一日目 朝 #2
ルネがラナとバイバイして、学校へ向かっていると背後から妙な視線を感じた。
朝の通学ルートだけでも、やはりあと数人との出会いを繰り広げなければならないような予感。
視線を感じるたびに振り返るも、誰もいない。
そういったことを繰り返して数回目。
『だるまさんが転んだ』の『ま』のとこで振り向くというフェイントで幼女が釣れた。
「あうっ、あうっ」
とその幼女は、ルネに見つかったことに慌てて顔を真っ赤にして手足をばたばたさせている。
ついでに、頭に生えたイヌミミもパタパタと揺れる。
このコは……、引っ込み思案で有名なシャラ・サーシャだ。
幼馴染という設定。
一応ルネと同い年。見た目は幼女だけれども。
清楚なワンピース姿の小柄な少女。
たしか……世界でも有数のサーシャ商会の一人娘。逆玉の輿ルートへの通行手形。
専属の家庭教師に帝王学を学んでいるため高校へは行っていない。
つまりは、今後日常生活で頻繁に顔を合わすわけではない攻略対象。
本人の希望なのか、家族の意向なのか、髪型は飾り気のないおかっぱもどき。
それが、灰色の髪にマッチしている。
はっきり言って可愛い。可愛らしい。
つい声を掛けてしまった。
「どうしたの? あたし……じゃなくって、僕に何か用?」
するとシャラは、
「あ……」
とだけ言い残して、さっさと駆け逃げてしまった。
さっきのラナと比べるとやけにあっさりしている。
追いかけてみようか? という考えも浮かんだが、学校へ行くという至上命題がある。
家もわかっていることだし、この場は深追いしなくていいだろう。
序盤はできるだけ穏便に進めたい。
自分には秘密手段があるのだ。
今はまだ無理だけど、発動可能になるのはそう遠くないはずだ。
ならば、それまでは無難に過ごすのが賢明なのだ。
ルネはシャラの可愛らしい照れ顔を思い返しながら、その場を立ち去りつつ思った。
『女って30近くになると、こういう女の子が可愛くって仕方なくなっちゃったりするのよね。
現実に戻れたとして、同性愛とか――しかもロリ気味の――に目覚めちゃってたらどうしよう……』
そんなことを考えながら歩いていると、学校が見えてきた。
通学での強制遭遇は二人だけか。案外少なかったな。
なんて思っていると、校門の横手に人影が見えた。
こちらに話しかけてくるわけでもない。
視線もこっちを向いていない。
白衣姿で眼鏡をかけた少女。佇まいから恰好からなにから怪しい匂いがする。
通り過ぎようとしたその時、途緒の頭に聞き覚えのある声で、
『結構シビアなゲームでね、しょっぱなの遭遇でミスると二度と登場しないキャラとかもいるんですよ!』
という言葉が響く。
この感覚……、途緒の持つゲーム攻略への二大チート能力の一つ。
絶対攻略情報記憶の発現だ。
途緒が秘密手段を手に入れる前、それまでの間お世話になった能力。
一度見たり聞いたりしたゲームの攻略情報は忘れないし、都合のいい時に思い出せるというただそれだけの能力。
だが、ゲームトリップ体質の途緒としてはずいぶんとこれのお世話になった。
そうだろう。攻略ルートとかアイテムの効果とかが、丸暗記できるのと同じなんだから。
予習の効果が半端ない。
今聞こえてきたのは、職場の同僚のキョエが飲み会かどこかで漏らした言葉だろう。
そんな些細な台詞であっても、ゲームに関係するのであれば、必要なときに自然と思い出す。思い出させてくれる。
ありがたい。
この名も知らぬゲームにトリップしたそもそもの元凶はほぼ間違いなくキョエ。
キョエが仕事場のパソコンでゲームをやってたせいだ。
つまり……、キョエはこのゲームを知っている。少なくとも自分より詳しい。
人のいい――興味のない話でも真面目に聞いてあげる聞き上手――河合店長か誰かに酒の勢いで語っていたのだろう。このゲームの話を。飲み会の時とかに。
そしてその情報は有意義。
価値があるからこそわざわざ思い出させてくれた。
絶対攻略情報記憶の能力が。
つまりは……、ここで、この怪しい白衣のメガネっこをスルーするのは得策ではない。
このコも攻略対象だ。
そして、この場で出会わなければ二度と登場しない可能性が高い。
そういうことだ。
このコが仮に『アタリ』であれば、この時点で詰む。
詰んだった~になってしまう。
途緒は少女に声を掛けることを決意した。
すると、少女の情報がルネの記憶に甦る。
