【第22話・勇気を振り絞ってみようか】
土煙の中から、うごめく黒いもの、その煙が徐々に晴れると同時に、正体が露になった。
全身、緑色の恐竜とでも言うのだろうか。小さな頃、図鑑で見た『なんとかザウルス』まんまの姿。それを象徴するような、鋭い爪に、鋭い牙。
体の割に、細い脚だけど、私なんかを踏み潰すには、十分すぎるくらい、太かった。
家を壊された人の悲鳴なのか、周りに居る人々の悲鳴なのか、周囲に響く声に、その化け物が首を上げ、ゆっくりと、周囲を見渡した。
ソレが立ち上がり、そのことで、大きさが明らかになった。それは、これから壊されるだろう、隣にある、二階建ての建物がと同じくらいの大きさだ。
「ウソ・・・でしょ?」
マリブの手を引いたまま、外に出た私の目に映った光景に、思わず声を漏らす私、すると、レーベンの声がした。
「リステル!マリブ!兎に角逃げるぞ!ヤツに対抗出来る手段を持たねぇ俺等は、ただの食料に過ぎんっ!すぐに火の変換師が来るハズだ。俺等はここに居ても、足でまといにしかならねぇ!いいか、俺に付いてこい、はぐれるんじゃねぇぞ!」
と、彼が私の手を取った、その時
「皆さん、火の変換師の方々が、到着しました!すみやかに避難してください!」
この街のギルドの関係者なのだろうか、拡声器のようなもので、大声で叫んでいるのが聞こえた。
声の方を見ると、十数人の、人影、手にはそれぞれ、ランタンを持っている。超攻撃型の変換師、火の属性を持つエリート達だ。
その中に、派手で、真っ赤なマントを纏った男、ヘッジズと名乗っていただろうか。少しだけ、見覚えのある顔もあった。
その姿に、少し安心したのか、レーベンがため息まじりに言った。
「ほぅら、もう来なすった。後は火の変換師に任せて退散しようぜ。」
「そうね。」
彼の言葉に頷きつつ、言ったその時
「嫌あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ!」
マリブの金切り声。振り向くと、彼女は、地面にヘタリ込み、顔を隠し、肩を大きく震わせながら、泣いていた。
「マリブ、どうしちゃったのよ!早く行くわよ!」
彼女の前にしゃがみこみ、顔を覗くと、両目から流れる涙を、必死に両手で拭っていた。そんなマリブに、私は何度となく、肩をゆすり、語りかけるものの、泣きやむ気配は見られない。困り果てた私は
「どうしよう・・・。」
思わずレーベンの顔を見る。すると
「しょうがねぇな、ちょっと乱暴だけど、俺が担いで・・・ってゆうか、マリブは実体が無いから、お前以外、触れないんじゃねぇか?ま、やってみるけどよ。」
と、まだ泣きじゃくったままの、マリブの脇に手を入れた。すると
「お、俺でも掴める、ってことは、コイツ、自分で実体の有る無しを、操作出来るみてぇだな。となると、話は早ぇ、さっさと・・・ん?」
彼女を持ち上げようとした、レーベンだったが、不思議そうな声を出した。それに
「どうしたのよ。」
「いや・・・コイツの体が動かねぇ。ってゆうかビクともしねぇ。」
「え?」
目線を落とすと、マリブの腰のあたりから、数本、太い根が出ている。
それが、地面に深く食い込んでいた。そのために、レーベンの力でも動かなかったのだ。
マリブは樹の精霊。そこから察するに、元々は、洪水や、土砂崩れなど、体ごと持って行かれそうな危険時に、自分の体を固定するための、防衛本能なのだろう。
それが今、マリブの心の中で、起ってしまったため、地面に根を生やしてしまった・・・ということか。
なだめても、すかしても、彼女が落ち着きを取り戻すまで、この根は無くならない、何とも言えない絶望が、私の心を覆ったまま、火の変換師と、スピリタスが戦っている音だけが、やけに大きく、響いていた。
□■□
『サブスタンスチェンジ!唸れ!ファイアバード!』
『サブスタンスチェンジ!吼えろ!ファイアタイガー!』
【ズドォン・・・ズドオォォォ・・・】
