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路地裏で、運命が交差する

 次の日の朝、僕はいつになく気合を入れて、エリーナと子供たちが寝ている部屋の扉を勢いよく開けた。

「今日は王都を巡るぞ!」

 思わず大きな声になったが、寝起きのエリーナは驚いて跳ね起き、子供たちもぽかんと目をこすりながらこちらを見ていた。僕の中では確かな覚悟があった。

 忘れてはいけない。

 前回のループ。エリーナは王都に歓迎されなかった。むしろ疎まれ、見えないところで傷つき、そして…殺される。その結末は何度やっても変えれないもんだった。あの結末は、今でも喉の奥に残る棘のように思い出すたびに苦しくなる。

だから、同じ過ちは繰り返さない。

「今回は、近所に挨拶して回りながら、王都を巡ろう。君にも街に馴染んでもらいたい。住むってのは、土地だけじゃなくて人との関係も含めて、だからさ」

「……まあ、そういうことなら……」

 ぼそりと呟いた後、ふいっと布団を引き上げて顔半分を隠した。そして、小さく咳払いをしてから、赤くなった頬をそらしながら言った。

「でも、あの……あの、着替えられないので……出ていってもらえませんか?」

 その言い方があまりに恥ずかしそうで、僕は思わず吹き出しそうになるのを堪えた。

「……ああ、ごめんごめん。すぐ出ていくよ」

 手をひらひらと振りながら部屋の外に出て、扉を閉める。 


 しばらくして、部屋の扉が静かに開いた。

「お待たせしました……」

 その声に振り返ると、そこに立っていたエリーナは、いつもの姿ではなかった。

「……こんな服、持ってたっけ?」

 思わず声に出してしまうほど、エリーナの姿は見違えていた。淡いクリーム色のワンピースに、リボンで留められた胸元。動きやすさを重視しつつも、清楚で落ち着いた印象を与える上質な布地の服。明るめの髪が肩でふわりと揺れて、どこか王都の空気に馴染んでいるようにも見える。

