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番外編「ある女の末路」


(たった三ヶ月が……なんて長いのかしらっ)

 

 三ヶ月はおろか一ヶ月を過ぎたばかりの九月末。

 ジリジリ続く残暑と同様に、名村郁美は苛々しながら毎日を過ごしていた。


 八月末、太一郎は名村クリーンサービスを正式に退職し、あのアパートも引っ越して行った。一緒に住んでいた女と入籍したと聞く。お腹の子供の父親は、マスコミで騒がれていた何とかという大臣の息子。週刊誌にネタは売りたかったが……。


(まずは、この小切手をお金に替えなきゃね)


 都内は厳しいが、地方に行けばマンションくらい楽に購入出来る。新しい車も買って……。残ったお金で商売も始められる計算だ。

 名村の財産も惜しいが、全部合わせてもこの金額の半分にもいかないだろう。しかも、妻の取り分はその半分。等を上手く焚き付ければ、もう少しは増えるかも知れない。でもそれは、平均寿命を考えたら十年以上先なのだ。


(冗談でしょ。そんなに待ってたら、五十近くになっちゃうじゃない)


 今度は水商売じゃなくブティックでも始めよう。郁美はこれまでの不行状を棚に上げ、薔薇色の未来を想像していた。



~*~*~*~*~



「郁美、これは何だ!」


 そう言って突きつけられたのは一枚の写真。先週末、等とラブホテルに行った時のものだ。


「ご、合成よ。いやぁね。誰かしら、こんな悪ふざけ……」

 郁美は名村を落とした時の手管を思い出しつつ、息を止めて涙を浮かべた。

「あたしにはあなたしかいないの。水商売の借金地獄から救ってくれたのはあなただもの。誰とは言わないけど、会社の男性に誘われることはあったわ。それを断わったから……だからこんな酷い中傷を」

 名村の膝に手を置き、甘えるような仕草で見上げた。


(ここで涙の一つもこぼせば……)


 そう思った郁美の頬が僅かに引き攣る。なぜなら、名村の瞳には少しも同情めいた色が浮かんでいないのだ。可哀想な女、その芝居が通じないとなると。


「郁美……じゃあ、こっちも合成と言うのか?」


 写真は一枚だけではなかった。あちこちで色んな男にしな垂れかかる郁美の痴態。最悪なのは、夫の仕事中に自宅に男を連れ込んだ写真。スリルを楽しみたくて、二階のバルコニーで立ったまま楽しんだのは不味かった。周辺のビルから望遠で撮影したのだろう。郁美の悶える顔までクッキリ写っている。


「そう……そうよ。合成よ。あたし、こんなことしてないもの。お願い信じて……ね、あなた」


 直後、扉が開いた。


「ゴメンね、郁美ちゃん。オレたちもうお終いにしたいんだ。だから、オヤジに話しちゃったんだよ」

 ヘラヘラ笑いながら入ってきたのは等である。

「実はさ、オヤジの会社の子と付き合ってたんだ。二十二歳で可愛くて、オレが初めてとか言ってさ。そしたら、出来ちゃって……だから郁美ちゃんとは結婚出来ないから。ホント、ゴメンねぇ」


 等は薄くなった髪をかき上げながら、誤解の極みとも言うべき発言をする。

 元々、この等は金づる以外の何者でもない。名村産業の事務員が、社長の馬鹿息子を引っ掛けようとしていたのは知っている。あの娘なら、初めてどころかヤリマンもいいところだ。妊娠が事実でも、父親が誰か判ったものではない。


 それを……郁美が、さも等に夢中だった口ぶりに、


「馬鹿言ってんじゃないよっ! あんたに満足したことなんて一度だってないんだよ! この、皮のかぶった短小早漏野郎が! こっちは我慢して相手を」


 ハッとするが後の祭りだ。等はその内容に、ピクピク小刻みに痙攣していた。


「あ……違うの。あの」


 何とか言い訳しようとした郁美の前に、名村は数字がコピーされた紙を差し出した。

 毛の生えた郁美の心臓も、さすがにドキンとする。彼女は夫に内緒で大量のカードを作り、現金借入やブランド品の購入など、一千万円近くのローンを抱えていた。


「わしの名前を勝手に使って……実印まで……不動産担保のローンにも申し込んでいたらしいな」

「た、試しに、申し込んでみただけよ。審査だけでもって言われたから」

「会社に連絡があった。……断わったがな」


(なんて使えない会社なのっ!)

