第3章 第3節
火山の神獣ソドム、そしてその手の上で断末魔をあげ続けるユウキ――そして、それを悲痛な表情でじっと見据える少女達。
「――完全に俺ら場違いだな」
その傍らで、コウキとバルフレイは死闘を繰り広げる――というのが、ユウキにはあまりにも場違い過ぎて、滑稽な物の様に感じられ苦笑いが浮かんだ。
「ギャラリー何ざいらねえだろ」
「やかまし、お前が空気読めばこんな疎外感を感じず済んだんだろが!!」
「知るかクソボケ!!」
「クソボケとは何だガラクタが!! スクラップにしてやろうか!!?」
――更に、罵詈雑言を喚き散らしながらの激突となり、最早空気どころか雰囲気すらも場違いになっていた。
しかしそれでも、両者の激突のレベルは――
「うおらっ!」
「はあっ!」
とてつもなく高かった。
ダンっと踏み込み、バルフレイは弾丸の様なスピードで距離を詰め、右腕のパワーアームを振りかぶり、コウキめがけて掴みかかる。
幾度となく繰り返される起点行動であるが、その動きはスピードは鈍る事もなく、バルフレイ自身も息が上がる気配も、砲撃に耐えうる硬度と重量を持つ右の鉄腕を振るう、鈍重という言葉からかけ離れた動きもまた、鈍りなど微塵もない。
「――厄介な」
迎え討つコウキは拳銃を抜き、バルフレイに狙い定め発砲し、身体を多少ひねる程度で回避し、あるいはパワーアームで弾きつつも、突進の足を緩めない。
障害物どころか、罠ごとブチ壊し突進し続けるイノシシ――コウキの脳裏には、そんなイメージが浮かぶ。
距離を詰められ、パワーアームを振りかぶるバルフレイに対し、コウキは剣を抜いて受け流す態勢に入り――。
タンっ!
「――!」
突如、バルフレイがバックステップし――左手で手榴弾を放り投げる。
コウキは咄嗟に弾き飛ばし――その隙を狙ってバルフレイは右腕を振るい、その勢いで身体を回し、強く踏み込んで身体を回転させながら跳び上がり、更に右拳に雷の力を込めた上で、回転の勢いを重量に加えての鉄拳。
「“雷神の鉄拳”」
コウキの右腕が“神獣石”を握りしめる。
その右腕が黒い光で包まれ、その光が徐々にコウキの腕を張り付くように黒く染め上げ――右腕に神獣の加護“神殻”が展開される。
その右腕に闇を集中させ、コウキは拳を握りしめ――
「――影とは我、我とは影、闇において影と我に境界線なし」
“雷神の鉄拳”と、神獣同士の力の反発で起こる轟音を鳴らしながら、双方拳をぶつけ合う。
「バカが! 基礎のパワーはオレの方が上――」
「――“ボーダーブレイク”」
右腕の神獣石が黒く光り――コウキの影を、足元から吸い込む様に消し去った。
その次の瞬間――
「――!」
拮抗していた筈の拳――バルフレイの拳の方が、突如びくともしなくなる。
コウキが口元を歪める笑みを浮かべ、バルフレイの拳を受け流す様に拳をそらし――バルフレイの腹に一撃をブチ込み、その勢いのまま抉る様に地面にたたきつける。
「げほっ! ――舐めんなコラアっ!」
右上のパワーアームの手を開き、捕まえる様に突き出し――コウキはバックステップで交わして距離を取り、その間にバルフレイも立ちあがる。
コウキが銃を抜き打ち、バルフレイが踏み込む――その直前に、コウキとバルフレイが動きを止め、ほぼ同時に力を解除し視線を同じ方向へと向ける。
「……ユウキ?」
「――おおっ、終わったか」
火山の神獣ソドムの手の上――そこから響いてくる筈の断末魔が、突如途切れた。
「……ユウキ? あの、なんで?」
「――レナお嬢様、ユウキさんは一体どうしてしまわれたのですか?」
「――恐らく、洗礼が終わったのでしょう」
「……ですが、一体どれほどの力を注がれたと言うのでしょう?」
「――わかりませんがー、すくなくともレナちゃんにー、まけないくらい……というかのうせいはたかいですねー」
それを見ていた女性陣達もまた、動揺していた。
神獣の洗礼で死んだという事例は1度としてない――それに近い事例でも、レナが月単位で寝込んでいた事。
――ただ、ユウキは現状では何も情報がない為、現状では異例でしかない。
そんな事を考えている間に、ソドムがゆっくりと動き――右手をそっと、レナ達の前に降ろす。
「――! ユウキ!」
躊躇う事無く、ユサミはソドムの手に飛び乗り、ぐったりと横たわるユウキに駆け寄る。
「――ソドムさまー!」
そんな中――ミーコが、ソドムの視界に向けて駆けだし、叫ぶように呼び掛ける。
『――? ……! なんじゃい、ウンディスの血筋か?』
