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森での修行

 王都を出たのは、朝日がまだ低く、街並みに柔らかな影を落としている時間帯だった。舗装された石畳から土の道へと馬車の車輪が音を変え、僕たちはゆっくりと森へと向かっていく。

 エリーナは窓から顔を出し、風に髪をなびかせながら外の景色をじっと見つめていた。セラが運転をし、ライガは隣で欠伸をかみ殺し、セシリアは膝の上で魔導書をぱらぱらとめくっている。

「この森、大した魔物は出ないんですよね?」

「ああ。下級種の魔物ばかりだし、訓練にはちょうどいい。遭遇率も高いしね」

「よし。前みたいに動けなくなならないよう、今回はちゃんと……やりたいです」

 エリーナの声に迷いはなかった。拳をぎゅっと握りしめて、まっすぐ前を見据える瞳は、少し前の彼女とはまるで違う。

 馬車を止め、森の入口に足を踏み入れる。ひんやりとした空気と、木々のざわめき。小鳥の声と、遠くで動物が走る音。自然の音だけが響く静かな空間だが、そこには確かに魔物の気配が混じっていた。

「じゃあ、ここから訓練開始だ」

「準備はできてます。いつでもいけます」

 腰に下げた剣を手に取り、魔力を通す。微かに杖が青く光った。その様子を見て、セラが木陰から声をかける。

「私とアルセイド様は後方で支援します。好きなだけ暴れてください」

「分かってます。ちゃんと、冷静にやります」

 エリーナは深呼吸し、森の中へと歩を進めた。

 少しして、茂みの奥からガサリと音がする。

 現れたのは、牙を剥いた狼型の魔物2体。

 エリーナは足を止め、魔物と距離を取る。だが、手は震えていない。

「……大丈夫。大丈夫……私は、もう……逃げない」

 手を振ると、魔法陣が浮かび上がる。

「エア・ランス!」

 風の槍が形成され、勢いよく飛んでいく。1本目は魔物の脇をかすめたが、2本目が直撃。魔物がよろめく。

 もう1体が突進してくるが、エリーナは冷静に後退し、次の魔法を詠唱する。

「アース・バイン!」

 地面が盛り上がり、魔物の足を絡め取った。すかさず手持ちの剣で切り込み、倒す。息を弾ませながらも、エリーナは前を見据えたままだった。

「……やった。ちゃんと……魔物に、勝てた……!」

 その場に膝をついて、エリーナは震える声でそうつぶやいた。

「すごいじゃないか」

「さあ、まだまだ序章だ! 魔物はいっぱい来るぞ!」

 僕の声と同時に、森の奥から不穏な気配が押し寄せてきた。木々が揺れ、風が唸る。空気が変わる。ざわざわと葉を揺らす音の奥に、確かな“殺意”が混じり始める。

「え、ええっ!?ちょ、こんなに!?アルセイド様、こんなに来るって知りません!」

「いや、言ってなかったけど……まあ、想定内!」

 冗談めかして言いながら、僕も剣を抜いた。

 茂みを割って現れたのは、さっきの狼とは比べ物にならない大きさの牙獣系モンスターだ。しかも、数は3体、いや5体、そしてその後ろに続く影がさらに数え切れないほど。

