第2章 第6節
「ひいいいいっ!!」
コウキの背で、空中からの爆撃に怯えるエリーの悲鳴。
それすらもかき消す爆音と轟音に晒されつつ、コウキ達は砲撃に進路を阻まれ、周囲も威嚇砲撃で身動きが取れなくなっていた。
「流石はドーガ、良い腕してやがる」
「誰?」
「ヴァルガ一家の砲撃手だよ。多分そろそろ――」
そう言ってコウキは、ベルゼブル号のハエを模った船体の頭の個所を見据える。
遠目にその上に誰かが立っているの確認すると、“神獣石”を取り出し、もう片手に槍を握る。
「お嬢さん、悪いけど降りててくれ。皆は構えろ――来るぞ」
エリーを降ろし、周囲に戦闘態勢を取るよう促し――ベルゼブル号の砲撃が放たれる。
「いぃぃぃぃいいいやっほぉぉぉぉぉぉおおう!!」
その砲弾に、ベルゼブル号の船体のハエで言う頭の個所に乗っていた人影が駆けだし、その砲弾に着地。
砲弾のスピードをモノともせず、玉乗りのような見事な着地と乗りこなしでバランスを取り、まるで遊ぶかのような歓声を上げながら砲弾に乗り、地上を目指す。
「あーらよっとぉっ!」
地上まであと少しと言う所で身体を翻し、砲弾から足を離し――。
代わりに金属の腕を砲弾に当て、受け止める形で着地。
「世界を股にかけ、西へ東へ賞金首を追い求め、見つけ次第ブチ殺す――それがオレ達ヴァルガ一家。そしてこのオレ、頭領バルフレイ・ヴァルガ!」
袖を破り取った傷だらけのジャケットを、同じく傷だらけの肉体に直接羽織り、短く刈られた茶髪に左眉から右頬まで走る一本傷が走る、荒々しい造形の顔。
額にはヘッドバンドを巻き、左腕側には袖の代わりに真新しい包帯でぐるぐる巻きにし――
ブンっ!
右腕に取り付けられた、明らかに生身とは二回り以上は太い鋼鉄の腕を、砲弾を鷲掴みしたまま軽々と振るい、名乗りをと共に力も表明するかのような正拳突き。
「お前らの命運は、オレの子の鉄腕に叩き潰され……」
幾多もの死線をくぐりぬけてきた、歴戦の戦士である事を証明するかのようなその迫力に、ユウキ達もレナ達も息をのみ……。
「ちゅきるのさ!!」
『…………』
いざ決め台詞――という部分でかんでしまって全部台無しになり、一瞬で空気が緊張から一転白けた物へと変貌した。
「――っておい! 何だその反応は!!?」
「え? だって――なあユサミ?」
「ちょっ、ユウキ。あたしに振らないでよ!」
「――申し訳ありませんが、ワタクシもどう対応すれば良いのか」
「ですですー。たしかにかっこいいとうじょうでしたがー、いっしゅんでだいなしですー」
「…………」
「えーっと……」
「揃って総スカンか!? てかそこの三女とメイド、それにコウキテメエ! オレから視線をそらすな!! ってか意識に入れろよおい!!」
いたたまれない空気の中、まあいいと割り切って掴んでいた砲弾を投げ捨て――ズンッと音が鳴り、地面にめり込むと同時に、空気が一瞬で張り詰めた物に変わる。
「――いけない。あの砲撃飛び乗って受け止めたの、忘れるところだった」
「――危うく油断できない印象を見逃すところだった」
「流石、世界を股にかける賞金稼ぎ一家の頭目――と言ったところでしょうか? まさか実力を見せつけ、それをさも普通に大した事がなさそうという印象に書き換えるだなんて」
「――おい、なんか変な方向に過大評価されてんな?」
「うっ……おしゃべりする余裕あるたあ余裕だなあ、コウキ!!」
苦虫をかみつぶした顔をしたのは一瞬――その次の瞬間、ダンっと地面を踏み抜くかのような踏み込み。
先ほどの砲弾を思わせるスピードで、バルフレイが右腕を振り上げ飛びかかる。
ユウキ達が武器を手に待ち構える体勢に入ると同時に、コウキが槍を手に飛びかかり――バルフレイと交差した。
