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(24)味方

 茜の自宅があるビルが見える位置までやって来た。

 思った通りと言うべきか、和菓子屋『さえき』の店の前に救急車が一台停まっている。そして、そのすぐ後ろにはパトカーも見えた。大きな道路沿いで商店街の近くの為、道行く人が足を止め、結構な野次馬が集まっている。


 茜は太一郎の背中に居た。

 裸足の彼女を歩かせるわけにもいかず……。太一郎は茜を背負ってここまで来たのである。

 途中、茜は泣きながら呟いた。


「罰が当たったんだよね……。きっと、太一郎に嘘をついたから……だから、こんなことに」

「馬鹿言うなっ! 女を襲う男なんか、殺されて当然なんだ。俺が言うんだから、間違いねぇよ」

 


 真っ赤な回転灯の明かりが目に刺さるようだ。一歩近づくごとに、茜の震えが酷くなる。おそらく、彼女の脳裏には、新田の流した血の色が浮かんでいるに違いない。

 太一郎は茜を説得してここまで連れて来た。だが、思えば太一郎にしても、こういった警察の対応など上手い方ではない。逆に、自らが逃げ出して逮捕された経験もあるくらいだ。しかし、ここで太一郎が震えて怯えていては、誰が茜を守るのだろう。

 自分の置かれた環境により、人は変わらざるを得ない時があることを痛感する太一郎であった。


「なんか、血まみれの男の人がいるって、通報があったんだって……」

「刺されたのかしら?」

「さあ……」


 年配の女性が二人、遠巻きに噂していた。どうやら、付近の住民らしい。その男……新田の生死が知りたいのだが、おそらく聞いても判らないだろう。


「茜、お前はこの辺で待ってろよ。俺が事情を聞いてくるから……」

「……置いて行かない?」

「行くかよ」

「警察に逮捕されても、一緒に来てくれる?」

「ああ……傍に居てやるから、馬鹿なことは考えんなよ。いいな?」


 太一郎は近くのビルの非常階段に茜を座らせ、独りで店の前まで歩いて行く。すると、ビルの入り口から担架に乗せられた男が出て来たのだ。新田である。

 新田は頭に白い布を当てられ、それを自分で押さえていた。体には薄手の毛布が掛けられており、詳しい怪我の状態は判らないが、生きていることは確かなようだ。自分の目で確認して、太一郎はホッとする。このことを、早く茜に教えてやらなければ……そう考えて太一郎が踵を返したその時、背後から声が上がったのだ。


「あ、あの男だ! ア、アイツが僕を殴ったんです!」


 その叫び声に太一郎は振り返った。そして彼の目に飛び込んできたのは……。上半身を起こし、真っ直ぐに太一郎を指差す新田の姿であった。



~*~*~*~*~



「すみません。私はこちらに運び込まれた、佐伯茜さんの保護者の代理で……」

「ああっ!? あなた、この病院で刺された人よね? 良かったわねぇ、助かって」

「……はあ」


(どうやらこの病院とは、妙に縁があるらしい)

 宗はそんなことを考え、苦笑しつつため息をついた。  


 先月の小平警察署に続いて、今度は目白警察署からの連絡だった。案の定、太一郎のご指名である。だが、今度は少々事情が違うようだ。

 太一郎は現在、知人男性に対する傷害容疑ということで、警察署に拘束されている。その太一郎が、自分は後でいいから話を聞いてフォローしてやってくれ、と頼んで来たのが佐伯茜であった。


 宗と茜は当然面識がある。

 昨年末、わずかな期間だが藤原邸でメイドをしていたのが茜だ。来春、高校を卒業したら正式採用と宗は聞いていた。

 問題は太一郎と茜の関係であろう。

 同じく昨年の十二月、太一郎が万里子を襲う切っ掛けとなった少女が茜のはずだ。彼女は強姦未遂で太一郎を訴えると激昂していた。そんな彼女に、入院中の母親に心配を掛けるべきではない、と説得したのが宗である。

 

