第1話「嘘つきの食卓」
第1話は5章仕立てになっています。
長いので、お時間がある時にお読みになることをお勧めします。
雨が降っていた。
四月の東京は、まだ冷たい。
柊一颯は、コンビニの軒先で缶コーヒーを握りしめたまま、自分のスマートフォンの画面を見つめていた。妻──いや、もう「別居中の妻」と呼ぶべきだろう──凛香からのメッセージが表示されている。
『離婚届、来週までに出します。サインしてください。』
句読点の打ち方が、完璧だった。凛香は昔からそうだ。怒っているときほど丁寧になる。最後にふたりで笑い合ったのはいつだっけ。思い出そうとして、やめた。思い出したところでどうにもならない。
缶コーヒーのプルタブを引く。微糖。ぬるい。人生みたいだ、と思って、自分の陳腐さに苦笑した。
柊一颯、28歳。元・帝都テレビジョンのスポーツアナウンサー。
そう「元」だ。
半年前──あの生放送の夜まで、一颯は局の次世代エースだった。ボクシング世界タイトルマッチの実況で見せた、選手の微細な動きを瞬時に言語化する能力。視聴者が「見えていなかったもの」を、声だけで「見せる」技術。業界では「透視の実況」と呼ばれ、同期のアナウンサーたちからは畏怖と嫉妬を向けられていた。
しかし、あの夜。
生放送の格闘技中継で、一颯は「見えてしまった」。見えてはいけないものを。
──カメラの外で起きていた、ある出来事を。
一颯が口にした一言が、番組を止め、スポンサーを激怒させ、局の上層部を震撼させた。
翌日、一颯は退職届にサインさせられていた。
真実を口にしただけだ。それなのに──いや、だからこそ排除された。
雨足が強くなる。軒先から一歩踏み出せば、ずぶ濡れだ。
それでいい、と思った。
どうせ帰る家もない。ワンルームのアパートに戻ったところで、待っているのは段ボールに詰められた荷物と、返済催促の封筒の山だけだ。
その時──。
ポケットの中で、スマートフォンが震えた。
知らない番号。非通知ではない。見たことのない国際番号の羅列。出るつもりはなかった。だが、指が勝手にスワイプしていた。
──沈黙。
数秒の間を置いて、声が聞こえた。
女の声だった。低くて、甘くて、どこか機械的な響きを持っている。
「柊一颯さん。元帝都テレビジョン・スポーツ局第二制作部所属。専門は格闘技、サッカー、陸上の実況。"透視の実況"の異名を持つ天才アナウンサー──だった方、ですよね?」
「……誰ですか」
「アリスとお呼びください」
名前ではなく記号。一颯の警戒心が一段上がる。
「ご用件は?」
「お仕事のご依頼です」
一颯は笑った。声に出して。
「仕事? 俺に? 業界中にブラックリストが回ってる人間に?」
「ええ。だからこそ、あなたなんです」
アリスの声には、微塵の揺らぎもなかった。
「柊さん。あなたの"目"を必要としている場所があります。そこでは、あなたが真実を口にすることが──ルールなんです」
雨音が、急に遠くなった気がした。
「……何の話ですか」
「バベル。ご存知ですか?」
知らない。だが、その名前を聞いた瞬間、背筋に電流が走った。理由は分からない。ただ、本能が反応していた。
「今夜、ゲームがあります。お迎えの車が、あと3分で到着します。乗るか、乗らないかは──柊さんの自由です。ただし」
アリスが、一拍置いた。
「あなたが今夜、実況席に座らなければ──ひとり、死にます」
通話が切れた。
一颯は立ち尽くした。悪質な冗談か。新手の詐欺か。常識で考えればそうだ。
だが、「透視の実況」と呼ばれた男の目は、声の中に嘘を見つけられなかった。
──3分後。
目の前に、黒塗りのセダンが滑り込んできた。
後部座席のドアが、音もなく開く。
一颯は缶コーヒーを捨て、雨の中に踏み出した。
第2章 地下の王国
車に乗って20分。目隠しはされなかった。むしろ「よく見ていてください」とドライバーに言われた。
港区の裏通りから、地下駐車場へ。さらにエレベーターで下降する。表示はB7で止まった。地下7階。東京の地下にこんな空間があるのかと、一颯は息を呑んだ。
扉が開いた先は──。
劇場だった。