 連絡は自宅に、と郁美はしつこく言ったのだ。


「郁美……わしは人を見る目を失くしたようだ。残念だよ。借金はわしが払っておこう。その代わり、この離婚届にサインをしなさい」

「い、いいわよ。ただし、慰謝料はちゃーんと払ってくれるんでしょうねっ!? 若いあたしが、あんたみたいな年寄りに抱かれてやったんだから。こんなもんで済むと思ったら大間違いよ!」

「弁護士さんに相談した。お前が黙って離婚届にサインしないなら、コレを持って警察に告訴する。文書の偽造とか、色々罪になるんだそうだ。わしはそこまでしたくない。だが、これ以上は無理だ。会社まで潰したら、一緒に苦労してくれた女房にあの世で合わせる顔がない」


 どうやら名村は本気らしい。

 郁美はこれ以上ねばって警察沙汰になるよりは、と思った。


「サインね。じゃ、これで成立ね。ロードスターはあたしの名義なのよ、乗って行きますから! ああ、それと、靴もバッグも宝石も……あたしにくれたものは全部持って出ますから」

「女房が持っていた指輪は置いて行ってくれ。あれは……」

「おあいにく様! あなたの今の女房はこのあたしなのっ!」


 当座の現金ならヘソクリがある。あと、日付の入ってない小切手も。郁美は名村の懇願も振り切り、持てる物は根こそぎ抱え、名村家を後にした。



~*~*~*~*~



(偉そうなことを言って、所詮は金持ちのボンボン社長ね!)


 郁美は名村家を出た翌日、小切手に書かれた銀行に出向いた。VIPルームに通され、現れた支店長は面白いくらい頭を下げる。出て来た紅茶はトワイニングのアールグレイ。パックの紅茶でないのが素晴らしい。


 迂闊に人を信用するもんじゃないわ。

 この分なら、大臣の息子の一件や、藤原の社長が大立ち回りをやらかしたことなど、週刊誌に売ったら幾らになるか……。


 郁美はあまりの可笑しさに頬が自然と緩んでくる。


 その時だ。いきなり扉が開き、十数人のスーツ姿の男がズカズカと入って来た。


「ちょっと……何なの、あんたたち!」

「白川郁美だな。この小切手は盗難届が出ている。これが、裁判所の逮捕状だ。一緒に来てもらうぞ」


 郁美は旧姓で呼ばれ、真っ青になった。


「違うわ! これはあたしが藤原社長から貰ったものよ。嘘じゃないの! 本当よ! あたしは盗んでないのよぉーーーっ」

  

 

~*~*~*~*~



「全く、こういった仕事は手際のいい奴だな」


 藤原本社ビルの最上階、社長室のに腰掛け卓巳は言った。


「お褒めに預かり光栄です。今回は上等な餌を撒いていただいたので、仕上げは楽でした」 


 そう言ってニッコリ笑ったのは、一旦、卓巳の個人秘書を辞めることに決まった宗である。

 郁美の不貞の証拠を集め、借金の額まで調べ上げた。更には、不動産担保の件を会社に通報し、審査の本人確認を徹底させたのも彼である。


「それで、起訴されそうか?」

「名村社長の温情まで踏み躙りましたからね。少しは反省の必要があるかも知れません」

「あの女を見ると永瀬あずさを思い出す。今からでも叩き込んでやりたいくらいだ」


 だが、あずさを追い込み過ぎては、万里子の過去を言いふらしかねない。とはいえ、今度同じ真似をした時は……。


「社長――行方不明者は年間一万人も出ている、なんてことは考えておられませんよね?」

「馬鹿を言うな。私は間もなく父親になるんだぞ。そんな不見識なことを考えるものか!」


 考えたのは少しだけだ、とは言えない卓巳だった。



 後日、名村社長は郁美が指輪を返して来たから、と卓巳に告訴取り下げを頼みに来た。盗難事件はなかったことになり、二度と、郁美が太一郎の前に現れることはなかったのである。



                              ~fin~ 

 

御堂です。

最終話のお祝いメッセージありがとうございましたm(__)m


いや……この女のことだけは書いておかないと、と思いまして(苦笑)

ちょうど37話の辺りですね。

裏で宗が色々頑張ってくれてました。

宗はこの後、北海道に行き、年末年始に雪音を連れて実家へ…

(そこでの子作り(違う?)はムーンかサイトでお楽しみ下さいww)

彼は太一郎編ではひたすらイイ奴でした(苦笑)


ではでは、またどこかの番外編で…

皆様のお越しをお待ちしております!

どうもありがとうございました(平伏)


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