第1章 第1節
氷炎国家イフディーネ
極寒と灼熱に挟まれた稀有な環境下で“ソドムの爪”、“リヴァイアサンの牙”を手に入れ、それから発せられる熱と冷気で、鉱業と鍛冶を営む火山区域と、造船と漁業を営む氷海区域を整えた経緯から始まった国家。
ソドムの力とリヴァイアサンの力の均衡の揺らぎに対し、リヴァイアサン優勢時に蒸気機関が、ソドム優勢時に耐熱隔壁と言う技術を開発するなどを持って、ソドムとリヴァイアサンに強い興味を持たせた経緯を持つ。
共存歴の始まりからは、蒸気機関と魔法を併用した魔導列車の開発を開発し、全世界共同開発の魔導鉄道の立役者としても有名な国である。
――が、それも過去の話
ウォーゲームの開催以降、イフディーネはその戦いで良い結果を得る事が出来ず、過去にウンディス家が上位入賞と言う結果を得たのみ。
共存歴296年、50回目のウォーゲーム開催も近い近日、過去に功績をあげたウンディス家でも、歴代最高の力を持つと評されるレナ・ウンディスが創るだろう、新たな伝説に期待を寄せている――そんな国家。
そして――
「――間違いない。この人だ」
イフディーネ下町区画の一角にある、宿屋兼酒場エールの中庭。
ユウキ・ヴォルカノは、そこで居候同然にツケで居座ってる傭兵稼業を営む男、コウキ・クオンの調査内容を見比べ――当たりがいた事を告げた
「――氷の力を持つ神獣はリヴァイアサンだけじゃないから、この国にいなかったら他国まで調べなきゃいけないけど……」
「ツケで生活してる身だからね」
「――感謝してます。さて……で、夢の相手ってのはレナ・ウンディスか」
「レナ・ウンディスって……あのレナ・ウンディス!?」
イフディーネは、ソドムとリヴァイアサンの影響下の境目に位置する国。
中央に氷炎城を据え、その周囲に貴族街、市民街、下町の順にぐるりと円を描くように配置されていて、更に火山側と氷海側に分かれている。
ユウキ達が住まう場所は、最下層の下町――火山側は主に、鉱山の働き手と鍛冶屋達の住む場所と言う区別で、食堂や酒場が立ち並ぶ食堂街が存在する。
無論、彼等が現在生活の場としている宿屋兼酒場エールもまた、その食堂街の一角を連ねており、食事と看板娘で人気を集める大衆食堂である。
――当然だが、そんな彼等に貴族と接する機会などある訳がないが、それでも有数の力を持つ者の話は伝わってくる。
「――何かの間違いじゃないかな?」
「そうとも限らないさ、レナ・ウンディスは最近同じ夢を見てるって話だ。それが同じである可能性はない訳じゃない」
「……」
「気になるか?」
「気にならないっていやウソになる――だけど、あの夢が一体どんな意味を持ってるのかは知りたいかな?」
「だったら」
そう言ってコウキは、数枚の紙の束を取り出しそれをぺらぺらとめくり、その内の一枚を束から外してユウキに差し出す。
「これは?」
「俺のお仕事情報。最近、ヴォルケーノ・ビーが鉱山付近で多数の被害出してるって話は知ってるだろ? その元凶、巨大な巣が発見されたからその討伐にって」
この世界に生きているのは、当然だが神獣と人間以外にも存在する。
それらも当然環境に適応する為、独自の進化を果たし各々の国で生体は全く異なり、中には人に危害を加えるモンスターたちも生息している。
ヴォルケーノ・ビーもそのモンスターの一種で、1mの体躯と高熱を発する針と甲殻を持ち、人や獣を群れで襲う危険度の高い生物。
群れだけでも危険だと言うのに、その巣を叩くとなると一騒動で、傭兵や兵士どころか王国騎士も狩りだされる。
「――それで?」
「その討伐に、ウンディス三姉妹が直々に出るってさ」
「――! おいおい、貴族のお嬢様がなんで!?」
「娘3人はきちんと民の被害を憂いての事だそうだが、実家の方はプロバガンダの意味合いで許可を出したらしい――が、きな臭い話もある」
「きな臭い?」
「火山区画の貴族達さ。氷海区画にはリヴァイアサンに愛された才覚があるのに、あっちにはソドムに愛された才覚と言える様な――ウンディス家と渡り合える様な力を持つ貴族はいない」
「――そう簡単に近づけないってコトか?」
「そう言う事――受けるんなら俺も受けるつもりだから、一先ずチーム組もうぜ?」
「ああ――よろしく!」
そう言って2人は、ガシッと手を取り合い――その上に、手が重ねられた。
「ユサミ?」
「あたしも行くよ。ユウキ1人じゃ危なっかしいし――あたしだって母さんの娘だから、足手まといにはならないわ」
「――いいのかよ、おかみさん?」
「どうせ言っても聞かないからね――生きて帰る。それを順守するなら、許可するよ? ……ツケのもう一週間分でお願い出来るかい?」
「お任せを――それじゃ仕事の請負は俺が進めるから、準備進めろよ?」
「ああ」
「ええ」
「その前に!」
ドンっ!
