【第35話・再会してみようか その5】
「カエデ、何ボーっとしてんの?」
声にびっくりして、目の焦点を合わせると、不思議そうな顔をしながら、私を見つめているのは、友達のミツキ。
「あ、いや、何でもない。」
その時、手にベタベタした感触がして慌てて手を見ると、食べかけのハンバーガーからソースがこぼれていた。
あぁそうか、私、ミツキとマックに来てたんだっけ。春と秋しか出ない目玉焼きの入ったハンバーガー、今は秋だから『月見バーガー』だけどさ。
手についたソースを紙ナプキンで拭いながら思った。そういえば私、この一瞬の間に、長いこと夢を見ていたような気がする。
良くは覚えていないけど、あったかい男の人と、ちっさな女の子と、寸前まで一緒に居たような、そうでないような。
「で?これからドコ行く?ま、どことは言っても今回は秋のバーゲン見て回るつもりだから、行くところは限られてるんだけどね。」
ミツキが冷めたポテトをつまみながら言った。
「そうたったっけ?そういえば、そうだったような。」
「はぁ?いきなりどうしちゃったのよ。今回私を誘ったのはカエデよ。『冬服見たいから付き合ってー』ってさ。ま、私も彼氏居ないし、暇っちゃあ暇だったんだけどさ。」
あぁ、そうだった。冬服を見にね、無職とはいえ、やっぱり流行はちゃんと押さえておかないと。
だんだん、ボヤけた頭がはっきりとしてきた。
「まぁ、とりあえず駅前のいつものところ。ここからかな?」
ミツキに言った。すると
「そういえば話は変わるんだけどさ、未だにバンドやってんの?一時は本気でプロを目指しているなんて聞いていたけど。」
「はは・・・一応やってはいるけどさ、全国とはレベルが違いすぎるよ。最近じゃメンバーも仕事だ何だって、活動もほとんど出来てないしね。」
「そうかぁ。ま、学生ならまだしも、社会に出たら難しいわよね。でも私、カエデがギター持って歌っている姿、結構好きだったんだけどなぁ。何だっけ、最後に見たのは野音でさ、みんな盛り上がって、最高だったよね。アレ」
「まぁ、客の半分くらいが内輪なショボいものだけどね。」
とはいえ、アレはアレで、結構楽しかったな。
もうあれから二年も経つのか。あの頃は結構楽しかったな。メンバーとは、最近連絡すらあまりとってないけど、みんな今、どうしてるのかな。と、ここでミツキが思い出したかのように言った。
「そういえばさ、この間職安行ってきたんでしょ?それで、どうなのよ、何かいいとこあった?」
・・・職安?
ミツキの言葉を聞いた時、体に何か電気のようなものが流れた。
そして急に頭が割れそうな痛みと、吐き気に襲われた。思わず頭を抱えてうずくまる。すると
「ちょっとカエデ!どうしたのよっ!」
慌てたミツキの声がした。その言葉が、どんどんエコーのようなものがかかっていく。
それとともに、グニャリと空間が歪んだような気がした瞬間。目の前が真っ暗になった。
□■□
「・・・テル・・・リステル。おい、しっかりしろ!」
聞き覚えのある男の声が、私を闇の中から引きずり出した。
目を開けると、真っ青なシベリアンハスキーが私を揺さぶっている。
「・・・レーベン。」
「あぁ、良かった。いきなり気を失ったから、心配したぜ。とにかく、もう大丈夫だ。あの二人組のPTAは、どこかへ行ってしまったみたいだしな、もう襲われることは無いだろう。さっさと後始末つけるか。」
そう言うと、ゆっくりと私を抱え上げた。お姫様だっこってヤツだ。
「あれ?そういえばミツキは?」
「ミツキ?誰だそりゃ?」
「私の友達。マックでハンバーガー食べてて、これから服買いに行く予定で・・・。」
「リステル、とりあえずどこか休める場所を探そう。相当参ってるな。あの亜人に心あたりがあンのか?」
その言葉を聞いた時、全てを思い出した。
今まで見ていたのは・・・夢。日本に居る時の夢なんだ。
そして、現実はこの、日本から遠く離れた異次元のここ、私を抱えた獣と人間の合いの子、この世界では『獣人』と呼ばれる種族や、樹木の精霊の女の子のいる、この世界がまごうことなき現実。
そして、あの優しかった先生が実は、PTAの人間で、私の目の前で一人の人間を殺した。
再び熱いものが私の体の底からこみあげる。その感覚にどうしようもなくなり、気がつくとレーベンにしがみついていた。
彼の胸に、顔をうずめると、涙が後から後から、流れる。どうしても、止められない。
「リステル、何があった?」
声と共に、ギュっと抱きしめられる。そのレーベンの優しい仕草に、ついにウチの中で何かが爆発した。
「レーベン・・・ウチ・・・ウチ・・・どないしたらええの・・・?」
彼にギュっとしがみつく。