円形のアリーナ。中央にスポットライトを浴びたステージ。それを取り囲む、すり鉢状の観客席。全席が革張りで、各席にタブレット端末と、ワインクーラーが設置されている。観客は50人ほど。男女比は半々。全員が仮面をつけていた。ヴェネチアン・マスクだ。
そして中央のステージには──。
長い食卓が一つ。
白いテーブルクロス。シルバーのカトラリー。クリスタルのグラス。椅子は6脚。そのうち5つが、すでに人で埋まっていた。
残り1脚だけが空いている。ただし、その椅子は食卓についていない。食卓を見下ろす位置──高台のガラスブースの中に、一脚だけ置かれていた。
そこに、マイクがあった。
「あれが、あなたの席です」
背後から声がした。振り返ると、女が立っていた。
黒いドレス。白い仮面。仮面の下から覗く唇だけが赤い。
「アリス……?」
「はい。ようこそ、バベルへ」
アリスは一颯を高台のブースへ導いた。防弾ガラスで隔てられた小部屋。中にはモニターが5台、マイクが1本、イヤホンが1つ。
モニターには、食卓に座る5人の男女が映し出されていた。
「今夜のゲームは**《嘘つきの食卓》**」
アリスが説明を始める。
「ルールはシンプルです。テーブルの上に6つの料理が運ばれます。そのうち1つだけに毒が入っています。プレイヤーは順番に1皿ずつ選び、食べなければならない。ただし──」
「ただし?」
「毎ラウンド、全員が"自分が毒を入れた"と嘘をつく権利がある。プレイヤーは会話と推理で毒の皿を特定し、避けなければならない。毒を食べたプレイヤーは脱落。最後のひとりが勝者です」
一颯の頭がフル回転し始める。元アナウンサーの習性だ。情報を整理し、構造を把握し、言語化する。
「つまり──ポーカーと推理ゲームとロシアンルーレットを混ぜたようなもの、ですか」
「さすがですね。そして、ここからが重要です」
アリスがガラスブースのマイクを指差した。
「あなたは実況者です。ゲームの進行を観客に解説するのがお仕事。ただし──」
アリスの赤い唇が、弧を描いた。
「あなたの実況は、プレイヤー全員にも聞こえます」
一颯は目を見開いた。
「待ってください。俺の解説がプレイヤーに聞こえるなら──」
「ええ。あなたの言葉が、ゲームの展開を直接変える。誰かの嘘を見抜いて指摘すれば、その情報はプレイヤーに伝わる。誰かの心理を読み解いて言語化すれば、全員の戦略が変わる」
「それは──公平なゲームじゃない」
「公平?」
アリスが小さく笑った。
「柊さん。バベルに公平なゲームは存在しません。あるのは、ルールだけです。そしてルールの中で、どう戦うか。それがゲームです」
一颯はブースの椅子に座った。マイクの前に。
眼下に、食卓が見える。5人のプレイヤーが、緊張した面持ちで座っている。
──5人。
それぞれの事情を背負い、人生を賭けて、ここにいる。
一颯のアナウンサーとしての本能が、彼らの表情、呼吸、指先の震えを捉え始めていた。
席順1番──中年の男。スーツ。左手の薬指に日焼け跡。最近、結婚指輪を外した。
席順2番──若い女。パーカー。爪を噛む癖。だが今は噛んでいない。つまり、見かけほど緊張していない。
席順3番──老人。杖。だが座る動作に補助が要らなかった。杖は演技か。
席順4番──少年。おそらく未成年。場違いなほど冷静。何度目かのゲームか。
席順5番──大柄な男。格闘家のような体格。だが指が繊細。ピアニストか外科医の手だ。
全員の情報が、一瞬で一颯の脳に流れ込む。
アリスが最後に言った。
「ゲーム開始は3分後。マイクのスイッチを入れれば、あなたの言葉が会場に響きます。──柊さん、一つだけ忠告を」
「何ですか」
「沈黙も、実況のうちです。何を言い、何を言わないか。その選択が──命を分けます」
アリスが去った。
一颯は息を吸い、ゆっくり吐いた。
──半年間、声を封じられていた。
真実を口にしたことで、全てを奪われた。
だが、ここでは。
この地下の王国では。
真実を語ることが、ルールだ。
マイクのスイッチに、指をかけた。
第3章 第一ラウンド──6つの皿
照明が落ちた。
