七夕前夜の一騒動
七夕イェイ!!!!!!
☆彡 *.:*:.。.: (人 *)
「おい」
本当は、俺達は普段より背中が小さくなっているに相手に声を掛けるような関係ではない。
無視するだけだ。
しかし、今夜の俺は奴の背中を見て声を掛けていた。
夜風に後ろ髪が靡いている奴は、微かに背後の俺を見ると、直ぐに無視して視線を前に向ける。こうなったら俺は何も言えない。
待つだけだ。
「ねぇ、何の用?僕は今日は一人になりたいんだけど」
今日は日没からこの屋根で景色を見続けているらしい奴は、俺も屋根に座ってじっと待ちながら、やっと口を開いてくれた。
「話がある」
「明日にしてくれよ。第一、君には崇弥がいるだろう?」
だから何だよ。
「明日は七夕。恋人同士には取って置きのイベントじゃないの?」
「それなら洸祈に既に言われてる」
朝から駄々を捏ねていた。それに、七夕は明日なのに、何故今日騒ぐんだ?
あんまりに騒ぐから、少し乱暴したら大人しくなった。
「じゃあ、何?崇弥より僕に会いに来て、それなりの理由があるんだよね?」
「洸祈が最近、また悪夢を見始めて……どうにかしてやりたい」
屋根の上に投げ出されていた奴の手が固く拳を作る。
「君のことが僕は大嫌いだ。よくもよくも、僕から洸祈を奪っておいて!」
ダンッと瓦を叩いた奴は俺にも聞こえる程に息を荒げた。
「君は洸祈のことを何も知らないくせに!何だよ!洸祈の悪夢は君のせいだよ!」
獣みたいな鋭い眼光。
奴は――二之宮はキレていた。
「どういう意味だよ」
「僕の願いは洸祈の幸せだ。だけどな、幸せになるほど洸祈は過去を悔やむ。だから悪夢を見る!分かりやすい話だろう!?」
俺を真っ向から睨んでくると、二之宮は目を光らせる。
「っ!!」
奴は何もしていないはずなのに、俺の胸が突然痛くなった。心臓を鷲掴みされている気分だ。これ、魔法か!?
「最初に言っただろ?今日は一人にしてくれと。機嫌が悪いんだよ!」
痛みが酷くなる。
俺は思わず、膝を突いてしゃがんでいた。
「……はぁっ……っ」
苦しい。
俺は二之宮に殺されるのか。
「僕を怒らせるなよ、夕霧。死にたいのか?」
死にたいわけあるかよ。
「っく……くそっ……」
確かに、俺が言いたかったのは洸祈が悪夢に魘されているから助けて欲しいということだ。
だけど、今朝も魘されていた洸祈は……――
「うっ!!!?」
痛い。言葉が出ない。
二之宮の目は時間と共に眩しく輝いていた。
本気で俺を殺す気だ。
「嗚呼……君と最初に会った時、殺しておけば良かったかな」
二之宮は動かない足の代わりに俺を睨んだまま腕で這って俺に近付いて来た。滑稽な姿でも、二之宮の迫力は増すだけだ。
「僕はね、君が嫌いだ。だけど、僕は洸祈中心で生きてきた。だから、洸祈が君を求めるなら、僕は君を洸祈の恋人と認めざるおえない。全くこれっぽっちも認めたくないけどね!」
二之宮が俺の胸ぐらを掴んだ。屋根に登る為に通った屋根裏の窓から入る光が二之宮の横顔を照らす。
こいつ、泣きそうな顔だ。
「だけど、僕じゃ洸祈は助けられなかった!洸祈を助けたのは君だった!」
最初に会った時とまるで同じだ。違うのは屋根の上でのことではなく、二之宮の自室で、二之宮は歩いて僕に近付いて来たということだ。
「七夕ってのは洸祈が清になった日……」
つまり、洸祈が館に入った日か。
「だから……一人にしてくれ。苦しいんだ……あの日、僕ではなく君がいたなら……」
そうじゃない。
二之宮は大きな勘違いをしている!
