表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/64

(38)誘惑の意味

*少しだけ性的な表現があります。ちょっぴりR15でお願いします。


「お帰りなさいませ、太一郎さん」

 エプロンをはめた奈那子がニコニコしながら玄関まで出てくる。


「ああ、ただいま」

 そんな言葉を返しつつ、

(俺ってこんな幸せでいいのかな?)

 家族の存在に、こそばゆい幸福を感じる太一郎だった。



「太一郎さん、お疲れですか?」


 太一郎は風呂に入った後、夕飯を食べて、奈那子の代わりに食器を洗う。

 ちょっと手伝うと奈那子は大袈裟に喜んでくれるのだ。「ありがとう」「嬉しい」の言葉欲しさに、彼は何でもしてしまう。

 会社の先輩には、「女房に上手くコントロールされてるな」と笑われたが……。

 太一郎はそれでも構わないと思っている。それは奈那子に必要とされている証だ。家族から必要とされない孤独に比べたら、皿洗いや風呂掃除など大したことじゃない。


「いや。別に疲れてないぜ。何でも言えよ……してやるから」

  

 十時過ぎ、テレビの前に座った太一郎は、後から声を掛けられ振り返った。

 風呂上りのせいだろう。奈那子の頬は赤く染まり、湯気が立っている。太一郎は立ち上がると奈那子の傍まで行き、タオルで彼女の髪を拭いた。

  

「なあ、お前……上気のぼせてないか? あんまり長湯し過ぎんなよ」

「それは大丈夫です。でも……あの……太一郎さん。膝とかふくらはぎが痛くて……少し擦って頂けますか?」

 

 はじめは太一郎の顔を見ていたのだが、しだいに俯き、声も小さくなる。


「ああ、それくらい楽勝だよ。ほら、ベッドに行こうぜ。横になれよ」

「はい! ありがとうございます」


 嬉しそうにはしゃぐ奈那子を、照れ笑いを浮かべながら見つめる太一郎だった。



~*~*~*~*~



「……って言ったら、きっと撫でてくれると思うの。それだけで、その気になってくれたらいいんだけど……太一郎さんは卓巳さんと一緒で鈍いから、無理かも知れないわね」


 奈那子の相談に万里子はそう答えた。

 自分が楽しみたいとか、欲求不満とかではないのだ。ただ、愛する人に求めて欲しい。そして、彼女の身体で満足して欲しいのである。

 奈那子自身はやはりお腹の子供が気になるので、気持ちいいとは思えないかもしれない。

 それでも、

「抱き締めて眠ってくれるだけでいいんです。同じベッドで寝てくれないのも不安で」


 太一郎は手や足が当たったら怖い、と言ってダブルベッドに奈那子ひとりで寝かせるのだ。これまではずっと布団だったので仕方なかったけれど、さすがに奈那子も気になる。


「太一郎さんて、意外と消極的な人だったのね。リムジンの中であんなことしてるから、もっと大胆なのかと思ったのに」

「あ、あれは……ああいう時もあるんです。その……突然、キスしてきて……でも、そこから先には全然」

 そこまで言って、万里子が誤解したんじゃないかと思い、奈那子は慌てて付け足した。

「以前はそんなことなかったんですよ。去年は本当に……その、顔さえ見たらすぐに……シャワーも浴びさせてくれなくて。もの凄く力強くて……怖いくらい大きくて」

「やだっ! もう、奈那子さんたら」

 

 万里子にそう突っ込まれ、自分がとんでもないことを言ってるのに気が付いた。


「そ、そういう意味じゃ。本当に大きいのかどうかは……あ、いえ小さいことはないと思うんですけど」

「卓巳さんもそうだと思うの。だから、きっと家系なのよ!」

「あ……そうなんですか?」

「ええ、たぶん」


 後から思えば、夫が聞いたら卒倒しそうな話題に、妊婦ふたりは花を咲かせたのだった。



~*~*~*~*~



 今夜の奈那子は何かおかしい。

 膝を擦った後、ふくらはぎを優しく揉み解す。ところが、奈那子は脚を微妙に交差させるのだ。太一郎の視界に真っ白い太腿が入り、気が散ってどうしようもない。


「これくらいでいいか? あんまりきつく揉むのはヤバイだろ?」

「あ、あの……太腿の付け根が痛いの。多分、お腹が大きくなってるせいなんだろうけど……」

「付け根、を……撫でるのか?」


 ネグリジェの裾を開き、内腿辺りを擦るが……。数ヶ月ご無沙汰の彼にはかなりの拷問である。


「あの、もっと付け根のほうが……」

「……」

 奈那子が自分でネグリジェの裾をたくし上げた時、太一郎は気付いたのだ!