スポットライトがテーブルの上だけを照らし、5人のプレイヤーの顔が浮かび上がる。同時に、ブース内のモニターに文字が表示された。
【GAME 001:嘘つきの食卓】 プレイヤー:5名 ラウンド:最大5 ルール:各ラウンド、6皿から1皿を選択。毒入りは1皿。 脱落条件:毒を食した者は即退場。 実況者権限:観察と解説。ゲームへの直接介入は禁止。
一颯はマイクのスイッチを入れた。
カチッ、という小さな音が、静寂の会場に響いた。
「──皆さん、こんばんは」
声が出た。半年ぶりの「実況」だった。
自分でも驚くほど、声は安定していた。
「実況を務めます、柊一颯です。これより《嘘つきの食卓》、第一ラウンドを開始します」
会場がざわめいた。仮面の観客たちがタブレットを操作する音。賭けが始まっているのだ。
テーブルに、銀のクロッシュ(ドーム型の蓋)が被せられた6つの皿が並べられた。
その時、席順4番の少年が口を開いた。
「なあ、実況のおっさん」
「──おっさんじゃない。28だ」
思わず素で返していた。観客席から笑い声が漏れる。
少年は薄く笑った。
「じゃあ、お兄さん。一つ聞いていい? 毒って、どのくらいヤバいの?」
一颯がアリスから渡された資料に目を落とす。
「ゲーム運営からの資料によると──急性の下剤成分です。命に別状はありません。ただし、摂取後30秒で強烈な腹痛に襲われ、ゲーム続行は不可能になる」
「死なないんだ。よかった」
席順1番の中年男が、安堵のため息をついた。
──だが、一颯の目は見逃さなかった。
安堵したのは「死なない」ことに対してではない。隣に座る席順2番の若い女の反応を確認してから安堵している。
(……この二人、知り合いか?)
一颯はそれをまだ口にしなかった。アリスの言葉が頭にあった。沈黙も、実況のうちだ。
「では、第一ラウンドを始めます。まず──ルールの補足です」
一颯はモニターに映る追加ルールを読み上げた。
「各ラウンド開始前に、5分間の《会話タイム》があります。プレイヤーは自由に発言できる。嘘をついてもいい。本当のことを言ってもいい。ただし──《私が毒を入れた》という発言を、最低1人はしなければならない」
テーブルに緊張が走った。
「つまり──」
席順3番の老人が、穏やかな声で言った。
「犯人を名乗り出る者がいなければ、全員が毒を食べるリスクを負う。だが、名乗り出た者が本当の犯人かどうかは分からない。なるほど、なかなか上品な嗜虐趣味ですな」
老人は杖の先で床をトントンと叩いた。しかしその杖さばきは、視力を確認するような動きだった。
(この老人──目が悪い? いや、違う。杖で床の材質を確認している。何のために?)
一颯の脳が高速回転する。
「──5分間の会話タイムを開始します。プレイヤーの皆さん、ご自由にどうぞ」
最初に口を開いたのは、意外にも席順5番の大柄な男だった。
「俺が毒を入れた」
開始3秒の爆弾発言。テーブルが凍りつく。
一颯は即座に実況に入った。
「──開始直後、5番の男性が犯行を宣言。これは意味がある行動です。なぜなら、最低1人が犯行を宣言しなければならないルール上、一番最初に名乗り出た者は最も疑われにくい。本当に毒を入れた人間が、この速度で名乗り出るはずがない──と他のプレイヤーに思わせることができる」
5番の男が、ブースを見上げた。分厚い唇が動く。
「……お兄さん、よく喋るね」
「実況者ですから」
「でもその解説、俺にとっては不利だよな。"疑われにくい"って分析を全員に聞かせちまった」
一颯は一瞬、言葉に詰まった。
──そうだ。
自分の解説は、プレイヤーに聞こえている。
分析を口にした瞬間、それは情報になり、武器になり、凶器になる。
「……失礼しました。以後、気をつけます」
「いや」
5番の男は、不敵に笑った。
「気をつけなくていい。全部喋れよ、実況者。その方が──面白い」
その言葉に、4番の少年が目を光らせた。3番の老人は杖をくるりと回した。1番の中年男は額の汗を拭い、2番の若い女は──。
微笑んでいた。
場違いなほどの、穏やかな笑顔。
一颯の背筋に、ぞわり、と何かが走った。
(──この女。笑っている場合じゃないはずだ。なのに、なぜ?)
