対峙
自分を見下ろしている気配が、姿を現した時、音羽は、背筋が寒くなるのを感じた。
永く存在してきた。
晴よりは、短かかったけど、
人間がどんなに、愚かでなのかも知っていたし、
そういう自分達も、永い時間に存在しながら、ちっぽけな意味のない生き方をしている存在なのも知っていた。
恐れる事もなかった。
けど、
目の前の存在は、計り知れない者だった。
「あなたは・・・」
宙に存在し、
闇夜に揺れながら、存在する者に、
恐怖を感じていた。
「あなたが、音羽ね」
言語で、語りかけると言うより、その者の言葉は、
音羽の脳裏に染み込んでいった。
「守ってくれてありがとう」
意外な言葉だった。
「守ってくれて?って」
音羽は、喉がカラカラになるのを感じた。
じっと、見下ろす銀色の瞳が誰かに、似ている事に気がついた。
見た事がある。
色こそ、違うが、
この面差し。
この横顔。
音羽は、ハッとした。
宙の中で、揺れる九つの尻尾。
あぁ・・・・。
本当だったんだ。
颯太の血脈。
「颯太の・・・?」
「あの子は、そう呼ばれているのね」
あの子と呼んだ声に、颯太への愛情を感じ、音羽は、胸が苦しくなった。
颯太は、自分が、母親を殺したと思い込んでいた。
山寺に、入れられたのも、幼い時に、母親を傷つけたせいだと思っていた。
のに。
前にいるのは、
颯太が傷つける事も、困難な存在。
「あなたが・・・」
後の言葉を飲み込んだ。
九尾狐。
古代中国を混乱させ、日本に渡っきた妖怪。
韓国さえ、混乱に陥れた。
文字通りの女狐。
だが、魔性と言われながら、
目の前に居る女性は、幼い少女のようでもあった。
もしかしたら、違うかもしれない。
颯太の妹かもしれない。
歴史を混乱させた九尾の狐では、ないかもしれない。
「颯太の・・・お母さん」
うなづく訳でもなく、
その少女は、眼下に広がる青白く光る、円を指さした。
沿線のようにも、高速道路のネオンのようにも、見える光の列。
「思わぬ事が起きている」
それは、感染の事か。
「あれは、何の光です?」
地底から、湧き上がる青い光の列。
不気味で、とても、人工物とは、思えない。
「あれは、人」
「え?」
人が、光を発する事なんて、あるのか。
あるとしたら。
「生きているのですか?」
「生きている訳がない」
「あなたが、やったのですか?」
それを聞くのは、勇気がいった。
「私は、お前達とは、違う」
そう言われて、音羽は、少し、傷ついた。
自分のしてきた事は、お見通しなのだ。
この人は。
「多くの人の魂だよ」
「魂って・・・」
地上から消えた人は、地下で・・・・。
「随分と、酷い事をするもんだ・・・」
少女は、ふっと笑った気がした。
薄く開いた唇の中から、細い犬歯が覗いた。
「腐って、死んでいくぞ。このままじゃ」
「あなたは、誰の味方ですか?」
少女は、じっと音羽の顔を見ると、ゆっくりと首を振った。
「止める方法は、ある。が、どうしても、そこに私は、行けない。力を貸してほしい」
「力をですか?」
少女は、音羽の手を取った。
「お前の体を貸してほしい」
九尾の狐は、音羽の体に入っていった。




