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第7話 敗北の英雄

アレスは、ただひたすらに夜風に身を晒しながら、夜を明かした。ツムギの言葉が、故郷を追われた日からの彼の心を支配する虚無に、小さな波紋を広げた。信じるものなど何もない。そう言い聞かせてきたはずなのに、ツムギの瞳が嘘をついているようには見えなかった。


夜明け前、まだ東の空が薄暗い中、道場の引き戸が開く音が聞こえた。一人の門下生が、木刀を抱えて庭に出てくる。二人、三人……やがて三十人ほどの門下生たちが、静かに整列した。彼らの顔には眠気などなく、清々しいほどの決意が満ちていた。アレスは、その熱気に居心地の悪さを感じ、壁にもたれかかってやり過ごそうとした。


やがて、ツムギとケンゴが門下生の前に立つと、彼らは一斉に覇気のある声で挨拶した。

「「「「おはようございます!」」」」」

その声は、まだ眠っている町に轟くようだった。


「おはよう。今日も訓練に励むように。それと、今日から一緒に訓練する者がいる」ツムギは静かに告げると、アレスに視線を向けた。「そんなところにいたのか。こっちに来なさい。アレス」


アレスは、なぜ道場なんかに入門しなければならないのか、という不満を顔に浮かべながら、ツムギの隣に立った。

「ほら、挨拶しなさい」

ツムギに背中を押され、アレスはぶっきらぼうに言った。

「アレスです。よろしく」


門下生たちは、その簡素な挨拶に驚きを隠せないようだった。ここは、冒険者として生きていくための基礎を学ぶ場所。誰もが己の目標を胸に、挨拶と共に「どうなりたいか」を宣言するものだったからだ。


ツムギはアレスの態度を咎めることなく、軽く頭を振った。

「まあいい。一緒にやっていくからよろしくな」


最初の訓練は、ひたすらの走り込みと高速での素振りだった。二十人ほどの門下生たちが、雄叫びを上げながら道場を駆けていく。ケンゴの巨体が、その先頭に立っていた。

「おい、声が小さいぞ!剣術は気からだ!」「足を止めるな、自分を追い込め!」

ケンゴの怒号が響き渡る。

一方で、ツムギは静かに門下生たちを観察し、的確な助言を与えていく。

「腕の力を抜け。速さは無駄のない動きから生まれる。」「呼吸を意識しろ。それが魔力の流れを操る第一歩だ。」

アレスは、そんな熱気に馴染めず、ただ拗ねていた。なぜこんなことをしている。今更、何の意味があるというのか。


次の訓練は、二人一組での打ち込みだ。ゆっくりと木刀を相手に当てるだけのシンプルな練習。当てられる側は、木刀が当たる部分にだけ魔力を集中させ、魔力硬化で衝撃を防ぐ特訓だった。全身を魔力で覆えば楽なのに、なぜこんな面倒な練習をしなければならないのか。アレスはやる気のなさそうな表情で、打ち込みを受ける。


一緒に組んでいた門下生は、アレスの覇気のない態度に、苛立ちを募らせていった。

「なあ、新人。こんなこと言いたくねえけどよ。やる気ないならやめていいんだ。ここは冒険者の基礎を学びたくて来るところだ」


「うるせえ。集中してろ。怪我するぞ」

アレスは、無性にイライラしていた。こんなことしている場合ではない。もっと他に、やるべきことがあるはずなのに。


「そんな少ない魔力でどうにかなるか。試してやるよ」

門下生の言葉に、アレスは苛立ちを露わにした。その瞬間、ケンゴの大きな声が道場に響き渡る。

「本格打ち込み、開始だ!」

その合図と共に、ゆっくりと打ち込まれていた木刀が、本気の力で振り下ろされた。


「やってみろよ」

アレスは挑発するかのように、堂々と構える。

門下生の容赦ない一撃は、アレスの魔力硬化に阻まれ、乾いた音を立てるだけで、彼には何の衝撃も与えられなかった。


「次、交代」

ケンゴが合図をする。


アレスは門下生に打ち込む側になった。門下生はアレスの挑発に、今度はしっかりと構えようとした。だが、アレスは試すように、門下生の左肩目掛けて、容赦なく木刀を振り抜いた。門下生は、アレスの速度についていけず、魔力硬化が間に合わなかった。木刀が鈍い音を立てて肩にめり込む。