「――まともにぶつかりあうの、やっぱきついな」
「面白えじゃねえかよ! コウキぃ!!」
2人が同時に振り返り――コウキはそれと同時に、腰のホルスターに入れた銃を抜き、発砲。
バルフレイが右腕を盾にする様に構え、その弾丸を1つ残らず右腕でガードし、最後の一発をガードする際に腕を振り抜き、その勢いが死なないうちに強烈な踏み込みで飛びかかり、身体を一回転させた拳を突き出す。
その突きだされた拳に対し、発砲している間に槍を納めたコウキが剣を抜き、拳を受け流し――その拳が地面を叩き割り、抉るような動きでコウキめがけて振りぬこうとしたため、コウキは距離を取る。
「――馬鹿力に磨きがかかってやがるか」
衝撃を受け流しきれず、びりびりと痛む腕――その手ごたえは、明らかに以前戦った時以上の重みを伝えてくる。
その一方のバルフレイも、右肩を斬られ鮮血を滴り落ちるのを見つけ――
「はっはっはぁっ、流石じゃねえかコウキ! 腕は鈍ってねえようで、嬉しいぜえ!!」
豪快に笑いながら、左腕をジャケットの内側に突っ込み――そこから自身の黄色い神獣石を取り出し、自身のパワーアームの窪みにはめ込むとそれを高らかに掲げる。
はめ込んだ神獣石が黄色い光を発し、バルフレイのパワーアームがその光――雷の神獣イクシオンの力に包まれ、バチバヂと音を発し始める。
「うおらっ!」
バヂっと電気が弾ける音が響き――バルフレイが先ほどとは明らかに段違いなスピードで、コウキめがけて飛びかかる。
コウキは先ほどの用に剣を抜き、受け流し――
「うああっ!」
武器を通して感電し、膝をつく。
「ひゃっはあっ!!」
その隙をつき、バルフレイは勢いを殺さない様地面をえぐり、身体を左に捻って右腕を振りかぶり――その腕を振り抜く。
回避できなかったコウキは、その攻撃をまともに受け、5mは吹っ飛び背中から地面に激突するも、その勢いは死ぬ事無く投げられたボールの様に、コウキは弾み転がりながら吹っ飛ばされた。
「コウキ!!」
「さて、邪魔ものは消えた事だし、そろそろ仕事と行くかね」
「――ユウキさん達は下がっててください」
レナが愛用の槍を構え、歩み寄るバルフレイの前に立ちはだかり、その立ち振る舞いに感心したように、バルフレイが一旦立ち止まった。
「さて――勇ましいお嬢様だ事で」
「ワタクシは誇り高きウンディス家の一員にして、神獣リヴァイアサンの加護を受けし者。敵を前に、増してや守るべき市民たちを捨て、逃げる様な無様な姿は晒せません」
「そうほざいて、結果顔から出るモン全部でぐしゃぐしゃにして、みっともなく命乞いしてきたゴミ共なら、掃いて捨てるほど居た――戦士としても男としても、あんた程の美人がそうなるの、気分良いもんじゃねんだがな」
“だが、これも仕方ない事だ。悪く思うな!”
そう告げ、バルフレイが稲光に包まれたパワーアームを引き、いつでも突き出せるように構える。
レナも槍を突き出す様に構え――自身の神獣石を取り出す。
「――ちょっと待て!」
その2人の間に割り込む声と、つき立てられる槍。
2人が振り向いた先――そこには、口と斬った額や鼻から垂れ流した血で、顔を赤く染めているコウキ。
息は荒く、ダメージに加えて血を失っている所為か、少し立つのもおぼつかない。
――が、2人はそこに着目せず……。
「――! 貴方も……?」
「――ちっ」
バルフレイが舌打ちし、レナは目を見開きコウキの左腕――肘から先が明らかに人の物ではない、手の甲にある神獣石の発する黒い光に包まれ、甲殻の様な物で覆われた異形の腕を、じっと見据えていた。
「――リヴァイアサン以外の神獣の“神殻”を見るの、初めてか?」
「――! ……はい。それが、闇の神獣オメガの加護」
「そう――闇の“神殻”だ」