今朝、あいつは……――
「洸祈はお前を置いて行ったことを後悔して魘されてたんだよ!」
『狼……俺、一人で……ごめんなさい…………』
俺と寝た翌日に朝っぱらから“狼”と来た。それでムカついたこともあって乱暴したが、今、その理由が分かった。
あいつも七夕に苦しんでいる。
「違う……違う……!」
涙を目尻に溜め、頭を振って俯く二之宮。その時、俺の心臓を縛る何かが消えた。
俺は命欲しさと伝えたさに二之宮を押し倒す。
「二之宮……お前……」
二之宮が泣いていた。
「洸祈が僕のことを悔やんでいる?そんなのおかしいだろ!七夕は1年でたったの1度しかない願いが叶う日。そんな日に僕は……洸祈に一生癒えない傷を付けた」
「お前は悪くないだろ!お前は餓鬼だった!そうだろ!」
「洸祈は僕の弟だ!」
なんだよ、このバカは。俺の話を全く聞いてねぇし。一度、屋根から落として脳内をクリーンにしてやろうか。人目もないし、こいつが勝手に足を滑らしたことにすれば……。
「陽季、董子さんや杏が二之宮を苛めないでって言ってる」
「洸祈!?」
洸祈が窓から顔を覗かせていた。そして、洸祈は「よいしょ」とじじくさく言いながら屋根に体を上げる。今日は7分の白Tシャツに黒のジーンズで登場みたいだ。
「お前、何しに……」
「決まってんじゃん。少し早いけど、七夕のお願い事叶えに来た」
「は?」
意味分かんないんだけど。
「今年のお願いは二之宮を用心屋主催の七夕パーティーに出席させること」
ぽんと俺の肩を叩いた洸祈は、ポカンとする二之宮を押さえ付ける俺を退くよう指示してきた。
ウインクで俺に命令とは……てか、今朝の駄々は七夕パーティーだったのか。
「陽季は七夕パーティー来てくれないわけ?腰痛めたし、陽季の体に教えてくる返事にはちょっとキレてんだよね」
二之宮より洸祈の方が恐いや。
「最初から七夕パーティーって言ってくれれば……」
「サプライズが駄目なの?」
「駄目ってわけじゃないけど……。でも、七夕は明日だろ?」
「知らないの?笹飾るのは6日の夕方から。そんで、7日の夜に取り外すんだよ」
そうなんだ。
「ほら退いて。七夕パーティーに二之宮が来てくれないと、董子さんも杏も来てくれない。そしたら、琉雨が悲しむ」
流石、ロリコン。
だから俺は全てを洸祈に任せることにした。
「蓮」
「見ないでくれよ……崇弥……」
「洸祈。さっきみたいに洸祈って呼んでよ、蓮」
「洸祈……」
「うん。蓮」
蓮の上体を抱いた洸祈は彼を起こしてやる。
「俺さ、陽季と逃げて……蓮のこと置いてきぼりにしたんだよね……ごめん」
「置いてきぼりなわけあるか!だって、僕の望みは君が幸せになること。好きな男との駆け落ちなら僕はそれだけで幸福になれる!」
「なら、あいこだ」
「?」
蓮が首を傾げた。
「俺、言ったじゃん。俺が生きているのは蓮のお陰」
「だけど……!僕が君に教えた生きる術は醜くくて……」
「俺は蓮に会えてこのうえない幸福を感じてる。蓮は?俺に会いたくなかった?もし、館に蓮がいなかったら?」
「陽季君がいた……」
洸祈は蓮の顔を自分の胸に押し付けた。
「ぐっ!?」
「何?蓮は俺に館で自殺でもしてほしかったの?陽季が拐いに来るまで生きてる保証はどこにあるわけ?てかさ、蓮の言うように、あの時、あそこにいたのが陽季だとする。それで?俺はいつ蓮に会えばいい?それとも、蓮は俺なんかに会いたくなかった?」
「洸祈がいなかったら僕は自殺してる」
洸祈の胸に額を付けた蓮は囁く。そして、洸祈の背中に回した手で洸祈を強く抱き締めた。
「だから、あいこ。おあいこってやつ。あー、気ぃ晴れた」
「…………僕は……」
「七夕パーティー、来てくれないの?」
「七夕は……あんまり…………」
「来年も陽季と俺に二之宮家まで出勤要請か」
「……行くから……」
「ありがとう、蓮」