私、そして、レーベンが、頑として動かないマリブに、手をこまねいているすぐ先で、火の変換師が厨二病ド真ん中な名前を叫びながら、スピリタスに攻撃を仕掛けている声が、周囲に響いていた。
チラリと目をやると、手にしたランタンの中から、鳥や、獣を象った炎の塊が、恐竜もどきの大きな体に、ぶつかっていくのが見えた。
その炎の塊が、ぶつかるごとに、身を捩り、苦悶の声を上げる。多分、あっちは大丈夫。力の差は、歴然だ。
ここで焦っても仕方ない。一つ大きく深呼吸をして、そっとマリブの肩に手を置いて、耳元で優しく囁いた。
「マリブ、何があったの?」
すると
「お父さんと、お母さん、そしてみんなが、アイツに、アイツらのせいで・・・。」
そう言いつつ、私にしがみつきながら、また泣きじゃくった。そんなマリブをそっと抱きしめながら言った。
「そう。辛い目にあったのね?」
「帰るところがないの。アイツらのせいで。お父さんは、あたしを逃がすために、食べられちゃった。お母さんは、わからない、みんなも、どうなったか、わからない・・・。」
そっか、私達に会う前は、マリブは静かにどこかで暮らしてたんだ。話の内容から察するに、彼女の集落みたいなものが、スピリタスに襲われたということは、確かなのだろう。
マリブは、心に大きな傷を負っているのだ。普段、強がっているけど、その裏返しなんだろうな。って・・・待てよ。確か彼女、今・・・。
『アイツら』って言ってなかったっけ?
そのことに気づいた瞬間、背筋が凍りつくのがわかった。
今、火の変換師が、総出で戦っているのは、もしかして・・・囮なのか?ふと、そんな思いが、頭を過ぎったその時
【ズドオっ!】
轟音と共に、目の前で、さっきまで、私達が食事を摂っていた、ギルド直営の酒場が崩れた。
そのガレキの中から現れたのは、さっき、現れたのより、一回りほど大きい、スピリタス、やっぱり、複数居たんだ。
その後、次々と、轟音と共に現れるスピリタス、気が付くと、私達や、火の変換師を、グルリと囲んでいた。
相手が1体ならば、優勢とも言える火の変換師、しかし、数体ともなると、話は別。
それを、火の変換師も感ずいていたのだろうか。さっきまで、しきりにしていた、変換術の声が弱まっていく。
一瞬にして、私達は、完全に、包囲されてしまったのだ。
逃げ場は無い、その、少しの気の迷いの間に、目の前のスピリタスの鼻先が、私の前に来ていた。
「あ・・・うぁ・・・。」
人間、追い詰められると、何も考えられなくなるというが、まさに、今そうだった。
頭の中が、真っ白になり、腕の中で小さく震えるマリブを、抱きしめることしか出来ない。
もう・・・ダメっ!そう思った矢先
『剣技・ササニシキ!』
声と同時に、私の前を横切る、青い影、レーベンだ。
彼が手にした剣が、目の前に迫り来るスピリタスの鼻先を切り裂いていた。
【グゥアオォォォォッ!】
切り裂いた傷口から、真っ赤な血を吹き出しつつ、仰け反るスピリタス。そのまま、一歩身を引いたその時
「俺の連れを襲おうたぁ、いい度胸じゃねぇか。いいか?コイツ等は、俺が命をかけて守るって決めてんだ。特にリステルには、返しても返しきれねぇ恩があってな。無事、日本ってとこに還すまでは、この俺様が、獣人の名にかけて、指一本触れさせねぇぜ。」
背中を向けたままのレーベンが、スピリタスに、言っていた。とはいえ、体格差は歴然、今のは不意打ちだったから、通用したものの、相手が本気を出した瞬間、彼はボロ雑巾のようにやられてしまうのは、明らかだった。
ちょっと、食いしん坊で、ところどころ抜けてるけど、優しくて、頼りになるレーベン。
今、彼は無謀な戦いをしようとしている。しかも、成り行きで出会っただけの、私やマリブのために、みすみす、命を投げるようなことをしようとしている、それだけは、耐えられない。
それに思わず
「・・・レーベン。逃げて。」
レーベンに絞り出すように言うと