 疑問だらけの宗が警察署に駆けつけ、聞いた事情は……。

 何と、太一郎と茜は恋人関係にあり、二人で共謀して、和菓子屋「さえき」で働く職人・新田祐作に暴力を加えた、というもの。新田は茜の母・佐伯雅美の内縁の夫で、茜は以前から彼に反抗していた。その新田が、太一郎との交際を反対した為、酔った所を二人で襲ったらしい、と。

 これは些かハッキリしない新田が、駆けつけた警察官に話した内容からの推測らしい。

 とりあえず、太一郎からも話を聞きたいということになり、おとなしく任意同行に応じた為、今回は逮捕には至らなかった。


「その方なら一応、婦人科で検査を受けて貰っています。そちらに回って貰えますか?」

 

 婦人科の言葉に嫌な予感を覚える宗だったが……。



「だから、あの男って言ってるでしょ! あの男が私を襲ったのっ! 太一郎に電話して助けに来て貰ったんだってば。何で太一郎を捕まえるのよっ! 警察ってバカなんじゃないの!?」


(これは……大丈夫そうだな)  

 茜の勢いに安堵し、宗は慌てて彼女に声を掛けた。

  

「佐伯さん、お久しぶりですね。事件に巻き込まれたとか……太一郎様から聞いて」

「宗さんっ! 太一郎よ。私はいいから太一郎を警察から出してっ! コイツら話になんないんだってば! 私を襲ったのは新田なの。新田がウソをついてるのよ。怪我をさせたのは私だけど……それもアイツが変なことさせるから……。とにかく太一郎は無関係なのっ」


 茜の向こうで婦人警官が一名と男性警官一名、困ったような顔をしている。

 太一郎から聞いた話では、新田を殺したかも知れないと、茜は酷く落ち込んでいたという。しかし、どうやら新田の怪我が軽傷であることを聞いて、俄然元気になったらしい。出血量が多かったのは飲酒が原因のようだ。


「落ち着いて下さい。太一郎様は任意で事情を説明するべく、警察に向かわれただけですから」

「新田は外面そとづらがいいのよ。でも、太一郎は無愛想だし……警察なんか丸め込まれるに決まってるわっ! 太一郎に迷惑を掛ける気じゃなかったのよ。ホントに……ただ、私は」


 茜は超軽量のソフトサンダルを履いていた。サイズも微妙なようだ。裸足であったというから、おそらく警察の用意したものだろう。

 確かに、任意とはいえ現在の太一郎の立場は微妙だ。しかし宗の聞いた限りでは、現場検証さえ済めば、一両日中には事実が解明されるはずである。

 次第に泣き崩れそうになる茜の肩を抱き、宗は彼女を慰めつつ、警察から引き離した。



「話は聞きました。ですが、本当に太一郎様は大丈夫ですから、ご安心を」

「でもっ! あの男は私のことも指差したのよ。だから太一郎は……」


 不安に駆られ、ビルの陰から茜が覗き見た時――何と太一郎が警察に連れて行かれる所だった。茜は恐怖もそこそこに、店の前まで走って行く。すると、救急車の中から新田は「あの娘も共犯だ!」と叫んだのだ。新田が生きてて良かったと思う反面、悔しさが湧き上がり……茜は言葉にならない。

 その時太一郎が「警察には俺が行く。彼女は見ての通り裸足で怪我をしてる。病院に連れて行くのが先だろう」そんな風に言ってくれ……。


「事情は全部自分が話すから……私は被害者だからって」



 茜の言葉に、宗は感心を通り越して言葉もない。

 先月、警察に囲まれたことで逃げ出し、そのせいで逮捕されることになった男と同一人物とは思えない腹の据わり具合だ。この茜と恋人同士になり、そこまで変わったのだとすれば……。やはり、卓巳の従弟と言うべきか。

 だが茜の次の台詞に、宗の頭には再び疑問符の山が積み上がった。


「太一郎には奥さんがいるのっ! これ以上、迷惑は掛けられない。お願い、宗さん。太一郎が早く出て来れるようにしてっ!」



 

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