「ちょっと待て。お前、なんで下着を穿いてないんだよ! そんなに痛いのか? サイズが合ってないんじゃねぇのか? 俺が穿かせてやるから……腹を冷やしたらどうすんだよ」


 その瞬間、奈那子は体を起こして泣くように言ったのだ。


「違います! そうじゃないんです。ごめんなさい。もう……大丈夫ですから」



 そんな奈那子の様子にビビッたのが太一郎である。

(俺、なんかしたのか? 下着を買う金も無い、なんてことは……ないよな)

 奈那子の悩みを知らない太一郎には、自分がどれほどトンチンカンなことをしでかしているか……さっぱり判らない。


「なぁ、奈那子。怒ってるのか?」

「いえ、違います。本当にごめんなさい……わたし、いえ、いいんです」

「良くないって。言いたいことがあるなら言ってくれよ。自慢じゃないが、女心ってやつは俺にはさっぱり判んねぇ。でも、お前を傷つけようなんて欠片も思ってないんだ。だから」

「抱いて……くれませんか?」

「え……」

「本当の夫婦になりたいんです」

 

 思い詰めた奈那子の様子に、太一郎は息を飲んだ。

 太一郎とて、本当はやりたい。だが、乱暴なセックスしか知らないという自覚がある。夢中になって、奈那子や子供に何かっては取り返しがつかないのだ。

 それにやはり、自分の子供じゃない、という遠慮もあった。


 不思議と、愛せなかったらどうしよう、とは思わない。血の繋がりが全てじゃないと、太一郎は人生において学んだ。それは藤原家の庭師・ひいらぎが、祖父と千代子の間に出来た子供だと知った時、より強く感じた。

 柊は実の父より育ての両親を選んだのだ。あの卓巳ですら「血は水より濃いが、愛情には敵わない」と言っていた。

 奈那子の産む子供を愛する自信はある。

 だが、太一郎には愛される自信が心もとない。



 太一郎はベッドに座ったままの奈那子の隣に腰掛け、必死で言葉を探した。


「あの、さ。中はちょっと怖いんだ……だから、違う方法でお前の身体を愛していいか?」

「違う……方法?」


 大きくなった奈那子の胸に、後ろからそっと触れる。出来る限り優しく丁寧に、壊れ物のように扱う。その時にやっと判ったのだ。奈那子は太一郎を誘いたくて、ネグリジェの下に何も身につけていないということに。


「脱がしていいか? 寒くねぇか?」

「はい……大丈夫です」

「なんで下着なしなのか、聞いてもいいか?」

「だって……妊婦用のはブラもショーツも可愛くなくて……太一郎さんがその気になれないのかも、って思ったんです」


(……んなわけねぇだろ)

 心の中で反論し、太一郎は奈那子を抱いて横になった。

 そのまま、取り出した下半身の猛りを、彼女の内股に背後から押し込む。


「た、いちろう……さん」

「苦しいか?」

「いえ」

「これで動いていいか?」

「は……は、い」


 この体勢なら、子供に嫌われるんじゃないか、という意味不明の羞恥心からは逃れられる。


「ご、ごめん。ホント、ヤル気は満々なんだ。この通り……。でも挿入は怖いんだ。情けねぇけど」

「いいえ、太一郎さんがわたしの身体で感じて下されば、それだけでいいんです。必要とされてる。妻でいていいんだ、って思えるから」

「奈那子……」


 太一郎にとって、奈那子に頼られることが存在価値だった。それと同じように、奈那子は女性として求められることで、自分の価値を見出そうとしていたのだ。

 それを知った太一郎は、彼女の半乾きの髪に頬を寄せ、包み込むように抱き締めた。


「すっげぇ気持ちいい」

「わたしも……温かくて気持ちいいです」

「俺、ベッドに寝ても平気かな?」

「そのほうが、わたしは安心して眠れます」


 少しだけベッドが軋み、男の荒い息が終着点を迎える。


「なあ…………明日もしていいか?」

「はい」


 ふたりで過ごす優しい夜――永遠に続く明日を、この時の彼らは信じていたのだった。 

 



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