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第6話 正義の英雄

キリの町での出来事から逃れるように、アレスは中央貿易都市にたどり着いた。しかし、その光景は彼の想像をはるかに超えていた。中央貿易都市は、巨大なドーナツ状の都市であり、その広大な領土は、まるで巨大な城壁のように、中央に位置する中央ギルド国家を取り囲み、さらに四大都市を内包していた。北の魔術都市、東の商業都市、南の武術国家、そして西の武器国家だ。この都市を一周するだけで数週間はかかってしまう規模。どこに行っても物で溢れ、活気に満ちていた。アレスは、この大都会の中に、自分の心を満たす何かがあるのではないかと期待した。しかし、彼の心は、空っぽのままだった。


アレスは途方もなく歩き続けた。ただ、人の波に身を任せて歩いた。本当に人が多い。老若男女、様々な顔が彼の横を通り過ぎていく。なんとなく、孤独な心が紛れるような気がした。ぶつかることもあったが、誰もが慣れた様子で、謝罪の言葉を交わすこともない。アレスは、この無関心な大都会の中で、自分の存在が誰にも気づかれないことに、ほんのわずかな安堵を覚えていた。


中央貿易都市に来てから数日が経った。アレスは、目的も定まらないまま、安宿を借りては次へと移る日々を繰り返していた。彼の心は、故郷を追われた日から、そしてブラッド先生を失った日から、壊れたままだった。


この都市は、迷路のようだ。道に迷うほど、自分がどこにいるか見失ってしまう。

だが、本当に迷っているのは、この都市の道ではない。

僕の心だ。善意も悪意も、全てが偽物だった。信じるものは何もない。

この広い世界で、僕だけが、宙ぶらりんに浮いている。


そんなある日、アレスは部屋で食べるための食事を、出店で買い物をし、戻ろうとした。いつものように人波に紛れて歩く。だが、宿へ向かうには、この都市でも特に治安の悪い区画を通る必要があった。路地裏に差し掛かったとき、アレスは、小さな子供が彼の持つパンをじっと見つめていることに気づいた。


「なんだ、お前。欲しいのか?」


アレスは、ためらいもなく、袋の中から焼きたてのパンを一つ取り出し、子供に差し出した。子供は、警戒しながらも、ゆっくりと手を伸ばし、それを受け取った。その小さな手が、パンをしっかりと掴んだ瞬間、彼の目に光が灯るのを見た。子供は、嬉しそうにその場を去っていった。


(これで、いいことしたのかな…)


アレスは、ほんの一瞬だけ、胸の奥に温かいものが広がるのを感じた。


翌日、アレスは同じ道を通った。昨日、パンを渡した場所だ。そこに、あの子供がいた。だが、様子がおかしい。子供は、顔を腫らし、ボロボロに殴られていた。近くには、ホームレスらしき大人が二人、汚い笑みを浮かべている。


「おい、こいつが悪いんだぜ。うまそうなもん食いやがって」

「俺らの分を貰って来いって言ったら、断りやがった。だから、少し躾けてやったんだよ」


アレスの視界が、一瞬にして赤く染まった。怒りが、抑えきれないほどに込み上げてくる。あの時の子供たち、そしてブラッド先生の顔が、彼の脳裏をよぎる。アレスは、怒りに任せて、ホームレスの男たちに襲いかかった。無造作に放たれた拳は、彼らの顔面を正確に捉え、二人は呻き声をあげて地面に転がった。アレスは怒りままに、彼らをボコボコにし、逃げられないように捕まえた。


そのとき、近くを巡回していた防衛隊の男たちが通りかかった。そのうちの一人が、アレスの姿を見て、怪訝な顔をする。アレスは、男たちに向かって叫んだ。


「この人たちを捕まえてください!そして、この子の手当をお願いします!」


しかし、男たちから返ってきたのは、冷たい言葉だった。


「なんだ、この辺のホームレスだろ。住む場所もねえ奴らの手当てなんて、する必要なねえんだよ。仕事増やすな、小僧」


アレスの怒りは、さらに増した。防衛隊の男は、元冒険者だ。そのことを、アレスは知っていた。


「ちょっと待てよ!てめえ、元冒険者で防衛隊に入ったんだろうが!人を守らないで、何を守るんだよ!」


アレスの叫びに、男は鼻で笑った。


「正義の味方ごっこは他所でやれ。迷惑だ」


その言葉が、アレスの中で何かを決定的に壊した。


「正義の味方ごっこ」。

まるで、俺が英雄になりたがっていることを知っていたかのような、その言葉。

ブラッド先生の言葉を信じて、もう一度立ち上がろうとした僕の心を、無慈悲に踏みにじる、その一言。


アレスは、明確な殺意を覚えた。この男を殺してやる。そして、その前に、このホームレスたちも殺してしまおう。彼の右手が震え、光の剣が具現化しようとした、その瞬間だった。


