第2章 第7節
“神殻”
神獣石を核に、神獣の力を自らの身体に直接注ぎこみ、その力を注ぎこまれた肉体を媒体に、神獣の力を具現化する能力。
発動した肉体は、加護を受けた神獣に近い姿に変貌し、その力は発動させた身体の割合によっては、神獣その物と言って良い程の力を発揮する――が、現実としてそれを確認するのは限りなく不可能に近い。
この力は完全な天性の物であり、発現出来る人間自体が限られている上に、使える者の大多数が腕一本が限度の為、イフディーネのイフリタ家やウンディス家でさえ、それ以上の発現を可能とした者は決して多くはない。
「――ってえなやっぱ」
その“神殻”を左腕に発動したコウキが、ぐいっと右腕で顔を拭う。
「おいおいコウキぃ、お前は“そんなもん”じゃねえだろ?」
「ふんっ、どうだかな? そうだとしても、出す気になるかどうか……」
「すかしてんじゃねえぞコラアァッ!!」
黄色い光に包まれたパワーアームを振り上げ、地面を踏み込み弾丸の様なスピードで飛びかかり、迎え討つコウキも武器を手にせず“神殻”を展開した左腕を突き出し、拳がぶつかる。
バギバギッ!!
「――なっ!? なんなの一体!?」
「落ちついて、神獣の力のぶつかり合いです」
その瞬間、コウキの腕を包む黒い光と、バルフレイのパワーアームを包む黄色い光が、互いを拒絶するかのように、轟音を挙げて拮抗し始めた。
拳と拳の押し合いと並行するかのように、黒と黄色の光も轟音を上げ――2人は弾かれた様に、距離を取る。
「――うーん……どうやらー、あのきかいのうでのひともー」
「ええ、ミーコお姉さま。義肢であるから変貌はしていないようですが、彼も“神殻”を使えると見て間違いはなさそうですね」
「ですねー。エクスマキナのぎじゅつもそうですがー、それをつかいこなすあのひともー、かなりのてだれですー」
その様子を見ていたユミとミーコは、2人の動きを少しの挙動も見逃さないと言わんばかりに見据え、表情も普段の柔らかな物ではなく引き締まった物にして分析し――。
「エリー。ユウキさんもユサミさんも……ワタクシの後ろへ。決して動かないでくださいね」
レナも、こちらにいつ照準を合わされても良いよう、2人の対峙を見据えつつ3人の守る様に間に立ち、愛用の槍を握りしめる。
――自身の“神獣石”にも、意識を向けながら
「…………(ぐっ)」
「――すごい」
自身に震えながら縋りつくエリーを宥めつつも、ユサミはその光景に目を奪われていた。
自身や母、ユウキが振るう力とは全くの別物であると言うのに、その力のすさまじさは自身の母を連想させ――母の創り上げた武勇伝の光景とは、ああいう物かもしれないと、根拠も何もないというのにそう確信せずには居られなかった。。
共通点など、常に母の圧勝する姿しか知らないユサミにはわからないと言うのに、何故かそう感じずにはいられず、それゆえに2人の激突から目を離せない。
「くっはーっ……お前やっぱ最高だぜコウキぃっ! 賞金首何ざ目じゃねえ。血も脳みそも沸騰しそうだぜえっ!!」
「ああそうかい――参ったな。マジで強い」
衝突するごとに、テンションに比例して尻上がりに調子を上げるバルフレイに対し、元々格闘戦はあまり得意ではないコウキは徐々に圧されていた。
「テメエもちゃっちゃと本気出せや!」
「だから言ったろ。その気にさせろっつってよ!」
「その言葉、後悔するぜえ!!」
パワーアームを包む黄色い光が、バルフレイの気合の声と共に肥大化。
ぎょっと目を見開き――ちっと舌打ちし、左手の甲にある“神獣石”に手を添え、力を集中させ始める。
肥大化させた黄色い光と、鋭さを持ち始めた黒い光――それが、互いにすぅーっと息を吸い込み……ぐっと止めたその瞬間、駆けだした。
「――!」
「? どうしたのよ、ユウキ?」
「……来る?」
ドォォォオオンッ!!
