使命
目の前に居るのは、感情のない咲桜里
僕が知っている彼女は、微塵もなかった。
僕のせいなのか。
床から、少しだけ、顔を上げると、もう一人の男に強かに蹴り上げられた。
「やめなさい。靴が汚れる」
その無表情のまま、嗜める。
そうだよな。
僕の血液に触れたら、感染するか?
「見たでしょう?人とは、違う」
咲桜里は、言う。
「勝浦。こいつに、行かせた方がいい」
恰幅のいい男性を勝浦と呼ぶ。
「感染しているように見えるが?」
勝浦は、ハンカチで、口を覆ったままだ。
「人にしか、感染しない。半分、人だとして。こいつが、完全に感染するまで、時間がかかる」
「こいつしか・・・いないのか」
勝浦は、何か、思案しているようだ。
「もう、一人、共にしていた女が、居たようだが」
音羽の事だ。
「どこに、隠した?」
「音羽?・・・お前らが、連れて行ったんじゃないか?」
「私達が?」
咲桜里は、勝浦と顔を合わせた。
「別に、用はないけど」
咲桜里は、右眉を釣り上げる。
「頼みがある」
心から、僕にお願いする態度ではないだろう?
僕は、笑った。
「僕に、頼む態度な訳?」
「断る事はできないと思うけど」
高圧的な咲桜里に対して、勝浦は、低姿勢だ。
「少し、手荒な事をして、申し訳なかった。試したかったんだ」
「試したいって、何を?僕が、半分、人でないって事を試したかった訳?」
やや感情的になってしまった。
「それもある」
「一度、裏切られた以上、信じられないからね」
咲桜里は、僕の事を本当に嫌いなんだ。
こんな状況で、互いに、出逢うなんて、思いもしなかった。
逃げ込んだ先で、敵同士に出くわすなんて、滅多にない。
「助けてきてほしい」
勝浦が言う。
「もう、感染が広がっている。が、どうしても、確かめたい事がある」
「お願いするのに、こんな状況な訳?」
「黙れ」
咲桜里が、声をあげる。
「お前の返答次第では、ここにいる人達も、助からないぞ」
洞窟の奥には、まだ、感染していない人達が、生気のない顔で、佇んでいた。
「お前が、動かなければ、ここにいる人達も、道連れだ」
「待って。どの道、感染して、結局死ぬでしょう?」
「そうとも・・・限らない」
勝浦は言った。
「何が、爆発したのか、正しい事は、わからない。情報がないんだ。ただ・・・連れてきてほしい人がいる。その人なら、分かるはずなんだ」
「感染の広がっている地域に行くしかないんだ」
勝浦は言う。
東京に残して来た一人娘を連れてきてほしいと言うものだった。
「今頃、死んじゃっているんじゃない?感染が、広がっているんだろう?」
「普通の建物ではない。感染予防研究所なんだ・・・建前は」
「建前は?」
「余計な事は聞くな」
勝浦が、取り出したのは、壊れかけた携帯だった。
もう、充電もそんなに、残っていない。
「顔を覚えるんだ」
そう言って、差し出した画面には、こちらを見て、微笑む女性の姿があった。