「……どうやら、訓練場にしては少し賑やかすぎましたね。これは、予想外です」

「いや、完璧に実戦だな……。よし、エリーナ。ここからは本気でいくぞ」

「……はい。やります。全部、ぶっ倒します!」

 魔力がエリーナの足元から広がり、手が再び輝きだす。

 セラも構えを取り、ライガが笑いながら剣を構え、セシリアは既に詠唱に入っていた。

 これだ。これが、僕の仲間たちだ。

「さあ、派手にいくぞ、英雄隊、出撃だ!」

 僕の号令に応じて、皆が一斉に動き出す。足元の土が舞い上がり、木々の間を駆け抜ける足音、魔法の詠唱、金属と獣がぶつかる音が森に響いた。

 ライガの剣が一撃で牙獣の顎を砕き、セシリアの多種多様な魔法が後方の飛行魔物を焼き落とす。セラは寸分の狂いもなく刃を操り、的確に急所を貫いていた。

 そしてエリーナ。

 その動きには、かつての迷いがない。

 ウィンドとファイアスパイクを組み合わせた攻撃魔法を即座に展開し、目前に迫る魔物を吹き飛ばす。足りない分は、剣で追い詰めていき確実に仕留めていった。

「……すごいな」

 思わず、口に出していた。

 もう、守られるだけの子ではない。

 訓練の成果、そして、彼女自身の決意が、こうして形になって現れている。

「まだ、まだいけます! どんどん来てください!」

 エリーナは集中力を切らさず、魔法を的確に織り交ぜて次々と魔物を撃ち落とす。というか、僕は魔法を合体させて使う…なんてこと教えた記憶ないんだけどな。セシリアの入れ知恵か、もしくは独学か。どちらにしろ天才であることには変わりない。

 体のキレもいい。魔物の動きに対して一瞬たじろぐことはあっても、もう足がすくむことはない。

「ファイアランス!次っ!」

 エリーナの放った炎の槍が、魔物の額を正確に撃ち抜いた。

 エア・ランスが使えるなら炎も使えるでしょ…のノリで使わないでほしい。仕組みも原理も全く別物なのに、そう軽々しく使われると僕も自信がなくなってくる。

 視線をずらすと、ライガが拳一つで木をなぎ倒す勢いで牙獣を吹き飛ばし、セシリアは正確にアイスフィールドを使い前線をコントロールしている。空気が凍りつく音がして、地面一帯が一瞬で氷に覆われた。

 前線に突っ込もうとしていた魔物の足が、その場で凍りつく。氷は滑りやすく、動きを鈍らせるだけでなく、戦場全体の流れを変える力を持っていた。まさに連携。

「足止め完了。援護をお願い」

 エリーナは無言で足元に魔力を集中させる。空気がざわめき、彼女の足元に淡い翠光が集まり始めた。

 エアバースト。

 エリーナが現時点で使える最高出力の風魔法。それは単なる攻撃手段ではない。

「空中移動なんてされたら、僕のメンツが丸つぶれなんだけど…魔道具なしでやるの?」

「見ててください!」

 エリーナの身体が風を蹴るように跳ね上がった。爆風とともに宙へ舞い上がったエリーナは、空中で一瞬だけ身を翻す。そのまま疾風のごとく凍って身動きができない魔物の頭上へ位置を取った。

