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第3話 お節介の英雄

STFを飛び出して、アレスは目的もなく歩き続けていた。旅に出てから二週間。食料は一週間で底をつき、飢えはすでに日常の一部となっていた。周囲は砂漠と呼ぶには緑が多すぎる、ただの荒野。陽炎が揺れる視界の先に、幻のように遠い景色が浮かんでいた。


腹が減り、足は鉛のように重い。喉は干からび、声も出ない。水も尽き、汗すら流れない体は、もう何日も機能していないようだった。眠れない夜を重ねた不眠が、疲労を限界まで押し上げ、前に進んでいる感覚すらなかった。それでも、このまま立ち止まれば、あの日の自分に逆戻りする気がして、足を止められずにいた。あの炎の中で、何もできずに立ち尽くした自分。その弱い自分から、少しでも遠ざかりたかった。


そんな中、地平線の先に、小さなボロボロの村を見つけた。生きるための光。アレスは最後の力を振り絞り、這うように村へと向かった。


村に入ると、人々の視線が突き刺さる。警戒心と、わずかな好奇心。アレスはそれを無視し、食堂を探して村人に尋ねた。みんながよそよそしく、あまりいい顔をされない。それでもなんとか教えてもらった食堂の扉を開けると、湯気と香ばしい匂いが、乾いたアレスの心を満たした。久しぶりの食事に、涙が出るほど感動した。一口、また一口と、スープを口に運ぶたびに、身体の奥底から温かさが広がっていく。それは、絶望で凍てついた心を溶かすようだった。


食事を終え、ほっと一息ついたその時、村が騒がしくなった。


「なんで今日なんだ。いつもより早いじゃないか」


村人たちの間に焦りが広がる。何事かと顔を上げると、ガラの悪い冒険者が二人、食堂に入ってきた。彼らはテーブルを乱暴に叩き、村人一人につき銀貨一枚を要求する。


「いつものことだ、さっさと隠れろ」


食堂の店主が、アレスを物陰に押し込めた。だが、冒険者の一人がアレスを見つける。


「おい、隠し事か?そこの兄ちゃんも、銀貨一枚だぜ」


冒険者はニヤニヤと笑いながら言った。アレスの脳裏に、幼い頃に両親から聞かされた英雄の物語がフラッシュバックする。困った人々を助け、悪を打ち倒す。今、目の前で困っている人々がいる。


「なぜ人を守るべき冒険者がこんなことをする?」


アレスは立ち上がり、冒険者に問う。その声は、震えることもなく、まっすぐだった。


冒険者はアレスをあざ笑う。


「何言ってんだ、こっちは善意でやってるだけだぜ。お前もとっとと銀貨を払え」


善意?この人たちの悲しそうな顔が、見えないのか。アレスの心の中で、怒りが燃え上がった。これは、英雄の物語に出てくる、悪人を打ち倒す場面だ。ブラッド先生を守れなかった自分。クロのように動けなかった自分。今度こそ、僕は。


アレスは食事の恩を返すため、そして何より、自分の中の英雄の理想を証明するために、冒険者たちを叩きのめした。冒険者たちはあっけなく倒れ、恐怖に震えながら、店の外へ逃げ出した。


「もう知らないからな。後で何言っても聞かないからな!」


遠ざかる彼らの捨て台詞が、虚しく響く。アレスは達成感に満たされ、村人たちを見た。きっと、感謝されるだろう。称賛の言葉が、自分の心の傷を癒してくれるだろう。そう、思ったのに。


村人たちは、感謝の言葉ではなく、石を投げつけてきた。


「なんてことをしてくれたんだ!」


「村を守ってくれる冒険者を!」


あちこちから、罵倒が飛び交う。子供たちまでもが、容赦なく小さな石を投げつけてくる。最初に優しくしてくれた食堂の店主は、アレスを一番冷たい目で見ていた。


「早く出ていけ!」

「お前なんかのせいで、この村は…!」

「お願いだから、早く出ていってくれ!」


村人たちの叫びが、アレスの耳に突き刺さる。「早く出ていけ」「早く出ていけ」という言葉が、まるで呪文のように繰り返される。


「こんな何もない村には、誰も来ないんだ。でも、あの人たちは安く依頼を受けてくれてたんだ!」


アレスは石つぶてを浴びながら、ようやく事態を理解した。冒険者たちは、正規の依頼よりも安い代金で、村の安全を請け負っていたのだ。通常であれば違法だが、ギルドに正式に依頼する金もないこの村にとっては、彼らは「英雄」だった。アレスの勝手な正義感は、彼らの日常を壊してしまったのだ。


「ああ…」


アレスの胸に、激しい後悔が波のように押し寄せた。また、僕は間違えた。また、僕は何も守れなかった。


村を追い出され、アレスは一人、人気のない荒野に野宿をした。冷たい風が吹き荒れ、焚火の炎が彼の孤独な心を揺らめかせている。


よく話を聞くべきだった。状況を、きちんと確認するべきだった。ブラッド先生の時と同じだ。感情に任せて、衝動的に動いてしまった。


「僕は…」


アレスは両手で顔を覆った。手のひらに残る、村人から投げつけられた石の感触。それは、彼の未熟さ、浅はかさを責めるようだった。僕は、英雄になりたかった。困っている人を助けたかった。でも、結局、僕がしたのは、誰も望んでいない、ただのお節介でしかなかった。それどころか、僕は彼らの平穏を奪い、彼らを不安にさせた。


僕の理想は、現実では何の役にも立たない。いや、むしろ、邪魔なものだった。


あの日の記憶が蘇る。ブラッド先生が、血の盾を張って僕たちを守ってくれた時、先生は笑顔だった。自分の命を懸けて、僕たちを守ってくれた。それが、本当の英雄の姿だったのかもしれない。誰かのために、自分を犠牲にできる強さ。


僕は、その逆だ。自分の英雄像を満たすために、行動した。ただ、自分が抱える後悔や絶望から逃れるために、英雄を演じようとした。その結果、誰も救えず、誰も守れなかった。


「次からは、ちゃんとしよう」


そう心に誓う。今度こそ、感情に流されず、冷静に、状況を判断する。もし、また誰かが困っていたら、僕はまず、話を聞く。その人にとって、本当に必要なものが何なのかを考える。


ふと、アレスの頭にクロの姿が浮かんだ。


クロなら、どうしたんだろう。あの時、僕が動けなかったように、クロも何も話さなかった。ただ、王を倒して、どこかへ行ってしまった。彼の行動に、感情はなかった。ただ、目的を遂行しただけのように見えた。


クロの強さは、その冷静さにあるのだろうか。感情に左右されず、ただ、なすべきことをなす。それが、彼を英雄たらしめているのだろうか。


アレスは、焚火の燃え盛る炎を見つめながら、自らの行動を深く省みた。そして、これからの旅が、単に強くなるためだけのものではないと悟る。それは、本当の「英雄」とは何か、そして自分自身がどうあるべきかを探す、果てしない旅になるだろう。


夜風が、アレスの頬を冷たく撫でた。彼は、この孤独な夜の中で、少しずつ、自分の足で立ち上がろうとしていた。

いつも読んでいただきありがとうございます。

第2話は夜遅くに投稿しましたが、結構な方が読んで頂きありがたく思っております。

結構重い感じの話を前半書いていくので、雰囲気を壊さないようにしたいです。

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