「馬鹿言え、目の前で女がピンチなのに、背を向けるマネなんで出来っかよ。男ってのは、怪我しようが、死のうが、女守った結果なら笑って受け入れる生きモンなのさ。リステル、とにかく、マリブをしっかり見てろ!今、俺が何とかしてやらぁ!」
『フン!』と、最後に吐き捨てると
「図体がデカいが、それは、裏を返せば、当たり所もデカいってことだぜ、一匹くらい、切り刻んで、今晩のオカズにしてやらぁ!今から使うコイツ、普段は、目標がブレて、あまり当たらねぇから、あまり使いたくなかったんだけどな。的がデカいなら、話は別だ。ほんじゃ、行くぜっ!」
その言葉と同時に、剣を小脇に抱えた。そして
『剣技・キヌヒカリっ!』
居合のような格好のまま、レーベンが剣を振り抜くと、気迫の刃がスピリタスに、一直線に飛んだ。それが、また、さっき切り裂いた鼻先に届く。
【ブオォォォォッ!】
目の前の化け物が、仰け反り、倒れた。
その姿を見て、レーベンが振り返り、私達に笑いかけたその時、目の前を太い何かが通り抜けた。
次の瞬間、私の目に映ったもの、それは、宙を舞う、レーベンの姿だった。
目の前の一匹に、意識を取られている間に、もう一匹が、私達の間に割って入ってきていた。
その巻き添えを食って、レーベンがやられてしまったのだ。
地面に落ちたレーベンは、そのまま動かなくなってしまった。生きているのか、死んでいるのかも、今の私では、確認すら出来ない。
ただ一つ、言えること、それは、レーベンが、戦闘不能に陥った今、私にも確実な『死』が、目の前まで近づいているとうことだった。
こんな時なのに・・・私は・・・無力だ。
最近、悪党を退けたり、ペリエという、鰹の群れから村をピンチから救ったりして、自分でも、樹木の変換師として、自身をつけつつあったけど、それはお遊びの範疇だったのだ。
どんなに頑張っても、樹木の力では、仲間一人救えない。そんな絶望感だけが、私の心を覆った。
目の前では、二匹のスピリタス、今度は、私達を喰おうと、鼻息を荒くしている。
間違いなく、近いうちに、私と、マリブは喰われるのだろう。
どうしても抗えない現実に、思わずこぼれた涙が、頬を伝い。落ちたその時。
「リステルちゃん。泣いてるの?」
不意に、マリブの声がした。それに
「ごめんね。私、何も出来ないや。でも、マリブ、アンタだけは逃げなさい。」
こう、答えることしか出来なかった。すると正気に戻った彼女は、周囲を見渡ていた、そして
「・・・レーベンが倒れてる。」
レーベンが、倒れているのを見て呟いた。
「そう、私達を守るために、一人アイツ等に立ち向かったのよ。」
「そんな・・・。」
そう、呟くように言った次の瞬間、一瞬体を震わせると、突然立ち上がり、スピリタスに向き合うと、静かに、呟くようだったけど、周囲に響くような、凛とした声で言った。
「・・・貴様等、我らドリアード族の拠り所を奪った上に、まだ我の大切な物を奪うとういうのか?」
「マリブ!アンタ、何しようって言うの!?早く逃げなさいっ!」
必死に搾り出した私の声は、彼女に届いていないようだった。
つづく
-ここから後書き的なものです-
久々のシリアス調でお送りします。
ここ何日か、シリアス調で行くか、コメディ調でいくか、思い悩んだ結果。シリアス調にしました。ここで一言。
だーかーらー。ワタクシは、シリアス調は苦手なんだって!
と、自分にツッコミを入れつつ書きましたが、いかがだったでしょう?
楽しんでいただければ、これ幸いです。
そして、今回はまさかまさかの『お米紹介のコーナー』
レーベンの剣技の名前となりました『キヌヒカリ』
内地(本州のこと、北海道弁)では、広く食べられているお米なんですね。
最近は、米の技術も上がり、あからさまに『マズい!』というお米は、少なくなりましたね。
米後進地方の北海道も、近年は、米の味が上がって、美味しいお米を食べることが出来るように、なりました。
やっぱり、日本人に生まれたなら、米の味は重要ですよね、ってことで、作者でした。




