【第15話・冷静になってみようか】
「アンタ、獣人をここに連れ込んでるだろ!?ネタは上がってんだよ!」
私達が居る講堂の扉が『バンッ!』と、乱暴に開き、数人の男が入ってきた。
その集団の先頭を切っていた男が、怒気の孕んだ声でルジェさんに、言っている。その後ろ、取り巻きの男達の手には、それぞれ、棒キレやら何やらを、携えているのが見えた。
そんな彼らに、ルジェおばさんが返した。
「何だい、大勢で騒々しいね、アンタ、橋のところのバカ息子だろ?いい歳して、ブラブラしてて、それで?働き口は決まったのかい?」
怒鳴られているにもかかわらず、平然と受け答えしていた。
一方、作業の邪魔になるからと、フードを脱いでいたレーベン、咄嗟の出来事に、フードを被る暇もなく、顔を晒したままの彼のことを、目ざとく見つけた男が、勝ち誇った顔で言った。
「話を反らすんじゃねぇ!アンタのところに、獣人が入っていったって垂れ込みがあって来てみたら、やっぱり連れ込んでんじゃねぇか。アンタ、以前も亜人を連れ込んで、街中に、迷惑かけたのを、忘れたのか?組合の方からも、厳重注意を受けただろ?もう、言い逃れはできねぇぞ。今度問題を起こしたら・・・わかってんだろうな。」
すると、ルジェさんは、とんでもないことを、言い出した。
「やれやれ・・・『この街から出ていく』って約束だったかね。別に構わないよ、商売なんて、どこでも出来るし、工場なんて、また建てればいいだけの話だしね。」
その言葉に、私は、思わず聞き返す。
「えっ!?嘘・・・でしょ?」
「本当よ、あの男が言っていた通り、亜人の子の件で、組合の方からも、街の方からも、散々怒られてさ、念書まで書かされたんだ。アタシとしては、納得いかなかったけどね、当時は、子供も小さかったもんで、渋々、受け入れざるを得なかったんだけどさ。今考えても、胸くそ悪いったらありゃあしない。」
そう言うと、フン!と、ため息をついた。
「そんな・・・。」
まさか、こんなことになってしまうとは。
そして、そもそもの原因は、私にある。私が、我がままを言ったせいだ。この街に入る前、レーベンは、『村の外で待ってる』そう言ったんだ。それなのに、私が強引に引きずっていった。その結果が、レーベンや、ルジェさんに、迷惑をかける結果となってしまったんだ。
私は、先頭に立っていた男に叫んだ。
「私が・・・私が悪いんだ!この世界のこと、ちゃんと知らないで、突っ走ったせいだ!だから・・・ルジェさんのこと、許してよ!罰なら・・・私が受けるっ!」
その言葉を聞いた音が『フン!』と嘲るように笑うと
「何、わけのわからないこと言ってんだ?よそ者には関係無いね、そして、この工場は、丸ごと俺が引き継ぐことになっているんでな!もう、組合とは、話がついてる。明日から、この工場は俺の名前を取り、『グレン=フィデック社』として、汚い獣人や、亜人共が立ち入れない、クリーンな工場となるんだ。ハハ!ハハハハハ!」
男が高笑いを始めた。コイツ・・・最初から、この工場が狙いだったんだ。だから、前回の件のことをどこかで知った、このグレンって男が、ルジェさんが、何か問題を起こすことを、虎視眈々と狙っていたのだろう。
そのうち、周りから、声が上がった。
「この薄汚い獣人やろうめ!この街から出て行け!」
「そうだそうだ!ここはお前のようなヤツが来ていいところじゃねぇんだ!」
飛び交う罵声と、悪口それがそのうち『出てけ!』の大合唱となり、講堂内に響く。
一方のレーベンは、何も言わず、ただ、黙ってその言葉を聞いているようだった。
どうして・・・?どうしてレーベンは何も言わないの?私のせいなのに、何で、私に文句の一つも言わないの・・・?
その思いが怒涛のように、体の中を、渦巻き、暴れ出した、次の瞬間、怒りのリミットが、とうとう外れてしまい
「お前らっ!黙れぇぇぇぇぇえぇぇぇっ!」
気が付くと、男達に向けて、怒鳴っている私がいた。もう、怒りは収まらない、レーベンの優しさ、そして思いやりを知らない、そんなくだらない連中が彼を罵る資格は・・・無いっ!