馬鹿の一つ覚えみたいな、同い年の幼馴染。三人目。
シューナ・サラーシャン。
アタリハズレは大きいが、それなりというか、売れている魔法薬なんかではトップシェアを誇る、それでいて、誰の購買意欲もそそらないマジックアイテムなんかも開発している経営方針がブレまくりだけれど、有名な魔術研究所の所長の愛娘。
この街始まって以来の秀才とも謳われるシューナ。
飛び級に次ぐ飛び級でさっさと最高学府レベルの勉強を終えた。
だからもう学校には通っていない。
魔術学会でも注目されていたエリート少女だ。
今は、父親がトップを務める魔術研究所の研究内容の誰の購買意欲もそそらない方面の研究を一手に担っている。とか聞いた。
はっきり言って才能の無駄遣いも甚だしい。
だが、片手間に売れ線の魔法薬なんかもきっちり開発しているらしい。
この少女の容姿。白衣に眼鏡という年齢不相応な点はあるのだが、それ以外は普通。
一点を除いて。
右目が吊り目で左目がたれ目なのだ。それはそれで可愛い。
初めは違和感があるが、5秒くらいで慣れてきて、15秒くらいで逆にそれがチャームポイントになる。
あと、おしゃれに全然気が無く、ぼっさぼさの黒髪をしている。
途緒は現実世界では社会人だ。それなりに清潔な身なりを心掛けている。
シューナは磨けば光るタイプだ。それを即座に見抜いた。
女子目線で見るとそうなる。
見抜いてどうこうなるものでもないが。
とりあえず、無難な接触を心掛ける。無難が一番。無難最高。
ルネが近づいて行くと、シューナの方から声を掛けられた。
「来ると思ってた。わたしがたとえ来ると思わなくても、
それでもルネは来ただろう」
第一声がそれだった。
通学路だし、校門の前なんだから当然と言えば当然。
「ああ、シューナおはよう」
と、ルネは無難に声を掛けた。
様子見だ。無難が大事。
「朝の挨拶とは、面倒なものだ。
だが、それを怠ってしまっては、味気ない。
味気ないとはいえ、億劫だ。
しかし、億劫だからとて、礼儀は重要だ。
だから、わたしはルネに対してこう答えるだろう。
おはよう……と」
ちょっとメンドクサイキャラだなあとルネは思ってしまった。
が、それはまだまだシューナという少女からすれば序の口だった。
シューナは突然にたりと笑った。
右目の吊り目がたれ目になる。左のたれ目はたれ目のまま。
そしてガバっと白衣を開いた。
何も、その白衣の下に何も着ていないとかそういうことではなかった。
ちゃんとTシャツっぽいものと短パンを履いていた。
裸じゃなかった。
だけど、白衣の下には袈裟掛けにベルトのようなものが十字にクロスしていてそのベルトには、弾薬よろしく、無数の試験管が装着されている。
あっけにとられるルネを尻目に、シューナは、
「て、徹夜で仕込んだ……新開発の魔法薬。
好きなの飲む。効果絶大。それぞれなんの効果か忘れた。
さあ! 早くっ!」
と、にじり寄ってくる。
「さあ、選べ! 飲め! 媚薬毒薬魔力増強体力回復ヨリドリミドリ。
ルネくんの、ちょっといいとこ見てみたい!」
ここで、このタイミングで選択肢!
■
青い薬を飲む
黄色い薬を飲む
緑の薬を飲む
■
って、拒否権がない!
どれを飲んでも大したことにはならない可能性だってある。
だけど、バッドエンド直結の爆弾が仕込まれていないとも限らない。
秘密手段発動?
いや、そんな時間はない。
そもそも発動させられるか疑問なうえに、そんな時間はない。
途緒は精神を集中させた。
キョエがシューナの差し出す薬についてなにか言っていたかもしれない。
それを無意識下で覚えているかもしれない。
その可能性に賭けた。
だけどダメだった。この件に関しては何の情報も無かった。
それだと絶対攻略情報記憶も役には立たない。
ヤバい! 制限時間が無くなっていく。
一か八か。適当な薬を選ぶか……。それとも……。
◆今回初紹介の攻略対象
シャラ・サーシャ(17)
性格:引っ込み思案
属性:幼なじみ・イヌミミ
外見:ややロリ気味・可愛い系・灰色髪のおかっぱモドキ
備考:世界随一の商会の長の愛娘
ポ:???
シューナ・サラーシャン(17)
性格:エキセントリック
属性:幼なじみ・眼鏡・白衣
外見:チビだがロリでは無い・ぼさぼさの黒髪
備考:魔術研究所のトップの愛娘
ポ:???
◆今回登場の攻略対象
シャラ:……
シューナ:好きな薬を選ぶがよい!