プロローグ
「……まだ立つのか? ●●」
「――立ちます。ワタクシは●●●●●●●の●●を受けた者達の代表。●●●の●●を受けた代表である貴方、●●●から逃げる等あってはなりません」
1人は、炎を思わせる深紅の髪を無造作に整えた男。
そしてもう1人は、海の様に青く流れるような髪の女が、それぞれ剣と槍を手にして対峙していた。
まるで岩石をそのまま掘り起こし、上部を荒く削り無理やり整えたかのような形の、宙に浮かぶ浮遊島の中心で。
その最中に交わす言葉は、相手の名前かあるキーワードかに当たる部分は、まるで何かに遮られているかのように聞こえない。
「これも因果か」
「かもしれませんね。ですが――」
男の右腕が燃え上がると同時に、瞬時に全身を包み――彼の周囲を業火で覆い、足元を中心に地面を溶かしていく。
女の右手が凍て付くと同時に、瞬時に全身を包み――彼女の周囲を吹雪で覆い、足元を中心に地面を凍らせていく。
「負けるわけにはいきません」
「――俺もだ」
地面の氷結と熔解が、そして業火と吹雪とがぶつかり、互いの熱と冷気を打ち消し合う。
ジュバっという音が響くと同時に、男はマグマに包まれた右腕を、女は冷気に包まれた右手を突き出し、マグマと冷気が撃ちだされ――。
――ビキッ!
「「――!?」」
ぶつかると同時に、ガラスが割れる様が響き――2人の世界は砕けた。
神獣の住まう世界“レムレース”
そこは神獣達の力による恩恵で成り立つ地もあれば、神獣同士の衝突により理が壊れ、特有の異常気象に見舞われた地もある、神獣達の思し召し次第で豊かになれば廃れもする世界。
そんな中で人は生きて行く事を選び、その恩恵で豊かな生活を送る国、異常気象に立ち向かう中で、蒸気機関や機械と言った独自の力や技術の確立を成し、発展した国。
神獣達に生きる力を示し続けるかの様に、人々は挫折と発展を繰り返しながら生き続けていた。
――そんな中で神獣達は、人の文明とその行く末に興味を持ち、ある選択をした。
神獣達だけに許された力――魔法を、自身と魂の契約を交わすことで人にも使えるようにし、人がこの契約を機に一体どのような発展を齎すのかを見守る事を。
そして時は過ぎ、神獣が人と共存する事を選択した日を契機に始まった暦で言う――共存歴96年。
神獣達の間で、どの神獣が見守ってきた国が最も成長したか――が議題となった事を契機に、どの国が最も優れた力を持つかを競い合う祭典を催す事が提案された。
人間たちの友好、そして競争を促しさらなる発展を……と言う願いを込め、国家間において“ウォーゲーム”の開催を宣言した。
人々は大いに沸いた。
自分たちが造りだした物が、他のそれと比べ優れているのか劣っているのか。
自分たちが育んできた力が、他のそれと比べ強いのか弱いのか。
人々は魅せられる――各々の神獣達が見守る中で育んだ特有の技術、特有の力と言う未知との会合。
その中で自分たちは、一体どれほどの力を持ち、どれほどの英知を持っているのか。
――ウォーゲームの開催から、世界は変わった。
氷炎国家イフディーネ
火山の神獣ソドムが棲みかとする火山、氷海の神獣リヴァイアサンが棲みかとする氷海に挟まれ、全く正反対の過酷な環境に晒されると言う、2体の神獣の加護を持ちながら稀有で過酷な環境下に存在する国
「――また、同じ夢……ですか」
レナ・ウンディス
彼女は氷海の神獣リヴァイアサンと、最初に契約を交わした者を始祖とする血筋でも、最も強い力を持つウンディス家の次女にして、歴代でも最高の力を持って生まれたと評判の高く、また最も美しいとされる少女。
イフディーネ貴族街でも有数の豪邸の一室で、ゆっくりとベッドから降り、ここのところ毎日のように見る夢について――頭を悩ませる
コンっ、コンっ!
