、器である身体がその才能を存分に活かし切れない。
自らが生まれ持った物に対するこの評価を、ミーコ自身も受け入れてはいたが、それでもこういう現実を目の当たりにし、何も感じられない訳ではなかった。
「うおらっ!!」
「がごっ!!?」
――そんな事をミーコが考えている間に、バルフレイの鉄の拳がユウキの胴体にめり込み、地面にたたきつけられていた。
ユウキと同じ、魔法よりも身体能力――しかしこちらは、パワーを重点に置いた戦闘スタイルに加え、数々の歴戦をくぐり抜けた経験則は、確実にミーコがやるよりも圧倒的にユウキを翻弄し、相手になってはいない。
「……があっ!」
「――へっ」
ユウキのパンチとバルフレイがパワーアームでガードし、先ほどの広範囲攻撃の反動で神殻がはがれ、だらりと垂れ下がる腕を左手でつかみひっぱり、体勢を崩したと同時にパワーアームの拳を叩き込み、吹っ飛ばして岩山に激突させる。。
コウキとの交戦でついた傷、先ほどユウキに薙ぎ払われた際の火傷と、決して軽い物ではない傷を負ってなお、バルフレイはユウキに歩み寄る。
「ぎっ……ぎぎっ……」
「立てクソガキ。こんな傷刻んだ分、もっと楽しませろや」
「ぎがっ……があっ……!」
自身の叩きつけられた岩山をむしる様に掴み、それを溶かした溶岩を腕に纏い――
「遅えよノロマ」
振るう前に、バルフレイの生身の左拳が、神殻で覆われていないユウキの顔面にブチ込まれ、それと同時に左足を踏み込んで鉄腕のアッパーを腹を叩き込む。
上空に吹っ飛ばされるユウキを追撃する様に、バルフレイはパワーアームに稲光を纏わせながら振り回し、その勢いのままに跳び上がる。
「暴走状態ってのが惜しいねえ。もしかすりゃ、思いっきり楽しめたのによおっ――だが、終わりだ。トールハンマー!」
重量のある鉄腕に勢いをつけ、更に最大攻撃魔法を纏わせた一撃は、雷のごとくユウキの身体に突き刺さり、その勢いのまま放電音を鳴らしながら地面に叩きつけられた。
「――今のは?」
稲光が走り、地面に突き刺さる。
それは、まだ距離の離れた地点にいるレナとユサミにも、届いていた。
火山区画に雷は落ちない以上、思い当たる要素は2人にもすぐに浮かび――。
「――まさか、先ほどの!?」
「あいつ!? まさか、ミーコ様とユウキに!」
「急ぎましょう!」
焦燥感を募らせ、2人は駆けだした。
「――やっぱり、コウキにも来てもらうべきだったかな?」
「その辺りは、仕方ない部分もあります。あの直撃を受けて、まさかまだ戦闘が出来るだなんて、ワタクシも思いはしませんでした」
「――もう呼びに行ってる時間はないし、急ぐしかない……ですね」
「はい」
「――今の!」
そして、コウキ達の居る場所にも、稲光と轟音は届いていた。
「――バルフレイか。あのヤロ、どうやら無事だったようだな」
「――だっ、大丈夫でしょうか? ミーコ様は……それに、レナお嬢様に、ユサミさんに、ユウキさんも……」
「落ちついて、エリー。大丈夫、お姉さま達はそんな簡単にやられたりはしないから」
「そうだよ、だから動揺した状態で、ポーションを調合しないで!」
先ほどの――エリーが調合の製法を間違えたポーションを使った為に、言葉にしようもない激痛が走った為の断末魔をあげたばかりの為、コウキも慌てて宥めていた。
「――やっぱオレも行くべきだったか」
「無理言わないでください。そんなケガを負っていては、無理ですよ」
「――多少無理した方がまだよかった気もするがな」
「……それは流石に否定はできませんが、でもダメです」
――この会話を聞いて、流石にエリーは縮こまってポーションを調合していた。
「それより、ユミお嬢さんも休んどけ。あんたも直撃受けたんだろ?」
「――これ位平気です」
「おいおい、流石に女の無理する姿なんて見てて気分いいもんじゃないぜ?」
「……わかりました。その代わり、貴方も大人しくしててください」
はいはい、とコウキは肩をすくめた所で、調合を終えたエリーが治療の準備を始める。
「では、まずユミ様の治療をしますので、少し離れてもらえますか?」
「やだ……なあ、覗きゃしねえよ」
「――今の間はなんですか?」
「……明らかに今“やだ”とだけ言おうとしましたよね?」
「してないしてない、ちょっと言葉がちゃんと出なかっただけだって。まあ誤解させたのは悪かったよ、ごめん」
結局、治療が終わるまでコウキは2人分の冷たい視線に晒される事となった。
バヂバヂと音が鳴る。
その次に、足跡がなり――ゆっくりと上がる煙に人影が浮かび、拳に確かな手ごたえを感じながら、バルフレイが姿を現わす。
――が、その手ごたえを感じる拳を見て、顔を少々しかめていた。
「――拳が溶けちまった、か」
彼の右鉄腕、パワーアームの重厚な造りの拳――とは言えない位、煙を上げながら溶け落ちている為に。
「さて、どうすっか? ……あんな攻撃受けたとくりゃ、コウキの野郎もどっかでくたばるまではいかねえだろうが、動けなくなる位にはなってる筈だし、さっさとレナ・ウンディスをぶっ殺して、帰ると……!」
ふと、背に悪寒が走り、バルフレイは警戒態勢を取りつつ振り返る。
「ぎっ……ぐるるるるるっ……」
「――おいおい、トールハンマー喰らってもくたばってねえ所か、“神殻”ちっとも剥がれてねえって、どんだけタフなんだあ?」
明らかに先ほどとは雰囲気が違うユウキが、唸り声を上げつつバルフレイを明らかな敵意を持ちながら、睨みつけるように見据えていて……バルフレイも流石に、自分の最大技ともいえる攻撃があまり効いてない事に、内心動揺せずにはいられなかった――が、その顔には笑みが浮かんでいた。
「――面白えじゃねえか。まさかこんな未発掘のレア物に出くわすなんてよおっ!」
「くうぅうーーっ、ふぅぅうっ………くぅぅうーーっ、ふぅうぅうう」
戦闘狂の事戦に触れたのか、上機嫌でバルフレイは溶け落ちて形も成さない右拳を握りしめ、ユウキも両腕を溶岩で包みながら、バルフレイをじっと見据える。
「……どのみちー、しょうもうさせることはー、むりだったようですねー」
――流石に今のを見ては、ミーコとてそんな感想を抱かざるを得なかった。