プロローグ
(ああ、この感覚……またなの……? だけど……今度のは……ちょっと違うかも…………)
フォトスタジオ――という名を借りたその実はデジカメの現像屋さん――で勤務するOL、
桑島途緒はある意味で悟りを開いていた。
彼女はいうなればゲーム世界へのトリップ体質。
自分がプレイしたゲームの世界へ入り込んでしまうのだ。ついつい。
何故そうなるのか、仕組みは未だにわからない。
そしてゲーム世界の中でエンディングを迎えると、晴れて現実世界に帰還できる。
今まで何十という作品の中に取り込まれてきた。
例えばゴリラが投げてくる樽をジャンプで避けて登っていくゲームとか、迷路の中に置きまくられたエサを全部食べ終わったらクリアできる様なゲームとか。
彼女は自分の体質を理解していた。
だから不用意にゲームに近づくことを避けていた。
途緒の家に置いてあったのは無印の家庭用ゲーム機。それで遊ぶことも早々に辞めた。
スーパーと名が付くようなゲーム機以降の全て(メディアが光学ディスクに変わって以降は尚のこと)のゲーム機は購入しなかった。
それでも……特にスマホでのゲームが流行りだしたここ数年ではついついゲームに触れてしまうことがあった。
友達のスマホをふとした拍子に触ってしまった時なんかに、バックグラウンドで動作しているゲームの世界に引きずり込まれた。パズルを解いてドラゴンで敵をやっつける今、巷で大流行の奴だ。
またか……、その時も思った。
自分でプレイしなくても、バックグラウンドで動作している状態なだけでダメなんだ。
触っちゃっただけでその世界に引きずりこまれるんだ。と気が付いた。
それで頑張ってクリアして現実世界に戻ってきた。
ゲーム内に入ってしまうと課金という裏技が使えない。だけど、スタミナの回復を待つような必要はなかった。無制限にゲームし続けられた。クリアまで途緒の体感ではアッというまだった。
課金ガチャなんていらなかったのだ。無尽蔵なスタミナがあれば。
とはいえ、苦労はした。なによりパズルを解き続けるのは面倒極まりなかった。
それは己の不注意が招いたことだと途緒は割り切って考えた。
それ以降、人のスマホにも触らないように気をつけてきた。
だけど今度のは違う。職場にある仕事用の共用パソコンじゃん!
スクリーンセーバーがかかってたから、ちょこちょこっとマウスを動かしただけじゃん!
途緒の頭には、一人の同僚の顔が浮かんだ。
清江くん。通称キョエ。
見た目は普通の好青年だけど、ちょっとオタクの毛が入っているらしい。
飲み会で酔っ払った時とか、ちょっとえっちいゲームの話をだれかれ構わず撒き散らす。普段は普通なのに。
途緒が、隣のエリアのお店に用事があって出かけている間に、あろうことか共用のパソコンでゲームをしていたようだ。
どんなゲームなのか、今はまだわからない。だけどすぐにわかるだろう。
最近のゲームは優秀だ。
導入部にはチュートリアルがついてるんだから。
・
・
・
途緒が気がついたとき、真っ白な空間の真っ只中に居た。
目の前には女神様。
「アナタの周り美少女達がいるわよね。
みんなそれぞれに所謂ヒロインっていう立ち位置なの。
アナタはそのうちの誰か1人と必ず結ばれなくちゃならない。
失敗したらバッドエンド。
誰かと結ばれればハッピーエンドよ。
だけど、1人をのぞいてみんなハズレよ」
周りに居るっていったって……。あたしの勤務先には店長の河合さんとキョエぐらいしか……。
一瞬戸惑った途緒だったが、すぐにゲーム内主人公としての記憶が立ち昇ってきた。
自分は、聖魔術学園高等部の一年生。今は春休みだからもうすぐ二年生になる。
この世界での名前はルネ・ハフーガ。
もちろん男子生徒。男の子役の主人公を任せられた。
なるほど、これは恋愛シミュレーションって奴だ。
意識を再び女神様に向けた途緒に対して女神様が続ける。
「たった1人の『アタリのコ』じゃないコを完全攻略しちゃうと大変よ。
アナタとそのコにとんでもない不幸が降り注ぐわ。
それと、アナタが次の誕生日を迎えた時に1人も攻略していない場合は問答無用で世界が滅亡するわ」
世界の滅亡を託されてしまった……。
荷が重い。
そんなことはない。所詮ゲームの世界のお話だ。
だけど、世界滅亡エンドだと現実世界には戻れない。
つまりはゲームのルールに従ってアタリのコに狙いを絞って攻略しなきゃいけないんだ。
告白するかさせるかして、結ばれなくちゃならないんだ。
ゲーム内時間では4月が始まったばかり。
誕生日は来年の1月。
9ヶ月しかない?
逆だ、9ヶ月もある。
その間……ゲーム漬けの毎日を送ることになるんだろう。
だけど……、大丈夫。
(
あたしには秘密手段があるんだからっ!
いつものように必ず最速でクリアしてみせるわっ!
)
こうしてルネの学園生活、アタリヒロインの探訪と攻略、そして、無数に居る『ちょろイン』達へのツンツンの日々が始まった。
ルネはゲーム開始早々、早速弱音を吐く羽目になる。
(どうしてこのゲーム、攻略対象がこんなに多いのよ!)