第2章 第3節
イフディーネ氷炎城で、貴族たちの軋轢が自己主張する会議が行われている、その頃。
場所は、ユウキ達が身を隠している火鉱山夫の寄宿舎。
「――さてユウキ。オレ達は今、この先の未来を左右する、重大な問題に直面している」
「ああっ……ヘタすれば俺達は、最悪の汚名と死を迎えるだろう」
「オレもそんなに、傭兵稼業は長いとは言えないが――過去においても未来においても、ここまで凶悪な事態に直面する事はないと断言できる」
「――違いない。何せこれは、おかみさんの激怒クラス……の一歩手前位にヤバい案件だ。何とかしてこの場から離れる算段を」
ガンッ!! × 2
「ただお風呂の見張り番するだけで、何さも世界を左右する戦争に赴く兵士みたいな会話してるのよ!!?」
「何かあった時の危険度で言えば、大して変わらねえよ!」
「オレはここを見つけた時、この扉がこんなにも凶悪な物に見えなかったぞ!」
――その地下にある、大浴場の前。
施設の構造確認に出向いたコウキが見つけたそこは、地下からくみ上げている温泉だと言う事で、是非とも入ろうと言う話になった事が、運命の分かれ目。
ユウキとコウキ男性陣が、女性陣が入浴する間に見張りとして、浴場の入り口で陣取る事になり――その事で、ユウキとコウキがゴネていた。
「まったく――覗きの算段でもしてるかと思えば」
「リスクがでかすぎて、価値なんかゴミ程度も――」
『…………』
「――すんません。流石に傭兵としては、覗きで迎える最後なんてあまりにも恥ずかしすぎて、と言う意味ででして」
失言したコウキは、女性陣に一斉に睨まれ縮こまり――尤もらしく言い直した。
5人中4人が、バレたら即死刑に出来る力の持ち主だけに、覗きなんて考えるどころではなく、頭にあるのは不安だけだった
もしもの事があったらそれだけで罪に問われる上に、どんな地獄が待っている事か――
「それに、おかみさんにでも知られたらって考えたら……」
「やめろよおい、想像しちまったじゃねえか!! ……やばい、なんか大激怒するおかみさんに睨まれてる様な感覚がしてきた」
「あっ、ああっ。悪い……てか、今すぐここから逃げたい」
「――はぁっ」
呆れたように溜息をつくが、ユサミも激怒する母の姿を思い出すだけで2人の動揺が理解出来た為、深く追求するのはやめた。
「――あの、皆さんは先に入っててください。あたしは後で入りますんで」
「でしたらワタクシも。まだお話ししたい事が色々とありますので」
「――そうですか? でしたら、お言葉に甘えましょうか。ミーコお姉さま」
「ですですー。エリーとひさしぶりにー、せなかながしっこするですー」
「そっ、そんな。恐れ多いですよミーコ様」
そんな2人を見かね、ユサミとレナも一緒に見張りをする事にし、ミーコ、ユミ、エリーは大浴場の更衣室へと入り、扉をしめた。
「……」
コウキがタイミングを見計らったかのように、どっかと扉の少し横の壁にもたれかかりながら座り、上着の内側のポケットに入れておいた煙草を一本取り出し咥え、火をつける。
「……喫煙は遠慮して頂きたいのですが」
「固い事言わないでくださいよ。緊張続きだったんだから、これ位は大目に見て貰いたい」
「――だったら、少し離れてくれない? あたしも煙草の匂い嫌いだから」
「はーい」
コウキはゆっくりと立ち上がり、少し離れて再び噴かす煙に強弱をつけ、遊ぶ様に煙を噴かし始める。
「――全くもう。女の子の前で喫煙なんて」
「まあまあ、落ちついてください。喫煙が趣味の御方には、色々とあるのでしょう」
ぷんぷんと擬音が出そうな雰囲気で、ユサミはぼやいた。
「――ま、少しは落ちつくか」
