第3章 第6節
……間に合いそうにない。
と思うので、ラストスパートをかけます
「コウキ! コウキ、大丈夫!?」
「うっ……つぅっ……」
「すぐに治癒術を施します。エリー、手伝って!」
「はっ、はい! お嬢さま!」
火山弾爆撃をくぐりぬけたレナ達は、一路コウキが吹っ飛ばされた地点に到着。
レナは手早く治癒術の準備を始め、怯えてばかりだったエリーも寝かせる場を整え――ユサミが、コウキを抱えてその寝かせる場に運ぶ。
「――あの、お姉さま。治癒は自分で……」
「良いから、大人しく横になってなさい」
その隣に、先ほどユウキの攻撃を受けたユミも横たわり、自分でやろうと主張するもレナに一喝され、大人しく横になる。
――穏やかの雰囲気はなりを顰め、今は一刻も早くと鬼気迫る雰囲気を醸し出して。
「お嬢様、そんなに慌てずとも――」
「いえ、今は一秒たりとも惜しい状況です。ミーコお姉様も、きっと本気を出さざるを得ない……ですが、そう長くは持たない筈です」
「――でしたら、やはり私が」
ドゴォォォオオン!!
「――!」
「……ミーコ、お姉さま?」
「――エリー、治療ポーションを。私はそれで大丈夫だから」
「ユミ!?」
「――今レナお姉さまは、力を行使するときじゃありません。私は、大丈夫ですから」
「――そうそう、現状じゃレナお嬢様が最強戦力なんだ。今は極力、力を使わない方がいい」
レナとユミの言い争いは、割り込んできたコウキの声で堰き止められた。
バルフレイとの戦い及び、先ほどのユウキの攻撃のダメージと失血で、顔色は優れないまま、ふらふらと起き上がる。
「コウキ、大丈夫!?」
「ああっ……ちっと血が足りないけど」
ユサミの心配そうな声に応えた後、コウキは自身の上着のポケットを探り、小瓶――増血ポーションを取りだし、くいっと飲み干す。
「――準備がよろしいですね」
「オレみたいに、あちこちを旅する奴には必須だよ」
レムレースにおいて、王族から一般市民、冒険者まで最も需要が高い魔導具が、ポーションという魔法薬。
レムレース各地に、いかなる過酷な環境下だろうと必ず存在する知恵の大樹、それに実る知恵の葉、花、果実を精製した魔法薬で、それを起点に様々な調合を行う事で、その用途は医療用から調味用までほぼ無限に存在する、別名“原点の万能薬”。
レムレースに存在する知識や技術、医療から食事といった物から、魔導具や鍛冶装飾にまで必ず使用されており、ポーションの調合は一般市民から貴族までの常識的な知識として扱われている程。
更にこの世界において名のある魔導師、職人は絶対に独自のポーションレシピを持っているか、専属のポーション研究者を雇っている物である。
余談だが、ユウキも独自の調味用ポーションレシピを所持し、自身で調合し揃えている。
「――で、状況はどうなってる?」
「ユウキさんの暴走は依然として止まりません。今はミーコお姉さまが喰いとめてますが、それも一体どこまで持つか……」
「バルフレイは?」
「――コウキさんと同じ様にどこかに吹き飛ばされて、まだどこにいるかは」
「あいつのしぶとさは天下一品だ。間違いなく生きてる……さて」
会話を進めている間にもコウキは自身の応急処置を施し、一先ず止血を済ませるとよろよろと立ちあがろうとする。
「あまり無理はされない方が……」
「――この状況じゃ少しでも、だろ。いざって時に何もできないんじゃ、力持つ意味なんてねえだろ」
「……」
――その言葉を聞いて、ギリっと拳を握りしめ歯を食いしばりながら、ユサミは俯いた。
「――いや、ユサミにしか出来ないことだってあるさ」
「そうですね。ユウキさんの幼馴染というお話ですし」
「――? どういう事?」
「“神殻”の暴走の原因は、人格への干渉じゃない。あくまで身体に注ぎ込まれた神獣の力を、制御しきれないのが原因だ。だから意識が完全にない状態じゃないから、ユサミの声ならあるいは……」
「動きを止める、位は出来るかもしれないって事?」
「そうだ。“神殻”にも弱点や欠点位あるし、暴走だって止められない物じゃない。ミーコお嬢さんも恐らく、それをついて戦ってるだろうしね……長くは持たんだろうが」
――その一方で。
「えーい!」
空に指先に集中させた冷気で紋章を描き、気合というより和みを感じさせる掛け声をあげながら、杖を紋章に振りおろし――その紋章が揺らぎ、まるで門を開くかのように氷の龍が姿を現し、ユウキめがけて襲いかかる。
「あーっ……おーっ……」
そのユウキも、岩を殴りつけて溶かし、それを腕に纏って氷の竜めがけて拳を突き出し――ぶつけ合う。
「すきありー! です~」
拳と氷龍がぶつかったと同時にミーコは駆けだし、氷石のはめ込まれた投げナイフを取り出し、ユウキの足もとを狙い投げつけ――再度、クリスタルコフィンを発動。
「――ふぅっ……ふぅっ……」
汗をぬぐい、ポーチから水筒を取りだして一口。
極寒育ちのミーコには辛い、灼熱の環境も去る事ながら、伝説の闘士フォン・エールの弟子として、厳しく鍛えられてきたユウキと、子供位の体躯という身体的に恵まれてはいない為、魔法を主体に教育を受けて来たミーコとでは、“神殻”の基盤となる身体のスペックがあまりにも違い過ぎていた。
元々“神殻”は、神獣の力を注ぎこむ器としての身体、注ぎ込まれた力を使いこなす精神力が揃ってこそ、その真価を発揮する物である為、如何に才能を持っていてもそれを使いこなせず終わる事も、決して少なくはない。
故にミーコも、並外れた“神殻”の才能を持ちながら体躯に恵まれなかったが故に、魔法の手数と頭脳策を主体に据え、“神殻”は剥詠唱魔法のプロセスに据えた戦闘スタイルを取っている。
――パラパラッ……!
