前日の憂鬱(5)
「優しくなんてないよ、ただ見えるだけ。本当の私は、妹すらも見捨ててしまう最低の人間なんだよ」
「見捨てたって、大げさですよ」
「見捨てたも同然だよ。私はどちらにも平等に接すことができなかったもの。それで私は、真綾を捨てたんだ。それ以外に考えられないよ」
「…………」
「きっと真綾、私のこと嫌いになったよ。当然だよね。こんなひどい仕打ちをされて、嫌いにならないわけないもん。私は本当にダメだね……」
たまっていた物を吐き出すように綾音先輩はそう言った。まるで見下してくれ、卑下してくれと言わんばかりに。
あの時の俺と同じだった。相手のことを思う故に、相手の本当の気持ちに気づいていない状態。きっとあの時、亮太や高宮先輩が諭してくれなかったら、俺は今も自分の気持ちに嘘をつきながら毎日を過ごしていただろう。なら、気付かせるにはどうすればいい? そう、俺は諭してくれた亮太たちのように、俺が綾音先輩の本当の気持ちを気付かせるんだ。
「……じゃあ、綾音先輩はどうすればいいと思いますか?」
「え?」
「これからそうならないようには、どうすればいいと思いますか?」
「これからって……もう以前のような関係になんて戻れっこないよ」
「何でそういう風に言い切れるんですか?」
「だって、私がやってしまったことは取り返しのつかないことだと思うから……」
「そうですか…………俺は違うと思います」
「俺は絶対にそんなことないと思います。それは、綾音先輩の思い込みです」
「思い込み? ……嘘だよ」
「嘘じゃありません。考えても見てください。本当に嫌っているのなら、あんな顔して許してくれると思いますか?」
「真綾は、私と違って優しいからね」
「確かにそれもあるかもしれません。でも、それだけじゃない。真綾は綾音先輩のことを信じてるんです」