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剣と魔法と、拍手喝采

 次の日の早朝から、さっそくスパルタ特訓を始めた。

 といっても、ただの型稽古じゃない。ほぼ実戦形式だ。剣と魔法、どちらも使っていい。でも、僕に一本でも入れられたら勝ち。それ以外は全部、敗北扱い。

「手加減は……しないからね?」

「望むところです」

 エリーナはもう、完全に戦闘モードの顔だった。

 いや、ちょっと前まで村で子供の面倒見てた人とは思えないよねこの目つき。

 森の中の広場。地面は柔らかいが、足を取られるほどじゃない。

 朝露が光る中、僕は軽く腰を落とし、片手で剣を構える。

「……始めていいよ」

 そう言った瞬間、エリーナの足が地を蹴った。

 速いけど、読みやすい。初動の重心が少し甘い。

 剣を振るう動作にわずかな隙がある。僕は軽くステップして、それを回避。

「ファイアスパイク!」

 すぐに詠唱。「ファイアスパイク」地面からの火柱。なるほど、初撃は囮で魔法を本命にしたわけか。けど、僕に通じるには、もう一段階、工夫がほしい。

「悪くない。でも、まだ詰めが甘いね」

 僕は火柱の間を縫って前進。彼女が驚くより先に、剣の柄を首筋にコツンと当てた。

「一本。……はい、次!」

「くっ……はいっ!」

 悔しそうに歯を食いしばって、それでもすぐに立ち上がる。

 目の奥に、火が燃えてる。さっきより、もっと強く。

 気がつけば、日が暮れていた。

 空は赤く染まり、遠くの森に小さく鳥の影が消えていく。さっきまで炎と剣が交差してた空間は、今は夜風が吹いてるだけの静けさだ。

 いや、静けさってわけでもないか。

「エリーナ姉ちゃん惜しいーっ!」

「今の火球、めっちゃかっこよかったー!」

「またかわしたー! ずるいー!」

「いや、すごくない? 何回目だっけ、今?」

 周りを見ると、村の人たちが普通に観戦してた。

 ちっちゃい子どもから、おばあちゃんまで。

 誰かがいつの間にか木の切り株を並べて簡易観客席を作ってて、拍手や歓声まで飛んでる。

「……いつの間に娯楽になってるの、これ」

 僕がぼそっと呟くと、向かい側で剣を構えてたエリーナが、ぜえぜえ息を切らしながら「知りません……」と答えた。

 顔も服も土と汗だらけ。だけど目はまだ、全然折れてない。

 その姿に、ちょっと笑ってしまう。

「村のアイドルじゃん」

「えっ!? ちょ、やめてくださいっ!そういうの今、集中が」

「おねーちゃーん! かっこいいー!」

 妹のミナが無邪気に叫んだ瞬間、エリーナの顔が真っ赤になった。

 剣を持ったままのその顔は、なんていうか……すごく人間らしくて、好きだ。

「じゃ、ラスト一本。いこうか」

「……はいっ!」

 ふらつきながらも、彼女はまた構えを取った。

 その姿に、観客から自然と拍手が起こる。

 最初は僕の指導の一環だった。でも今は、村を守る希望の姿そのものになってる。

 そして僕は、その隣にいる英雄であることを、

 なんだかちょっと、誇らしく思った。


 日がすっかり落ちて、訓練は一旦終了。

 観客だった村の人たちも、夕飯の時間になると「また明日ねー!」なんて軽やかに帰っていった。……娯楽ってすごい。普段の英雄任務より盛り上がってたと思う。

 僕は水筒の残りを口に含んで、そっと隣に座ったエリーナに視線を向けた。

 彼女は膝に肘をついて、どこか遠くを見ていた。

「……まだまだでした」

 ぽつりと、そう呟いた声は、悔しさと情けなさと、ほんの少しだけ笑いが混ざってた。

 ああ、ほんとに本気で勝ちたかったんだな。

「そうかな?今日のあれ、あと数センチずれてたら、完全に一本取られてたよ。それに、君の魔法、最初に比べてずっと鋭くなってる。正直、ここまで仕上げてくるとは思ってなかった」