 エリーナは少し恥ずかしそうに、指先でスカートの裾をつまみながら言った。

「……セラさんが、くれました。王都に住むつもりなら、ちゃんとした服を着なさいって、昨日の夜に渡されて……」

「そっか……あいつ、そういう気配りは完璧だからな……」

 口ではそう言いながら、内心では本当に似合ってるなと思っていた。けれど、さすがにそれは恥ずかしくて口に出せなかった。

 そんな僕の心中を知ってか知らずか、エリーナはほんの少しだけ笑って見せた。

「その……変じゃないですか?」

「いや、全然。むしろ……驚くほど似合ってる」

 言った瞬間、自分で顔が熱くなるのがわかった。エリーナも耳まで赤くなって、うつむく。

「それじゃあ、いこうか」

 僕がそう声をかけると、エリーナはこくんと頷いた。扉を開けて、朝の光が差し込む廊下へと歩み出す。まだ少しだけ不慣れな足取り。

 玄関へ向かう途中、子供たちが騒がしく走り回っているのが見えた。新しい服を着て、目を輝かせて、まるで遠足にでも行くかのように浮かれている。



 王都の石畳を踏みしめながら、僕は子供たちの小さな手を左右に感じていた。片手に2人、もう片方に2人。エリーナは少し後ろで、微笑みながら見守っている。

 今日は、王都の案内というより「歓迎の儀」だ。子供たちの不安を少しでも和らげるために、美味しいものや楽しいもの、王都のいいところをたくさん見せてあげたい。

「やあ、マスター。子供たちが大喜びしそうなお菓子、あるかな」

 そう声をかけて、僕たちが立ち寄ったのは、王都の南通りにある有名な菓子店。昔ながらの木の看板に、甘い匂いが路地まで漂ってくる。

 奥から、恰幅のいい店主が顔を出す。

「おお!アルセイド……なんだ、今日は一段と賑やかだな。そっちのちびっこたちは?」

「訳あってうちで預かってるんだ。せっかくだし、王都の味を覚えてもらおうと思って」

「なるほどなぁ……こりゃ気合い入れなきゃな!」

 そう言ってマスターは、重そうなガラスケースの中から色とりどりの飴やパイ、焼き菓子を取り出してくる。

「特別サービスだ!ほら坊主たち、何でも好きなもん選べ!」

 子供たちは目を輝かせた。小声で相談しながら、おそるおそる手を伸ばす子もいれば、元気いっぱいに「これがいい!」と即決する子もいる。

「すごい……こんなにたくさん……!」

「そっちの嬢ちゃんも取って取って!遠慮しなさんな!」

 お菓子の山を前にして、マスターがエリーナに声をかけた。

「わ、私も……いいんですか?」

 エリーナは目をぱちくりさせながら、指先だけを胸元に寄せて戸惑っていた。普段ならきっと遠慮して首を振るところだろうが、今日は我慢できないようだ。

「もちろんさ。甘いものは元気の源ってね。嬢ちゃんにゃ特に必要だ」

「……それじゃ、ちょっとだけ」

 エリーナはそっと手を伸ばし、ショーケースの端にあった、小さなパイを選んだ。ほんの一口サイズのりんごのパイだ。焼きたての香りがふわりと立ちのぼる。

 その顔は、ほんのり赤かった。照れくさそうに、それでもどこか嬉しそうに口元をほころばせて年相応の少女のようだった。

「うん、美味しい……」

「だろう?王都で三本の指に入る味だぜ」

「……三本も入るんですね」

「三本までしか指がないからな、俺の中では!」

 マスターの冗談に、子供たちがどっと笑った。エリーナも思わず吹き出す。

 こういう時間を、もっと守っていきたい。僕はそう思いながら、笑い声の中で一歩引いて、皆を見守っていた。


 次に向かったのは、王都の中央広場だった。石畳の道の両脇には、色とりどりのテントが立ち並び、出店がひしめき合っていた。

 串焼きや甘い果実酒、手作りのアクセサリーや、珍しいおもちゃを売る屋台もある。子供たちの目が輝き始めるのを見て、僕は心の中で小さくガッツポーズをした。

「ここが広場だ。王都でも一番にぎやかな場所のひとつだよ」

 と説明する間もなく、ざわ……っと人波の一部がこちらに向けて色めき立った。僕が広場に足を踏み入れると、途端にざわつきが広がるのはもう慣れっこだ。

「おいおい、あれアルセイド様じゃねえか?」

「ほんとだ……まじで!」

「すげぇ!本物じゃん!」

 子供たちが引き連れられているのを見て、さらにざわつきが広がる。

「アルセイド、お前結婚でもしたのか? 美人なねーちゃんと、ちっこいの連れてよ。まさか、いきなり父親デビューか?」

 軽口を叩いてきたのは、昔から知ってる露店商の兄ちゃんだった。にやにやと肘を突いてくるのを、僕は苦笑しながら受け流す。

「馬鹿言うな。エリーナはまだ子供だぞ。保護してるんだ」

「えぇっ、そうなの? すっげー落ち着いて見えたから、てっきり年上かと……そりゃ失礼。でもまあ、英雄様が保護するってんなら、きっと訳ありなんだろうな……頑張んな、お嬢ちゃん」

「はい、ありがとうございます」

 子供たちには、それぞれ小さな袋に入ったお小遣いを渡した。硬貨がじゃらっと鳴るたびに、目を輝かせながら広場へ駆け出していく。出店を見上げては歓声を上げ、次々に店主とやりとりを始めていくその姿は、どこにでもいるただの無邪気な子供たちだ。


 僕とエリーナは、広場の片隅にある石造りのベンチに並んで腰を掛けていた。

 心地よい陽射しと、商人たちの活気、子供たちの笑い声。こうしていると、悲劇なんて最初からなかったようにさえ思えてくる。

「……やっぱり、王都ってすごいですね。あんなにたくさんの人がいて、誰も私のことを変な目で見てこない。もっと田舎者には厳しいところだと思ってました」

「そーかもね…」

 王都の人々の視線は、意外なほど穏やかだった。冷たい目も、暴言も、差別の気配もない。すれ違う人がエリーナに軽く会釈すらしていく。

 僕が正式に「保護者」としてエリーナを迎えたことで、彼女を見る目が変わったのだろう。王都というのは、つまるところ肩書きと権威に弱い。

 それに今回は、エリーナを綺麗な状態で保護できたのも大きい。

 前回のループでは、ボロボロの姿だった。焼けた服、傷だらけの体、虚ろな目。何もかもを失った少女を「英雄様が奴隷を拾ってきた」ようにしか見えなかったのだろう。

 だが今は違う。エリーナは清潔な服を着ていて、髪も整えてある。傷も癒え、何より、目に光がある。背筋も伸び、表情に強さが宿っている。

 人は、見た目でしか判断できない時がある。そしてそれは、時に残酷なくらい単純な理由で、差別や偏見を生む。

 今のエリーナは守られている。僕の隣にいて、堂々としていられる。

「私だけ…こんなに恵まれてていいんでしょうか。村と家族は失ったけど……アルセイド様に助けられて、衣食住もあって……みんなにも優しくされてて……でも、世界には私みたいな境遇の人、まだたくさんいるのに……私だけがこんなに、幸せでいいのかなって」