「はいー。ウンディスけがちょうじょー、ミーコ・ウンディスともうしますー。ソドムさまー、ききたいことがございますがー、よろしーでしょーかー?」
『……流石はウンディスの血筋、堂々としちょるわい――なんじゃい?』
「ユウキくんはー、なにものなのでしょーかー?」
『……人間の細かな事情など知らんわい。ただ、リヴァイアサンの奴が態々出向いとるけえ、おかしな話じゃ思うちょる所へ――じゃけえの』
――そう言って、ソドムの視線はレナへと移る。
『――成程、リヴァイアサンが気に入るのもわかるわい』
「――わかるのですか?」
『何万年とナワバリ争いしちょるけえの。あいつの力――そして、ユウキ・ヴォルカノと並び立つ氷を、ワシが間違える訳がない』
「……ならば」
『後はお前達が考えろ――ワシ達神獣の力をどう扱うか、どんな結果を齎すか、どう変えるか……後は人間の生き方次第じゃけえの』
――未来とは、その生き方が混じり合った結果……ワシらがお前達人間に求めちょるのは、そう言う物。
そう言い放ち、ユサミ達を降ろすとソドムは踵を返し――マグマの中へと潜っていく。
「――何だったの? 一体」
茫然と、気を失ったユウキを抱きかかえながら、ユサミはその後ろ姿を見送り――その姿が完全に見えなくなると、はあっと緊張の糸が切れたかのように、その場にユウキを抱えたままへたり込む。
「――何にせよ、ワタクシとユウキさんが夢で繋がっていた理由……一応は解けましたね」
「――ですがレナお姉さま。まだ彼についてはなにも……」
「とりあえずー、イフディーネにもどって―、フォンさまにちょくせつー、はなしをきいたほうがー、いいかもしれませんねー」
「――おいおい、オレの事忘れてねえか!!?」
会話を遮る様に、バルフレイがパワーアームを振り上げ、跳びかかる。
「テメエの相手はオレだろうが!!」
その背後から、コウキが槍を投擲し――バルフレイの進路を遮る様に突き立てた、
「っとと」
「――コウキさん、加勢します」
氷海の“神獣石”を取り出し――掲げられ、“神獣石”が淡い蒼の光を発し――その光が具現化する様に、レナの両腕両脚を包み、造り変えて行く。
氷を磨き、流線的にした様な装甲――そんな印象の両腕の、二の腕からゆったりと繋がる様な羽衣の様な薄い布が伸びており、それがレナの背の“神獣石を守る様な、包む形での蝶結びになっている。
両脚もまた、鰭が左右に分かれた人魚の様に、しなやかな印象を持ちつつも、決してレナ自身の美貌を損なう様な物ではない。
レナ・ウンディス――その美貌から、氷海の至宝とも呼ばれている彼女に相応しい“神殻”といわれている。
「――へえっ」
コウキも感心する――というより、見惚れた様な声をあげていた。
レナの腕の動きに呼応する様に、火山区画の熱空気が一瞬で冷えて白い軌道を描き、その美しさに拍車をかけるその光景に。
「火山の熱すら一瞬で――か」
バルフレイも、それだけの冷気を操る力に楽しみを感じる――それ以上に、見惚れずにはいられなかった。
「――レナ・ウンディス……参ります」
愛用の槍を手に、流れる様に構えを取り――バルフレイと対峙し、いざ……
「ああああああああああああああああああああああぁァァァァっ!!」
という所で、突如断末魔が響き渡る。
「ユウキ? ……どうしたの、ユウキ!?」
「はっ……はっ……はぁっ……うっ、ぐうっ、うあああっ……がっ……ぐうう」
「――! ユミちゃんー、はやくユウキくんのコントラクトオーブをー!」
「え? ……はっ、はい!!」
レナ、コウキ、バルフレイの視線の先――そこでは、ユウキが身体を痙攣させながら、呼吸困難になっている状態に、周囲が慌てふためいている様子
――その中で、ユミがユウキの荷物を探り、彼自身の神獣石を見つけると、急いで掴み……
ジューっ!!
「熱っ!!」
まるで油をひいて十分に熱した所へ、肉を投じたかのような焼ける音がなり――ユミは手を引いた。
「うっ、ぐぅぅぅうううああああぁぁぁぁあああっ!!」
“神獣石(コントラクトオーブ”の輝きが増して、ユウキの断末魔もひときわ大きなものへと変わり――その紅い輝きが、ユウキの身体を包み始める。
「あれは、神殻の発動……っておいおい、幾らなんでも早すぎだろ!?」
「――なあ、レナお嬢様……あれって」
「ええ……恐らく、ワタクシも同じことを考えてます」
『――ぐるるるるっ……ぐぁぁああああああああああああああああああっ!!』
「――よりによって“神殻”の、それもかなり大部分を包んでの暴走か!?」
「――わからないでもないですよ。何せワタクシの対の焔ですから」
「アンタ何気に強かだな!?」