「本気で言ってます?」

「うん。だって、君の火球、最初は風に流されてたもんね。今は風を読んで撃ってる」

「……」

「そういうの、ちゃんと成長っていうんだよ」

「じゃあ……一本取ったら、すごい褒めてくれますか?」

「取られる前提で聞くのはやめて。怖いから」

「ふふっ」

「さ、明日からもびっしりやるから覚悟してよ?」

 あれから、訓練はおよそ一年ほど続いた。

 最初は「スパルタだ〜」だの「鬼教官だ〜」だの、村の子どもたちが騒いでたけど、今ではそれすら日常の一部。日が昇るとエリーナが魔法の準備体操を始めて、日が沈むころには土煙をあげながら倒れてる。


 とはいえ、僕もさすがに一年丸ごとサボれるほどヒマな身分じゃない。

 王都には任務が山積みで、報告書だの、討伐計画だの、影武者じゃどうにもならない案件も多い。

 だから、この1ヶ月は、王都で任務→馬車で村へ直行→スパルタ訓練→寝る間を惜しんでまた王都へ。そんな地獄みたいなスケジュールを、なんとかやりくりしてた。

 どんなハードな魔物より疲れる。

 でも、不思議と嫌じゃなかった。

 むしろ、あの訓練の時間が、最近の中で一番……うん、生きてる感じがする。

 村に向かうたび、道の途中で子どもたちが手を振ってくれるようになって、

 村長さんも「また来たんか」って苦笑しながらリンゴを差し出してくるし、

 エリーナは、いつもと変わらず剣と杖を持って待っている。

「今日こそ一本、取りますからね」

 毎回、同じように言ってくるくせに、

 そのたびに少しずつ立ち方が鋭くなって、動きが洗練されていく。

 たった一ヶ月。されど一ヶ月。

 彼女はもう、ただの村の女の子じゃない。

 本当に、僕の右腕として通用するくらいの力を手に入れようとしてる。

「お疲れ様、元気ないね?」

 いつも通り、訓練を終え休憩中にエリーナの元へ近づいた。

 珍しく浮かない顔をしていた。

 いつもなら教えたことを飲み込むのが早く、体の動きもいい。

 けれどここ数日、どうにも魔法の精度が上がらないらしい。

 訓練場の片隅で、彼女はうつむきながらぽつりと言った。

「……指摘されたところ、ちゃんとやってるんですけど……」

 その声には悔しさが滲んでいた。

 手の中の杖をじっと見つめ、何度も魔力を流しなおしている姿は、もどかしくも痛々しかった。

「限界なんじゃなくて、魔力の流れが安定しないだけだよ」

 そう言いながら、僕は腰のベルトから小さな魔道具を取り出した。

 銀色の装飾が施された指輪型の魔力補助具。内部には魔素を調整する微細な結晶が埋め込まれている。

 かつて僕が魔力量を制御できず暴走していた頃、師匠に与えられたものだ。

「こういうときは魔道具を使うんだ。僕も今でも、いくつかは使ってる」

「……えっ?そんな高価なもの……受け取れません!私なんかがそんなもの使ったら、罰が当たります……っ」

「そんなわけない」

 僕はやれやれとため息をついて、そっと指輪を彼女の指に通した。

「道具ってのは、必要な人が使って初めて意味があるんだ。僕もこれに何度助けられたかわからない」

 魔道具ってのは、偉大だ。

 魔法を生まれつき使えるものは、決して多くない。

 才能のある者はわずかで、ない者には一生縁のない世界だったはずが、魔道具の登場で変わった。

 結局は本人の技量次第だが…才能がなくても、魔道具を使えば魔法を扱えるようになる。

 もちろん才能がある者は、その補助でさらに上達する。

 だからこそ、今や魔道具は生活にも戦場にも欠かせない。便利で、強力で、革命的。

 ただし、欠点が一つだけあるとすれば、値段が高すぎて、庶民には買えないこと。

 これは決定的だった。

 材料に希少鉱石や高純度魔結晶を用いるうえ、製作には熟練の魔工師が必要。希少な製品は一つで国家予算に匹敵するものもある。つまり、本当に必要な人ほど手が届かない。皮肉な話だ。