会話タイムは5分。残り4分30秒。
嘘と真実が交錯する食卓の上で、5つの人生が激突する。
そしてその全てを見て、聴いて、語るのが──。
人生を失った実況者の、たったひとつの仕事だった。
第4章 毒の在り処
会話タイムの5分間で、状況は一変した。
5番に続き、1番の中年男も「自分が毒を入れた」と宣言。これで犯行宣言者は2人。ルール上の最低条件はクリアだが、当然、どちらか一方、あるいは両方が嘘だ。
「ここで実況席から状況を整理させてください」
一颯はモニターに映る5人の映像を睨みながら、マイクに向かって語り始めた。
「犯行を宣言したのは1番と5番。宣言していないのは2番、3番、4番。ここで重要なのは──毒を入れたのはプレイヤーではないということです」
テーブルの空気が変わった。
「え?」と声を上げたのは4番の少年だ。
「ルールを読み直してください。『毒入りは1皿』とあるだけで、『プレイヤーが毒を入れる』とは書かれていない。つまり毒は運営が仕込んだもの。プレイヤーの《犯行宣言》は──自分が入れたという嘘をつく権利に過ぎない」
沈黙が落ちた。
3番の老人が、ゆっくりと手を叩いた。
「お見事。つまり、犯行宣言は完全なブラフ合戦であって、"誰が入れたか"を議論しても意味がない。問われているのは──」
「──6つの皿のうち、どれに入っているか。純粋な推理とブラフの勝負です」
一颯が引き取った。
その瞬間、2番の若い女が手を挙げた。ゲーム開始から初めての発言。
「ねえ、実況者さん」
「はい」
「あなた、さっきから私のことばかり見てるでしょ」
図星だった。だが一颯は動揺を見せなかった。
「実況者として、全プレイヤーを均等に観察しています」
「嘘。あなた、私が1番の人と知り合いかどうかを探ってる。さっきから目線で分かる」
──この女。
一颯は唇を噛んだ。観察力がある。それも、一颯自身の視線の動きを読み取るほどの。
「面白い指摘です。では聞きますが──知り合いなんですか?」
一颯の質問に、1番の中年男が慌てた顔をした。だが2番の女は涼しい顔のまま。
「さあ? 私はこのゲームで嘘をつく権利を持っていますから。何を言っても、信じるかどうかはあなた次第」
観客席がどよめいた。タブレットを叩く音が加速する。賭け金が動いている。
会話タイムが終了した。
「それでは──皿の選択に移ります」
6つのクロッシュが、番号札と共に輝いている。1から6。
選択順は席順通り。1番から。
1番の中年男が、震える手で──3番の皿を選んだ。
2番の女は迷わず──6番の皿。
3番の老人は少し考えて──1番の皿。
4番の少年は──5番の皿。
5番の大柄な男は──2番の皿を取った。
残ったのは4番の皿。誰にも選ばれなかった皿。
一颯はここであることに気づいた。
「──待ってください」
思わず声が出た。
「実況席から一点だけ。これは私個人の観察ですが──2番の方。あなた、3番の老人が1番の皿を選んだ瞬間、一瞬だけ肩の力が抜けましたよね?」
食卓が凍った。
2番の女が、初めて表情を変えた。ほんの一瞬。唇の端が、ぴくりと動いた。
「それが何か?」
「いえ。実況の範囲で事実をお伝えしたまでです。──さて、3番の老人が1番の皿を選んだ。もしこの皿に毒が入っていたとすれば、2番の方が安堵するのは自然です。3番の老人が"自分の代わりに"毒を引いてくれた──そう考えたなら」
「ちょっと待ってくれ!」
1番の中年男が立ち上がりかけた。
「それはつまり──2番が毒の場所を知っていたってことか?」
「知っていたかどうかは分かりません。ただ、2番の方は──1番の皿を避けたかった。そう見えました」
場の視線が2番に集中する。
2番の女は──。
笑った。
あの、場違いな笑顔で。
「実況者さん。あなた、すごいわね。──でもひとつ訂正させて。私が安堵したのは、3番のおじいちゃんのためよ。あの皿は──安全だから」
全員が息を呑んだ。
「──つまり2番の方は、1番の皿には毒が入っていないと知っている。そう宣言するわけですね」
「宣言じゃないわ。ヒントよ。信じるかどうかは、皆さん次第」
4番の少年が舌打ちした。
「最悪だ。情報が増えるほど、何を信じていいか分かんなくなる」
一颯はマイクに向かって静かに言った。
「──これが《嘘つきの食卓》です。真実は1つ。嘘は無限。そして実況者の仕事は──嘘の中に隠された真実の輪郭を、声で浮かび上がらせること」
「全員、クロッシュを開けてください」
5人が同時に蓋を開けた。
美しく盛り付けられた料理が姿を現す。前菜のカルパッチョ。どの皿も同じに見える。
「いただきます」
最初にフォークを動かしたのは5番の大柄な男。躊躇なく口に運ぶ。──何も起きない。
3番の老人が続く。──何も起きない。
4番の少年。──何も起きない。
2番の女。──何も起きない。
1番の中年男が、最後に残った。震える手でフォークを握る。3番の皿を口に──。
「──ッ!!」
中年男の顔が歪んだ。フォークが手から落ちる。腹を抱えて椅子から崩れ落ちた。
「1番プレイヤー、脱落──!!」
一颯の声が会場に響き渡った。
──毒は、3番の皿だった。
だが、一颯の目は脱落した男ではなく、2番の女を見ていた。
彼女は微笑んでいた。先ほどと同じ笑顔で。ただし──。
その目は、笑っていなかった。
(こいつ──最初から、1番の男を脱落させるために動いていた?)