「ウチのレーベンがなんかした?彼はな、毒にやられたウチを、助けてくれた。ほんで、うちが危険にさらされた時、体を張って、守ってくれててん!獣人がどないの、亜人がどないの、何やがちゃうねん!そないに人間って偉いの!彼の本質も知らんポッって出の人間が、彼のこってを悪くゆう資格なんてあらへんわ!アンタ達のしうてるこってこそ、ゴロツキって何やら変わらへんとちゃうの!レーベンはな・・・レーベンは・・・うっ・・・ううっ・・・。」
悔しい・・・獣人やちゅうだけで、何でレーベンが、こないなヤツここまで言われないといけへんの?
ルジェさんも、さいぜんよってに(さっきから)黙ったまんまや、悪いのは、ウチ、全部ウチやけに。
その時、男の怒鳴り声と同時に、何かを投げるのが見えた。
「ごちゃごちゃうるせえ!」
彼の投げた何かが、立ち尽くしたままの、レーベンの額に当たった。【ゴリッ】と鈍い音がして、額を抑えたまま、その場に膝をつくレーベン、そこから、一筋の血が流れていた。
それを見て、周囲で沸き起こる、笑い声。
「レ・・・レーベン。」
【プツン。】
ウチは。キレた。
「なんてこと・・・なんてことすんねやぁぁぁああぁぁぁっ!」
許せへん、コイツ等だけは・・・許せへんっ!
「木霊変換!サブスタンスチェンジ!」
樹木使いっていえども、操れるんは草ばっかりで、木を操る能力はよってにっきし(からっきし)。でも以前、先生の所で読んだ本の中に、強力な樹木変換術と、イメージの仕方を載せた項目があるのを思い出していた。そん時は、どないせ木は操れへんよって、読み飛ばすだけで、試したことはなかった。
せやけど、今は、目の前のコイツ等を倒す、そんだけの思いで、それが口をついた。
そん時、掌の中に残っていた、草が、みるみるうちに、形を変え、それが、一本の樹木となり、講堂内に枝葉を張り巡らせていく。
それが、男達を縛り上げるように巻き込み、締め上げていった。
『ギチギチ・・・』と軋んだ音を立てて、なおも、男達を締め上げる。さっきまでの、威勢はどこへやら、急に、もがき、苦しむ声が、周囲を覆った。
「もう・・・ウチは怒った。許さへん、許さへんで!」
夢中やった。このまま壊したる、そう、力を込めた、その時
「リステル!もういいっ!止めろ!本気で死んじまうぞ!」
不意にレーベンの声がした。それと同時に、目の前が、暗くなる。レーベンがウチのことを抱きしめているんだ。
でも、ウチは止まらないし、止まりたくない、コイツらは・・・コイツらだけは、絶対壊したる!
「止めないで・・・止めないでよ!コイツ等だけは・・・絶対・・・許せへん!」
そう、彼を振りほどこうとした時
【パンッ!】
音と同時に、頬に鈍い痛みが走った。レーベンが私に平手打ちをしたのだ。
そして、私の潤んだ瞳に映ったのは、眉間に、皺を寄せた、彼の怒った顔だった。
「どう・・・して・・・?」
全身の力が抜けて、その場にへたり込む私を軽く抱きしめながら、耳元で静かに言った。
「リステル、俺みたいな獣人を、泣きながらかばってくれて、嬉しかった、ありがとうな。それに、気持ちも痛いほどわかる。でもな、殺しちゃなんねぇ。それじゃあ、俺の同族が、犯してきた罪と、同じことを、することになるんだ。俺は、獣人として、同族がやってきた罪を、甘んじて受け入れるって決めてんだ。お前との初めての出会いの時は、気の迷いで、あんなことしちまったけど、それ以来何があっても、あんなようなことは、やらんと決めた。お前が今まで、俺に接してくれたように、獣人の事を、理解してくれる人だって、もっと増えるって思ってんだ。それに今だって、新しく、ルジェさんみたいな人に会えて、本当によかったよ。まだ世の中、捨てたもんじゃねぇとも思った。彼女が亜人も獣人も関係無い、そう思ってくれたのは、俺の同族の誰かが、甘んじて今の立場を受け入れて、つつましく生きていた結果じゃねぇか。な、リステル、俺の言ってること、間違っちゃいねぇよな?」
その彼の言葉に、私は泣きながら抱き返すしか出来なかった。
その時、私の耳に、かすかにだけど、誰かの声がした。
「な・・・なぁ、俺たちが助かったのって・・・あの獣人のお陰・・・なのか?」
「あぁ、多分・・・。」
□■□
「ルジェさん、本当にすみませんでした。」
私とレーベンは、工業都市『ブルーダイヤ』からほど近い、街道の真ん中、家財道具一式をの詰まった大きな荷物を載せた馬車に乗った、ルジェさん夫妻に言った。