「ぐぅわぁぁぁぁぁぁぁあ!」

悲鳴が道場に響き渡った。


周囲の門下生たちが、何事かとアレスに視線を向けた。囁き声が聞こえる。「見ろよ、あいつ」「入ったばかりのくせに、何てことしやがる」「あれじゃあまるで…」

悪意に満ちた囁き声が、アレスの心をさらにネガティブな感情で満たしていく。


「うるさい!」

怒ったのはツムギだった。門下生の肩を見ると、冷たい声で言い放った。

「馬鹿者。相手の力量も測れず、挑発に乗ったお前が悪い。自分の身も守れぬ者が、どうして他人を救える?」


ツムギは負傷した門下生をちらりと見ると、アレスに向き直った。

「すまない。お前の話を聞いていなかった。ランクはいくつだ?」


「Bランクです」

アレスが答えると、道場に響いていた木刀の音とざわめきが、一瞬にして凍り付いた。見習い冒険者が集うこの場所で、Bランクという称号は、まるで異界から迷い込んだ流星のようだ。憧れ、畏怖、そして嫉妬。様々な感情が渦を巻き、アレスの存在を際立たせる。


「ケンゴ。アレスの専属で訓練してくれ。私はけが人を医務室で治療する。初級魔法でもかければ、少し痛むだろうがすぐに治るだろう」

「任せろ。お嬢」


ケンゴはアレスを、全員が練習している隅ではなく、道場の中央に呼び寄せた。彼は何やら、アレスの背丈ほどの、大剣サイズの木刀を探していた。

「本来なら俺やお嬢とやるなら、能力有りの真剣を使って勝負するんだが、最初だからな。木刀を使って相手してやる」

ケンゴが軽く説明すると、アレスは強がった。

「そんなんで負けた言い訳にするなよ」

その言葉は、まるでかつての仲間、クロの真似をするようだった。


周囲が固唾を飲んで見守る中、昼の時間を知らせる鐘の音が鳴り響いた。その一瞬にして、張り詰めていた緊張感がほどけた。


昼食はみんなで囲む。だが、数人の門下生は食事をせず、立ったままだった。彼らは、昨日までの勝負で負けが多かったのだろう。顔には青痣や切り傷があり、包帯を巻かれた者もいた。それらは、厳しい訓練と勝負の証だった。


アレスは楽しくもない、味がしない食事を黙々と食べながら、この空間から早く抜け出したいと願っていた。その背後から、ツムギの声が聞こえた。

「さっきの門下生のケガはたいしたことはない。三日すれば治る」

ツムギはそれだけを告げると、すぐに去っていった。


昼食の時間が終われば、訓練再開だ。午後からは木刀を使った一対一の勝負。負けが多い方が明日の道場の雑務当番になる決まりだった。だから、食事の時立っていた者がいたのか。


アレスはケンゴと向かい合う。

「人とやるのは久しぶりだ。手加減は期待するな」

ケンゴが挑発するように言うと、アレスも冷めた表情で返した。

「あっそ。あんた、ランクはいくつ?」

「俺はCランク。お前より格下か?」

ケンゴは堂々と答えた。アレスはさらに煽る。

「てめえも、ケガするのが心配なだけだよ」


勝負に合図はない。いつ来るかわからない、張り詰めた緊張感が生まれるはずだった。だが、アレスはそんなものは何も感じていなかった。冷静に間合いに踏み込めば勝てる。そう安易に考えていた。


アレスから仕掛けた。素早く間合いを詰め、ケンゴの腹部に突きを放つ。ケンゴは大きく木刀を横に振る。アレスは、その一撃が自分を捉える前に、低くかがんで回避した。もう少し。そう思った次の瞬間、すぐに反対から横に衝撃が走った。アレスは、まるで巨大な城壁にぶつかったかのように、道場の壁が破壊されるほどの勢いで吹き飛んでいった。


負けた。一瞬の出来事だった。世界が、まるでスローモーションのように引き伸ばされ、視界が歪む。横に、いや、後ろに、いや、同時にどこからか。現実が理解できない。敗北は、いつかの故郷を失った日のように、彼の心を白く塗りつぶしていった。


ツムギが、ゆっくりとアレスに駆け寄った。

「あんた、Cランクの格下と思って油断したな」

ツムギは、アレスの本心を見抜いていた。


「次やれば、あんな奴…」

アレスは言い返そうとしたが、ツムギは彼の言葉を遮った。

「馬鹿が。ケンゴは道場を守るため、試験を受けていないだけで、本来はAランクの実力者だよ。ちゃんと相手を見な。曇った目じゃ、何も見えないよ」


その日の午後の訓練は、アレスがケンゴに完膚なきまでにやられるだけで終わった。

読んで頂きありがとうございます。

今日は暇なので書きまくってます。

Xに投稿してみましたが、よくよく考えると

使ったことないから、どうすればいいのかわかりません。

投稿するとき、Xにポスト出来る機能があるものの、

自分フォローされている人いなかった。

ボッチはどうしたらいいの?助けてクロ~

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