「やめな、アレス」


静かで、しかし凛とした声が、アレスの耳に届いた。顔を上げると、そこに立っていたのは、見慣れた黒髪の女、ツムギだった。彼女は、腰に差した刀に手をかけ、アレスと防衛隊の間に割って入った。


「この子は私の依頼人だ。彼が手を上げたのには、それなりの理由がある。この子たちの身柄は、私が預かる」


ツムギは、一切の動揺を見せず、防衛隊の男に言い放った。男は一瞬、眉をひそめたが、ツムギの顔を見て、すぐに表情を変えた。


「無音のツムギ殿か…。しかし、これは我々の管轄だ。それに、この暴行の件も…」


「この人たちは、この子の食い物を奪い取るように命じ、暴力を振るった。見ての通りだ。この子も、そこのホームレスたちも、怪我の手当が必要だ。私がギルドを通して、きちんと対処する。それでいいだろう?」


ツムギは冷たい視線で男を見据えた。男はこれ以上何も言えず、しぶしぶ頷いた。


「……わかりました。しかし、ツムギ殿も犯罪者の肩を持つとはな。まったく、冒険者は…」


「口を慎みなさい。彼は、犯罪者ではない。そして、あなたは正義を語る資格もない」


ツムギの言葉に、男たちは顔を青くして後ずさりした。


アレスは、自分の腕を震わせ、ツムギを呆然と見つめていた。彼の右手に具現化しかけていた光の剣は、いつの間にか消えていた。


絶望に打ちひしがれ、その場に立ち尽くすアレスに、ツムギはゆっくりと歩み寄った。彼女は、アレスの絶望的な顔をじっと見つめ、ため息をついた。


「なにを勝手に絶望してるんだ。まったく、世話が焼けるね」


ツムギはアレスのそばに歩み寄り、その手を取った。アレスは驚き、その手を振り払おうとした。


「放してくれ。僕はもう、誰かの迷惑にしかならない」


「そうだな。お前は今、放っておくと迷惑な奴だ。だから、私が面倒を見てやる」


ツムギはそう言って、アレスの腕を掴んだ。その後、彼女はギルドに連絡し、馬車の手配を済ませた。中央貿易都市から武器国家までは、馬車を使っても四日かかる。その道中、アレスはツムギの隣で、ただ黙って座っていた。


「どういうことだよ…」


馬車の中で、アレスの震える声に、ツムギは何も答えなかった。ただ、黙って遠くの景色を見つめていた。


四日後、ようやく馬車は武器国家にたどり着いた。重厚な石造りの建物や、武器工房から響く槌の音が、街の活気を物語っている。商業都市のような派手さはないが、道行く人々の顔は、職人のように真剣で、どこか誇りに満ちていた。ツムギは、この都市のさらに奥、ひっそりとした竹林の中に建つ古風な建物へとアレスを連れて行った。そこは、道場だった。


道場の引き戸を開けると、檜の香りがアレスの鼻をくすぐった。道場の広間では、20人ほどの門下生たちが、木刀を振るう訓練をしていた。彼らの額には汗が光り、その真剣な眼差しからは、この場所が武術を学ぶ者にとって神聖な場所であることが伝わってくる。


「お帰りなさいませ、お嬢」


その声は、広間の奥から響いた。そこに立っていたのは、身長2メートル近い巨体の男、ケンゴだった。彼はその巨大な体躯に似つかわしくない、巨大な大剣を肩に担ぎ、厳しい訓練の最中にもかかわらず、その表情には静かな喜びが浮かんでいた。その男の体には無数の古傷があり、彼がどれほどの修羅場をくぐり抜けてきたか物語っていた。


