第5話(シャノーラ視点)
「はぁ……それで結局、何の用なの? あんたの言う『手順』ってやつを踏んでいいから、早く用件を言いなさい。まったく……私が必死に結界の維持をしてるのが、わからないわけでもないでしょうに……」
「えっ? でも、結界の維持って、多少は疲れるけど、別に必死にならなきゃできないほどのことじゃないんですよね? 前の聖女様は、そう言ってましたよ~?」
ぐっ……
この女……
人がムッとすることを、平然と言ってくれるわね。
そりゃ、姉さんにとっては、『必死にならなきゃできないほどのことじゃない』でしょうよ。でも、私にとっては大変なことなのよ、この汗だくの顔を見れば、それくらい分かるでしょ? 私、こういう無神経で図々しい奴、大っ嫌い!
あっ。
しまった。
さっきから心が荒れ気味ではあったが、今の怒りが最後の一押しとなり、大きく集中力が乱れ、結界が弱まってしまった……
一度弱くなった結界を再び強固にするには、倍の集中力がいる。
急いで、集中しないと。
私は侍女を無視し、真剣に祈りを捧げ始めた。
そんな私の気持ちなど知らずに、侍女はペラペラと話し続ける。
「えっと、シャノーラ様~。用件なんですけど、前の聖女様に頼まれてためずらしいお菓子が、今日、やっと手に入ったんですよ~。でも、ほら、前の聖女様、国を出ちゃったじゃないですか~。それで、このお菓子、どうすればいいかなと思って、聞きに来たんですよ~」
やかましいわね!
こっちは真剣に集中してるのよ!
くだらない質問してんじゃないわよ!
私は『どっかに行け!』と言うように侍女を睨み、祈祷を続ける。しかし、鈍い侍女には私の気持ちが伝わらず、それどころか、侍女は、ゴソゴソとお菓子の包みを開け始めた。
そして、露になったお菓子を、ゆっくりと私の口元に差し出してくる。
私は、叫んだ。
「い、いらないわよ、そんなもん! あんた、馬鹿じゃないの!? 祈祷中にお菓子なんて、食べられるわけないでしょ!?」
「えぇ~、でも、前の聖女様は、適当にお祈りしながら、ムシャムシャおやつを食べてましたよ~。だから、シャノーラ様も、おやつを食べたがっているのかと思って、サービスしたんですけど~……」
おやつを食べながら、適当にお祈りしてたですって!?
嘘でしょ!?
食事をすると、ぼおっとして、どうしても集中力が低下するから、私なんて、この二日間、ほんのちょっとの精進料理と水しか口にしてないのに。だいたい、おやつを貪りながらお祈りするって、聖女のふるまいとしてどうなのよ……
い、いや、この際、『聖女のふるまい』については、どうでもいい。重要なのは、そんなふざけたお祈りの仕方で、高度な結界を維持し続けていた、お姉様の凄まじい才能だ。
……やっぱり、お姉様と私じゃ、ものが違うって言うの?
そんな。
そんなの、認めないわ。
いいわよ、私だって、おやつを食べながら、結界を維持してやるわよ。
私は顎をしゃくり、侍女に言う。
「わ、わかったわ。口までお菓子を運んでちょうだい。ただし、ゆっくりよ」
「はーい、では、どうぞ。召し上がってください~」
「ちょっ、馬鹿っ! ゆっくりって言ったでしょ! ああっ、もうっ! 唇のまわりが、ベトベトになっちゃったじゃない!」
「えぇ~、だって、シャノーラ様が動くから~、人のせいにしないでくださいよ~」
「私は少しも動いてないわよ! あんたが乱暴に……」
あっ。
ああああ。
しまった……
くだらないことで言い争いをしているうちに、完全に集中力が切れてしまい、結界が、消えてしまった。一度、ゼロになってしまった結界を、広範囲に張りなおすには、相当の時間がかかる。
私は涙目になり、いまだにぶつくさと文句を言っている侍女を無視して、血眼で祈りをささげる。しかし、思うようにいかない。これまでの疲れのせいか、スムーズに結界が構築できないのだ。
しばらく経った頃、神殿の入り口に、衛兵がやって来た。
衛兵は、息も絶え絶えだ。ここまで、走って来たのだろう。
彼はずかずかと私の元まで近づき、怒鳴った。
「聖女様! 何をしておられるのですか! 国を包んでいた結界が、消滅してしまいましたよ!」
うううう。
あんたに言われなくても、そんなこと、わかってるわよ!
だから、必死に張りなおそうとしてるんでしょ!?
集中力が乱れるから、黙っててよ!
しかし、衛兵は黙らない。
彼は、私の正面にまで回り込んで、思いっきり叫ぶ。
「間の悪いことに、魔物の大軍が、すぐ近くにまで迫っています! このままでは、この国はおしまいです! ふざけてないで、早く結界を張ってください! ああ、もうっ、今までこんなこと、一度もなかったのにっ!」
魔物の大軍ですって!?
ちょっ、それって、本格的に大ピンチじゃない!
なんという、不運。
どうして、私が聖女になった途端に、こんなことになるのよ!
……いや、たぶん、不運とはちょっと違うわね。
魔物たちは、ずっと見てたんだ。
お姉様の完璧な結界が消え、その代わりに、私の作る、不安定な結界が国を包むようになったから、『この様子なら、すぐに侵攻できるチャンスがやってくるかもしれない』と思い、じっと、機会をうかがってたんだわ。
どうしよう。
どうしよう。
今すぐ結界を張らなきゃ、私のせいで、国が亡んじゃう!