「リステル、無理すんな、ゆっくりでいい。何があったか聞かせてみろ。」
そう言うと、黙っていた。私の言葉を待っているのやろうわ。
レーベンは絶対、せかしたりせえへん。頭の中で、ゆっくり、ゆっくりと、今までの事を整理して、彼に言った。
「さっき村長を刺した亜人な、あれ、先生やの。」
「間違い無いのか?」
「間違い無い。もう一人が、『カリラ』言うてた。先生の名前。あの金髪で、あの見た目、間違い無い。でも・・・でも、先生が人殺しなんて、それに慣れとうような感じやった。ウチにあんな優しくしてくれはったのに。PTAを憎んでるようやったのに・・・。ウチは・・・ウチは・・・」
もう涙が止まらん。もう限界や。
「リステル、わかった。もう喋るな。今はゆっくり休もうな。後の事は、ホワイトとマッカイが連れてきた役人達が何とかしてくれるだろ。」
レーベンがそう言うと、体が上下に動いた。彼が歩き出しているのだろう。その心地よさに、ウチは深い眠りに落ちていった。
□■□
目が覚めると、どこかの一室に居た。
見た感じ、宿屋なのだろう。必要最低限の物しかない、殺風景な部屋。私の寝ていたベッドの側には、引き出しのついたテーブルが一つと、壁際にはソファー。
部屋に一つしかない窓からは、光が射し込んでいる。
「はは・・・は、どのくらい寝てたんだろ。私。」
横になったまま一人呟き、色々と思い起こしてみる。先生のこと、殺された村長のこと、そしてPTAのこと。そして去り際に見せた、先生の悲しそうな横顔。
しばらくすると、廊下の方から声がした。
「ねーねー、もうリステルちゃん、起きてるって。顔見に行こうよー」
幼い子供のちょっとカン高い声。これはマリブだ。そしてまた
「おい、何回見に行けば気が済むんだ?さっきも覗いただろ?アイツは参ってんだ、ゆっくり寝かせてやれ。」
今度はレーベンだ。やっぱり優しいな、彼は。
その声に、体を起こした。いつまでも寝ているわけにはいかない。私はやらなければならないこと、そう、一日も早く日本に還る。その目的のために、旅をしてるんだ。
するとその時
「リーステールちゃーん!」
ドアが開くと同時に、マリブが飛び込んできた。その後からレーベンが入ってきた。
そして、ベッドに腰かけている私を見ると
「だーかーらー、大声出すなって。ゆっくり寝かせてやれ・・・って、起きてたのか。それにしても、体、大丈夫か?」
そう言った。
「ん・・・まぁ・・・ね。あ、そうだ。色々と取り乱してごめんね、レーベン。」
すると
「しょうがねぇさ。色々あったンだ。とりあえず、しばらくここに腰を落ち着けてみるか?色々あった直後だ、旅なんてしてる余裕なんて無ぇだろ?」
レーベンがソファーにどっかりと腰を下ろした。マリブも横に座る。
「腰を・・・って、その前に、ココどこ?」
「あぁ、そうだったな。ここはあの村の隣街、わかりやすいように言うと、ホワイトとマッカイが役人を呼びに行ったとこだ。ここなら治安も比較的いいしな、あの事件の後だ、しばらくはここに寄りつかねぇだろうよ。それに、この間の件で、一応俺らも功労者として、この街のギルドが便宜を図ってくれてさ、しばらく滞在してもいいって言ってたぞ。」
「ふぅん・・・そうなんだ。あ!そういえばあの間抜けな悪党二人組、どうなったの?もしかして・・・死罪とかなっちゃったわけ?」
そうだ、工場の事をあばくとはいえ、逃げ道のないところに大勢の役人を連れて、入り込んだんだっけ。
利用するだけ利用しておいて、死罪とかになったら、悪党とはいえ、さすがに寝覚めが悪い。すると、レーベンが笑いながら言った。
「ンわわけ無ぇだろ。獣人とはいえ、脱獄くらいじゃ死罪になンねぇよ。アイツ等、本気で信じてんだもんな。やっぱ悪党には向かねぇわ。」
「でも・・・あの役人の必死の追いかけよう、ただ事じゃなかったわよ?」
「当たり前だろ?役人の仕事は悪いヤツを捕まえンのが仕事だ。小悪党とはいえ、指名手配中、そりゃあ必死にもなるわ。」
「・・・アンタ、もしかしてちょっと性格悪くない?ってか、それでホワイトとマッカイはどうなったの?」
「あぁ、お前を寝かせた後、俺とマリブが出てってな、うまいこと話しつけておいた。罪もだいぶ軽くなったみたいだぞ。まぁ、俺に騙されたことにはかなり怒ってたようだけどな。それで、これからのことだが、どうする?」
そっか。まぁ、良かったといえば良かったのか。
それに・・・これからのこと、か。その言葉に色々と考えた。そして、一つやりたいこと、どうしても確かめたいことがあった。それを二人に言った。
「先生・・・いや、カリラに会いに行く。」
するとレーベンもマリブも、私がそう言いだすことがわかっていたように、黙って頷いた。
つづく