「ユウキ、構えな! それが終わったら厨房の準備――それが終わってからだよ!」
ユウキ・ヴォルカノ。
幼少時代に両親を亡くし、幼馴染であるユサミ・エールの家に引き取られ、以降は料理人として働いている。
レパートリーも相当数あり、かなりのにぎわいを占める程の腕であると同時に――。
「わかった!」
ユサミの母から、近衛兵とも遜色ない剣の才能と腕を持つと評される男。
木刀2本を手に取り、構えを取るユサミの母に対峙し――
「はあああああああああっ!!」
ドッカンっ!!
「――いつも思うが、あれでなんで宿屋のおかみさんなんだ? 十分現役で通用するどころか、英雄として活躍しててもおかしくないと思うんだが」
「さあ……?」
ユサミの母、フォン・エール
引退した今でも、下町出身ながらに近衛兵に抜擢され、数々のほぼ全てが非公式の伝説を打ち立てたその剛腕は衰えてはおらず、未だにユウキとユサミ両名、一撃を入れる事も出来ていない。
「腕を上げたね。それならヴォルケーノ・ビーの群れでも大丈夫さ」
「――実感なんて全然ないんだけど」
「何言ってるんだい? あたしの1撃をいなして1撃をいれかけたんだ。十分だよ」
「……どういう基準かがさっぱり分からん」
「ほーら、さっさと立って厨房に入りな! ユサミとそこの借金傭兵も、ボサッとしてないで、さっさと仕事しな!!」
Side ウンディス
「ヴォルケーノ・ビーの討伐……頑張らなければ」
「はいー。ちょっとよからぬはなしこそありますがー」
ウンディス邸の中庭の薔薇園。
薔薇と言っても、氷海地特有の水晶の様な植物“氷花”を品種改良した“氷晶薔薇”と呼ばれる、この地特有の薔薇。
その中央で、もうすぐ自分たちが出向く事になるヴォルケーノ・ビー討伐前のささやかな一時として、ウンディス3姉妹はティータイムを楽しんでいた。
「良からぬ話? ――もしや、焔の貴族たちですか?」
「はいー」
貴族たちの間では、火山方面の貴族街に住む貴族を“焔の貴族”、氷海方面に住むウンディス家を盟主とする貴族たちを“雪の貴族”と称し、それを呼び名にしている。
「――焔の貴族たちは、御先祖様の功績以来衰退の一途をたどっておりますから、それに拍車をかけるレナお姉さまを良くは思わないでしょうね」
「ですですー。ヴォルケーノ・ビーのとうばつはむずかしいですからねー」
「……事故を装っての暗殺も、考えられると言う事ですか?」
「はいー。おとうさまもー、そのあたりはげんじゅうにチェックするそうですがー」
「気をつけておいた方がいい――そう言う事ですね?」
「ですー」
属性上の関係ゆえか、それとも人と言う種の性ゆえか、この国の神獣2体――火山の神獣ソドムと氷海の神獣リヴァイアサンは、元々が対立する間柄である故か。
元々雪の貴族と焔の貴族の間には軋轢があり、ウォーゲーム以降それが酷くなる傾向が出来てしまっていた。
「――ですが、ここで退いてはウンディス家の名折れ。何より、貴族として市民達に情けない姿を見せる訳にはいきません。ここは……」
「ワタクシひとりで――というのは、なしですよー」
「そうです。私達姉妹は死ぬも生きるも一緒――そう誓った筈ですよ?」
「……ありがとうございます」
「お嬢様方。そろそろお時間です」
1人の侍女が時間を告げ、3人は表情を引き締めて立ち上がる。
そして各々の部屋に戻り――それぞれの武器を手に。
「お待ちしておりました、お嬢様方」
城の近衛兵達の鍛錬場へと赴いていた。
彼女たちは武術においても比類なき実力を見せており――
「どんどん来てください!」
レナは槍を。
「もういないですかー?」
ミーコは杖を
「――お手柔らかにお願いします」
ユミは魔導銃をと言う風に扱い――3人とも、近衛兵でも全く歯が立たない程の実力を持っていた。
「――お見事です。最早御三方のお相手が出来るとしたら、フォン・エール様以外はあり得ないでしょうね」
「――やはり、まだ所在は?」
「はい――およそ20年くらい前に、“好きな人が出来たので辞めます”と言う書置きを残して、どこへやらと消えてしまわれて以来」
「そうですか……聞けばウォーゲームに参加こそしていない物の、非公式ながら数々の伝説級の功績を打ち立てた御方と言う話」
「そういう御方の師事を受けてみたいものですね」
「ですですー。ですがー、すきなひとのためにすべてをすてて……というのも、すてきなはなしだとおもうですー」
「――一体、どのようなお方なのでしょうか?」
「コラ! 埃がまだ残ってるだろ!」
「すっすみません!」
「ユウキ、もうすぐモーニングの開始時間だよ! 予約分は出来てるのかい!?」
「ああっ、出来てるよ! 今日もいい出来だ!」
「ユサミ、風呂に入ったんなら早く化粧して身支度してきな! だらしない格好されたらこの店の名折れなんだからね!!」
「わかってるよー!」
「さあ野郎どもに娘たち! 今日も開店だよ、気張って行きな!!」
『おーーっ!!』
彼等は知りもしないどころか、思いもしないだろう。
――その伝説の闘士が、下町でおかんになってるとは。