「――おもったより、はやかったですね」
自身の腹の部分を覆う“神殻”にヒビが入り、少し崩れる。
その小柄な身体では、“神殻”の展開自体が困難で、かなりの間隔をあけてのペース配分を余儀なくされるミーコにとって、“神殻”の最大展開は当然長時間はもたない上に、自身にかかる負担も決して軽い物ではない為、切り札だった。
「――すぅーっ……はぁーっ……」
深呼吸を行い、呼吸を整え――既にヒビが入り始めている氷の棺に、意識を再び集中させる。
「――やはり、どうにかさそいこむべきですねー」
このままではじり貧――最初からわかっている事だった。
ユウキの身体能力はフォン謹製である以上、元々小柄な自分に持久戦デモ相手が務まるとは思えないからこそ、消耗を待つか――。
「――なんとかー、カームにさそいこめればー……」
神獣の力を阻害する場所、“凪(カーム”に誘き寄せるか――で言えば、明らかに選択すべきは後者である。
“神殻”もまた神獣の力である以上、それを無効化する場“凪”では使用はできず、過去の暴走においても殺す以外で、最も有効な方法だと言う裏付けもある。
という事例を学んでいた為に、ミーコは“凪”に誘き寄せるかを見据え――大掛かりに動いて、先ほどのような大規模攻撃をされたら今度こそ為、ゆっくりと刺激しないよう、消耗に専念する様に氷の棺を補強し始める。
「――とはいえー、このままではー」
「――“凪”に?」
「そっ。無敵の力――とまで言われてる“神殻”も、神獣石の機能を妨害する“凪では使えないんだ。一切の例外なくね」
「増して、ユウキさんはフォン様の弟子である以上、魔法に頼らない肉弾戦が主流。ワタクシ達、魔法主体に鍛えている貴族とは、前提も方向性も違いますから。消耗を待つのは、得策とは言えません」
そう言われると、ユサミが抱くある種の不信感――それが肥大していく様な気がした。
近衛兵でもあった母が、“神殻”の存在とその概要を知らない訳がない――もしユウキに資質があると見なし、鍛えていたとしたら……
要素が出てくる度に、結論を出す為のピースがどっさりと崩れ込んでくるかの様に、ユサミは考えに没頭していく。
「――ミーコお嬢さんも、その線で対峙してる物だと思うかい? レナお嬢さん」
「はい。恐らく――いえ、絶対そうです」
「……となれば、あんたのやるべき事は1つだ――わかるな、レナお嬢さん?」
「はい――では、行ってまいります。ユサミさんも」
「――え?」
急に話を振られて、ユサミは戸惑った。
“神殻”なんてものは使えないし、レナの様に今のユウキとぶつかると言う事は、決してできない――しかし。
「――やらなきゃね! こんなじゃお母さんの名前に傷つけちゃう!!」
元々フォン・エール――おかみさんに、“女は度胸”と育てられた事もあり、ユサミはこのままで済ませられる訳はない。
ここに来てから意気消沈してばかりだっただけに、ようやくらしくなったユサミを見て、コウキは軽く笑みを浮かべる。
「――それじゃレナ様、寝ぼけて暴れてるあのバカ起こしに行きましょう」
「寝ぼけ……くすっ、面白い例えですね。ワタクシ、殿方を起こすなど初めての経験です」「だったら、あたしが教えてあげます――といっても、下町流というかエール流というか、かなり乱暴な手段なんですが」
「フォン様もやっている事なら、是非。お礼と言ってはなんですが――」
「ホントですか!?」
「――やれやれ、すっかり仲良くなってんなー。さて……」
2人に続くべく、コウキは立ちあがろうとし――。
「アンタは寝てなさい」
「え? いや、オレも……」
「寝・て・な・さい!」
「……はい」
まるでおかみさんの様な雰囲気を纏ったユサミに釘を刺され、素直に横たわる事にした。
「――流石はおかみさんの娘」
「何か言った?」
「――気をつけろよって言ったんだ」
「アンタも大人しくしてなさいよ。まあ、エリーさんとユミ様の事はお願いするけど」
「わかった」
そう言って、ユサミはレナと共に一路、ユウキとミーコの交戦地帯へ。
コウキは――
「――エリー、まずコウキさんの処置をするからお願い」
「ですが、ユミ様は……」
「私はポーションで治療するから大丈夫。まずコウキさんを治療してからでいい」
「――ま、両手に花としては、十分過ぎるからいっか」
ユミはミーコとは違う小動物チックな雰囲気の美少女で、エリーも三姉妹と並べてもそん色があまりない美少女。
そんな2人に治療してもらうと言うのも、悪くはないな――
「いってーーーー!!」
などと考えた天罰なのか、はたまた女難なのか――コウキの悲鳴というより、断末魔が辺りに響き渡った。