前日の憂鬱(6)
「私を、信じる?」
「ええそうです。真綾は言ってましたよ。綾音先輩は優しくて温かい。尊敬できる姉だって。俺が好きかって尋ねたら大好きだって答えてくれました」
「それは……昔のことだよ。きっと今は、そんな風に思ってないよ」
「いいや、違います」
俺が力強くそう叫ぶと、綾音先輩は一回びくりと体を震わせた。
「どうして、けんかになったと思いますか?」
「私の……態度に腹がたったから……」
「そんなんじゃないです。綾音先輩のことが好きだからですよ」
「私のことが……好きだから?」
「そうです。真綾はきっと、綾音先輩に甘えたかったんですよ、きっと。だって、真綾は綾音先輩のことを信じてるんですから」
「…………」
「もし嫌いとか間違っても言うようものなら、俺は容赦なくしかります。こんなに人のことを考えてくれる姉なんてそういませんからね、俺が保障します」
綾音先輩はじっと俺のほうを見つめてくる。
「私、人のことなんてよく分かってないよ」
「それは思い込みです。綾音先輩はいつだって思いやりに溢れてますよ」
「それに、人見知りも激しいし……」
「無理して人と接せなくてもいい、本当に信頼できる人がいるだけでいいじゃないですか?」
「力が無くて、すごく弱いし」
「女の子は別に強くなくたっていいんです。そう言う時は、俺を頼ってくれていいですから」
「それに、私、小さいし」
「だから、そういうのを全てひっくるめて綾音先輩はいいんですよ」
「全部、含めて?」
「そうです、一つでも欠けたら駄目なんです。全部そろって初めて、綾音先輩は完成するんです。そんな綾音先輩が、真綾は好きなんですよ」
「……本当に?」
「本当です」
「嘘じゃない?」
「もしそうだったら、好きなだけ俺のことを殴ってくれて構いません」
「……ありがとう」
そう言うと、綾音先輩はばっと俺にしがみついた。辛かったんだろう、悲しかったんだろう。綾音先輩は無意識に俺の胸元を濡らした。
俺は何も言わず、綾音先輩を抱きしめた。その溜め込んだ感情を少しでも和らげることができるように、そして、いつもの元気な綾音先輩に戻ってもらえるように。