「ふっ!」

 光る軌跡と共に、抜き放たれた刃が一直線に振り下ろされる。

 魔物は何が起きたかも分からぬまま、首を切り落とされ、地に崩れ落ちた。

 着地したエリーナの足元には、まだ風の余韻が残っている。

「ふふっ……エリーナちゃん、最初よりずいぶん動きが良くなったじゃない?」

「ありがとうございます!」

 セラも指示と支援魔法を淡々とこなし、僕がフォローに入る必要すらない場面も多くなってきた。成長のスピードが、驚異的だ。

「すごいな……本当に」

 そう呟いた矢先、エリーナが跳ねるように避けた。刹那、背後から現れた奇襲の魔物が、その爪を振り上げる。

「危ないっ!」

 僕が声を上げた瞬間、ライガが飛び込んだ。エリーナを抱えて横に転がり、かわしざまに魔物へ渾身の蹴りを叩き込む。

「ったく、油断すんなって言ったろ!」

「ご、ごめんなさい!」

 声が弾んでいる。怖がっている様子はない。

 そうして、次々と魔物たちを討伐していった。

 森にうごめいていた気配は、次第に薄れ、静寂が戻ってくる。

 まるで、英雄たちの進撃に圧倒され、退いたかのように。

 第2陣の魔物を討伐し終え、辺りは一瞬だけ静寂に包まれた。風が木々を揺らし、草の匂いと混じった血と焦げの臭いが鼻をつく。額の汗をぬぐいながら、周囲を見回した。

「よし、次に備えて小休止だ――って、あれ?」

 エリーナの姿が、ない。

「……セラ、エリーナ見た?」

「いえ、最後に確認したのはあの魔物を仕留めたときです。そのあとすぐに……」

「くそ、またかよ。あの娘、またどっか行ったのか?ちょっと目を離すとすぐこれだな。前回もこれで路地裏で遭遇したしな」

 僕は眉をひそめる。エリーナが自分の判断で勝手に行動する時は、大抵何かを感じた時だ。

「セラ、感知魔法。できるか?」

「すでに展開しています……っ、微弱ですが、南東の方向に魔力の乱れを感じます」

「行く。3秒で着く」

「ご武運を」

 一歩、踏み出した瞬間、視界が流れる。次の瞬間には、すでに森の奥の乱れた草地の上に降り立っていた。

 だが、そこに立っていた人物から発せられる魔力は、明らかに異常だった。空気が軋むような重圧。地面に立っているのに、地面が沈んでいくような錯覚。

 漆黒の衣。血のように赤い瞳。禍々しい魔力が、全身から放たれていた。

「……あ? 誰だお前」

 低く、気怠げな声。しかし、その一言で、確信に変わった。こいつは、間違いなくかつて倒した魔王だ。

 だが、ここにいた情報は今までにない。どういうことか分からなくなり頭がぐるぐるする。それよりも、僕は気になっていることがあった。

「エリーナを……どこにやった!?」

「エリーナというのは…あぁ、あの子娘か?」

 その瞬間、頭が真っ白になった。

 魔王の、どこか無造作なその言葉に、心の奥に沈めていた怒りが一気に噴き出した。気づけば、手にしていた武器が閃光となって空を裂いていた。

「あの子に何をした!!答えろ!!」

 怒号と同時に踏み込み、魔王との距離を一気に詰める。風が爆ぜ、大地が悲鳴を上げるように揺れる。

 魔王はそれを真正面から受けるのではなく、あっさりと身をかわした。

「うおっと、急に怒鳴られてもな」

 軽い調子。斬撃は空を切り、木々をなぎ払う。背後で倒木の音が響く中、魔王は笑みを浮かべていた。

「落ち着けよ。俺は別に殺してねぇよ」

「だったらどこにいる!?どこへやった!」

 魔王の背後に、ぐったりとしたエリーナの姿があった。目を閉じ、意識はないが、確かに生きている。だが、その肌はいつもより白く、まるで体の内側から何かを奪われているかのようだった。

「その子を返せ!!」

 怒りが声に滲み、足元の大地に亀裂が走る。力が暴走しそうになるのを、必死に押さえ込む。だが魔王は、それすらもどこか興味深げに見つめながら――まるで好奇心旺盛な学者のように呟いた。

「そう怒るな……この娘、想像以上に才能にあふれていたんだよ。俺の配下として育てようと思ったがな」

 そこで魔王は、ほんの少しだけ目を細め、表情を歪めた。

「……意志が、強すぎる。まるで止まったままの状態で、動こうとしない。命令しても、揺さぶっても、全く反応しない」

「……ッ!!」

「そして……下手に干渉しようとすると、逆に俺の意識がこの娘に吸われそうになる。こんな現象は初めてだ。まるで、もう一つの意思がこの娘の中に存在しているかのようだな。俺を拒絶する何かが」