「うわっ!?」
「うおっ!?」
2人がぶつかるその直前、突如近い位置にある火山――それも1つではなく、連なる火山が一斉に噴火し、轟音と共に地面を揺るがし、地割れし始める。
「なっ、何だ!?」
「1つどころか、一斉にだと!?」
立っていられない程の震度を持つ地震の襲来で、地面はヒビ割れ隆起し陥没していき、2人は流石に立ってはいられず、力を解除し膝をつく。
「なっ、なんですか~!!?」
「ミーコお姉さま、私にしっかりつかまっててください!」
「くっ……エリー、ユウキさん達、無事ですか!?」
「はっはい、私は大丈夫です!!」
「あたしも大丈夫。ユウキは……」
ビキビキビキビキっ! ボゴォッ!!
「うわっ!!」
地割れがユウキの足もとに走り、ほぼ同時に地面が爆発するかのように隆起し――
「うっ、うわあああああっ!!」
ユウキの身体がその勢いで投げ出される。
勢いが強く、背中から地面にたたきつけられた後にごろごろと転がり、勢いが弱まらないままに崖にさしかかり――身体がその崖に落ち、ユウキは咄嗟に崖にあるでっぱりを掴んだ。
「ユウキ、大丈夫!?」
「……あっ、あぶねえ」
崖の下は、火山から流れ出る溶岩の川の収束点となっている、溶岩の池。
反応が遅ければ、あの中に転げ落ちていた――と、顔を蒼くし……ピキピキと、自分が掴んでいるでっぱりから、不吉な音がユウキの耳には、鳴り響くかのように聞こえてくる。
「いいっ!? ちょっ、待て待て!」
――イクシオン、オメガ、リヴァイアサンか。
こりゃ当代の人間達は、随分と面白い事になっちょるようじゃのう。
「――え?」
ユウキは目を、崖の下――マグマの池に向ける。
今の――そして、昨日から聞こえた声が、下から……マグマの池の中から聞こえてきたかのような。
そう思った次の瞬間――
バキッ!
「え? うっ、うわあああああああああっ!!」
「ユウキ!!」
つかまっていた出っ張りが壊れ、支える物を失ったユウキの身は崖から転落し、マグマの池へと――
ボゴボゴボゴボゴッ!!
と言う所で突如、マグマの池が沸騰するかのような音を上げ始め――突如、そこから伸ばされた巨大な手の様な物に、ユウキの身体は受け止められた。
「ああああああっ……え?」
『――待ちわびたぞ』
マグマの池が盛り上がり、盛り上がった個所が重力に従い流れ落ち――産声を上げるかのように、咆哮が発せられた。
その咆哮に合わせるかのように、火山区域獣の火山が一斉に噴火し、咆哮と噴火の爆音の調和が火山区域に響き渡る。
地面は地鳴りをあげ、黒煙と火山灰が空を覆い、火山はひたすらに轟音とマグマを噴きだし――まるで火山区域の全てが、叫んでいるかのように轟音に満ち溢れ、その中心に居るユウキはその光景に絶句していた。
「――喜んで、る?」
火山と言う火山が、合掌するかのように轟音を上げ、噴きだすマグマが、水飛沫が舞い散る様に縦横無尽に流れ出し――地面も号泣するかのように、地響きを上げる。
その中心に居るユウキを迎え入れるべく、喜んでいる様に、楽しんでいるかのように――祝福の花火をあげ、ダンスを踊るかのように。
「――おいおい、こりゃ一体どういうこった? 話が全然違うじゃねえかよ」
その光景を見ていたバルフレイ。
「――やっぱこういう事か」
そしてコウキ。
「……やはり」
レナも、確信を持った。
ユウキが乗っている手――そのモンスターとは違う、その圧倒的な存在について。
特にレナにとっては、ユウキと自分が夢を介し、繋がっていた答えともいえる状況。
『ワシの炎が、ここまで歓迎しちょるとはのう……お前、名は?』
「……」
『おどれの名はなんじゃ聞いちょるじゃろうが!!』
「え!!? ゆっ、ユウキ……ユウキ・ヴォルカノだ。てか、何なんだよこれ!? ……お前は、何なんだ!?」
『――ワシはソドム。火山の神獣じゃい』