第3章 第2節
貴族には、あるしきたりがある。
“始まりの日”――共存歴が始まったその日に、その年6歳になる貴族の子供は神獣を祀る神殿へと赴き、神獣への顔見せと名乗りを上げる儀式が行われる。
そこで貴族の子供は、神獣の目にかなえば“神殻”の力を授かり、多大な活躍が約束された未来を得られるかが決まる。
ただし顔見せと名乗りと言っても、神獣に直々に出向く訳ではなく、神殿に祭られた“神獣石”のマスターストーンを通じ、神獣はその情報を得ているにすぎない。
「……ユウキさん」
「――おもいだしましたか―?」
「ミーコお姉さま」
「――あのときをー、おもいだしますよー。あのときもー、こんなかんじでしたー」
「はい――あの日の事を忘れた事は、一度としてありません」
しかし、レナの場合は違った。
神殿は主に、都市の外の少し離れた地点に造られる為、都市の外へ出て移動する必要がある――その際、レナには“誰にも聞こえない声が”聞こえていた。
そして、いざ神殿――と言う所で、突如氷海は荒れ狂い、猛吹雪が外を覆い尽くし――、
「レナお姉さまは、神獣が直々に力を授けた――私は、そう伺ってます」
「はい――それこそがワタクシの誇りであり、1つの疑問。炎と氷が相対し、拮抗するのがイフディーネ。寵愛を授かった氷の存在がある様に、やはり対となる焔は存在していた」
「――あの方が、レナお姉さまの対の焔」
「……なぞはまだのこりますけどねー。フォン・エールさまがー、ほんとーにこうなることにー、きづかなかったのでしょーかー? ……とてもむかんけいとはー、おもえないんですよねー」
ミーコ・ウンディス――身体こそ小さく、間延びした口調が特徴のおっとり少女と言う印象が強いが、実際は冷静沈着でウンディス三姉妹1の切れ者。
実力こそレナに劣る物の、頭脳と洞察力、直感に優れた頭脳派であり、そう言った部分で三姉妹を纏める長女としての威厳を保っている。
「――ただのぐうぜんやとつぜんへんい……ていどですめばー、いいんですけどねー」
ミーコは心配していた。
出会ったばかりではある物の、ユウキを悪い人間と思えず、貴族の身としては異例の親しめる友人――そう思っているからこそ、先を案じずにはいられなかった。
レナと同等の寵愛を受けた焔が、下町の一般人――これはイフディーネの焔と雪の権力闘争に間違いなく一石どころか岩を投じる様な要素である事。
――ミーコには、あまりいい未来を想像する事は出来なかった。
「――どういう事だ? “神殻”の使い手こそ途絶えてはない物の、神獣ソドムはもうイフディーネの焔を見限ってる筈じゃねえのかよ?」
「ああ。オレの聞いた限りでもそうだし、そうじゃなかったらお前を雇って、レナ・ウンディスの暗殺なんてバカな真似、する訳ねえだろ」
バルフレイ――そしてコウキと言った、異国の民も動揺を隠せなかった。
人が神獣と――増して、自身の出身国以外の神獣を目の当たりにするなど、間違いなく“ない”としか表現出来ない事態に、遭遇していたが故に。
「何の事かはさっぱり分からんが、ならなんでテメエの連れがソドムに選ばれてんだ? 神獣直々に出向くなんて、あいつ伝説級の素質があるって事だろ? なんであの年で、今更なんだ?」
「そんなんこっちが聞きたいっての。あいつ下町育ちだし、突然変異としか思えないし言えねえよ――まあ、怪しい話だとは思ってるがな」
「――なにやら、複雑な上に誰も存在すら知らねえ事情でもあるってか? ……ま、オレの知った事じゃねえがな」
そう言いつつ、バルフレイは神獣の手の上――ユウキが今居る場所に、その鷹を思わせるような鋭い目を向ける。
その眼は戦士としての期待――そして、高揚に満ちており、舌なめずりをしギリっとパワーアームの腕を握りしめる。
賞金稼ぎと名高い彼は、決して安い賞金首を相手にはしない――賞金稼ぎはあくまで名目であり、本質は強敵と戦う事を至上の喜びとする生粋の戦闘狂。
ここへ来たのは、レナ・ウンディスとの戦いを楽しむ為であり、コウキを追うのも強者と認めたが故であり――金や名声など、二の次でしかない。
「確か、ユウキ――そう呼ばれてたな」
口元を歪める笑み――であるにも関わらず、子供がおもちゃを見つけ、面白そうにしている印象を与える表情を顔に張り付け、ギリっと鉄の右腕を握りしめる。
「さっさと降りてこい。オレが見極めてやろうじゃねえか――オレの獲物として相応しい力の持ち主かどうかをな」
「――節操なしめ……しかし、好戦的で戦闘狂いのバルフレイが喜ぶのも、わかるがな」
そんな様子のバルフレイを見て、コウキはため息をつき――神獣ソドムに目を向ける。
「――おかみさんがオレに何か隠してる事は、薄々感づいてたが……」
“確かにこれは、誰かれ構わず話していい事じゃねえのはわかる”
そう呟きつつも、コウキは内心では納得していなかった。