 その言葉を聞いた瞬間、僕は確信する。

 エリーナは、自分の意思で抗っている。

 たとえ意識を奪われても、彼女の心は、まだ折れていない。

「彼女を放せ。今すぐにだ」

「ふむ……まあ、いい。こんな手間のかかる娘を無理に従わせるつもりもない」

 エリーナを無造作に放り投げその瞬間、僕は空間を斬り裂くように瞬間移動し、彼女を受け止めた。

「アルセイドいたか!? ……って、こいつは? アルセイドの友達か?」

 軽口を叩くようにその場に飛び込んできた瞬間、魔王の紅い瞳がそちらにゆっくりと向いた。その視線ひとつで、空気が軋む。

「アルセイド……なるほど、英雄か」

 魔王は口元をわずかに歪め、まるで獲物を見つけたように楽しげに呟いた。

「ダメッ!!」

 セシリアが、文字通り命がけの勢いでライガの腕を掴んだ。普段は冷静で皮肉屋な彼女が、顔面蒼白で、全身を震わせていた。

「近づいたら……ダメ……刺激もしちゃダメ……!」

「な、なんだよ……こいつ、そんなヤバい奴なのか?」

「見てわかんないの!? あれ……魔王よ。間違いなく、本物よ……!」

 セシリアの声はかすれ、喉の奥から絞り出すようだった。

「魔王……だと……!?」

 ライガの軽薄な顔色が、一瞬で青ざめた。武人としての本能が、言葉より先に察知したのだ。あの存在が冗談でも虚構でもなく、格が違うことを。

 その横で、魔王はただこちらを見つめていた。

「アルセイド様……エリーナさんの村を滅ぼした、謎の魔物大量出現の元凶が、アイツかと。前に見た繭と同じようなのが、付近に置いてあります」

「へぇ……そっちの嬢ちゃん、察しがいいな。気に入ったよ」

 魔王の後方。視線を送ると、確かに木の根元に、不気味に脈動する“繭”が横たわっていた。うっすらと黒紫の膜が張り、時折、内側から“何か”が動く気配がある。

 前にも見た、あの村の近くで。突如魔物が溢れ出した、あの繭。

 今回もまた、それが森の奥に存在している。つまり、ここもまた、次なる崩壊の種ということだ。

「いかにも。王都を支配するには、物量が必要だろう?一つ二つ、戦力の供給源がなきゃ、戦にならねえ。あの繭は、そのための工場さ」

 言い放つその声は、まるで誰かと談笑するように軽い。

「小さな村だったが……そうだな、あれでも実験には十分だった。住人はほとんど壊滅、逃げ出した者もいない。魔物の発生速度、浸食範囲、どれほど絆とやらを誇っていようと、一瞬だったな。実験としては、成功だろう」

「……人の命は、お前の実験道具じゃない!」

 その瞬間、思わず一歩踏み出していた。拳が震える。

 あの村で、どれだけの人が叫び、どれだけの命が無惨に散っていったか。

 けれど魔王は、何が問題なのかとでも言うように、首をかしげていた。

「ふふ、今日は予想以上の収穫を得た。ではまた会おう。この繭は……壊したければ、壊せばいい。どうせ、次はもっと完成度の高いものを作るまでだ」

 空間の残響に混じって、その言葉だけがゆっくりと消えていく。

「……っ」

 僕は前に出て、繭を睨みつけた。

 周囲の空気は微かに淀んでいて、腐ったような魔力の匂いが鼻をつく。

「どうする?」

「壊す」

 即答だった。

 迷いなんてなかった。こんなものを、もう二度と使わせはしない。

 剣を抜く。魔力を集中させる。

 脈動する繭へ向かって、真っ直ぐに振り下ろした。

 剣を収めたあとも、繭の破片がじりじりと煙を上げている。

 魔力の波が収まっていく中、僕は目を細めた。

 今日はやけに魔物が多いと思ったが……原因はこれだったか。あと少し遅れてたら、きっとこの繭は完成してた。そしたら、王都は終わってたかもしれない。

「セラ、エリーナの容態は?」

 僕の問いかけに、セラはわずかに眉を寄せ、厳かに答えた。

「……洗脳され、意識を失っていますが……命に別状はありません」

 ほっと息をつく。だが、それと同時に胸の奥には強い違和感も残っていた。魔王の手に一時でも渡り、ただでは済むはずがない。僕の沈黙を察したのか、セラは続けた。

「それにしても……洗脳を振り切って、逆に意識の干渉を押し返したなど、聞いたことがありません。ましてや…魔王レベルの洗脳です……正直に申し上げて、これはもう、精神抵抗とかそういうレベルの話ではありません。魔王の干渉を、内側から跳ね返した……むしろ、魔王の方が飲み込まれかけていたように見えました」

 思い出す。魔王の、ほんの僅かな恐怖と違和感が混じった表情。

「エリーナさんって……本当に天才なのでは?」

 セラがぽつりと呟くように言った。

 これは、単なる才能や戦闘力だけでは説明がつかない。

 エリーナの中にある何か。それは、僕がループを繰り返す中でもまだ見えたことのない、未知の力か。

「……とにかく、しばらくはそっとしておいてあげてください。精神は、いま激しい揺り戻しの中にあります」

 そのまま、エリーナを担ぎ森を出た。

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