第2章 第4節
時は過ぎ、コウキとユウキの入浴時間も終わり、先ほどの食堂に一同は揃っていた。
火山の連なるイフディーネ火山区画は温泉が自慢で、下町の宿屋から市民街の公用浴場、貴族街の風呂は全てが温泉である。
その所為か、氷海区画ではまず堪能できない温泉を堪能できた事で、多少の満足感に浸っているウンディス三姉妹とその侍女エリー。
「とても気持ちよかったですね」
「――ちょっとのぼせちゃったですー」
「――私もです。お姉様」
ミーコ、ユミの2人が少々のぼせ、少々服を着崩してソファーに寝そべり、エリーに団扇で扇がれていると言う、少々男性の目には毒な光景があり――
「何も蹴飛ばす事無いだろ!」
「ノックしただろうが!?」
――その一方で、ノックしたにも関わらず、入ってきたユウキとコウキをユサミの蹴りが出迎え、めり込んだ顔面を抑えてのたうち回る光景があった。
「だからごめんってば。ついミーコ様のだれた姿が可愛くって」
「――やっぱオレ達が先に入るべきだったよもう」
「――? どうしたんでしょーね?」
「――ミーコ様は、お気になさらず。どうせ灯りなら消したのに」
今のやりとりの間に、服を着直したユミとミーコが、何が起こったのか良くわからず、ユサミ達3人のやりとりを見て首を傾げていた。
「――さて、落ちついた所で……あれ? 何話そうとしたんだっけ?」
「え? えーっと……なんか頭ぶつけたショックで抜け落ちたかな?」
「今からどうするか考えるんでしょ? しっかりしてよ、もう」
「だったら頭狙うなよ!」
ぶつくさと文句を言いつつ、コウキは頭をさすり――痛みも落ちついた所で、レナ達にこういう状況の経験はない為、この場の纏め役はコウキの決定し、これからの方針を手掛ける事に。
「――さて、食事もとって温泉にも浸かって、疲れは取れましたね?」
「はい――考えてみたら、少々不謹慎ではありましたが」
レナの言葉に続く様に、ユミにミーコ、ユサミは揃ってコウキから顔を背けた。
「それに関しては文句は言いません――と言う訳で、今すぐ移動します」
「今すぐ……ですか?」
「こっからイフディーネまで距離があるから、国に事故の知らせが届くのも捜索隊がここに到達するのも、そう早くはない――しかし」
ヴィィィィイイイイイイッ!!
「――? 何だこの音?」
「羽音、だよな? でもこんなでかい音――って、まさか」
この寄宿舎は火山区域のど真ん中だけあり、素材は耐熱処理が施されていて、非常用の氷石も大量に用意されている。
開閉は出来ないが、耐熱ガラスの窓もあり、嫌な予感を抱いたユウキがそっと窓に歩み寄り――カーテンの隙間からそっと外を覗き見る。
「……マジか」
ユウキの目に映った光景――それは全身が紅色と黒を主とした、体長1mはありそうな昆虫。
岩をも噛み砕きそうな顎に、シューシューと煙を上げながら高熱を発する針を持ち、羽音とは思えない程大きな音を立てる2対の翅で空を飛ぶ蜂。
本来レナ達、そしてユウキ達の表向きのここに出向いた理由――討伐対象モンスター、ヴォルケーノ・ビーの群れ。
「……どうした?」
「……ヴォルケーノ・ビーが居る。それも大群で」
「何……!? まさか!」
そう言うなり、コウキの行動は早かった。
すぐさま食堂から出て行き、手ごろな部屋に入ってはカーテンの閉まった窓から、そっと外を伺っては下がり、伺っては下がり――。
「――移動は無理みたいだな」
食堂に戻るや否や、真っ先にそう告げた。
「――大量発生の話自体は本物だったようですね」
「ということはー、このたいりょうはっせいをきっかけにー、けいかくしたのかもしれませんねー」
「かもしれませんねー……所で、ヴォルケーノ・ビーって夜行性なの?」
「いや、ヴォルケーノ・ビーは本命とは別個の巣を幾つも持ってて、満月の夜に引越す習性があるって話きいた事がある」
「……なんつー迷惑な習性だ。じゃあ最悪、明日の夜まで動けない可能性もありかよ」
今移動する為の次点巣が近くにあるかもしれないなら、間違いなくそうなる
となると――
「――仕方ない。移動は諦めて、今日は一先ず寝るか」
「……寝られそうにないけどね」
「違いないけど、今はそれしかないんだ。さて――女性陣はソファー使ってくれ。寝袋持ってきてるから、俺達はそれ使って少し離れた所で寝るよ」
「うん、そうするよ――レナ様達には、辛いかもしれないけど」
「大丈夫です。この状況では、寝る場所があるだけ幸福ですから」
「ですですー。だいじょーぶですよー」
「はい。ご心配なさらずとも、遠征でのこういった環境は初めてではありませんから」
「んじゃ、決定だな――んじゃユウキ、ちと離れるか。」
「――そうだな」
眠れそうにない――そう思いつつ、ユウキはコウキにもらった寝袋に包まって、目を閉じ……
――聞こえるか?
「――!」
――聞こえているなら応えよ
――我が声に……●●●の声に
「――? ……また?」
――我が名は●●●……我が声に……えよ。
「――なんなんだ? 聞こえねえ」
「…………やはり、ユウキさんは」
うなされる様なユウキの声。
そして、聞こえない筈の声が聞こえる――そんな様子を見ていたレナには、ユウキの陥っている状態は、覚えがある事だった。
「――あの夢は、これを示唆していたのかもしれませんね」
そう結論付けると、レナはユウキから眼を話し、目を閉じ――疲れ故か、寝静まった。