蓮の額にキスを落とした洸祈は、窓枠に凭れて夜空を見上げていた陽季に蓮の見えない場所からVサインをする。陽季は分かりやすい溜め息だけ吐くと、片手をヒラヒラさせて奥に引っ込んだ。
「笹だけにサササとお願い事書いてなー。これ紙」
「はーい、旦那様!」
「じゃあ、ボクチャンは『今晩、うーちゃんを独り占め』にするー!」
「杏、却下。俺が先にその願い事を書いた短冊を掛けてるから」
「なぁ、洸祈。今、既に掛かってる紙って……」
「そ。全部、俺の願い事。だから、陽季の『今年中に――プレイ』も却下。俺が先に『陽季が新プレイに目覚めませんように』って書いて掛けたから」
「くぅちゃんの子供の夢の壊し方は独創的だよ!!」
「誉め言葉をどうも、がきんちょ」
「ねぇねぇ、洸。これはー?」
「んーと?…………読めないんだが。あ、字じゃなくて絵か?ミミズがダンスしてる絵?」
「酷いよ!ちゃんと『あおと――――で――――――する!』って懇切丁寧に具体的に書いてるじゃん!」
「これはお前『――――で――――――する』って……頑張るな」
「うん!」
「いやさぁ、それって願い事と言うより目標だよね?」
「陽季、俺はそうとは思わない。俺も『上になる!』って書いたから」
「それは目標じゃなくて一生叶わない願望だ。それより、洸祈が“上”になるなんて……!!俺を笑わせるなよ」
「はぁ!?俺、真面目なんだけど!」
「あお、修羅場かな?」
「さぁ…………書けた」
「熱心だったね。あおは何て書いたの?」
「『ああヤバい そろそろ我が家も 節約だ』。字余りで」
「……家庭的な一句をありがとう」
「川柳ですか。では僕も。……『人生は 辛くてなんぼ 身に滲みる』。悪魔ですけどね」
「いやいや、川柳やなくて願い事や。俺は『皆が ハッピーならば 幸せや』。とまぁ、字足らずで一句」
「あ……えっと……」
「董子ちゃん、ツッコミはしなくていいよ。童顔君の細やかなボケはもう少し余韻を残してあげよう?」
「ええから!そんな気遣いはええから!余韻に浸らんといてや!俺が恥ずかしいやろ!」
「さぁて、僕もお願い事を掛けようかな」
「うう……スルーも辛いもんやな……」
「蓮様はどのようなお願いを?」
「『年収アップ』」
「…………リアルなお願いですね」
「理想と現実。クリスマスイブはサンタを待つのではなく、現金をせっせと稼ぐ日なのさ。イブは人手欲しいからって、割ともらえるんだよね。大晦日あたりを潰したら尚更。第一、七夕ってのは日本の神事『棚機』と中国の昔話からできた『織姫と彦星』の伝説、短冊に墨で書くことで書道の上達または裁縫などの芸術の上達を願う中国の『乞巧奠』という行事をくっ付けたものなんだ。色々複合して作られた行事ってわけ。七夕には独自の歴史がないんだ。それに明日はね、かぐや姫が竹から生まれたのは7月7日じゃないかってことで『竹・たけのこの日』でもあるんだ。つまり、日本人ってホントにお祝いごと好きだよねって話」
「最後の結論はよう分からんかったわ。でも、蓮君の夢の壊し方はホントに現実的やな。説得力あるわ」
「でー?董子ちゃんのお願いは?」
「えっと……私は……『もう幸せで一杯です』と」
「………………」
「蓮様?」
「………………………………まだまだ幸せあげるから」
「…………ありがとうございます」
「琉雨ちゃんと並ぶ天使やな。癒されるわ」
「え?琉雨のどれ?」
『これからもずっと七夕を皆で一緒にお祝いできますように』
「な?天使やろ?崇弥と違って、この一枚に愛情が全て凝縮されてるわ」
「明日になったらこの短冊、俺の宝物にする」
「崇弥は早く普通の大人になるんやで。俺のお願いや」
「無理。俺、一生、現役ロリコンでいくから」
「って、既に笹に短冊掛けてるんやな……」
「お願い事の提出期限はあと20分。早くしろよー」
と、生憎の曇り空の下で一行ははしゃいでいた。
「前書き」ははしゃぎ過ぎました (;^◇^)ノ~☆(ノ ̄皿 ̄)ノ