「――どうぞ」
ノックがされたドアから入ってきたのは、数名のメイド達。
恭しく頭を下げ、それぞれが担当の仕事の準備を整え――。
「おはようございます、レナ様」
「朝の御召物を」
「ええ、お願いします」
メイド達の手で髪がブラシで整えられ、服は着替えられ、顔を現れて化粧を施され――身支度が整った。
その後に部屋を出て、朝食へ。
「おはよーですよー。レナちゃん」
「おっ、おはようございます……レナお姉さま」
「はい、おはようございます。ミーコお姉さま、ユミ」
間延びした独特の口調で、明らかにレナどころかその場の3人で最も小さい、子供くらいの身長の少女が、長女のミーコ・ウンディス。
そして、大人しめの印象を与え、守ってあげたい系の小動物チックな少女が、三女のユミ・ウンディス。
2人ともウンディス家の息女に相応しい、他と比較にはならない強い力を持つ魔導師として、名をはせている。
レナと比較すれば劣っているが、そこに対する劣等感は2人には特にない。
「んー……どーしたですかー、レナちゃん?」
「? どうしたとは?」
「さいきんですがー、ようすがへんですー。なにかー、ありましたかー?」
「――そうですね。最近はレナお姉さま、上の空である事が多いですし、なにかありましたか?」
心配をかけないよう、隠していた――が、姉に見破られていた事には、あまり驚いてはいない。
見た目は幼くても3姉妹の長女であり、自分たちの事をよく理解している事も理解しているから、むしろ当然とも思っていた。
「――ここのところ同じ夢を見ます」
「夢を――ですか?」
「ええ……顔は影がかかっていて見えないのですが、私の氷の力に匹敵する炎を操り、私と幾度となく撃ちあい、最大の一撃を……と言う所で、目を覚ますのです」
「ウォーゲームのかいさいもー、ちかいですからねー。リヴァイアサン様からー、ちょくせつちょうあいをうけたー、レナちゃんがいるくらいですー」
「では、レナお姉さまに匹敵する、ソドム様の力を持つ御方が?」
「そのかのうせいはたかいですねー」
「ワタクシと、同じ――あの方は、一体誰なのでしょうか?」
「うあっ!」
――所変わり、イフディーネ下町区画にある、宿屋兼酒場の客室の1室。
「……またか」
ヒビ割れがあちこちにある、石造りの屋根。
いつも最初に見るそれが目に入ったと同時に、少年――ユウキ・ヴォルカノは、目を覚ましたことを認識した。
「――何だってんだよ一体?」
ぼやきながら起き上り、夜のうちに用意しておいた水で顔を洗い、身支度を整えて庭に。
「はっ!」
「やっ!」
出ると同時に、威勢のいい掛け声がユウキの耳に入って来た。
「おはようございます、おかみさん。おはよ、ユサミ」
「おはよ。よく眠れた?」
「……ああ、よく眠れた」
ユサミ・エール
彼が下宿する宿屋兼酒場エールの看板娘で、下町の人気者として有名な少女であり、ユウキの幼馴染。
隣にいる彼女の母は、フォン・エール。
現在は引退しているものの、かつてはイフディーネ王国兵の拳打指南であり、幾多もの伝説を打ち立てた闘士として名をはせた女傑。
その娘であるユサミも、その手ほどきを受けた経緯で、近衛騎士にも匹敵する腕っ節の強さを持つ。
「――また見たの? あの夢」
「ああ……寸分違わず、同じだったよ。みた事もない美人と一騎打ち――何だっつーんだよ一体」
「――調べて来たぜ?」
ふとかけられた声。
そこには、線は細いがそれなりの場数を踏んだ者独特の覇気を纏った、1人の男。
「すまないね」
「それより――」
「わかってるよ。約束通り、一週間分のツケはなしにするから」
コウキ・クオン
各地を旅する傭兵を営む少年で、ここ最近は宿屋エールに“ツケで”滞在しつつ、路銀稼ぎの為に仕事を探していた。
「一応、特徴に合う氷の力を持つ女は、片っ端から調べてみた」
「へえっ。おかみさん、そんな事を頼んだんですか?」
「あたしも気になるからね。その夢の内容は」
「で、えーっと……」
運命は、動き始める。