ぼそりとそう呟き、コウキとは反対方向の浴場の戸の横の壁に、ユウキもどっかともたれかかりながら座り――それに続くかのように、ユウキの右にユサミが、左にレナが座る。
「……あの、なんで俺の隣に?」
「別に、いつもの事じゃない」
「ワタクシはもう少し、貴方と話がしたくて」
「……両手に花、それもイフディーネ市民の憧れの的の2人が、か――うん、最高」
ユサミは下町食堂街の看板娘人気ナンバー1であり、市民街にもその噂は届くほどの人気者で、レナは能力と共にその美貌も評判であり、イフディーネに住む者なら、誰もが一度は恋をするとまで言われている。
ユサミと幼馴染である事を差し引いても、そんな2人に挟まれてはユウキとて、役得と思わずにはいられなかった。
「……何言ってるんだか」
「――?」
そんなユウキに対し、レナは何の事かわからず首を傾げ、ユサミはその不謹慎な発言に呆れたように溜息をつく
「――所で、ちょっと気になってたんですが」
「はい、ユウキさん?」
「火山区画の環境、あんまり馴染んでないんでしょう? ――プロバガンダ目的で出向く様な所じゃないのに、どうして態々?」
「雪の貴族の方々から強い期待をかけられている――と言うのもあるのですが、ワタクシはそれより、魔物で苦しむ人達を守りたいのです。お父様とフォン様、イフリタ家のシャルル様の様に。お父様を含めた3人で築き上げた武勇伝は、今でも私の憧れです」
「お母さんが、ウンディス家やイフリタ家の現当主と一緒に!?」
「――まさかおかみさんが、そんな貴族の中の貴族と肩並べてたなんてなあ」
おかみさんことフォン・エールは、自慢話なんてやりたくないからと、自分の過去をあまり話したがらない為、ユウキもユサミも、フォンの酒飲み仲間や昔の戦友から聞いた程度の話しか知らず、増して交友関係も知らない。
店に来るのは下町育ちの騎士や準騎士のみで、フォンが近衛騎士になってからを知る者は1人として来ない為、伝説級の話などは噂程度の眉唾物しか知らない。
「――今更驚けないけど、どんだけぶっ飛んだ人なんだろ?」
「――そうだね。後あたし娘なんだから、そう言う風に言わないで」
「はいはい――でも、断片的に効いた話だけでも憧れはしたっけな」
「――羨ましいねえ」
――そんな光景を眺めながら、コウキは煙草の煙を噴かす。
コウキ自身は酒は飲めても、煙草自体はあまり好きでもない――主に人払いや、1人で居たい時の口裏合わせの手段。
そっと地上階へと出向き――外の様子を伺う。
「――くる気配はなし、か」
あの日、ユウキと一緒に氷海区画の市民街バザーでの買い物の際、ユウキと別れ……コウキはある事――イフディーネに、コウキを探しに来た賞金稼ぎ一家“ヴァルガ一家”の構成員の尾行を行った。
――その際、ウンディス家を嗅ぎまわっていた事や、火山区画の貴族街付近で誰か使者と思わしき輩から書状を渡されており、それを読む声に“暗殺”と言う言葉があった事。
状況から察するに――程度ではあったが、ウンディス家を嗅ぎまわっていた事を含めると、今回の討伐任務で誰かがレナ・ウンディスの暗殺を企てているかもしれないと、予想し――今に至る。
「――予想が当たってた以上、あいつらも絶対にここに……ユサミか?」
「――失敗かあ。まあそれは置いといて、何やってんのよこんな所で!」
「外の見張りだよ」
頭の中で情報整理していると、突如背後に覚えのある気配――ユサミの存在を感じ取ったコウキは、脅かせようとそーっと近づくユサミに、背後まで来たと同時に先制攻撃。
「ミーコ様達がお風呂あがったから、あたしとレナ様お風呂に入るね」
「ユウキは一緒じゃないの?」
「バカ!!」