恐らく彼女は、ユウキがソドムに選ばれる可能性がある事――それも、リヴァイアサンの寵愛を受けたとされる、レナに匹敵する程の物がある事を、ユウキの夢の話を聞いた時点で、わかっていたかもしれない。
さらに言えば、イフディーネの貴族間の諍いを考えれば、尚更だろう――が。
「――流石にこんな状況に直面したとなれば、俺としても黙る訳にもいかねえぜ。おかみさん」
そう呟き、彼もまたソドムの手の上――角度的に見えないユウキを見据える。
「……ユウ、キ……?」
震える侍女、エリーを抱き締めつつ、ユサミは自身の幼馴染が今立っている場所――火山の神獣ソドムと名乗った、マグマを思わせる黒味を帯びた深紅色の、山の様な巨体の竜の手の上を、信じられないと言う顔でじっと見つめていた。
幼い頃からずっと一緒で、彼が天涯孤独の身になってからは、それこそ家族の様に――まるで、双子の様に育った筈の彼が、自身の手の届かない場所にいる。
「……ユウキ」
ユサミが震えながら、ゆっくりと手を――その伸ばした手が、ユサミには何故かあまりにも小さなものの様な錯覚に囚われながら。
「――ユサミさん」
「……ユウキ! ――ユウキ!!」
頭の中が、真っ白になったような感覚――それを振りほどくように、ユサミは叫ぶ。
――その声も空しく、地響きや噴火音にかき消されながら。
――そして、当人は
「……」
言葉を失っていた。
目の前――と言うより、今自分が居るのは神獣ソドムの手の上で、言葉を交わした事実。
「――! ソドムって……火山の神獣が俺に何の用だよ!?」
『――? お前、ワシの力を求めたけえ来たんじゃないんか?』
「力を?」
『――まあええ』
ソドムがそう呟き――突如、火山の噴火は治まり、地鳴りは消え、マグマの流れは穏やかな物へと変わる。
「うわっ! うわああああっ!!」
――それと同時に突如、ソドムの手の上がユウキを呑みこむかのように、燃え上がる。
ユウキは驚きの声をあげ――疑問符を頭に浮かべる。
「燃えてる!? 焼ける! 熱――くない?」
『――何バカやっちょるんじゃ? すぐ終わるけえ黙っとれ』
「……」
気恥ずかしさを感じ、ユウキは口を閉じる。
――ドクンッ!
「――!?」
――それと同時に、突如襲ってくる感覚。
身体の中に炎が入り込んでくるような感覚――身体が熱を持ち、血が沸騰するし、今にも身体が蒸発するかのような熱さ。
「ぐっ、ううううっ、ぐがあああああああああっ!!」
身体をかき抱くように、ユウキはその場に倒れ伏す。
ゴウッ、とユウキの背を突き破る様に炎が噴き出し、右手が炎に包まれ、左足から燃え上がり――全身に至ってもなお、勢いは止まる事はない。
「あああぐっ! ぐっ、うあああああああああああっ!!!」
噴火や地響きが治まった事もあり、ユウキの断末魔は辺りに響く。
「――ユウキ!? ……ユウキ!!」
「――落ちついてください。恐らく彼は、神獣の洗礼を受けているんです」
「洗礼?」
「――ワタクシの時と同じです。神獣の寵愛、火山の力をユウキさん自身に注ぐ儀式。注ぐ力が多ければ多いほど、過酷な苦痛を強いられる物ですから」
――ユサミに諭す様に話すレナの顔は、いつもの落ちついた雰囲気が多少崩れていた。
レナ自身、洗礼を受けた際は地獄ともいえる苦痛を強いられ――洗礼が終わった後に、2ヶ月も寝込んだ位衰弱しきっていた為に。
「儀式――え? ちょっ、ちょっと待ってください! それが、なんでユウキに!?」
「えらばれた――そういうことでしょうねー。ユサミちゃん、なにかこころあたりはないですかー?」
「心当たりって……そんなの、わかりませんよ。あいつ、まだ小さいときに両親失って、お母さんが引き取って」
「――でしたらー、フォンさまがなにかー、しってるかもしれませんねー」
「え?」
「とつぜんへんいというにはー、フォンさまがひきとったというじじつはー、ふしぜんですからねー」
否定したい――にも関わらず、ユサミには出来なかった。
目の前の事実――ユウキがそれだけの素質を持っていたとすれば、かつては近衛兵の指南も任されたと言う母の目に映らない筈がない。
「――ミーコお姉さまは、そうお考えなのですか?」
「あくまでー、かのうせいですよー。そもそもー、フォンさまとはおあいしたことはありませんしねー……しょうしょうですぎたかもしれませんがー」
「すげえな。あれだけの苦痛って事は、相当な素質の持ち主って事じゃねえか」
ユサミ達に反比例する様に、バルフレイは上機嫌だった。
苦痛の大きさ=相応の素質の持ち主――その公式に基づいてなら、ユウキの断末魔はバルフレイにとって、極上の音楽にも等しい。
「――早く洗礼終わってくんねえかな? もうどれだけのもんか、細胞の一片までうずうずしてしょうがねえ」
「サディスト趣味も結構だが、空気読めよこの変態野郎」
ガキィッ!!
「心配しなくても、勿論テメエも一緒にぶっ潰してやるよ」
「テメエの悪趣味なコレクションにでもなれってのか? ――全身全霊でお断りだよクソ野郎が!!」