「ああ、ただいま。ケンゴ」


ツムギは、その男に向かって、ほんの少しだけ口角を上げた。その表情は、アレスが見たことのない、ごく自然なものだった。


「その子は…」


ケンゴはアレスを一瞥し、ツムギに尋ねた。


「新入門だ。しばらくの間、世話になる」


ツムギの言葉に、ケンゴは深く頷いた。


「承知いたしました。お嬢がお連れになったのですから、何か理由があるのでしょう。部屋は空けてあります」


「ケンゴ、私の部屋でいい」


ツムギの言葉に、アレスは思わず声を上げた。


「えっ!?いや、でも、俺…男だし、ツムギさん…女の人で……」


アレスは戸惑いを隠せずにしどろもどろになる。しかし、ツムギは彼の困惑を意にも介さず、ただ無言でアレスを部屋へと促した。


ツムギの部屋は、飾り気のないシンプルなものだった。小さな文机と布団が一つ、そして刀の手入れ道具が置かれているだけだ。アレスは、ツムギに促されるままに部屋の隅に座り込み、何も言えずにいた。


「私は、人を信じることをやめたわけじゃない。ただ、自分自身を信じられない人間は、誰かを信じることも、誰かに信じてもらうこともできない。お前は今、そうなっている」


ツムギの言葉は、まるで彼の心を透かし見ているようだった。


「お前は、善意を振りかざした結果、裏切られ、傷ついた。だが、誰かのために何かをしたい、というその気持ちは、本物だ。その気持ちを、誰かに押し付けるのではなく、まずは自分自身で受け止め、信じるんだ」


「…僕は、どうすればいいんだ」


「簡単だ。この道場に入門して、お前が本当に求めている、足りないものを見つけるといい」


ツムギはそう言って、静かに刀を鞘に収めた。その目は、アレスの絶望ではなく、その奥にある、まだ消えかかっていない小さな光を見つめているようだった。


ツムギはそのまま、アレスに背を向けて布団に入った。アレスは、静かになった部屋で、自分の心臓の音だけがうるさく響くのを感じた。


(なぜ、こんなことを…)


ツムギの言葉の真意がわからなかった。信じていいのか、また裏切られるのではないか。疑念と混乱がアレスの心をかき乱す。


アレスは、そっと部屋を抜け出した。道場の裏手には、小さな庭があった。そこから空を見上げると、満月が煌々と輝き、その光が彼の心を照らし出すようだった。


「ブラッド先生…」


アレスは、誰に聞かせるでもなく、静かに呟いた。


「俺は、どうすればよかったんだ…」


故郷を失い、師を失い、そして正義すら偽物だと罵られた。何もかも失った彼の心は、どこへ向かえばいいのか分からず、ただ暗闇の中をさまよっていた。


そのとき、アレスの脳裏に、かつての仲間、クロの顔が浮かんだ。


(…クロなら、どうしたんだろう)


彼は、いつも真っ直ぐだった。どんな困難にも、どんなに理不尽な状況にも、決して屈しなかった。ブラッド先生の教えを、誰よりも愚直に信じ、実践していた。


(クロなら、きっと、あの防衛隊の男を許さなかった。でも、もし、そこで戦えば、もっと多くの人が傷ついたかもしれない。いや…クロなら、もっと上手くやったのか?)


アレスは、答えのない問いを自問自答する。彼の心には、クロが放つ眩しい光と、自分自身の弱さがくっきりと映し出されていた。その光に近づきたいと願う一方で、また誰かを傷つけることを恐れる自分がいた。


どれくらいの時間が経っただろうか。冷たい夜風がアレスの頬を撫でる。その風に、アレスはほんのわずかな安らぎを感じた。そして、ツムギの言葉を反芻する。


「お前が本当に求めている、足りないものを見つけるといい」


(足りないもの…)


それは、失った正義感なのか。それとも、誰かを信じる心なのか。あるいは、クロのような強さなのか。

読んで頂きありがとうございます。

構想が浮かんでるときはどんどん書けますが、

途中でふと手が止まってしまうと、ダメですね。

まるでアレスのように余計なことが頭の中を黒いモヤモヤがうごめくよう。

このあとは予想できる展開になると思いますっていいたいんですけど。

イチャイチャ書きたいって言ったら嫁にもう知らんと言われたので、

イチャイチャ書けませんけど・・・。

いいじゃん。年頃の男子だよ。やれよ。なんでだよー。

次どうしよう

そんな心の叫びでした。


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