 そんな中、僕が持っているこの懐中時計これもまた、魔道具だ。

 これはかなり特殊な部類に入る。

 人が魔法で時を操るなど、本来あり得ない。魔道具なしで使おうとすれば、自分の命を削って行うことになる。それくらい危険なものを、魔道具があると発動できるというのはすごいことだ。

 この懐中時計は僕を何度も助けてくれた。

 何十回もの失敗。絶望。喪失。

 そのたびに、この魔道具は無慈悲なほど淡々と時間を巻き戻し、僕にもう一度立ち上がる機会を与えてくれた。

 今、こうしてエリーナとかつての仲間と一緒にいるこの時間に。

「ちょっと使ってみてもいいですか?」

 エリーナが、ゆっくりと魔力を流した瞬間、空気が変わった。

 今までどうしても不安定だった魔法の発動が、見違えるほど滑らかに、精度も威力も段違いだった。

 術式が完成し、放たれた魔法が真っすぐに標的を貫いた。

「……っ、すご……」

 見守っていた僕も思わず息を呑む。

 エリーナは呆然とその光景を見つめていたが、やがてポツリと漏らした。

「……うわぁ……私の努力とは、なんだったのって感じです」

 肩を落とし、どこか気の抜けたような声。その目は、少しだけ潤んでいた。

 たぶん、今までどれだけもがいていたか、自分が一番よく知っているのだろう。

「いやいや、エリーナが努力したからだよ」

 僕はすぐに言葉を返した。

 それは慰めでもお世辞でもない、紛れもない本音だった。

「もし、君が途中で投げ出してたら、魔道具を使ったって意味がなかった。それが活きたのは、君がここまで食らいついてきたからだよ」

「……そう、ですかね」

「そうに決まってる」

「じゃあ……そういうことにしておきます」

 エリーナはまだ、魔法の成功を信じきれないような顔をしていた。

 微妙に口元を引き結び、目を伏せている。

 嬉しさよりも、少し申し訳なさが勝ってしまったような、そんな空気。

「……そんなに落ち込まないで」

「落ち込んでるわけじゃ、ないですよ……たぶん」

 その気持ちは、よくわかる。

 努力が報われたのに、それが道具のおかげと感じてしまえば、素直に喜べないのも無理はない。

「……例に出したら可哀そうかもだけど、君の妹さんに、この魔道具をつけさせても…本領は発揮しない」

 そこでいったん言葉を切り、エリーナの目を見る。

「君と同じように扱えるかって言われたら、無理だと思う。魔道具は確かに力を与えてくれる。でも、その力を操るかは決めるのは本人だ。君はちゃんと、鍛えて、試して、失敗して、何度も挑んできた。そういう蓄積があるから、使える」

「……」

「才能があっても、努力しなきゃ意味がない。逆に、努力があるからこそ、こうやって魔道具が応えてくれるんだよ」

 やがて、エリーナが小さく笑った。少しだけ、安心したような笑顔だった。

「さりげなく妹をディスってません?」

「いや、ちが…いや、そう聞こえたら謝るけど!」

「ふふっ」

 笑い声がこぼれた。

 その笑顔を見て、ようやく胸の奥に張り詰めていたものがほどける。

 エリーナはちゃんと、自分の価値を見つけ始めている。

 そして僕は、その背中を、これからも押してやれる立場にいたいと思った。


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