「なら、これから強くなってよ。僕の右腕になるくらいにさ。そしたら、今以上に人を助けられる。僕のモットーは困ってる人は助けること。もちろん、全員を救えるなんて思ってない。でも……できる限りのことはしたい。目の前で手を伸ばせる人くらいは、ちゃんと助けたいんだ」

 僕は、隣の小さな手に視線を落とす。

「エリーナ、君が強くなれば、救える命が増える。今の自分を恥じる必要なんてない。君は、誰かの手で助けられたんだ。だったら次は、君が誰かの手になればいい」

 エリーナは、涙をこらえるように唇を噛みしめながら、それでもゆっくりと頷いた。

「……はい。必ず、強くなります。アルセイド様の右腕に……なってみせます」

 エリーナのお腹が大きく鳴る。こうもかっこいいこと言って、最後はシャキッと締まらないのに、内心笑ってしまった。僕は腰を上げて、腕を軽く伸ばした。

「さてと……僕もお腹空いたし、何か買ってこようかな。エリーナはそこに座ってて。あまり歩き回ると、まだ身体に響くかもしれないし」

「……はい。気をつけてくださいね」

 その言葉に笑みで返し、僕は広場のにぎわいへと歩き出した。焼きたてのパンの香り、甘い菓子の匂い、香ばしい串焼きの煙、王都の食べ物はどれも、人の心を満たしてくれるものだ。

 エリーナが好きそうな食べ物は、もう把握済みだ。

 何度もループしてきた中で、一緒に食べた屋台の味も、彼女がふと口にしたまた食べたいの一言も、全部覚えている。

 甘すぎない果物のパイ。ほんのり塩気の効いた焼き菓子。香辛料が優しい串焼き。

 僕は一つ一つ丁寧に選んで、両手いっぱいに袋を下げてベンチへ戻っていった。

「さて、エリーナ、どれから食べ…」

 ベンチに目をやって、言葉が止まる。

 いない。

 そこにいるはずの少女の姿が、影も形もなかった。ベンチの下にも、近くの噴水の縁にも、どこにも。背筋が一気に冷たくなる。呼吸が浅くなり、周囲を素早く見渡した。

「……っ」

 心臓が早鐘を打つ中、ようやく少し離れた場所に子供たちが戻ってきたのが見えた。どうやら、広場をぐるりと回って遊び終えたようだ。手には小さな玩具や食べ物。顔には満足げな笑み。

 でも、彼らの隣にも、後ろにもエリーナはいない。

「エリーナ……どこに行ったんだ……」

 ベンチの上には、エリーナが持っていたはずの上着が、風に軽く揺れていた。まだ本調子ではないはずなのに、まさか無理をして一人でどこかへ?

「エリーナ見なかったか!?」

 焦燥に突き動かされるように、子供たちへと駆け寄った。袋の中のパイや串焼きが揺れて、中から甘い匂いがこぼれる。そんなことに構っていられる状態じゃなかった。

 子供たちは僕の様子に少し驚いたように目を見開き、顔を見合わせてから口を開いた。

「えっとね……何かを見つけたみたいで、走っていったよ?」

「うん、お姉ちゃん、急に立ち止まって……人ごみの中、どっか行っちゃった」

「お姉ちゃん、どうしたのかな……」

「どっちの方角か分かるか!?」

 子供たちは口々に「こっち」「あっち」と手を指しながら、最終的に一致した方角を指さす。商業区の裏手市場通りの奥だ。

「ここで待ってろ、絶対に動くなよ」

 一歩、地面を蹴った瞬間。風を裂くように路地裏へと飛び込んだ。街の喧騒が一瞬遠ざかり、空気の密度が変わる。音よりも速く僕は駆け抜ける。

 そして視界に飛び込んできたのは、乱雑に並んだ木箱と、埃っぽい袋。そんな中に、不自然な人だかりができていた。

 中央には、エリーナがいた。

 背を丸めるようにして、一人の若い女性を庇っている。その周囲を、いかにもガラの悪い男たちが囲んでいた。

 僕が止めに入ろうとした、その刹那。

 声が、上から響いた。

「女の子囲っていじめか? かっこわりいな!」

 乾いた風のような声と共に、屋根の縁に一人の影が姿を現した。陽の逆光で顔は見えないが、あの声聞き覚えがある。

 そのシルエットがひらりと舞うように路地裏へと降り立ち、片手をポケットに突っ込んだまま男たちを睨みつける。

「ライガ……ここで会えるとは」

 いつもなら、森の中でのピンチの所を助けてから、徐々に仲間になっていくのだが…まさか王都に来ているとは思いもしなかった。


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