第一ラウンド、終了。残り4人。
一颯はマイクを握りしめた。
──この食卓は、見た目通りのゲームじゃない。
誰かが、裏でシナリオを書いている。
第5章 嘘の中の、真実
第一ラウンドの衝撃が冷めやらぬ中、脱落した1番の中年男が医療スタッフに連れ出された。一颯は彼の背中を見送りながら、脳内で情報を再構築していた。
ブース内の専用回線から、アリスの声が流れてきた。イヤホン越し。プレイヤーには聞こえない。
「柊さん。初回としては上出来です」
「上出来? 人が脱落したんですが」
「これはゲームです。脱落者は出ます。──問題は、あなたが何を見たかです」
一颯は答えた。
「2番の女。彼女は最初から1番の男をターゲットにしていた。"自分が安堵した理由"を3番の老人の安全のためだと説明したが、あれは1番の男に3番の皿を選ばせるための誘導だった。私の実況が──彼女の策略を、むしろ加速させてしまった」
沈黙。
「アリスさん。俺の実況は──彼女に利用されたんですか」
「……その答えは、ゲームの中にあります。第二ラウンドは10分後です」
通信が切れた。
一颯は椅子に深く沈み込んだ。
テレビ局時代と同じだった。真実を見つけて、語る。それが自分の仕事だと思っていた。だが──。
真実を語ったことで、誰かが傷つく。
あの夜の生放送と、同じだ。
──いや。
一颯は顔を上げた。
同じじゃない。
テレビ局では、真実を語った後のことは自分の手を離れた。だがここでは違う。実況はリアルタイムだ。自分の言葉が、直接ゲームに影響する。ならば──。
「見るだけじゃ足りない」
独り言が口をついた。
「見て、語って、その先を──読む」
一颯はモニターを睨んだ。4人のプレイヤーの顔。それぞれの事情。それぞれの嘘。それぞれの──覚悟。
第二ラウンドが始まる。新しい6つの皿が運ばれてくる。
一颯はマイクのスイッチに手をかけた。
「──第二ラウンド、開始します。先ほどの第一ラウンドで、実況者として一つ学びました。真実を語るだけでは足りない。語るタイミング、語る順番、語る相手──全てが意味を持つ。この食卓の嘘と真実を、今度こそ──最後まで実況してみせます」
その声は、半年間の沈黙を破った男の、再起の宣言だった。
観客席の仮面たちが、静まり返った。
4番の少年が、小さく口笛を吹いた。
「──いいじゃん。やっと本気になったな、実況者」
5番の大柄な男がニヤリと笑う。
「全部喋れって言っただろ。遠慮すんな」
3番の老人が杖をコツンと鳴らす。
「楽しみですな」
そして2番の女──。
仮面のない素顔で、一颯のブースを真っ直ぐに見上げていた。
「実況者さん。──覚悟はいい?」
一颯は、マイクを握りしめて答えた。
「実況者は、常に覚悟の上です」
──《嘘つきの食卓》、第二ラウンド。
6つの皿。4人のプレイヤー。1人の実況者。
そして、まだ誰も知らない──このゲームの裏に仕組まれた、本当のルール。
それを暴くのは、第二ラウンドの先の話だ。