あの事件以後、街を出ることになってしまった、ルジェさんだったが、こうなることは、既に予想していたのか、街を出る準備は、物凄い速さで終わったのだった。
そんなルジェさんに、頭を下げ、お詫びを言うと、彼女はケラケラ笑いながら言った。
「なぁに、若いもんが、しみったれたこと言ってんのよ!そんな顔してたら、幸せが逃げるわよ!それに、アンタ達だけのせいじゃないって、アタシだって、レーベンが獣人だって知った上で、依頼したんだから、同罪よ。それに、ウチの旦那だって、承知してたしね。もともと、あの閉鎖的な街の雰囲気には、うんざりしてたし、丁度良かったのよ。今度は、もっと自由な街に腰を据えて、亜人だろうが、獣人だろうが、みんなで和気あいあい出来るような、工場を作ればいいだけの話。ねぇ、アンタ。」
すると、手綱を握った主人が『あぁ。』と言ったのが聞こえた。
「それに、悲観的な話じゃないのよ。亜人は、手先が起用だし、獣人は力仕事に向いてるし、あの工場は人間だけだったから、色々と不便でね。洗剤作りのノウハウと、経営術は、みんなアタシの脳味噌に詰まってるから、どこに行ったって変わりゃしないのよ。」
そう言って笑った、その笑顔を見て思う。なんて元気なオバサンなんだろ、この人なら、どこに行っても色んなことを簡単に乗り越えちゃうんだろうな。
「それじゃあ私達はこれで。」
このまま一緒に居たら、色々と、決意が鈍ってしまいそうなので、思い切って、彼女とは、別の方向に進むことにした。
そして、背を向けて歩き出す私を、ルジェさんが呼び止めた。
「ちょいとお待ちな。」
「何ですか?」
「報酬、まだ渡してなかったね。」
「え・・・?だって、鐘ごとあの、『グレン=フィデック』とかいう男に取られちゃったじゃないですか。報酬を貰う権利なんて・・・。」
「馬鹿言うのはおよしよ、リステルちゃんと、レーベンは、アタシ達のために、もっと大きい仕事をしてくれたじゃないの。」
「えっ・・・?」
驚く私に、ルジェさんが『・・・たく、鈍い子だねぇ。』と、言いながら、顔を近づけ、私の頭を撫でながら
「この牢獄みたいな街から出る決心をさせてくれたっていう、大きな仕事だよ。」
そう言うと、ニコっと笑った。あ、良く見ると、このオバサン、前歯が欠けてるんだ。
その、容姿も、性格も、行動も、まんまオバチャンという彼女に、何か懐かしいものを感じていた。不意に、私の脳裏に、すっかり薄くなってしまった日本・・・いや、地元の風景が流れ、気が付くと、涙がとめどなく流れ、頬を伝って、落ちていた。
そんな私に
「何だい、いきなり泣き出すなんて、変な子だよ。とりあえず、洗剤、石鹸、一年やそこらで使い切れないくらいあるから、持ってきな。どうせ、その変換師の鞄、いくらでも物が入るんだろ?」
そう言いつつ、涙を拭っていて、無防備な私の鞄を、勝手に取ると、色々と物を詰め始めた。そしてレーベンを見ると
「それと、干肉と、堅パンしかないけど、なんぼか入れておくからね、お腹空いたら食べるんだよ。ま、保存もきくし、一週間くらいは持つくらいいれとくからね。」
その後、私の目の前で、あれやこれやと、どんどん関係ない物を、人の鞄にめいいっぱい詰め込んだルジェさんは、満足そうな笑顔で、鞄を私に返してよこした。そして
「ま、二人共これから仲良くすんだよ!アンタ達みてたら、何かやれる気がするのよね、それじゃあ、日が暮れる前に、どこかの街に着いておきたいから、アタシ達はこれで、風邪だけはひかないように気をつけるんだよ!」
最後にそう言うと、荷台を揺らしながら、馬車は去っていった。
それが、どんどん小さくなり、視界のかなたから消えた時、レーベンに言った。
「それじゃあ、行こっか。」
「そうだな。」
温かい風が吹き抜ける中、私達も次の街へと、歩みを勧めた。
つづく
それでは、恒例となりました、今回のお酒の紹介。
『グレンフィディック』
高級感漂うケースに入ってます。
実際、店に入ってくる時も、ケースは付いてくるんですね。
シングルモルトと呼ばれ、世界で最も売れている・・・らしいです。
味については
『ややフルーツさをともない、ライトでスムースな味わい』
なのだそうですが、ウイスキー系を全く飲めないワタクシにとっては、何のこっちゃ?そんな感じですね。
それではまた、作者でした。




